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耳に聞こえる音は、理解を超えるものだった

  • 2006/01/31(火) 09:09:02

ていだー太陽(デイダ)・風(カジ)ぬ
夏川りみのCDを聞いていると、沖縄の言葉(うちなーぐち)は、ほとんど理解を超える言語であった。
このCDの中、八番目の「赤田首里殿内(アカタスンドゥンチ)」と言う曲の、頭のコーラスの部分が、私にはこんな風に聞こえ、聞こえた音を日本語に直してみると・・・・

火炙 火炙(ひあぶ ひあぶ)
二人部 二人部(ににんべ ににんべ)
卑人頭 偉人塔(ひじんとう いじんとう)
冷湯呑 冷湯呑(ひえゆのみ ひえゆのみ)



火炙りにあった、
二人部屋の男たちは、
一人は卑しい人間のボスだったが、
もう一人は偉い人で今では塔が立っている。
塔の前には、冷たくなった湯呑茶碗が転がっている。


それなりに解釈できるでしょう???????

このCDの一番目の曲で、昔から聞いて有名な「安里屋ユンタ」のコーラスの部分は、今でも
「死んだら 神様よ」
としか聞こえない。
これも違った本来の意味があるのでしょうが・・

「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ」
という諺がある。
家内と結婚するときに、私は沖縄通ぶって、いろいろと情報を仕入れては、彼女の両親に自慢をしていた。
沖縄出身の彼女の両親に気に入られるように、策を弄したわけだが、何も身についていない俄か知識だったので、今になっても全然「うちなわぐち」がわからない。
知ったかぶりが災いして、今でも歌詞の中味などのうちなわぐちを解説してもらうのが、恥ずかしくて出来ない。

「聞くは一時の恥、知らぬは末代の恥」とかいいますけど・・・・・

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紗綾形(さやがた)について

  • 2006/01/30(月) 07:57:16

zukei01.jpg
<紗綾形の基本形>
『紗綾(さや)』というのは、辞書で分かり易くしらべると、「平織り地に、稲妻・菱垣(ひしがき)・卍(まんじ)などの模様を斜文織りで表した光沢のある絹織物。中世末ごろから江戸初期にかけて多く用いられた。さあい。さあや。」ということで、これを連続模様としたものが、
zukei02.jpg
<分かり易く色づけした紗綾形模様>
『紗綾形(さやがた)』で「卍(まんじ)の形をくずしてつづり連ねた模様の名。紗綾の織り模様に多く用いられる。」別名卍つなぎともいう。
良く時代劇で、お奉行様がお白砂で罪人を裁くシーンを連想すると、その背景の襖があります。あの襖の模様がこの模様なのです。斜めにレイアウトされていることも多いので、事細かく見ていくと、着物の地模様など多くに見られます。単純な図形のパズルのような連続が、こうして見事な意匠となっているところが、江戸文化の素晴らしい一端です。

本の厚みは、39mm。ページにして、546頁。・・・圧巻!

  • 2006/01/29(日) 07:36:35

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<この表紙には意味があるような気がする>
秋山香乃さんの著書「新選組・藤堂平助」を読み始めた。
この御本の表紙を穿った見方をすると、イガイガしたコケのようなものがあの時代、新選組が生きた混乱の世の中をあらわし、そこに散らされた赤い紅葉の葉は、血に染まった新選組の隊員そのもので、短くもはかなく散っていくことを暗示している。
真ん中にひとつだけ、場違いにも緑のクローバーが配されているが、この本の主人公、藤堂平助で、華奢で繊細な彼を際立たせる密かな草として表現されているように思える。

この本は厚い、五百四十六ページにもなる大作で、厚さはほぼ4cm、実に重い。
浅田次郎著の、「輪違屋糸里」などにも言えることだが、このように歴史の中で、儚く短く生きてきた人は資料も少ないと思う。まったくの架空の存在であれば、勝手に書けばよいのだろうが、一応の歴史的人物であるとそうも行かないから、作家様の力量と言うものは恐ろしいほどのものであろう。

「藤堂はこれといった偉業は何一つ残しませんでした。剣にしろ、学問にしろ、優れた資質の片鱗を覗かせながらも、、形になる前に散ってしまったからです。短い生涯でした。」

本の帯にかかれt言葉です。

宇江佐真理著「涙堂」の副題の意味は?

