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本来の目的は・・・・?

  • 2009/10/30(金) 03:47:10

本来の目的はもちろんモーターショーではありましたが、これが存外に小規模で大人しい。
一応一日半はぐるりとしましたが、もうこれ以上はつまらないと思って浅草へきました。

連日、路地裏からありとあらゆる所まで散策しました。
私が知っていたころの浅草とはかなり違っています。
とにかく外人が多い。白人系から中華、東洋系まであらゆる国の人々が、種々雑多な言語で話している。
サンフランシスコの観光地や、LAのディズニーランドなどの感じかな。

肝心の浅草寺の本堂は改装中で、大きな工事用のカバーの中。
二天門も同様に覆いがしてあって何も見えませんでした。

前々から気になっていたものを探しに朝早くでかけました。
千束の方です。
それは新吉原の大門です。
私はてっきり何か史跡でもあるだろうくらいの軽い気持ちがあったのですが、なにもなし。
確かに新たな照明用に作られた無骨な、しかもその方面の方々のご出資であろう看板はありました。
このあたりであろうと類推した場所に、親切なおじさんが立っておられたのでお尋ねしてみました。

事細やかにご教授くださった。
田舎の町から、今風のくだらない風俗のために足を運ぶ人間ではなく、真摯に時代小説の中の江戸情緒について質問したことが、先様の関心を呼んだようだった。
本当に詳しくお教えいただいて、心から深謝しています。

吉原神社はそれほどでもなかった。
これも説明板に書かれた由来やその説明では感動すべきものもないほどに新しいものだった。
ところがこの近くにあった遊女たちのお墓の前では、ぞわっーときました。
なんだか入り口に立った時から足がすくんで、鳥肌がたって、背中がぞくぞくしました。
こちらでも通りがかりのおばあさんが、立ちすくんでいる私に話しかけてくださって、ついでにご説明をいただいた。

多分おおよそこんな地に似合わない、ずんぐりむっくりのおっちゃんがなにしてるんでしょと気になったみたいだ。
本来の下級なお女郎さんの不幸な投げ込み墓は、まるで違うところにあるようで、そのおばあさんは是非そこにも行ったほうがよいように、詳しく行き方を説明されたが、電車に乗り換えての知らない場所なのでそこまでは止した。
これほど親切で優しくご教授くださったお二方がいたかと思うと、ちょうど吉原神社近くで尋ねた郵便配達のお兄ちゃんは不親切だった。
吉原神社をあと数十歩という場所で、尋ねたのだがけんもほろろに知らんといわれた。
その彼と別れて振り返ったら、そこが神社だった。

でも感心したのが、この地の名物なのであろう風俗店。
それらの数もさることながら、この朝早い時間に営業をしている。
沢山の呼び込みの兄ちゃんやおっちゃんが元気とも言えないが声をかける。
おおよそ客には似つかわしくない、貧乏たらしい、精気も感じられないようなこの年寄りに声をかけるわ。
これだけの呼び込みさんが働いているのであるから、中では女性がもっと働いていることになる。
またそれだけ元気なお客さんの数も多いということになる????。

ふらふら歩いていたのは私くらいで、あとは地元の老人と、ご出勤をされるのであろう若い派手目の女性が数人、つまりはまだまだお客様は見当たらない。

大門らしきところを後にして、見返り柳が残る堤まで行ったら、「吉原大門」という交差点があった。
ここから馬車道通りをとおって帰った。
かつての人々が歩いたであろう道に思いをはせて・・・・。

行きは千束通りを歩いて来て、またのんびり歩く。
ちょっとした昔旅行だ。

私が考えていた、この地のイメージはまったく違っていた。
女性が春をひさぐことには変わりはないのかもしれないが、私が見かけたこちらの女性には悲哀感はなかった。

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名人とうたわれた人々の中で・・・。

  • 2009/04/30(木) 21:43:26

古典落語の世界で三名人と謳われたのは、古今亭志ん生(五代目)桂文楽(八代目)林家正蔵(八代目)でありましょう。将軍吉宗も八代目でありましたから、志ん生師匠を除けば八代目は何かと逸材なのかも知れません。

