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「東京モーターショー」って花いっぱい

  • 2005/10/31(月) 22:42:16

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<比較的可愛い系のコンパニオンさん達です>
普段から女好きではないのだけれど、どうもこの「東京モーターショー」ってのは良くない。
実に可愛い女性から、綺麗な女性、色っぽい女性と、沢山の方々がおいでで目の保養をしてしまった。
本日のニュースでは、盗撮をした馬鹿者まで出る始末でいけません。でも、綺麗な女性を見ていたいというのは、男性の本能みたいなものだから、こんな所でバチバチ写真を撮っている我々なんかも、心情としては同一人種かも知れないな。

あとは、ゲスな所に落ちていくか、行かないかの理性の問題だ。

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普段読まない現代小説

  • 2005/10/30(日) 08:22:13

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<表紙絵が新鮮だった蓬田やすひろさんの絵>
浅田次郎著、「見知らぬ妻へ」を読んだ。
時代小説を主に読んでいるので、現代小説というものはあまり目にしない。たまたまボランティアの方々の、バザーで見かけたので手にして読んだものです。

中味は、かなりレトロな競馬のお話や、他国から売られてきた女性と偽装結婚をさせられる男の話など、短編で8編でした。作家という人々が、どれほど取材に力を入れても、実体験がなければ書けないのではと思わせる作品も多かった。やくざや、裏社会の事はなかなか取材だけでは、リアルに書くのは大変なのではないでしょうか?
浅田次郎さんの履歴を知らないので、とても感心したし、ぐいぐいと読ませる筆力は凄い。

最後のこの表題になっている「見知らぬ妻へ」は、中国人女性が日本人と偽装結婚する話であるが、この偽装結婚によって、この外国人女性が入局管理局も捜査でききなくなるし、強制送還も出来なくなる。そうなるとやくざの管理売春に組み込まれて、日本中を死ぬまで売られ続けるといった実態があるなど、想像も出来ない話ではないか。
同じ人間に生まれてきて、このように僅かなお金の仕送りの為に、自分を身売りしなければいけない悲しい人々がいたり、それらを平気で管理している側のいかがわしい人々がいたり、またそれらの女性を寂しく買っていく人もいたりと、なんだか寂しい気持ちにさせられる。

いつも図書館の本で済ましているので、ビニールカバーなしの、ざらざら感がある厚紙の表紙と、時代小説でお馴染みになっている蓬田やすひろ画伯の寂しい現代絵とが、とても新鮮だった。
蓬田やすひろ画伯の絵は、それ自体が寂しいイメージが強いのだけれど、今回の表紙絵は、その売られてきた中国女性が、部屋の隅で膝を抱えて無言でたたずむ姿に思えて、悲しく厳しい現実を思い起こされた。

「東京モーターショー」で撮ってきた写真

  • 2005/10/29(土) 20:40:28

三日間のモーターショー入り浸りで、何をやっていたかというと、ほとんどが写真撮影に費やされた。
デジタルカメラになって、写真の枚数が非常に沢山撮れるようになった。ほぼ、千枚も写真を撮ってきている。

かってのフィルム写真であった頃には、36枚撮りフィルムを7、8本分、240~250枚も撮れば目一杯だった。
プリントしなければ中味は見えないし、フィルム代も現像代も高くついたので、意味のない無駄撮りもしないし、一枚一枚を慎重に撮っていたと思う。
デジカメは、手当たり次第に撮って、すぐその場で見て、写りが悪ければ削除し、また取り直す。メモリーと電池のパワーさえ許せば、きりなく撮れる。しかも、メモリーの節約の為、画質を落としてまで、ろくでもない写真を撮ってくる。

帰って見てみるとその浅ましい性格が出ているようで、何枚も同じ車の写真が、それも何度となく違った時間に撮られている。
「やっぱ、わたしはアホや!」
でも、でも、ずっとモーターショーは行くんだろうな。
私には麻薬のようなものですな。

いいねえ、「東京モーターショー」って

  • 2005/10/28(金) 21:53:41

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<やっぱり可愛いニッサンPIVO>

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<死ぬまで働いても買えないブガッティ>

ほぼ毎日、オープンの10時から閉場の18時まで、籠もりっきり。
隣のホテルからの行き来だけで三日間の通い続けた。
根気もあるが、やっぱ好きなんですね。
楽しかった。また再来年まで、お預けだ。
毎年あった晴海の時期が懐かしい。

帰ってきました、「東京モーターショー」から

  • 2005/10/28(金) 07:43:25

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<とても綺麗だった車と女性『先駆』>
ちょっと疲れてしまった。
三日間も入り浸りで、「東京モーターショー」の中にいた。
今回は、スポーツカー的なコンセプトカーは少なかった感じだが、未来に向けての省エネルギーに対するコンセプトカーが目立った。

人も多かった。美しい女性も多かった。
とても楽しかった。楽しいことはすぐに終わってしまう。
また、再来年が待ち遠しい。

いよいよ、明日に迫った

  • 2005/10/24(月) 21:51:15

いよいよ、明日に迫りました。
明日、幕張。
東京モーターショーです。
フェラーリが、ポルシェが、僕を待っている。

M6なんて出ていないかしらね?

