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映画館で見る「ハリー・ポッター」

  • 2005/11/30(水) 19:46:03

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<壁紙になっていたのをちょっと拝借>
映画館で見てきましたよ、「ハリー・ポッター」。
音響、映像、スピード感、迫力とどれをとっても、映画館でなくては面白さが感じられないです。広い画面中を駆け抜けるシーン等や、クリスマスの舞踏会、ドラゴンが暴れる所などと、広いスクリーンだからこそ、あの音響効果があるからこそ、より一層愉しめる映画なのですね。
ストーリーや、奇想天外な面白さは最高でした。
かなりの奥行きのある大集会場などに、雪が降っていたり、天井から蝋燭が下がっていたりと、ありとあらゆる所でCGが活躍して、効果を上げていました。

会場に入る前に、三人の子供がいましたが、この方達が何故か綺麗で格好いいので見ていました。字幕版と同時に、吹き替え版もやっていたのですが、どうも字幕版を見るようです。その兄弟と思える子供同士は、日本語で会話をしていましたが、途中からでかい外国人のお父さんが来て、思わず納得しました。
彼らはきっと、字幕もなしに見られる人々だったのです。
かなり難しい字幕のシーンでも、結構大きな声で笑ってましたから・・・・


それからもう一組、私たちの近くにいた男同士のカップルが、これがおしゃべりでいけ好かない。
「そこで知り合うも何かの縁って、言うじゃん!」????
思わずジョークかと思ったが、その後の映画が始まる前のスクリーン上で、
”映画の海賊版や、コピーは見ないようにしましょう、作らないようにしましょう”と言うキャンペーンのCFは上映された。
そいつは、
「あっ!俺こればっか」と大声で話す。
レベルの低い奴、低劣な次元の奴。と言うことは、最前の格言も間違って覚えていやがった。
正確には、
『袖すり合うも他生の縁』と言いますが、他生は前世であり、多少ではありません。

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やっぱり買いましたよ、お正月前”プリンタ”を

  • 2005/11/30(水) 07:35:24

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<ちょっとでかいけど、便利な複合機>
結局、買ってしまいました。
キャノンの複合機、PIXUSMP950。
前々から欲しかったけれど、今のが悪くならないとやっぱり買えない。
都合良く悪くなってくれた、エプソンに感謝。

スキャナーとプリンターを処分すればちょっとは片付くかも・・・
本日今から、何かテストプリントをしてみよう。
CDにも印刷してみよう。
コピーも作ってみよう。

ああ、嬉しい。ルン・るん・るるるん?

久々に戻ってきた「鬼平」

  • 2005/11/29(火) 08:27:36

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<玉井ヒロテル画による池波正太郎さんの世界へ誘う表紙>
”久々に戻ってきた「鬼平」”と言っても、鬼平が何処かへ行っていたのではなく、私が「イ行」の池波正太郎へ戻ってきた。
「鬼平」とは言うまでもなく、池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」。火付盗賊改方の長官、長谷川平蔵の名前を縮めて呼ぶ呼び名で、TV、映画でも有名なシリーズになっている。

池波正太郎さんはすでにお亡くなりになった作家であるので、新作が出ることはない。前回の「イ行」の作家を読む際に、ほとんど読んでしまった。その御作は100冊近くにのぼり、鬼平犯科帳が7冊、新鬼平犯科帳が12冊とほぼ20冊だった。
それら全てに玉井ヒロテルさんが、装幀をなさっていた。

今回は、「霧の朝」。新鬼平犯科帳シリーズの7巻目に当たります。鬼平とは呼ばれても、それは悪人からの呼び名であって、本当の平蔵は心優しき武士の鑑であります。
タイトルにもなっている巻頭の「霧の朝」は、庶民の子供の拐かしに自ら陣頭指揮に立つ、この男の優しい面が良く出ている。

読みやすい平易な文体、豊富な江戸文化の知識、そして独特の文体。
『(・・・・・・・・・・・・・・・)
咄嗟に、そう感じた。』
『(・・・・・・・・・・・・・・・)
こころを決めていた。』

(・・・)の部分で、心の中を表現し、次の行でそれを確定するような、人の心情の動きが分かり易い。


全部を読み返すにはしんどいけれど、少しは池波正太郎世界へ、また脚を踏み入れよう。

今年も残り少ないぞ!映画に行こう!

  • 2005/11/28(月) 22:52:57

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<『Mr.& Mrs.スミス』の1シーン>
あと三十数日で、2005年が終わる。
12月は暇だから、映画に行こうと思っている。
手始めは、なんだったけな?
え~と、魔法の学校へ行く話し・・・???

二本目は、『Mr.& Mrs.スミス』。
[MR.AND MRS.SMITH]
2005年12月3日[土]~全国<超拡大>ロードショー
監督:ダグ・リーマン 日本語字幕:松浦美奈
出演:ブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリー、 ほか
2005年/アメリカ/1時間58分/東宝東和配給


あっ!思い出した。
『ハリー・ポッター』だ!!!!!

凄いと思いつつ・・・???

  • 2005/11/27(日) 23:27:04

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<ブリジストン・ブースにあったフェラーリ>
車好きではありますが、近年年をとった所為で、流行について行けません。知らない名前の車の多いこと多いこと・・・
フェラーリのエンブレムが付いてたけれど、なんて言う車なのでしょう?ブリジストンのブースにありましたけれど。。。


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<タイプは知らないけれど、アストン・マーチン>
かってティモシー・ダルトンがジェームズ・ボンド役を演じたときのボンドカーは、アストンマーチンでしたね。


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<コーンズのマークの付いたマセラッティ>
市街地走行が可能なのかどうか?とにかく格好良すぎたマセラッティ。
はう・まっち?