  • 2006/01/28(土) 08:35:59

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<今までにない柔らかな縁側の日差しが感じられる唐仁原教久さんの表紙絵>
八丁堀の役人の妻だった琴女が、旦那の不慮の死後、八丁堀の家を出て町屋に住む次男の家で暮らし始めるところから物語が語られる。
次男は役人を志さずに、武士を捨て町絵師として暮す。この周りに棲む人間や、幼馴染の友人との交流、そして密かに行われる旦那の不自然な死に対する謎解き、いろいろ愉しませる要素の多い市井小説でした。

副題の「琴女癸酉日記」と言うのが面白い。彼女が雑文の日記を記し始めて、それを次男の町絵師が表題をつけることになるのだが、文が上手であることになっている。
この本の中でも章の終わりに少し掲載されるが、時節を捉えた良い日記である。
ところで肝心なのは、この“癸酉”である。「きゆう」と読むのだが、「みずのととり」とも読む。この十干と、十二支が解らないといけないのでちょっと解説を・・・

十干(じつかん)とは、甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)・戊(ぼ)・己(き)・庚(こう)・辛(しん)・壬(じん)・癸(き)の総称。これに五行(ごぎよう)の木・火・土・金・水を結びつけ、さらにそれぞれ兄(え)(陽)と弟(と)(陰)を配し、甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)とよぶ。

十二支(じゅうにし)とは、暦法で、子(し)・丑(ちゆう)・寅(いん)・卯(ぼう)・辰(しん)・巳(し)・午(ご)・未(び)・申(しん)・酉(ゆう)・戌(じゆつ)・亥(がい)の称。これらを一二の動物にあてはめて、日本では、ね(鼠)・うし(牛)・とら(虎)・う(兎)・たつ(竜)・み(蛇)・うま(馬)・ひつじ(羊)・さる(猿)・とり(鶏)・いぬ(犬)・い(猪)とよぶ。時刻や方角を表すのに用いる。
そして、十干と十二支組み合わせて年や日を表す。その組み合わせは、六十組となり、それらが一巡りすること、暦が循環することから「還暦」と呼ばれる。

新選組と女たちの小説

  • 2006/01/27(金) 07:54:30

女たちの新選組

江宮隆之著「女たちの新選組」を読む。
サブタイトルが”花期花会”とあるように、本の表紙絵も、またその内容も、新選組と出逢いをした女たち、或いは新選組の隊士たちが出合った女たちとのお話であった。
でも。”一期一会”を”花期花会”と読み替えるなんて、キザですなあ、私に言わせると。

藤の章(お琴と歳三)
凌霄花の章(お梅と芹沢)
芍薬の章(あぐりと愛次郎)
花菖蒲の章(ツネと近藤)
侘助の章(明里と山南)
萩の章(壬生心中)
白梅の章(総司の恋)
忍冬の章(歳三最期)


以上の八つの章に分かれ、それぞれがその章にふさわしい花の名前で区切られている。
現代では、「凌霄花」(りょうしょうか)「芍薬」(しゃくやく)「侘助」(わびすけ)「忍冬」(すいかずら)など読むことも、花の姿すら頭に出てこない時代だから、ちょっとキザと言えばキザな名付けではありますね。
キザについでに、「凌霄花」(りょうしょうか)はノウゼンカズラでありますし、「芍薬」(しゃくやく)は「立てば芍薬、座れば牡丹・・・」と謂われほど豪華な華であります。「侘助」(わびすけ)が椿の花の一首で、その名の通り茶人に好まれ、茶室にひっそり飾られるのもこれです。「忍冬」(すいかずら)なども見ることがありませんが、野草です。これと芍薬は漢方薬にも用いられ、故に芍薬には薬の文字が入るのでしょう。