高橋克彦著「だましゑ歌麿」を読了

  • 2005/10/23(日) 07:59:09

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<民芸画調の表紙絵>
ほぼ三分の二を読み終えていた、高橋克彦著「だましゑ歌麿」を読了。

小説には、読む人に心地よい、好ましい登場人物が配されなければならない。出てくる人物に一人も素敵な人がいなくて、全ていやな奴ばかりなら、とうに本を放り出してしまい最後まで読めない。仮にそれが悪人が主人公のお話でも、何処か小気味良い、憎めない人物であるべきだ。

この本には、『仙波一之進』と言う同心が出てくるが、これが素晴らしく良く書かれている。名前の語呂合わせで『千一』と呼ばれて、千に一つも目こぼしのないと恐れられているという同心だが、事実は人情味にあふれ、筋道を曲げない硬骨漢だ。
この男が、自分の信条の為には、妥協も、他人からの供応も受けず、一人孤高といているところが小粋でせつない。
だから独身を続けなければならないわけだが、その道を隠居した自分の父親が理解してくれているのが嬉しい。
親子の会話が生きている。

最後に、南町同心から、北町奉行所・与力筆頭に出世する所があり得ないが凄い。

毎日が楽しいわけ・・・

  • 2005/10/22(土) 22:55:41

愛妻が帰ってきた。
お昼のお弁当と、夕食が美味しく食べられる。

いない間の数日間、外食が嬉しくて、思いっきり昼食も、夜食も豪勢に食べていたら血圧が上がっていた。これには驚いた。
結構、塩分なども濃いのでしょうね。
それと他人様をあまり気にせずに、のんびり喰えるのも、やはり良い感じだ。外食は良いんだけれど、周りが騒がしかったり、店員がうるさかったりするのは閉口だ。
質素ではあるが、比較的薄味で、野菜類が豊富で、栄養もバランス良い愛妻の食事が最高だと思う。

TVで幕張のニュースが出ていました。
16万人の人出だそうです。丁度、東京モーターショーが開催されて、本日から一般公開日が始まりました。
おまけに千葉ロッテマリーンズがリーグ優勝を果たし、阪神との日本一をかけての日本シリーズが、此処幕張の本拠地で試合開始だそうです。
幕張駅なのか、海浜幕張駅の映像なのかは分かりませんでしたが、凄い人出で混み合ってました。
私が行くときには少しは、少ないように祈っています。

東京モーターショーと、東京国際映画祭

  • 2005/10/21(金) 08:00:35

車も好きなんです。
無論、映画も好きなんです。

『東京モーターショー2005』にも、『18th東京国際映画祭』にも両方出かけていきたい。でも身体は一つ。
地方に住んでいると、こういうときに不便ではあるな。

とりあえず、『東京モーターショー2005』には行こう。航空券も、ホテルも手配した。
25日から数日間は、東京だ。幕張が俺を呼んでいる。

久々に温泉へ

  • 2005/10/20(木) 18:55:41

いつも気になる場所がありまして、そこは桜並木の土手が続いているのです。
この季節ともなると、茶褐色の葉と枯れかかった青葉とが半々にまだらな感じで枝に張り付いている。土手下の道路脇には枯れ葉が吹き寄せられています。
ほんの、ついこの前には桜が満開だったような気がします。そしてその次には曼珠沙華の珍しい真っ黄色の花が実に鮮やかだった気がしてました。ゆったりと今日見渡すと、土手にはススキが風にたなびいていて、秋そのものなのです。
毎週、その場所に行くのだけれど、季節の早さだけが感じられて呆然とする場所なのです。

「疲れているのでしょう」と勝手に解釈して、温泉に出かけました。
温泉では、明るい日差しの残る露天風呂で、ほぼ二時間近く、時代小説を読んでのんびりしましたね。その間、入ってきたのは若い近眼男、風呂にはいるのが生まれて初めてのようなおどおどした態度で、ゆっくり浸かりもせずあたふたと出て行きました。
私の背中の「倶利迦羅紋紋(くりからもんもん)」がよほど怖かったのかしら?・・・・・・・・・・・なんちゃって、そんなものないですけどね。

露天風呂と低温浴泉とで、高橋克彦著「だましゑ歌麿」をほぼ三分の二を読んでしまいました。結構読み応えあります。

驚いたことに・・・

  • 2005/10/19(水) 21:00:33

病院に行った。

家族の為に同伴していくわけだが、定例のことなので慣れきっている。
たまには血圧でもと、待っているあいだ診察室の前の自動血圧計に腕を入れてはかった。

驚いたことに高血圧になっていた。

この一週間、家内が作る料理を食べずに、外食をし続け、好きなものばかり喰っていたら、大いなる変化が起こっていた。
これからまた毎日、家内の薄味の料理で健康に気をつけて、正常値に戻さなくては・・・・

いな吉江戸暦

  • 2005/10/19(水) 07:48:33

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<表紙絵・村上豊さんの手にかかると何処かちょっぴり変な色気の「いな吉」>
この本は、石川英輔さんの「大江戸神仙伝」のシリーズです。
このシリーズは、
大江戸神仙伝
大江戸仙境録
大江戸遊仙記
大江戸仙界紀

とあって、何故かこの本だけは、「大江戸神仙伝」は副題になっている。
180年近く昔の、江戸の世界へタイムスリップする主人公は、科学者である為に何かと過去の世界では役に立ち、ちょっとした金儲けも出来る。確かに有る程度のレベルの現代人ならば、江戸の世界へさまよい出れば、その知識を活用して生活の糧は得られ安いだろう。
8月の初旬に、石川英輔さんの「体験的江戸の暮らし」の素晴らしさを書いたので、この方が時代考証において、実践的正確な事は知っている。只小説となるとその知識が、読む側に於いて、江戸時代に遊ぶイメージの世界を壊す両刃の剣のようで・・・・