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<見るからにランボルギーニ>
昔のあのカウンタック以来、名前は知らない。でも滅茶苦茶凄そう!!!

モーターショーなどに行って楽しいのは、当然一般には見られない車がみれることだけれど、とても返そうにないお値段でショックを受けてくるのも醍醐味の一つです。

時々それでも、凄く高そうなメーカーのブースで、親しげにもてなされている高級なレベルの客を見かける。
時代小説に当然身分による差別はあるわけですが、現代にも貧富による差別は歴然とあります。
これまた、モーターショー見物の醍醐味です。

耳だけで聞こえることは、勘違いが多い

  • 2005/11/26(土) 22:45:35

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<ハイチオールCのCMって好きだけれど・・・???>
何の気なしにヤフーの知恵袋を見ていたら、良い質問をする人がいたよ。ちょっとコピーを・・・
「ハイチオールCのCMで、「メーラニン♪かーんぞう(肝臓のこと?)♪」と歌った後、中谷美紀さんが「ハラ、ターンオーバー」と言っているのですが、これってどういう意味なんですか?もしかして私の聞き取った言葉が間違っていますか?」
う~ん、良いねえ。実は同じ事を私も感じていたのだ。

回答は、またこれがあっさりと・・・
「メラニン、肝臓、からターンオーバーと言ってます。。。。」だって。
「そうだよなあ」ってくらいのことだけれど、何となく惚けたお仲間さんがいることが嬉しかった。

知らない間に、「嫌われ松子の一生」のHPが出来ていた。
http://www.kiraware-matsuko.com/
勝手にリンクした。

来春からまた、映画がみられぞい。

第18回東京国際映画祭の終わりに・・・

  • 2005/11/25(金) 07:39:41

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<第18回東京国際映画祭の終わりに、勢揃いの美紀さん以下のキャスト>

第18回東京国際映画祭のクロージング作品として「力道山」が上映され、ソン・ヘソン監督、出演のソル・ギョング、中谷美紀、萩原聖人、藤竜也らが舞台挨拶を行った。
ドレスをお召しになり、ティアラまで付けて可愛いお姫様風の中谷美紀さん。インタビュー記事が素晴らしかった。
『紅一点の中谷は肩と背中が大きく開いたセクシーなドレスと、かわいらしいティアラを付けた“姫スタイル”で登場した。』
そして中谷美紀さんについては
『そんな力道山を忍耐強く見守り続ける妻、綾を演じた中谷美紀は、「客観的に力道山という男性は魅力的だと思いますが、個人的には綾のような耐え忍ぶ生活というのは勘弁願いたいです(笑)。むしろ、綾のような奥さんが私には必要かな」と発言。』
いいねえ、いいねえ。

別なニュースが、
”「中谷・松子」カンヌへ照準! ”
というタイトルで、
『中谷美紀(29)主演の映画「嫌われ松子の一生」に豪華な女性キャストが集結した。柴咲コウ(24)、土屋アンナ(21)、木村カエラ(21)さらには本格的な銀幕出演は1977年の「瞳の中の訪問者」以来となる片平なぎさ(46)ら、にぎやかな顔ぶれだ。』
私にとっては、今年の重大ニュース以上である。
『日本公開は来年5月。GWにふさわしいゴールデンキャスト・ムービーになる。』

どんなことがあっても、来年のゴールデンウィークまでは生きていなくちゃ!!!!
宇宙戦争が始まっても・・・・

平岩弓枝さんの「初春(はる)の客」をちょっと考察②

  • 2005/11/24(木) 07:19:08

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<傑作集の中には沢山の蓬田やすひろ画によるカラー債絵が飾れれている>

時代劇は全体に重い。ややもすると原作の同名時代小説よりも重い。
そこには本物の人間が、台詞をしゃべり、映像化され、より具体化されたイメージとして具現される所為だと思います。
人物だけでなく、背景になる景色も、建物も、生活の場も、町並みも、そしてお寺(?)なども・・・
この景色というものが曲者で、ほとんどが京都あたりの太秦のような大掛かりなセットであったりするわけでしょうが、時や仏閣などというものや、古い家並み等というのが古すぎるわけです。
現在に於いて古いものであって、二百年も昔のその当時は、それほど古いものではなかったものが多いはずです。
この古さも、映像で見た時代劇の重さを感じさせる原因ではないのでしょうか。

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<淡い色調で軽く、暗くないイメージの”春の寺”の挿絵>
この御本の挿絵は、蓬田やすひろさんです。表紙にお名前が出ているくらいですので、何かあるなと開いてみるとカラー挿絵が沢山挿入されていました。
現実に目にする古いお寺などの、重苦しいイメージが払拭されて、淡い色調と、軽やかな直線の多い特徴のある絵が、よくよくこの御本を引き立てています。

映画やテレビドラマの世界の具現化された風景とは、ひと味もふた味も違う世界があります。
それにしても、テレビドラマの世界は何故にあのように狭く、ちまちましているのでしょう。将軍様でさえも、六畳間で暮らしているイメージです。

平岩弓枝さんの「初春(はる)の客」をちょっと考察①

  • 2005/11/23(水) 07:02:59

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<蓬田やすひろさんの表紙絵は情緒深い>
NHKの時代劇テレビドラマで、お馴染みにはなってきているが、なるべく見ないようにしている。
主人公の”神林東吾”も、恋仲の”るい”も、テレビドラマほどお年ではない。”東吾”が二十三、四。”るい”も二十一、二で物語は推移しているはずです。
テレビドラマの高島??さんも歌舞伎俳優のなんとかさんも、ずっとずっとお年寄りで、初々しさも何もない。コッソリ抱いているイメージが崩れてしまう。