脇にそれましたが、よくよく考えても、新選組というものは、文久二年(1862年)の浪士組の募集から明治二年(1869年)函館戦争で土方歳三が討ち死にするまでの、長く数えて7年間の存在であります。
それなのに後世まで良くも悪くも語り継がれ、また沢山の作品になっているのは驚くばかりです。

この作家さんはよく知りませんが、まあ努力に人でしょうね。
ちょっと凝り性?

「五郎治殿御始末」と浅田次郎さん

  • 2006/01/26(木) 09:57:34

gorouji01.jpg
<椿の赤が強烈な表紙絵>
「五郎治殿御始末」は、
椿寺まで
函館証文
西を向く侍
遠い砲音
柘榴坂の仇討
五郎治殿御始末

の五編の短編から構成されている。

この本の表紙絵の椿の絵は、第一編の「椿寺まで」が印象づけされている。「函館証文」は数日前にも書いた話だし、「西を向く侍」についても、この言葉の意味で、指を折って拳の骨を数えた記憶がありありと出てくる。「柘榴坂の仇討」のように、桜田門外の変で討たれた井伊直弼の側近が、明治の御代までの苦悩を抱え続け生きていく姿は実に哀れだ。御本のタイトルになっている「五郎治殿御始末」に至っては、涙涙で読んでしまった。

当然共通のテーマがあって、それは幕末からやむなく生き残ってしまった武士の悲哀だ。特権階級であった、身分制度の頂点になっていた武士という生活に無能力な人々の、しかも徳川幕府を支えてきた佐幕派のなれの果てであった。美しくも悲しい悲哀に満ちた死にきれない生き様が描かれている。小説で言えば、真の男の浪漫があるのですよ。
武士というのは、本当に不器用で、どうしようもない無骨な生き物だったのですね。

改めて浅田次郎さんの作品リストをみました。
プリズンホテル(1993年、徳間書店)
プリズンホテル・秋(1994年、徳間書店)
プリズンホテル・冬(1995年、徳間書店)
プリズンホテル・春(1997年、徳間書店)
日輪の遺産(1993年、青樹社)
地下鉄(メトロ)に乗って(1994年、徳間書店)
きんぴか(1996年、光文社)
蒼穹の昴(1996年、講談社) ISBN 4-06-274891-6
勇気凛凛ルリの色(1996年、講談社)
勇気凛凛ルリの色2~四十肩と恋愛(1997年、講談社)
満天の星 勇気凛凛ルリの色(1999年、講談社)
天切り松 闇がたり(1996年、徳間書店)※後集英社で再刊。
天切り松闇がたり 残侠(1999年、集英社)
天切り松闇がたり 初湯千両(2002年、集英社)
天切り松闇がたり 昭和侠盗伝(1999年、集英社)
鉄道員 (ぽっぽや)(1997年、集英社)
活動寫眞の女(1997年、双葉社)
月のしずく(1997年、文藝春秋)
珍妃の井戸(1997年、講談社)
見知らぬ妻へ(1998年、光文社)
霞町物語(1998年、講談社)
天国まで100マイル(1998年、朝日新聞社)
シェエラザード(1999年、講談社)
壬生義士伝(2000年、文藝春秋)
薔薇盗人(2000年、新潮社)
椿姫(2001年、文藝春秋)
歩兵の本領(2001年、講談社)
王妃の館(2001年、集英社)
沙高樓綺譚(2002年、徳間書店)
草原からの使者 沙高樓綺譚(2005年、徳間書店)
椿山課長の七日間(2002年、朝日新聞社)
五郎治殿御始末(2003年、中央公論新社)
輪違屋糸里(2004年、文藝春秋)
霧笛荘夜話(2004年、角川書店)
憑神(2005年、新潮社)