主人公は現在にあっては、再婚した若き妻「流子」と、そして江戸の世界では若く売れっ子芸者「いな吉」と暮らす夢のような破廉恥漢だ。二人の女性の間で、その居心地の良い時間を愉しんでいるとしか思えない。
売れっ子芸者とはいえ、文政年間の数えの18歳、現在で言う満年齢で17歳前後ですから、不純異性交遊であります。二十歳では年増と呼ばれる時代と、芸者という男を愉しませる世界の女性として考えても、う~ん・・・納得できない。(ひがみかな?)
村上豊さんの表紙絵の「いな吉」は、その点が良く書かれていて、何処か幼さの中に色気を感じさせる巧さがある。「いな吉」と男名前で呼ぶ習慣は辰巳芸者の特徴です。

途中にロンドンが出てきたりして、人口過密がどうとか、江戸の町との比較とか、純然たる時代小説好きには好まれないだろう記述が多い。取材費がかかっているのだろうけれど・・

本日いよいよ!奥様ご帰還!

  • 2005/10/18(火) 21:50:52

本日、大事な奥様が沖縄よりご帰還。
飛行場にお迎えに上がって、お土産でふくらんだ(?)大きなバッグを抱えたり、ご機嫌伺いをしたりと精一杯、良夫をアピールした。

昼間に恐ろしく重たい段ボールが、先に届いていたので、お土産は大半先に来ていたわけだが、それでも生ものの天ぷらや、サーターアンダギー、蒲鉾などは手持ちで届いた。

やっぱりお土産が一番に嬉しい。幾つになっても・・・

旅行の下準備とか、食事とか

  • 2005/10/17(月) 07:43:35

家内の留守の外食、三日目は一人で食べずにすんだ。
ちょっとした旅行のための買い物をするためと、他所に住んでいる我家のお嬢さんにも、この際ご馳走しておこうという親切心で、二人で食べた。
食事をした店選びは間違えた。ショッピングモールの中が、日曜日で満杯だった所為で、割と入りやすかった店にしたのが敗因だ。まあそこそこという評価も怪しいほどの料理だった。帰りにクーポンみたいなものをもらったが、親子二人でもう来ないからいらないねと頷き合った。

買い物は、小さめのゴロゴロバッグ。私は月末、東京へ、彼女は来月初旬に南方へ。お互いの利害が一致して、割り勘。気に入って買っては来たが、難点が一つある。セミハード型なので、小さなポケット類が外になく、ちょっとしたもの入れる所がない。毎回、中を空けることになる。

沖縄から帰ってくる家内が、「私が行く前に買ってくれればいいのに・・・」と言う言葉が頭に浮かぶ。

第18回東京国際映画祭が開催される

  • 2005/10/17(月) 06:51:29

第18回東京国際映画祭が開催される。
丁度この期間中の数日間、東京に行くには行くが別の目的で、残念ながら映画祭には行くことが出来ない。

「特別招待作品」部門の最初の<オープニング>『単騎、千里を走る。』は、中国映画で、[監督]チャン・イーモウ、[出演]高倉健/中井貴一/寺島しのぶ/リー・ジャーミン(?)/チュー・リン(?)/ヤン・ジェンボー(?)さすがに中国の俳優は知りませんが、現代の中国と日本を舞台に、心の触れ合いを描くヒューマン物語だそうで、久々の健さん映画で見てみたいと思う。

最後の30日の<クロージング>『力道山』となっています。
日韓合作映画で、[監督]ソン・へソン[出演]ソル・ギョング/中谷美紀さん/藤竜也/萩原聖人/鈴木砂羽/山本太郎さん等が出演されます。
日本において英雄として称えられた韓国人プロレスラー「力道山」の生涯を描いた映画であります。日本公開はオリジナルに編集を加え、18分間長くなる特別バージョンということで、先日韓国版を見ていますがどんな感じに仕上がっているのでしょう。
主演の力道山役のソル・ギョングさんが、とても凄く似合っていますし、傲慢だったイメージの強い力道山を、実に繊細に、そしてタフに演じられていてとても哀愁があります。
無論のこと、中谷美紀さんは言うまでもなく、筆舌に尽くしがたいほどのはまり役で、彼の耐える妻を見事に具現化されておられます。涙無くしては見られないでしょう。字幕なしで見ましたが、若干の韓国語と英語のシーンがありますが、充分に日本映画としても見られるものです。来春、少しヒットするといいんだけれど・・・

国際映画祭は世界で、12しかないそうで、権威有る素晴らしいものに段々育っていっている気がします。

幕末からの小説が2冊

  • 2005/10/16(日) 07:25:38

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<幕末から明治以後を振り返る本>
赤間倭子著「斎藤一」。副題が「新選組副長助勤」とある本で、ああ、あのお人かと思われる人は、新選組フアンだろう。私は浅田次郎さんの「壬生義士伝」の方がすぐに頭に浮かぶ。8月の21日にこのブログに書いたし、あちらの御本と映画の方が格段印象的だったから・・・
特に映画での佐藤浩市演ずる「斎藤一」は、インパクトと言い、アクの強さと言い、凄い存在感がある。本もつられてぐいぐい読んだ気がする。
その点、この赤間倭子さんの本は、史実や調査が行き届いているせいか、小説の華々しさがなく、地味で、しかもあの幕末に生き残り、明治の御代を突き抜け、大正まで生き残られた人間の生き様が書かれている。
あの激動の中の新選組を生き残り、しかも途中ではスパイ活動を余儀なくされた「斎藤一」さんは、最後の方では会津藩士としても戦い抜き、幕末の日本を実際に見て生きてこられた激動の江戸人だったわけです。武士の世界に生きることの凄さが、じわっと感じられる本でした。