確かに時代劇には、小難しい台詞や、所作、着付け、立ち回り、落ち着いた発声、節度ある態度等々と、お若い役者には無理からぬ事が多いでしょう。現代の俳優さんはまず腰が高いし、発声が上擦っているので、なかなか似合わない人が多いです。
かって東映全盛、時代劇華々し頃は、本当に沢山の若い二十代の、良い俳優さんが多かったですけれど・・・
とにかく女性の結婚適齢期が、十四五歳から始まり、二十歳代では年増と呼ばれる時代ですから、高島・・さんではいくら何でも大大大年増過ぎます。


久々にお宿「かわせみ」の”るい”の元へ、”東吾”が訪ねていく。
待ちこがれて男が来たシーンは、次のように書かれていた・・・
「待上りがまちに立っていたるいが、嬉しさを奉公人の手前、僅かに抑えた声をたてた。
正直なもので、白い頬がすぐ上気して、なんとなく衿許へやった手に、女らしさが匂いこぼれるようである。」

どんなに見ても、若くて色っぽいお話ですよ.
上手な書き出しで、引き込まされる魅力が堪らない。

初春の客
江戸の子守唄
美男の医者
白萩屋敷の月
源三郎祝言
虫の音
岸和田の姫
忠三郎転生
春の寺


九つの短編はすべて意味がある名前になっている。傑作選なので、すでに読んではいるのだが、読み返しが楽しみな本でもある。

平岩弓枝さんの「初春(はる)の客」って、どんな客

  • 2005/11/22(火) 21:15:13

”お宿かわせみ傑作選”というサブタイトルがあります通り、かのNHKの時代劇ドラマでお馴染みのシリーズ、そしてこの御本はその傑作選です。

蓬田やすひろさんが表紙絵から、中表紙、挿絵画を書いておられますが、それが単行本には珍しく、全部カラーなのですよ。総天然色。
ちょっと浮世絵版画のような、淡い色調の素晴らしい絵が描かれて、本を飾っているのです。


”カラーさし絵満載の愛蔵版傑作選”と帯に書いてあるのです。
まさにそうだと感じて、数ページを進んでいます。
柔らかな筆致の出だしが、読み手をわくわくさせます。

さて、今夜のお宿は”かわせみ”です。
「初春(はる)の客」って、どんな客だったのでしょう?
南蛮人の奴隷として連れてこられた黒人男性と、南蛮人と長崎の遊女との間に出来たあいの子(混血児)の幼い遊女でした。
”かわせみ”から悲劇の始まりが予感され、結末は??

変なトイレの使い方をする外国人

  • 2005/11/21(月) 19:44:32

さるお店のトイレで、若い白人の外国人と出会った。
軽く挨拶を済ませ、男性用の小用トイレで用を足していると、その彼はなんと和式便器の個室に入った。
へ~ぇ、座ってなさるのだ。日本式の体験なのか?
と思うまもなく、ジョロジョロと大きめ小用の音がする。
そう彼は、下世話に言う”立ち小便”をなさったわけだ、しかも個室で。

自転車で、頭に競輪選手のようなヘルメットをかぶって、布教活動をしている青年達の一人であった。若く健全そうで、よく人々に声をかけている彼らは何者なのだろうか?
モルモン教、正しくは、末日聖徒イエス・キリスト教会の信者さんだ。


参考までに、「新興宗教を考察するページ」という立派なHPからちょっと引用をさせていただくと、
モルモン教徒には収入の10分の1を税金として教団に納める義務が全信徒に課せられており、また自費による2年間(女性は1年半)の宣教師活動が強く奨励されています(年齢制限があり、19~25歳までだそうです)。
外国人がモルモン書をもって自転車に乗り宣教活動しているのをみかけることがありますが、こういう理由からなのです。もちろん国内にも信徒がいますので、モルモン教の宣教師は外人ばかりというわけではありません。
なおTVにでる人だと、ケント・ギルバートやケント・デリカット、斎藤由貴などがモルモン教徒としてはよく知られています。


でもこのお三方も、近年見ることがないですね。

韓流ブームが過ぎての”竹野内豊”

  • 2005/11/20(日) 20:52:16

むさ苦しい髭の似合う竹野内豊

<むさ苦しい髭の似合う竹野内豊さん>
日本のテレビドラマに顔を出す”チェ・ジウ”さん

<日本のテレビドラマに顔を出す”チェ・ジウ”さん>
凄く知性的で、何となく好きな”木村佳乃”さん

<凄く知性的で、何となく好きな”木村佳乃”さん>
韓流ブームというものも、ようやくピークを過ぎて来たようだ。訳も分からず、おばさん達がペッ、ペッ、ペッ、とはしたなく騒いでいた頃の悪しき韓流ブームには、嫌気がさしていた。

その後、日本でも「ホテルビーナス」や、「力道山」などブームとは別の韓国との合作など、すぐれた映画が出来て嬉しく思っていた。

本日テレビジョンで、
日曜劇場『輪舞曲』のユナことチェ・ジウさんが、11月18日(金)に来日!!
そして同日、TBS1階ロビー特設会場にて「チェ・ジウ来日記者会見」を行いました。

ということを知り、
日曜劇場『輪舞曲』のスタートが 2006年1月15日(日) に決定しました!
ということを知りました。

竹野内豊さんが好きなわけではありませんが、かって「真夏のクリスマス」というドラマで、中谷美紀さんと競演された折り、まあいい男だなあと感じていました。家内がファンなんですけれどね・・・
その後も静かに活躍されていて、派手さのない、しっかりした俳優だと感じていました。
新たなドラマが、新たなキャストで生まれてくる。楽しみです。
相手役が韓国の人気女優”チェ・ジウ”さんと言うことで、この異色な組み合わせがどんな作品を作り出すのか期待しています。
脇を固める”木村佳乃”さんも良い組み合わせではないでしょうか?