私は時代小説しか、今のところは読まないので、全作品に縁があるわけではないのですが、浅田次郎さんの作品には読ませる力が凄いと感じました。
シェエラザード ~海底に眠る永遠の愛~(2004)
天切り松 闇がたり(2004)
壬生義士伝(2002)
パイラン(2001)
天国までの百マイル(2000)
鉄道員(ぽっぽや)(1999)
ラブ・レター(1998)

これだけの作品が映画にもなっていました。
確かに映画にすると面白いなと感じて読む本が多かったです。
「壬生義士伝(2002)」などは、私が大好きな中谷美紀さんがお出になっているので何回もDVDで見てしまいました。

老いさらばえること

  • 2006/01/25(水) 07:46:05

老いさらばえること
年をとってみすぼらしくなる。年老いてよぼよぼする。

父もかなり老齢化している。「老いさらばえている」と言える。
母は同様に年だが、とても元気だ。
父はかなりの負担を母にかけている。

その母が、入院した。リンパ腫だというのである。
父に、母の悪いことを告げて、退院後は負担をかけぬように、懇々と説得をした。母の悪いことにショックを受け、涙を流し、母に無理をかけぬように努力をするように誓った。

母が退院して来た。
何も変わらずに、父は母に無理を言っている。
母の負担は軽減されていない。
老いさらばえることは、約束も守れないし、自分中心にしか物が考えられないらしい。

時代小説によく出てくる言葉、しかも死語?

  • 2006/01/24(火) 07:45:59

女、三界(さんがい)に家なし

「三界」は仏語だそうで、辞書には、
1 一切衆生(しゆじよう)が、生まれ、また死んで往来する世界。欲界・色界・無色界の三つの世界。2 「三千大千世界」の略。3 過去・現在・未来の三世。欲界・色界・無色界、つまり全世界のこととあります。
しかも女性はは三従といって、幼い時は親に従い、嫁に行っては夫に従い、老いては子に従わなければならないとされるところから、一生の間、この広い世界のどこにも安住の場所がない、つまりは女性に定まる家はないと言う意味であります。


近年の女性には、通じないお話でしょう。
ましてや、うちの女主(あるじ)さんには・・・・・

久々の軽めの時代小説は、「卵のふわふわ」

  • 2006/01/23(月) 07:48:13

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<タイトルも愉快だけれど、卯月みゆきさんの表紙絵は淡い黄色が基調でいいイメージです>
宇江佐真理著「卵のふわふわ」ですと言って、紹介したくなる本です。
口煩い姑、その姑にいつもいびり倒されている大人しめの舅、あまり愛情を感じられぬ夫、そんな人々に囲まれて暮す主人公のぼっとした、それでいて優しい若妻のぶちゃん。
なんとなくほのぼのとした物語です。

サブタイトルが「八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし」。この江戸前でもなしと言うのが、大変によろしい。
帯にも“煮炊きの煙は、人の心を暖める”
そして、“夫との心の行き違いは、食道楽で心優しい舅に、いつも扶けられる”
いかにも有難いお話ではありませんか?殺伐とした時代にふさわしい優しい本です。

それにしても「姑」「舅」。いわくありげな、難しい字ですよね。夫婦でありながら、立場の違う人から見れば、他人って感じの字ですな。

子殺しの親たちの罪悪

  • 2006/01/22(日) 21:01:03

本日起こった事件、余りにも酷く非道くない?