もう一つの浅田次郎さんの「五郎治御始末」は、やはり幕末、維新、明治もので、やはり筆力が強いのでしょうか。飽きずに六編の短編集でしたが読み終えました。
気に入ったのは、二編目にあった「函館証文」でした。偶然すぎるあほらしい筋立てが、よりリアルに、しかも最後は清々しく感じられるのも、お上手な作家の力なのでしょう。
このような証文が、このような時に、このような場所で、しかもそれぞれに違った相手と状況で書かれることがあり得るだろうか?しかもそれらが、偶然に一時期に人の目に触れだしていく。
偶然が、上手に必然に感じられ、最後に納得がいくというのも良いお話であるが故でしょう。

粋さが無い鰻屋

  • 2005/10/15(土) 21:36:28

家内が出かけて二日目。
毎夜外食がたのしい。
一日目には、居酒屋にて、二日目は鰻屋。

一日目の居酒屋は、お飲み物を注文摂るのに真剣というのか、酒を飲まずに、食事だけというのが気に入らないのか、しきりと勧めてくる。
車で来ている旨を伝えて、お茶を頼んだが、冷たいのが良いか、暖かいのが良いかを聞いてきて、冷たいのを頼んだら、ビールでも入ってきそうなでかいグラスで持ってきた。でも、只だった。料理は沖どれの、新鮮な魚と言うだけあって、色んなものを美味しくいただいた。

二日目が鰻で、美味しかった。
だが、この店にはちょっと難点があった。普段、一人では行かないので、一人がけの机には腰掛けない。座敷もあったが、これは不似合いで遠慮した。そこでこの一人がけのテーブルには、丁度右手の肘を置くところあたりに、”ご用の際にはお呼び下さい”というブザーのボタンが取り付けてあった。
これが邪魔で、無粋。今夜も私を含めて、数人の客しかいない。まあ、店員さんの心がけを良くしていれば見渡せる店内だから、こんなものを付けとかないで、お客さんに注意をしておく方が良い。呼ばれたからくるんじゃなくて、呼ぶ前に来る。或いは、心配りをする。
もっとお客さんに気遣いして、狭いテーブルをゆったりと使わせようぜ。美味しく食べさせなさいよ。・・・なんてね。(言ったつもり?)

「H」2000年8月号 の目玉だった

  • 2005/10/15(土) 08:54:35

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<ちょっとどっきりする表紙>
この表紙の写真を見ると、ちょっとどっきりする。そしてこれがこの号の目玉商品だったのだろう。大好きな中谷美紀さんと、なぜかこの渡部篤郎(なんて読むのかはしらないが)とのカラミシーンが掲載されている。う~ん、こいつはいやな奴だ。

こんなのや・・・
mikih02.jpg
<ちょっとどっきり過ぎる写真>
こんなのまで・・・あって素敵だ(?)
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<砂浜に素足で立つお姿なのですが、上半身でカット>
実に綺麗で、お美しい。

若干の訂正を・・・

  • 2005/10/14(金) 21:18:28

古い雑誌(ザ・テレビジョン2000年10月20日号)を見つけて、得意そうに今朝ブログに書いた。変わっているもののあるし、変わらないものもあるという気持ちで、「ベンザブロックのCMをしている女優さんは、この頃から今もやっているし」と言うことを書いた。

ところが、なんとしてもこの女優さんの名前が思い出せない。仕方ないので、ネットで「ベンザブロック」を調べてみたら・・・なんと!!!
benzablock01.jpg
<和久井映見さんから仲間由紀恵さんに変わっていたCM>
思い出した和久井映見さんから、新たに仲間由紀恵さんに変わっていたんです。和久井映見さんってこのCMは、永かったですよね。
まあ、思い出したことは良かったのですが、一応人が違っていたので訂正を。

CMって凄く好きなんですけれど、今この仲間由紀恵さんって多いですよね。
株式会社資生堂
全国共済農業協同組合連合会(JA共済連)
日清食品株式会社
KDDI株式会社
西日本旅客鉄道株式会社
江崎グリコ株式会社
松下電工株式会社(きれいなおねえさん)
武田薬品工業株式会社(ベンザブロック)
アサヒ飲料株式会y(WONDA)

上記は公式HP調べ

私の大好きな中谷美紀さんもかっては、これ以上の本数でCMに活躍していましたね。いまや、映画女優という肩書きが誇れるほどの方ですけれど。

昨日の拾い出し物

  • 2005/10/14(金) 07:17:06

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<TV番組・真夏のメリークリスマス>
2000年の、ザ・テレビジョンを開いてみていたら、「真夏のメリークリスマス」。なんて番組がありましたね。
中谷美紀さんと竹野内豊競演の・・・
この竹野内豊って人は何処に行ったのでしょう。加藤あいも妹役で出ていましたね。
ベンザブロックのCMをしている女優さんは、この頃から今もやっているし、ファッションは厚底のサンダルが流行っていたみたいだし、「野猿」とかが流行ったのもこの時期なのですね。
僅か五年で、結構物事は移り変わるみたいで、時間の流れは速すぎます。