この作品、「輪舞曲」プロデューサー 植田博樹さんのお言葉をお借りしました。
僕は、現在、38歳である。
「戦争を知らない子供たち」のさらに子供の世代である。
日本の教育を受けた僕が知っていることなんて、歴史のごくごくごく一部だ。
「何も知らない」に等しい。
僕は、そのことをずっとコンプレックスとして抱いていた。
日韓の歴史をよく知らない人間が、日韓のドラマを作って、大丈夫なのだろうか。

でも、その韓国の年配の方の言葉を聞いて、ある決心がついた。
僕たちの世代だから出来る「フランクな関係」のドラマがあるのではないだろうか。

過去は絶対に変えられない。
しかし、未来は、僕たちが作ることが出来るはずだ。
だから、「腫れ物にさわるような」企画ではなく、「フランクな関係だからこそできる」企画にしよう。
これを乗り越えられるかどうかが、ひとつのハードルだった

読みに読んだものだ、関心だ。

  • 2005/11/19(土) 07:36:32

煙草を吸わない。
ギャンブルをしない。
無論女の人にも、縁がない。
趣味は読書とパソコン、そして時折アメリカへ。
私は堅物です。

その読書なのだけれど、ほとんどが図書館で借りています。
借りた本は時代小説が中心で、1584冊
それを金額に直すと、2,414,376円
つくづく図書館が有り難いと思います。

そこそこの新車が一台買える金額なのです。

TVでもお馴染みになった”慶次郎”

  • 2005/11/18(金) 07:41:04

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<蓬田やすひろさんの絵は、単純な直線が味わい深い>

NHKのTVでもお馴染みになった”慶次郎”シリーズは、とても不快心理描写が特徴だ。

傷 慶次郎縁側日記01
再会 慶次郎縁側日記02
おひで 慶次郎縁側日記03
蜩 慶次郎縁側日記05
隅田川 慶次郎縁側日記06
脇役 慶次郎覚書01


第4弾に”峠”というものがあるのだが、これ以外は全部読んだことになる。
今読んでいる「脇役 慶次郎覚書」は、多分傑作集になるのではないだろうか?この中の一編目「脇役 慶次郎覚書」は、読みかえしたが覚えがないので、書き下ろしの新作みたいだ。

テレビジョンでは、かって日活の若手スターだった高橋英樹という俳優が、上手に演じている。顔がでかくなっているけれど・・・。脇を固める方々、特に佐七役がよい。また、タイトルのに流れるアニメーションが、とてものんびりしたテンポでのどかな”縁側日記”のイメージにふさわしい。

この御本の「脇役 慶次郎覚書」の書き出し、”一枚看板”も佐七の話からで、しかも冒頭から出かけてしまっていて、終わりに帰ってくるという上手な仕掛けの中、物語が展開する。
台詞の少ない、細かい心理描写が多い繊細な文章は、時折泣かせてくれる。

宵闇迫る夕暮れの江戸の町が、静かに書かれた表紙絵は蓬田やすひろさんの特色がよく出ている。哀愁という言葉が口に出てくる。

宇江佐真理さんの「君を乗せる舟」の優しさ

  • 2005/11/17(木) 22:29:18

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<花嫁を乗せる川船の全景を見る為、表紙裏表>
昨日はじいさまを病院へ、そして本日は婆さまをまた病院へ連れて行った。たまたまの巡り合わせではあるけれど、連日は疲れてしまう。しかも8時半に家を出て、15時半の帰宅である。

その代わりと言ってはなんだが、待ち時間がほとんどなので、宇江佐真理さんの「君を乗せる舟」は読み終えてしまった。昨日徹夜でもして読破をと思ったが、今日が病院行きだと思い直して早々寝たので、読み終えていなかった。

今回は主人公の廻り髪結いの伊三次よりも、伊三次の面倒を見ている北町奉行所定廻り同心・不破友之進の実子、不破龍之進に関わる話が主だった。
十四歳で前髪を落とし、元服をし、同心見習いをになるこの男は、過去の本にも度々出てはくるがまだまだ子供だった。今回、無給の見習い同心として、格別によく働き、よく描かれている。現在の同年齢の子供であれば、本当にまだ子供であるのだけれど、この時代の十四歳は、子供とは言い難い。その青年の多感な心の襞が、微妙に感じられる繊細さで読み取れる。女性作家の魅力だ。

同じく元服をする仲間六人の内訳は、五人が同じ八丁堀の同輩クラスの中からで、料理茶屋の息子で武家に養子になって来た者が一人だけ含まれる。最初に龍之進に不安感を持たせた、この養子男も実際には実に立派な見習いとなる。

彼ら六人を”八丁堀純情派”と呼ぶ項があり、またそれが対比として出てくる”本所無頼派”との追いかけごっこが楽しい。
TVの時代劇で、”八丁堀”と敬愛された藤田まことさんが、別の刑事ドラマで「・・・・純情派」と言うのをやっておられた。この本の作者、宇江佐真理さんもこの番組を見られて、名前を連想されたのではなかろうか?