確かにこの三人は素晴らしい。それぞれに個性的で、それぞれに独自の芸域ですから楽しめる愉しみ方も違ってきましょう。

<実に人間離れをした、しかし魅力的な金馬さん>

人kinba01

でもありましょうが、私はこの方も名人のお仲間に入れて差し上げたい。
三遊亭金馬(三代目)であります。
豪放磊落な語り口は、実に庶民の味方である気がしますし、落語という世界が身近な楽しみであると感じさせる筆頭の方であります。
またその演目の中に出てくる数々の人々の多種多様さにも驚かされます。

『堪忍袋』での下町の大工職人さんやおかみさんのやりとりと喧嘩。
『高田の馬場』での香具師の呼び込み、中でも圧巻は“蝦蟇の油売り”。
『孝行糖』での棒手降り(ぼてふり)の行商人の売り声。
『茶の湯』での大旦那と丁稚。
『藪入り』での人情味あふれる親父、またその子とおっかさん。
『目黒のさんま』でのお殿様、お姫様そしてその家来や侍女たち。


数え上げればきりのないほどの人物が、それなりに生きて登場します。
器用にこなされたその声色は、とても臨場感を持って聞こえてきますし、貴賤、人格、人柄など微妙に訴えてくる人物の特徴をとらえて見事であります。
声帯模写ではありませんから、声を似せてるわけでもないのに、じつに江戸っ子を上手に表現して粋でイナセだったり、とても上品な女性だったり、色っぽい声音だったりとお顔には似てもにつかない魅力があります。
まあ、全体には江戸職人や大工など一般庶民がお得意ではありますが・・・・。

文楽の幇間(たいこもち)、志ん生の粗忽者などは謂わば持ち芸ですから、それほどの幅はありませんが、金馬さんのいろいろな売り声、大道芸そこのけの呼び込みは素晴らしいものです。

お笑い三人組で有名な三遊亭小金馬だった当代の金馬師匠も、すでに80歳ほどの老境ですが、やはり先代ほどには面白くはないな。
このところは個人的な好みが左右するので、勝手な事は言えないが個性的ではないと感じる。
TV芸人のはしりであるだけに、このあたりの方々は今イチな・・・・・?

大江戸八百八町とは言うけれど・・・。

  • 2008/12/09(火) 07:31:19

映画などの台詞ではよく“大江戸八百八町”と言われる。
でも実際のところでは江戸後期には千七百余の町があったと言われている。
これほど広範な町に治安というものは、どうして守られていたかというのは面白い仕組みであります。
あちらこちらの時代小説に書かれている事で、あるいは資料にもあるのでおおよそを要約しましょう。

参考には佐藤雅美著『影帳』を参考にさせていただくと、

江戸の公的警察機構は、
定廻り同心・南北各四人。
臨時廻り同心・南北各六人、計の二十人。

同心の手先(御用聞、岡っ引き、目明かし、小者・・・通称)・南北各百六十人。
南北両方の手先、吉原に所属する手先・三十人、合計の三百五十人。

手先は使っている下っ引が各々三、四人。
これらの総合計がおおよそ千五、六百人。



たった二十人の同心が、この千五、六百人の配下を使って、江戸の治安を守っていた事になる。
当然、この他に同心の上の与力がいて、奉行書の中には物書同心や雑務の方々おられるので、もっともっと沢山の人間が関わる事になる。

ただ、石井良助著『江戸の町奉行』を見ると、ちょっと数字が違ってくる。

幕末には、
与力南北二十三騎、計の四十六騎。(享保年間には南北二十五騎で減少)
同心南北百四十人、計の二百八十人。(享保年間には南北百人で増員)


数字はきっと同心全体でしょうから、奉行書勤務の者も含めてだろうと思います。
与力を“騎”と数えるのは、旗本と同様に馬に乗る事を許された身分だからで、同心は足軽身分なのです。
いずれにしてもこの様な少人数で、世界にも稀れな人口過密都市・江戸の警察機構が作られていました。

ちょっとばかり笠のお話を・・・・。

  • 2008/11/04(火) 08:51:02

私は小さい頃、映画は時代劇が全盛でしたので、当時の風俗。姿には馴染みがあり、本を読んでも理解が出来る。また現実にも虚無僧の姿をした人物や僧や、ちょっと古めかしい人物を目にしたことがあるので尚更のことです。
ところがそんな話をすると、若い方に案外理解が行かないのが笠なのです。
ちょっとばかり笠のお話を・・・・