借金の返済が出来ない。
だから子供を道連れに心中を試みる。

子供は死んでしまって、夫婦で自首してくる。
殺人罪でつかまる。

この夫婦が借金をせずに、地道に働いていたら、もしかしたら子供は死なずにすんだかもしれない。

こんなところに生まれて来たくはないだろう。
二度と地球上には生まれて来たくはないだろう。
誰の子供としてもうまれてきたくはないだろう。

浅田次郎著「輪違屋糸里」、下巻を読み終えた。

  • 2006/01/21(土) 07:38:00

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<木田安彦さんの表紙絵は、上巻で満月だったものが、下巻では三日月になっていた>
浅田次郎著「輪違屋糸里(わちがいやいとさと)」。輪違屋とは、京都島原の置屋さんの名前であり、そこの天神さん(芸者の位)の名前が主人公糸里である。

下巻までを読み終えて感じたことは、だるかったこと。近藤勇以下の浪士隊が壬生に駐屯をし始めた、、新選組となり、芹沢鴨らが土方歳三たちに殺されるあたりまでの短い時間が、上下二巻で書かれている。
同氏の壬生義士伝も、同様に二巻仕立ての長編であったが、やはり長くてはしょって読んでしまった。面白い点では、とても面白いとは思うが、やはり二巻物の長編はだるい。

非道な芹沢鴨。非情な土方歳三。何処にでも誠実な男として書かれる近藤勇。誰も見たことも会ったこともない人物なのに、ほとんどのところで共通の概念がありすぎる。
今回は、新選組に絡む女性がたくさん出てくる。しかも京都の女性のはんなりとした言い回しや、その女性らの芯の強さ、その心栄えの美しさが新鮮であった。
新選組小説の中でも秀逸のものである。

藤沢周平さんのこと

  • 2006/01/20(金) 21:25:50

ラジオを聴いていたら、藤沢周平さんの事が話題になっていました。今月の26日がお亡くなりになった日だそうで、今週末には何か催し物があるみたいでした。

庄内藩といえば、幕末の新選組の生まれるきっかけを作った浪士隊の生みの親、「清川八郎」の出身地として有名です。この庄内藩を「海坂藩」として、小説を書かれている藤沢周平さんは、蝉しぐれや、たそがれ清兵衛などで、生き生きとした江戸物でない時代小説をお書きになった、すばらしい時代小説家です。

なんだかこの地方には、藤沢周平を顕彰するところがあって、いろんな所から観光を兼ねて尋ねて見えるそうです。
偉大な作家なのですね。

今年には、木村拓哉さん主演で映画も公開される予定だそうな。
楽しみである。

たそがれ清兵衛(2002年 配給:松竹 監督:山田洋次 出演:真田広之、宮沢りえ)
隠し剣 鬼の爪(2004年 配給:松竹 監督:山田洋次 出演:永瀬正敏、松たか子)
蝉しぐれ(2005年 配給:東宝 監督:黒土三男 出演:市川染五郎、木村佳乃)
武士の一分(仮題)(原作:盲目剣谺返し 2006年公開予定 配給:松竹 監督:山田洋次 主演:木村拓哉)

ワクワクのタイトル「決闘の辻」

  • 2006/01/19(木) 21:39:08

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<闇夜にフクロウの目が光るイメージは、ちょっと不気味な村上豊さんの表紙絵です>
藤沢周平著「決闘の辻」。サブタイトルは“藤沢版新剣客伝”。
この表紙を見るだけで、剣豪小説ファンにはたまらない感じの出来です。
二天の窟(あなぐら)・・・宮本武蔵
死闘・・・・・・・・・・神子上典膳
夜明けの月影・・・・柳生但馬守宗矩
師弟剣・・・・師岡一派斎と弟子たち
飛ぶ猿・・・・・・・・・愛洲移香斎


やはり日本の剣豪の草分け的な方々の小説は、見事な筆遣いの達人の小説化が書いたものが強烈である。
確かに剣豪小説は多くて、ストーリーだけ見ればそれほどの違いはないものの、しっかり書けていることと、緊迫感が漂うこと、いかにも見てきた如くの臨場感を感じさせること、それでいて講談のの様な流れる読みやすさがあることなどがいいですねえ。