子供を持つ親の苦労や、恋いに苦しむ若者の心情や、人情話としても面白い。

借りてきましたよ!宇江佐真理さんの「君を乗せる舟」

  • 2005/11/16(水) 23:13:49

そう言えば、カテゴリーってのが少ないな。
ほぼ十項目しかない。中に雑多な「日常」と「雑感」があるので、趣味的には狭い範囲で書いているんだな。
先月、モーターショーに出かけた折り、「モーターショー・自動車」と言うカテゴリーを増やしたけれど、それ以来書くこともない。

まあ、元々タイトル自体が「時代小説」と「中谷美紀」だから、それ以外はどうでも良いのだけれど・・・・

で、そうそう、借りてきましたよ、宇江佐真理さんの「君を乗せる舟」
二編目まで読みましたね、一気に。
自分に波長が合うのか、この”髪結い伊三次捕物余話”シリーズは大好きです。
回り髪結いと八丁堀は因縁のある仕事柄、実に巧い組み合わせではあります。八丁堀の旦那と呼ばれる同心と、髪結いさんは、必ず毎朝顔を合わせる中ですし、髪と髭をあたって貰っている間のひとときに、町回りをする髪結いさんが仕入れた情報を手に入れることが出来るわけです。
その髪結いさんが、八丁堀の手先ってのも分かるってもんです。

一編目の中に、元どこかの大名の御殿女中を務めた女隠居が、主人公の伊三次を「そなた。犬か」と蔑んで問い糾すシーンがある。八丁堀の役人は武士でも、”不浄役人”と呼ばれることも有るそうだから、その手下は”犬”と呼ばれても仕方がないのかも知れないが、ここにも身分制度の過酷な弊害がありますな。

伊三次が、元芸者のお文と所帯を持って、可愛い子供が出来ているのはいいねえ。小粋な芸者が、所帯やつれしてなくて、婀娜(あだ)なままの姿で書かれいるのが嬉しい。

さて、徹夜して読むぞ!!!

伊藤桂一著「遠花火」の中の短編

  • 2005/11/15(火) 21:37:39

「遠花火」の中の短編は、全部で十一編有ります。

1、遠花火
2、絵馬の女
3、萩の咲く道
4、落雀の賦
5、因幡の兎
6、いつか、その日を
7、崖の石蘭
8、菜の花月夜
9、牡丹の咲くころ
10、死神剣法
11、狐の嫁入り


全ての物語の中に、作者の人間愛を感じさせる優しい息吹があります。クールな作者の冷静な観察眼から見る時代小説、堅い歴史観と、時代考証の凄さから唸らせる時代小説。
その他にも多様に小説は存在するが、やはり柔らかい、そしてあったかい気持ちにさせる、肩のこらない読み物というのも大いなる魅力だと思う。

気軽に自分がその世界へ迷い込める、時代背景やその社会を深く考察しなくても良い楽な気分の時代小説が、伊藤桂一さんの作品の特徴のような気がする。
肩苦しい武士の世界を覗いてみても、「そんなに意地になって生きなくても良いのに」、「もっと楽にしたら」なって励ましてあげられる等価な自分がいる。とても好きですね。

伊藤桂一著「遠花火」の儚さ

  • 2005/11/14(月) 21:21:10

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<倉橋三郎さんの表紙絵そのものに、儚さと侘びしさを・・・>
昨日の夜の花火を見た後に、この本はまたなんて奇遇なのでしょう。と言うより、この本を読んでいるときに、夜の花火を見たのでしたけれど・・・

伊藤桂一さんは、好きです。
時代小説自選集1、2、3、旅ゆく剣芸師、鬼怒の渡し場、秘剣やませみ、月下の剣法者、隠し金の絵図、遠花火
とほとんど読んでいるのですが、何度も読めます。
今回の「遠花火」も二度目だとは思います。

十一編の短編が収められています。表題の「遠花火」の哀れさは、本当に短い話なのに、ちょっと泣けます。売られてくる女性の悲しさと、それを自分のみを犠牲にしてまでも助ける同業の先輩。人を助けるよりも、その苦界から自分そのものが抜け出すことよりも、他人を助ける。
自分の命が残り少ないことの自覚から、善行をして、少しでも後生が良いようにという儚い女性の望みが感じられます。

他の短編も素晴らしい出来です。剣豪小説も、人間の儚い日陰の生き様も上手にお書きになります。私にはとても読みやすい筆致です。

表紙絵がまた素敵です。遠景のおぼろな花火が、近景の百合の花と図柄を対比させて、しかもこの構図は、中に配された短編の物語も暗示しています。とても見事です。

季節はずれの花火

  • 2005/11/13(日) 21:15:30

なにか大学の文化祭の一環なのか、突然に花火が上がりだした。
比較的に近い場所で上がっているみたいで、大音響と、光が眩しい。
空気の澄んだ、薄ら寒い秋の夜空に、賑やかに、そして寂しく花火が上がる。
予算の関係か、なんの余韻もなく、突然に終わった。

白い煙がたなびいてきて、火薬くさい匂いがとどく。
寂しく青みの濃い夜空に、白い煙だけが花火の名残を残している。

泡坂妻夫著「からくり東海道」って???