ああ、そうだ。今日は家内が沖縄に発つ日です。見送りに行かなきゃ。

「中谷美紀さん」が出てきました

  • 2005/10/13(木) 19:27:56

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<春でもないのに、「spring」の表紙>
家の片付けをしていたら・・・
「spring」2000年5月15日号
「FRAU」2000年8月8日号
「Cut」2000年8月No106号
「H」2000年8月号
「ザ・テレビジョン」2000年10月20日号
「お~いお茶」2000年5月1日、新聞全面広告

以上が出てきたよ。
全部、中谷美紀さん関連で買ったもので、懐かしくもお美しい姿をとどめておいでになった。
いやあ、うれしかったですなあ。どの雑誌も、何処かページを繰れば、微笑んでたり、微笑んでなかったり、ショートカットだったり、ちょっと怖い顔だったりで、懐かしい時間が飛び込んできた。
mikifrau01.jpg
<かなりボーイッシュなショートカットのヘア>
この2000年の年には、かなり髪を短くされていたのを思い出しましたよ。デビュー当時から、ストレートの長い髪がトレードマークみたいでしたので、ちりちりにした短髪は可愛く、素敵に見えます。

このところ、中谷美紀さんの話題を探していたので、自分なりには嬉しいものが見つかった。

「鴛鴦(えんおう)ならび行く」を読んだ。Part2

  • 2005/10/12(水) 11:22:10

安西篤子さんの「鴛鴦(えんおう)ならび行く」を読み終えた。

今回は後書きが素晴らしかった。
ちょっと引用すると、
『史料をあれこれとひっくり返しているとき、そこに思いがけなく、ささやかな、しかし人間味に富んだ挿話を発見することがある。・・・・鎌倉幕府の公的な記録とされる「吾妻鏡」は、・・・』
云々と続くのであるが、
結局、凡人である読者の菲才と、才人である作家の才能の差が浮き彫りになる。私もいろいろ史料らしきものを、少しくらいは読んだことがあるが、小説には成り立たせなかった。「吾妻鏡」など読んだことも、ましてや、見たこともありません。

やはり菲才な人間は、作家様にお書きいただいたものを、有り難く拝読するのが似合いなのです。

『愛欲に狂って身の破滅を招くものもいれば、権力欲に駆られて他人を蹴落すものもいるが、被害者も加害者も、人間の業の深さを思わせる点は同じと云えよう。しかも、そういう要素は私どももめいめい少しずつ持ち合わせているので、どこかで共感をおぼえずにはいられない。時代小説を読む愉しみは、そんなところにあるのではなかろうか。』
勝手にまた引用。

う~ん、そうか。面白いだけで本を読んでちゃ、駄目なんだ。こんな文が書けるくらいに、深く深く洞察しなくちゃ!でも、あとがきに感心して、うなるのも久しいことだ。良い御本だった。

楽しいお休み

  • 2005/10/11(火) 20:36:42

家内が一週間近くいない。
家内の実家の親戚のお見舞いに、沖縄へ飛ぶ。
割と仲の良い夫婦なので、こんな事は滅多にない。
大体、何処へ出かける時でもほとんど一緒だったから・・・

毎日、昼食と夜食のメニューが目に浮かぶ。
何を食べるか?何処で食べるか?
毎日のことを考えると浮き浮きする。
以前だったらこんな事はなかったのに、食べるところが増えた所為だ。

反面、沖縄に近づいている台風20号も気になるな。

「鴛鴦(えんおう)ならび行く」を読む

  • 2005/10/10(月) 21:54:48

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<オシドリの姿が象徴的に配された表紙絵>
安西篤子さんの「鴛鴦(えんおう)ならび行く」を読んだ。鴛鴦などというような難しい言葉が分かる世代が少なかろう。

辞書では、えん‐おう【鴛鴦】
《「鴛」は雄の、「鴦」は雌のオシドリ》1 オシドリのつがい。2 《オシドリの雌雄がいつも一緒にいるところから》夫婦の仲のむつまじいことのたとえ。

この表題の小説は、この御本の一作目で、ふんふんと読んだ。
二作目が「萩の帷子(かたびら)」という小編で、読んでいて、「これどこかで読んだなあ」と小首を何度もかしげた。最後の行に、”近松門左衛門はこの事件を『鑓の権三重帷子』と題して浄瑠璃に仕組み、大当たりをとった”と書かれあり納得した。
そうなのだ。『鑓の権三』なのだ。1938年から、何度も映画になっているお話なのだ。近年では、と言ってもこれも1986年だから古いのだが、篠田正治監督、郷ひろみ、岩下志麻主演の作品がある。

出雲松江、松平家の近習中小姓と、同家中の茶道役である正井宗味の妻とよとが密通をする。小姓ととよの二人は松江から駆落ちして大坂へ逃げる。打算と名誉の為にとよの実兄が二人を追い、とよの父は夫である正井宗味に兄が討つ前に討ち果たして欲しい旨を江戸表へ文を使わす。宗味は江戸を出発し、大坂町奉行所に敵討の届けを出したうえで、実兄の手引きで、高麗橋上で二人を討ち果たす。