深編笠(浪人笠)
隠密や刺客、浪人や “お尋ね者” が被った時代物風浪人笠。顔を隠すのに笠を深く編み、中から透かして見えるように目の位置だけ粗く編んである。
<深編笠(浪人笠)>
笠hukaamigasa
たしか『子連れ狼』などでのイメージはこちらでしょう。

<深編笠(浪人笠)>
笠fukaamigasa
『編笠十兵衛』などの剣豪は、こんな感じのものを被っている。

天蓋
これは深編み笠の一種でありますが、時代劇などで“虚無僧”と呼ばれる人が被っております。この笠の中から尺八を吹いて歩いて周り、面相が分かりませんので映画などでは隠密とかの役回りが多かった。
<天蓋>
笠tengai

三度笠(飛脚笠)
菅(すげ)で編んだ笠。笠の縁が大きく折れ曲がり、深く顔を隠すようになっている。
『木枯らし紋次郎』や、股旅物に出てくるやくざのかぶり物。もともとは三度飛脚(江戸と大阪を月に三度往復した飛脚)が使用していた。
<三度笠>
笠sando

妻折笠(女性用三度笠)
菅(すげ)で編んだ妻折笠。剣術を志す女性の道中笠で、三度笠より縁の折れが浅い。
<妻折笠>
笠tsumaore

鳥追笠

い草で編んだ笠。田畑に害を与える鳥獣を追い払う作業の時に被ったので鳥追傘と呼ばれます。江戸時代になると、三味線を弾きながら、門付け「かどづけ」( 家の前で音楽・歌などの演芸をして、金品をもらい歩くこと)をする鳥追い女の笠として使われるようになった。
<鳥追笠>
笠torioi

一文字笠(いちもんじがさ)
菅(すげ)で編んだ笠。形状はほとんど平らで、横から見ると「一」の字に見えるのでこの名が付きました。武士が大名行列のお供をするときや、旅行のときなどに被った。
<一文字笠(いちもんじがさ)>
笠ichimonji

托鉢笠(網代笠)
読経をし布施を受ける乞食行、頭陀行、行乞に用いられる托鉢僧の笠。
<托鉢笠(網代笠)>
笠ajiro

菅笠(すげがさ)
菅(すげ)製の角笠。てっぺんから軒にかけて一直線の平べったい円錐形(富士山型)の笠で、農作業や旅の笠として使用した。
<菅笠(すげがさ)>
笠sugegasa

塗り笠
薄いへぎ板(うすく削った板の事)に紙を張り、黒漆を塗った笠。『剣客商売』などに出てくる。

目塞き笠
編笠の一種。人目を遮り、顔を隠すためかぶる深い藺笠(いがさ)。目の部分に隙間を設けたものもある。

日本人はとても器用だった事が、この笠作りからも分かります。材質も竹、茅、菅(すげ)、檜などと様々で、しかもそれらの葉、茎、そして薄く削いだものと上手に加工します。
わらじを始め、自然にあったものをつかい、素材は全て自然回帰していくエコの典型的かたちで利用されています。

この項目を書くのに、勝手ながら以下のHPを参考にさせていただきました。

カメヤダイレクトストア(笠/かぶり物)

編み笠について

和服の基礎知識

半纏・着物・袴「木南堂」

宮崎の田舎には関係ないけれど・・・・。

  • 2008/08/20(水) 19:28:19

ちょっと勝手にお知り合いと思わせていただいている深川の御祭りの動画を入手。
伝統ある深川八幡の水掛祭りです。
恐ろしいほどの水をかけています。
水をかけられれているというより、瀧の内側を歩いている感じすらします。
しかし老若男女、こちらの方々はお元気であらせられます。
いかにも江戸っ子ってか?でも深川は正確には江戸ではないんですよね。
見るからに楽しいお祭り、エネルギーを感じました。

08深川八幡祭動画(1)水掛まつり



08深川八幡祭動画(2)水掛まつり

撮影者の方は、『toumorokoshi58』さん、実によく撮れていて、雰囲気感じます。


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