  • 2005/11/12(土) 21:36:55

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<色気あふれる東啓三郎さんのカバー絵>
表紙絵の魅力で借りてきたら、すでに読んでいた。それでも四年も前になるとほとんど覚えてなかった。覚えてないから本の中味に魅力がないかというと、読んでみれば面白すぎる(?)。

泡坂妻夫氏は、作家であり、マジシャンであり、本業は家紋屋さんだそうで、このマジシャン的な感覚が曲者です。お話の内容がパズルみたいに、綿密に組み合わされていて、筋書きの展開が奇想天外で、私のド頭には一番の苦手なものでした。
時代小説の大好きな私でも、ミステリー半分、パズルの謎解き半分は好きになれない。それで中味を忘れてしまったのでしょう。

しかし興味のある記述も多い。その一つに大名家の贅沢なお話が書かれている。参考までに抜き書きを・・・
「尾張徳川家、名古屋藩六十二万石の江戸下屋敷。
またの名を戸山山荘といい、総地坪十三万六千余坪という江戸第一の宏壮な大庭園です。江戸の西北のはずれで、東が牛込、南西は大久保、北は高田に囲まれた場所で、三代将軍家光が三歳になる娘の千代姫を尾張名古屋城主、徳川光友に嫁入りさせたとき、姫のつれづれを慰めるため、この土地を与えました。山荘は着工から完成まで二十七年の歳月が費やされたといいますから、昔の大名のすることはとかく桁が外れています。」

この山荘の中には、物語の肝心な所でありますし、謎も、仕掛けも多く、大きな東海道の町々が作られていたり、実物大の町並みが忽然と現れたりと、驚くべしです。

表紙絵の表と裏は、肝心の主人公の粋な女と盗人家業のいい男が素敵に書かれています.

記憶メディアの進歩

  • 2005/11/11(金) 21:17:21

おじさんについて行けないのは、PC関連機器の進歩。

随分昔だけれど、バックアップをとるのにフロッピーディスクを、50枚くらい持っていた事がある。

その後に123MBのMOドライブを買った。
ZIPドライブも買った。100MBだったな。
230MBのMOを買い足した。この頃まで、接続はUSBではなかったので、PCを買い換え、USBが一般的になった頃から640MBのMOにに切り替えた。

CDに書き込み事が不通になった。
CD-Rも普及して来たと思っているうちに、DVDにかけるようになった。そして訳の分からないまま、DVDは沢山の種類が増えた。
DVD-R、DVD-RW、DVD+R、DVD+RW、DVD-RAM・・・。

PCにはフロッピーディスクは着いてこなくなった。
簡便なUSBメモリーが目につくようになった。
あんな小さなものに、フロッピーの何十倍もの記憶容量があるなんて信じられない。フロッピーはどうしても太刀打ちできない。
フロッピーを発明したと言っていた有名な発明家はどうしてるかなあ?

温泉の効能書き

  • 2005/11/10(木) 17:35:23

台風14号の影響で、山の方の温泉が行きにくくなった。
途中の道が不通だったり、道が決壊していて片側交互通行だったりで、不便この上ない。
仕方なく町場の温泉へ出かけています。

温泉というのは、必ず成分表と効能書きがあって、何が入ってて、身体のこの部分に効果が有るとか云々と書かれてある。確かに、これを読んでるとその気になるし、いかにも効いているかのような気になってくる。逆にあまり書かれていないと、効き目の少ない温泉かなと思ってしまう。

町型のシャレた温泉は、この効能書きでもアクリル板の上等の板に、見やすい活字で印刷された、湯気にも消えにくいものになっている。これが田舎のひなびた温泉だと、書かれたものが湯気に消えてしまって、判然としないものが多い。
それで、どちらが効能があるのかというと、何となくではあるが田舎のひなびた温泉の方が有りそうな気がする。

綺麗な看板よりも、周りの雰囲気だったり、お湯の色だったり、年季ははいってる感じだったり、要は感覚的に勝手に決めている。またそこまでの道程が困難なほど、効能有りそうな気がしている。

このところ、お土産山積み

  • 2005/11/09(水) 20:41:42

珍しく、先月から今月へと家族の旅行が集中した。
家内が沖縄に行っていたし、その後私もモーターショーに行った。
そして子供が、石垣島に行って帰ってきた。
石垣に見せられた人々も多いらしく、よく時間と金があると出かけていく。

そんな訳で、お土産がちょっと貯まって楽しい。
誰かの土産が食べ終わった頃に、次の土産の開封なんて滅多に味わえない贅沢だ。

いまPCの横には、「琉球島豚ジャーキー」が乗っていて、開封を愉しみに、キーボードをたたいています。

「木瓜の夢」の中、女性の哀れPartⅡ

  • 2005/11/08(火) 20:58:29

御本の中の四編目、「千姫脱出」はあちらこちらの作家さんが手がけているテーマなので、中味については今更何もないのだけれど、安西篤子さんの視点ではちょっと深読みがされていて、変わった感触で読んだ。

豊臣秀吉の一子秀頼に嫁いだ千姫は、徳川秀忠の長女、家康にとっては孫に当たる。母はお江の方、祖母は信長の妹でお市御料人と名門中の名門の生まれである。秀頼の生母淀君とは、母同士が姉妹で、叔母、姪との関係と言うことになる。