話せば短い事ながら、この御本「萩の帷子(かたびら)」も、映画『鑓の権三』も実に、情愛の細かい繊細な物語でした。映画ではまだ若い郷ひろみが実に美しい若侍だったし、岩下志麻さんも若く極妻の恐ろしいまでの貫禄もまだ無く、楚々として色気があったな。
最後に討たれるシーンは、大阪の高麗橋ではなく、岩国の錦帯橋だったのが印象的だ。そう言えば今回の台風で、錦帯橋も被害があったようだが、まだ架け変わったばかりだから、早く直って欲しいな。

相手様の迷惑顧みず

  • 2005/10/10(月) 08:29:57

朝、結構目が早く覚め、いろいろ考えながらボオーッとしている。
そこで考えた。
自分のブログにコメントないし、トラックバックも少ないんで、こちらからお邪魔をすることにした。
中谷美紀さんをブログ検索し、関連ブログを片っ端から読んで、TBを付けさせていただいた。
相手様の迷惑顧みず、勝手な行動をとるのは年寄りの悪癖ではあるが許して欲しいと勝手に思っています。
正直このところ、中谷美紀さんネタがなく、困っています。

凄い小説家の表現力とこじつけの発想力

  • 2005/10/09(日) 21:32:11

今回読んでちょっと趣味が違うかなと感じた荒山徹著「十兵衛両断」は、中味が私の能力を超えていて、読みづらかった。ただ凄いなあと感じた部分は、過去に二本の陰流の始祖を朝鮮人とする見解だった。

その人物、愛洲移香斎の悟りを開いたと言われる場所からの表記が、「聞けば、愛洲移香斎は日向国鵜戸の石龕に籠もり、陰流の奥儀を悟る、と。しかしながら、日向国とは貴国の一州に非ず。日本に向かう国、つまり朝鮮のことである。鵜戸とは、勢法の聖地にして一大道を置く白頭山の鵜戸洞(チェホドン)を指す。勢法にも諸流派あり。金久忠の学んだ剣術はその一支流なれば、自らこれを陰ノ流と称したのである」参考に書き写す

史実では、愛洲移香斎は今の宮崎県日南海岸の鵜戸神宮の洞穴で、悟りを開いたという事になっている。それらしい所を韓国の地名から引き当てたり、それらしく書いたりと工夫が沢山見られる。
ウンなるほどそう来たかって感じるゆとりもない。
こんなにお勉強されて書かれると、凄いなと恐れ入る。
なるほどそうかと感じ入るところが何箇所もあった。

当たりはずれ?

  • 2005/10/08(土) 20:26:37

2satsu01.jpg
<十兵衛両断と唐衣の表紙>
図書館には、ほぼ二週間に一回に割で出かけていき、大体10冊前後を借り出していく。
その選択基準は、
①時代小説であること。
②西暦1600年頃、慶長年間が始まりで、明治維新くらいまで。
③作家を問わない。
こんな曖昧な条件で選んでくるので、中にははずれがある。無論あたりの方が多いし、はずれが駄作という意味ではなく、好みがねえ、ちょっとねえ合わないねと言う感じでしょう。

荒山徹著「十兵衛両断」。作者は韓国に留学をしていらしたとかで、柳生十兵衛が朝鮮で暴れ回ったり、二人の十兵衛が出てきたりと面白かった(?)。でも、まあはずれ。
宇野亜喜良さんの表紙絵の凄みと、「十兵衛両断」と書かれたタイトル字の見事さに惹かれて借り出したものでした。

梓澤要著「唐衣」。これは選択誤り。前回の「枝豆そら豆」上下巻が面白かったので、中味も確認せずに借りてきた。これは時代が違った。飛鳥から奈良時代にかけての天皇家のお話?だと思う。飛ばし読みをしたが、さっぱり歴史観がないので、極端に言えば登場人物が分からない。しかもその名前が呼びにくいし、覚えにくく、さっぱり身に付かなかった。まあこれもはずれだな。

重いものを抱えてきてご苦労さん。

やってみたくても出来ないこと

  • 2005/10/07(金) 21:03:28

映画の中のシーンで、これは出来ないというものが沢山あるが、その中でもこれくらいは出来るかも知れないのに、それでも出来ないこと。

①顔中、泡だらけにして髭を剃ること。
 (勿体なくてとても出来ない)
②その残った泡を綺麗なタオルで拭き取ること。
 (多分髭のくずが入ったままだし、洗い流さないと拭けない)
③とてもお下劣な言葉を、処かまわず吐き捨てること。
 (見栄を張るわけではないが、他人様の前では丁寧にしか喋れない)
④車の運転を乱暴にすること。
⑤運転中に隣の人の方を向いて話すこと。
 (安全運転の見地から、自分の命も惜しいので出来ない)
⑥気軽に、若い綺麗な女性!!に声をかけること。
 (どうしても己が姿を嫌悪して、気恥ずかしくて出来ない)

なんやかや言っても、スターや、プレイボーイの真似は出来ない。
所詮、ケチな小市民でしかない。
まあそれが好きだけれど・・・・

休みの日の仕事

  • 2005/10/07(金) 07:44:15

会社が休みに日には、必ずしなければいけないことがある。

食事の度に、洗った食器を拭き上げること。
掃除機をかけて、徹底的に掃除をすること。
食料品の買い物に付き合うこと。

これらは定年退職をした折りには、常時私の仕事となる為、今予行演習をいていることになる。これらも、ずっと定期的にしていると、し忘れると何か凄く気になって、慌ててするようになるし、ほとんど忘れることもなくなる。

多分、定年退職をすると、これらの仕事に加え、
風呂を洗うこと。
食事を交代で作ること。
の二点が付け加えられることになると思う。

う、うっ!愉しみだ!!

「愛しく候」を別の視点で・・・

  • 2005/10/06(木) 07:41:02

安西篤子様の小説には、読んで書き尽くせないことが多い。

武家社会の表向きより、女性の奥向きからの視点が重要な作品が多く、必然武家社会のしきたり、生活の裏が多く書かれている。
日常生活の中にある女性の存在、立ち居振る舞い、しきたりや生活慣習、そして台所や、使用人の事細かなお話など・・・。大体において、枝葉末節として、切り捨てられる部分が大事に書かれ興味をひかれるし、より現実味を帯びた武家生活が彷彿されてくる。

常々、不思議に感じるのは、身分格式によって、出仕する主人の供回りの人数が違うことだ。小者、槍持ち、挟み箱持ち、・・・なんやかや供をする人間がいる。彼らは、実際には登城して主人が仕事をしている間は、どうしていたのだろうか。一端帰宅して家の仕事をこなして、再度迎えに出かけていくのだろうか?それとも溜まりのような所で、終日主人を待つのであろうか?

婚姻に際し、嫁方より婚家に上女中を付けて寄越したりする。小編「吾亦紅」の中にも、『大切な娘が嫁入先で家事に追い使われるのを怕(おそ)れて、身替りに立ち働く女をつけてよこすのであろう』と言う場面がある。身分制度とはいえ、無内容で何も出来ぬ娘を恥じ入ることもなく、働かせる事を可愛そうに思い、代役を付けて出すなどもってのほかで、「もっとしっかり娘を養育しろ!」「骨身を惜しまず働け!」「この可愛そうな女中さんの人権はどうなる?」などと言いたくなる。この女中さんのお給金や、食事代はどこから出るのでしょう。
ま、仕方ないか時代が時代じゃ。
それからこの表現の中にも、怕(おそ)れると言う字が使われますが、安西様の表現の魅力であり、無知識な私のコンプレックスで感じるものなのか、こういうところが大好きです。

他にも、武家のお嬢様や大店の娘の外出に際しても、同様に供の小女がついて行く。テレビドラマでは、良くこの女の供は描かれるが、男性はほとんど一人で出歩いている。武士が浪人や未成人。無役でない限り、全くあり得ないことだ。その点、映画は無駄でもこの点が描かれてある。あの時代の狭い町中を、つまらない用事の為に供回りを引き連れて外出をしていたかと思うと愉快だ。無駄こそが武家の本質なのだから。

今回の御本には全く関係ないが、とても印象的だったのは、「たそがれ清兵衛」の月代を毎日剃られないほどの貧乏武士に清兵衛に、つかず離れずついて行く可愛い、ちょっと知恵遅れそうな小者さんだった。役者の名前が知りたいくらいだ。

二三日前に読んだ本「しずり雪」の中で、主人について行った小者二人が、暴漢に襲われ、主人が斬られるよりも前に斬られて絶命する話など読むと、もの凄く悲しい。忠節に勤めるものはいつの世にも悲しい。そして身分制度の最下層に位置する人々はもっと悲しい。

「愛しく候」、愛情の試練の凄み

  • 2005/10/05(水) 20:57:50

itooshiku.jpg
<平松礼二画伯の日本画が装幀された表紙>
安西篤子様の短編集の御本です。書名の「愛しく候」は、「愛おしく候」と送り仮名するように習った気がするが、やはり元文通りに書いた方が、ずっと意味合いも深くこの御本にふさわしく感じる。
八編の短編が、古式ゆかしい花の名前で「雪柳」「馬酔木」「卯の花」「夕菅」「吾亦紅」「露草」「薊」「寒牡丹」と綴られ、語られている。いずれも女の人に似合う花だと思う。
一編の「雪柳」の純愛に涙させられる話は、実に清々しい。厳格な祖父が自分の過去をだぶらせて、不出来な孫を不本意ではあるが、応援すると言う厳しい武家社会には珍しい美談であります。
二編の「馬酔木」で、同じ作家が書いた作品には思えないほどの、愛の残酷さが書かれていた。男のいい加減な情の薄さと、酷な姑の仕打ちには、おどろおどろしいものがありました。
飛ばして四編の「夕菅」のいかにも純愛小説として始まる美しい物語が、突如として恐ろしい親子の情痴愛と変わる展開に驚いた。しかもラストの最後の行まで先が読めない。
五編は「吾亦紅」、(われもこう)と読むのだが、十三の年からたった一人で、八つ年下の弟の元服成人を見守り育てていく女の強さを描いた物語です。彼女自身の強い自己犠牲で成り立たなかった恋愛が、別な意味で「我も恋う」と違う言葉に思われ、表題の裏の意味なのかも知れません。他のお話もそれはそれは面白いです。

9月21日にも書いたけれど、女性の深い洞察力と、言葉の重々しく古めいた表現は、本当に時代小説を読んでいる楽しみが倍加される。年の違いを「二歳年下・・・」と言わず、「・・・より二歳劣る十五で・・・」書かれるとそれだけで感じ入ってしまう。ちょっとした言葉の魔法である。
前回の「武家女夫録」も夫婦の関係について書かれたものではあるが、内容が随分と違って、これはこれで大変に面白かった。この御本は、ほかにも時間の表現が不定時法、例の12時間制(明六ツから、暮六ツまでのとか言う)で書かれていた。前回の「武家女夫録」は、時代小説には珍しい現代時間で書かれていたと思う。