千姫の母達、浅井三姉妹は落城する城から救い出させ過去があり、彼女等を救い出した者が秀吉である。後年、その美女の中の一人淀君を、秀吉は愛妾にしている。
因果と言うことなのか、大阪城の落城の折り、千姫も焼け落ちる城の中から救出される。
家康は千姫可愛さにか、
「お千を救え!救い出した者に褒美としてめとらす」とまで言っている。
そこで救出を試みる数多の武士の中、坂崎出羽守が無事救け出す。その際に、出羽守自身は顔にやけどまで負ってしまう。五十を超したこの男でも、千姫ほしさは変わらないのであろう。いつか褒美の千姫が賜れる者と期待をしているが、落城の翌年に家康は病に倒れ、約束も実行できずに亡くなってしまう。しかしご褒美はお預けになったままで、千姫は伊勢桑名の領主本多美濃守の元へ輿入れ決まってしまう。その後の坂崎出羽守についての事件は、あまり詳細には書かれていない。


この話の中でも、やはり女性は自分の意志のままには行動できない。自分の知らぬ所で政略結婚が行使され、あの豊臣家の滅亡と言う歴史の中にいてすら、ともに死ぬこともなく、生き恥をさらしても(本人にそんな感覚はないのでしょうが)、また別の男と生きてゆく。
「愛情」という一般的に軽々しく言っている言葉は、この世界では意味のない言葉なのだろうか?

五編目の「おかる」については、「おかる・勘平」という対語になっているくらいに有名な話で端折ってしまった。

六編目が「鴨川に映る夢」。かの幕末の長州藩の立役者桂小五郎と、京都の芸妓幾松とのあだなお話です。これも映画から、小説、TVのドキュメンタリー番組と幅広くに書かれた史実なので有名なお話です。人を斬らぬ、理知的な隠忍自重タイプの桂小五郎と、麗人で粋な幾松は誰が書いても絵になる話であります。
それにしても、幕末の英雄と言われた人々は、尊皇、佐幕を問わず、薩長土の倒幕藩士も、新選組も、みんな女を囲う。
”英雄色を好む”とは言え、本来薄給の下級武士なはずの男どもが、高い他人の金や、藩費を費やして身請けをしたりして、高嶺の花を手折っている。それらの金は結局は、貧しい階層の人々の血税に他ならない。そんな低レベルな意識の人間が、革命ごとを口にしても信ずるに足らない。明治政府の立ち上がりが失敗したのも、現在に至る政治家の意識レベルが低いのも、この事等に起因しているように思う。

「木瓜の夢」の中、女性の哀れ

  • 2005/11/07(月) 07:57:34

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<実物は金彩がもっと豪華に屏風絵の如く綺麗な表紙絵>
安西篤子著、「木瓜の夢」は六編の短編が収められている。
さりげなく書かれた二編目の、”菅沼十郎兵衛の母”は重い。
今回ちょっと衝撃であったのは、男尊女卑の問題ですが、時代が戦国の世ともなると、御本の中で著者が「品物のように男の手から手へ渡され、そこで子を産み、その子を置いて去らねばならない」と述べておられるとおり、人権もなくば、人間としての威厳もない。酷い扱いを受けている。多分にその本人には何の自覚もないのであろうけれど・・・・
勝手ながら、ちょっとまとめてみた。

 主人公菅沼十郎兵衛定氏を生んだ母は名をおとみといって、三河国額田郡の大河内左衛門尉元綱の養女、実
天性の美貌に大河内元綱が眼をとめ、近隣の豪族の歓心を買うため、贈物代りに用いようと手元へ引きとったものであろう。
① 十代半ばのころ、川口久助宗定にめあわされ、一子文助宗吉。文助の誕生後ほどなく、川口家を去る。
② 田峯城主菅沼新三郎定広へ送られ、菅沼定氏を生んだ。定広は正室のほかに側女も幾人か持ち、男女数人の子を生ませていた。おとみもその一人に過ぎない。
③ おとみは実家の大河内家へ返され、星野備中守秋国の妻に迎えられたが、すぐ不縁になる。
④ こんどは尾張国碧海郡刈屋の城主水野下野守忠政に進呈された。忠政はおとみを寵愛し、四男忠守、次女お大、五男近信も生む。
⑤ 忠政は近信の誕生直後に愛妾おとみを岡崎の松平清康に贈った。当時、三河を席巻した清康のきげんを取ろうとしたのであろう。
⑥ おとみは清康より五歳年長だったが評判通りのおとみの美しさに満足し、片時も傍を離さず、戦場へも伴って行き、一男一女を生んだ。
⑦ 清康が殺されると、再び水野家へ引きとられた。水野忠政は元と変わらず伽をさせ、八男忠分、九男忠重を得ている。


この女性が生んだお大は、後に松平清康の子、広忠に嫁ぎ、徳川家康を生んでいる。そしてお大も家康とは幼児に別れている。

このような時代は男だけが、人間として存在したのであろうか?

こんなに早くて良いのかな?

  • 2005/11/06(日) 07:46:05

こんなに早くて良いのかな?ってことが沢山ある。

プリンタの印刷速度。
パソコンの処理能力。
電化製品のモデルチェンジ。
パソコンのマイナーチェンジ。
音楽の流行。
携帯電話の機能の向上。
ネットオーディオの変化。
音楽メディアの変化。
子供の成長。

全然ついて行けないことばかりで、驚くべしだ。
女の心変わりの早さとか書いてみたかったが、こればかりは女に縁がなく書けなかった。

久々の時代小説

  • 2005/11/05(土) 08:03:53

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<小村雪岱の浮世絵などをコラージュした表紙絵>
モーターショーに出かけていたので、久々に時代小説を読んだ。帰って来て一週間後の休みに、図書館へ出かけていって八冊ほど借りてきた。
本に飢(かつ)えていたかのように読んだ。夜中のトイレでも、長い時間読んだ。