一般に時代小説は、江戸の話が多いのですが、安西篤子さんのものはそれ以外の土地で、しかもその藩が特定できない曖昧な表現が多い。それでもひたひたと現実感を感じさせられる見事な小説家です。

今回の御本の表紙絵は、平松礼二画伯の枯れた、それでいて荘厳な日本画でありました。沈んだ色の中に本編にも登場する「薊」が、紫色に強く自分を浮き立たせています。

<龍が天に昇るような日>と言われた日

  • 2005/10/04(火) 20:59:07

<龍が天に昇るような日>と占いの欄に書いてあった本日は、実に素晴らしい日であった。
買い物に行った妻は、なにかで当たったのか、カランカランと鐘を鳴らしてもらい、そしてなにか数点お土産とプレゼント券を戴いて帰ってきた。
彼女の好きな物ばかりで、大いに喜んでいた。

私の方はと言うと思いもかけぬ人から、お葉書を頂戴した。お礼の手紙ではあったが、中味も素晴らしく感激させて下さるものだった。

そして、最後に帰宅すると私の机の上に、僅かではあるが現金が置いてあった。「はて、何のお金だろう?」
人より振り込んでくださったものだが、ほとんど気にしていなくて、下ろすのをさえ忘れてしまっていたお金を、家内が下ろしてきてくれたものだった。次から次から幸運の続きがあった。

一般人の私たちですら、<龍が天に昇るような日>と言う日はこんなに素晴らしく、感じるのに、もっと大きな喜びがあった方もあるのだろうか。
でも今日が人生最大の最良の日であったら、「どないしょ??」

無駄に溜めるもの

  • 2005/10/03(月) 07:45:28

本質的にケチな性分だから、戴いたものなどは一応とっておく。
時々財布の中、机の周りなどは、整理をしてみないと本当につまらぬ物が増えている。どこかのお店のサービスカード、クーポン券、売り出しに葉書や、封書、などなど。

ここ数年足を運んでいないファミレスのドリンクサービス券が出てきた時には、こんな物をもらう時には断ろうと決断しました。
そうなんです。断ることが出来ないのです。意地が汚いのです。

ガソリンスタンドで、ティッシュなど配っている事を知った時などは、普段より少量入れて、何回も通って数個を戴く。
ああ、この性癖を直したい。無理か?????????

「しずり雪」とは

  • 2005/10/02(日) 08:15:03

「しずり雪」という言葉の響きが素敵だ。かなり年月生きていても、初めて聞く言葉というものはあるものだ。

「しずり」という意味を調べたら、『木の枝などに降り積もった雪が滑り落ちること。また、その雪。しずり雪。しずれ。』とあり、なお漢字の当ても『垂り雪』と書く。雪の降らない南国では、聞くことのない言葉なはずです。私のPCの変換では真っ先に「死刷り」と出てきて驚いてしまう。

安住洋子さんの「しずり雪」とは、そうしたイメージがぴったりくる作品です。「夜半の綺羅星」を読んだ時に感じた、女性の優しさをほんのり感じさせる語り口が好きです。他に数編ありますがどれも情感たっぷりで、柔らかい本です。
shizuriyuki.jpg
<実物の本とは全然違うものに見えますが・・・>
今回は載せるのを迷った表紙絵です。本の実物は、キラキラした雪の降るようなラメ模様が、この本の題名にぴったりの意匠なんですが、いかんせん、この見本写真ではただのグレーの暗い本としか映らないので、繊細なイメージは伝わらないと思います。
彼女の別著「夜半の綺羅星」と同様に、表紙絵のとても綺麗な本なんです。

「枝豆そら豆」のテンポの変調

  • 2005/10/01(土) 07:45:55

edamame.jpg
<枝豆そら豆上下二巻>
梓澤要さんの「枝豆そら豆」二巻ものを読んだ。そら豆のように、莢の中で真綿にくるまれるように、ふっくらゆったり育てられた老舗のお嬢様おそのと、枝豆のように安くて美味いよく働く貧しい小間使いのお菜津。とても仲が良く、暖かい環境で育っていく二人。その二人が同じ男性を好きになってしまう悲劇の始まり・・・。

上巻の半分くらいで、別れた二人の娘が再会する。このとき二十一年が経っている。時間のテンポが速く、驚く展開になる。彼女たちの身分差が逆転しているのだ。

そこからが長い。実に長い。下巻のほとんど終わりまでが、半月ばかりの江戸から、越中の秋津までの旅が書かれている。終わりに近い下巻のページを見て、「もしや」と思ったが、その「もしや」だった。
残りページが少ないのに、結論がない。大円団になる部分があまりにもさらりと書かれている。この最後の目的のために、ほとんどが困難極まる旅をしてきたのに、端的に終わってしまっている。
ほぼ全体の四分の一で21年が語られ、残りの四分の三が14、5日間が書かれている。このテンポの変調は何なのでしょう?

新聞連載ということで、その計算がうまくいっていない作品だ。もし気の利いた作家なら、本にする時にラストを書き加えるべきだった。これだけ気をもまして、最後を簡単にすまされると作品の価値が下がる。読む方の意気も下がる。


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