宇江佐真理さんの「神田堀八つ下がり」、これは良かった。副題が「河岸の夕映え」なんてロマンティックについてはいるが、浪漫だけではない。短編の中味六編全てが、上手のまとめられているのは、
どやの嬶(かか)----御厩(おうまや)河岸
浮かれ節------------竈(へっつい)河岸
身は姫じゃ----------佐久間河岸
百舌----------------本所・一ツ目河岸
愛想づかし----------行徳河岸
神田堀八つ下がり----浜町河岸

以上の江戸の河岸に住まう庶民の人々の人生劇が書かれているからだ。

それぞれの主人公が、出身や、身分の違いなど乗り越えた、人情で結ばれている。人間が優しく描かれている。罪人(つみびと)がいない小説なのですよ、これは。それにしても、ふりがなを付けないと読めない漢字が多いですよね、時代小説は。

「浮かれ節」は、浮かれ武士に通ずるのか、小普請組の無役の御家人である主人公の趣味であり、生き甲斐でもある端唄がでてくる話しである。
8月末近くのこのブログに、
『謡に始まって、長唄、小唄、端唄、新内節、常磐津、清元、等々・・・これらは皆現在では身近に聴くことは不可能で、特殊な環境にでもいなければ、聞き分けることすら一般人には出来ない。
扇子を片手に着流しで、「おう、そこの新内語り。ちょいと一節聴かしてくんねえ」言ってみたいよ、こんな台詞。』

と書いているくらいだから、この世界のことが分からない。ところが、その時節のブームの主だった”都々逸坊扇歌”と、都々逸のお話が絡んでくる。名人と、その名人の才能、才覚、そして器量の大きさが爽やかに、この主人公の生活にエピソードを残す。
実によく書かれた小説で、しかも文末に参考書目として、CD「都々逸・特撰」が書かれていて、作家ご自身もお聞きになられてのであろうし、私もこれを探して聴いてみたい気がした。
これが江戸社会に、一歩踏み込める出逢いになるかも知れない。

それにしても「小普請組」とは、何という職制だろう。戦時の武家社会では沢山の兵隊が必要になるので、このような役目はなく、皆兵隊なのでしょう。徳川幕府は平時になると、それらの抱えていた身分の低い余剰人員を、非役で、微禄な「職制・小普請組」に組み入れて、飼い殺しのように養っていく。今の時代では、仕事もなく、薄給で、はかなく生きていく人生は考えられないし、そんな寛大な会社もないだろう。

「身は姫じゃ」は、昔こんなストーリーの時代劇が沢山あった。身分卑しくない姫君が、何かの事情で、江戸の町に放り出される。これこそ、浪漫だ。
こんな姫君を捜し出して、一儲けしたいな。

「東京モーターショー」って花いっぱいⅤ

  • 2005/11/04(金) 07:30:34

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<やっぱりどこかが違う外人さん達>

全体にモーターショーでは外人さんを沢山見かけた。
商社マン風、ディーラーさん、単に来場者、とにかく沢山の外人さんにであった。一人だけVWのブースにいた方は、聞いてみると2mを超す大男であった。私はその方の肩までもなく、背中の中間くらいが見えてて、前に立っていたときは壁みたいだった。話すときも少しくらいは、あいだを開けないと顔すら見えない感じであった。
確かにスーツ、洋服の類は外人さんがよく似合っている。

というところで、今回のお写真は外人さんのコンパニオンさんです。お顔が小さく、そのくせ脚が長く、やっぱりカッコが決まっています。外人コンプレックスは直りませんね。

「東京モーターショー」って花いっぱいⅣ

  • 2005/11/03(木) 07:49:05

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<案外少なくなった光り物のコスチューム>

モーターショーのコンパニオンさんも、レースクィーンの方々も、時代とともに衣裳(コスチューム)に変遷がある。
かってハイレグなんて、言葉すら死語になったようなファッションがあった。デザインが大胆になって、素材までも近未来的というのか、光沢のある素材や、非繊維の素材などが流行り始めた。
何故か、このビニールっぽい材質は男の人が好きみたいで、かなり流行った時期があった。

今回はあまり見かけなかった。
ちょっと貴重になったのか?それともお召しになる方たちがお気に召さなくなったのか?

「東京モーターショー」って花いっぱいⅢ

  • 2005/11/02(水) 21:48:53

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<仲良く二人で写ってくださった方々>

ほとんど頭の中は、まだモーターショーの余韻でいっぱい。
例年、出かける度にこんな感じでぼっとしている。
何のことはない、普段見ることのない綺麗な女性に逆上(のぼ)せているのかも知れない。
あの会場で一番愉快なのは、綺麗なお嬢さん達が、持ち場を離れて食事をしている風景に出くわすときだ。
今までハイヒールで気取っていた方達が、スリッパや大きなコートを羽織って、ごく自然に振る舞っている光景ではないだろうか。

お仕事中の彼女たちは、カメラを向けてお願いすると、よくお隣の仲間を誘って、二人でカメラに収まってくださる。そのタイミングとコンビネーションは素晴らしい。

「東京モーターショー」って花いっぱいⅡ

  • 2005/11/01(火) 07:48:09

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<人間の構造が変わってしまったかのようなスタイルの良さ>
どうも同じ日本人とは思えないようなスタイルの良い方達であった。四枚目の写真の方は、『KIA』ブースの方だから、もしかしたら韓国人かも知れません。
いずれにしても、東洋人の比較的ずんぐり、むっくりといった体型はどこかへ行ってしまったようです。皆さんお美しいし、そのスタイルの良さは、目を見張るものがありますね。

と言いつつ、ただ目の保養をしているだけかも・・・


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