勘違い

  • 2006/01/18(水) 22:46:37

さるお店の店長さんとの会話。

お店に入って、まるでお客さんがいないので、
「さっぱりですね?」と手を上げながら挨拶をした。
その店長さんが答えた。
「いやあ、すみません。このところ忙しかったし、お金も下ろしてなかったので、明日にはさっぱり切って来ますよ」

「・・・・」
「????」

彼は私が上げていった言葉を、もうそろそろさっぱりと髪を切ったらというふうに勘違いをしたみたい。
年をとると、年下の人に話しかける言葉が、注意するように受け止められるのでしょうかねえ。

こんな偶然、滅多にないよ!

  • 2006/01/17(火) 21:32:57

かなり近しい知り合いのJ子さんのこと。
J子さんには、かなり老齢の母親がいるが、重い喘息持ちで、突然発作がやってくるらしい。その日も遅い時間になって、咳き込み、苦しそうなので見るに見かねて、救急病院に自家用車で慌てて運んだ。
かなり症状も落ち着いて、ベッドに寝かして様子を見ているうちに、トイレに行きたくなってそのまま出て行った。

彼女には、年の離れて兄がいて、この兄が近年心臓に手術を受けたばかりであった。住んでいるのは隣同士ということだった。

J子さんが、母親のベッドを離れたすきに、救急車で急患の男性が運び込まれてきて、処置を受け隣のベッドに横たわった。その男性の付き添いには、お嬢さんが付いて来られて、ベッド脇で見守っておられた。

そうすると、隣のベッドに眠るばあさんの担当の看護婦さんが、
「このばあちゃんは、我が儘で言うことを聞かないから好かん」と同僚看護婦と悪口を言い始めた。
付き添いの娘さんは、「ふ~ん、そうなんだ」と悪いとは思いつつ、黙って聞いているうちに看護婦さんは去っていった。

救急病院の臨時のベッドであるので、隣同士カーテン一つでさえぎられてだけの空間である。そうしているうちに、J子さんがトイレから帰ってきた。

その娘さんとJ子さんが、初めて顔を合わせて、
お互いに「あら、どうしたの?」ということになった。
J子さんにとっては、そのお嬢さんは姪になり、ベッドに寝ている二人は、隣り合わせて親子ということである。
狭いとはいえ、人口30万は住む市であり、決して病院が少ないわけでもない。こんな偶然が余りあるとも思えない。

姪のお嬢さんは、先ほどの陰で言われて悪口が、自分の実のおばあちゃんのことであった為、急に怒りが膨らんできたとか・・・・

衝動買いに近い買い物

  • 2006/01/16(月) 20:45:27

昨年にデジカメを買ったときには、近づくモーターショーの準備のためであった。
今回のPCの購入は、ほとんど衝動的であった。謂わばPC買いは、私の趣味に近いものがある。訳もわからずPCにつぎ込んだお金は馬鹿にならない。
金持ちだという意味でなく、まだPCを触れる人が少ない時代から、いじくり回していて、今ではそれらの知識で飯を喰っていると言ってもいい。費やしたお金は、無駄なものを含めて今の稼ぎ以上だろう。

けちですから、ほとんど形のないものは映画以外には使わない。でも、このPCだけは、なぜか買い続けるだろう。意味もなく、無駄と知りつつ・・・・

私の机の周り、PC、プリンター、デジカメ、HDD、その他サプライ品に至るまで、全部新品になってしまった。
あな、うれしや。

新撰組ばかりが、新春から目に入る

  • 2006/01/15(日) 20:56:04

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<山元伸子さんの影絵風のイラストが、主人公のイメージを上手に表現していると思う>
秋山香乃さん著の「新撰組捕物帖」を読んだ。作者名のア行前後には、新撰組ファンが多いらしく、このところ新撰組の小説がとても多い。

秋山香乃さんも大の新撰組ファンでいらして、新撰組ものが多い。
今回は、「新撰組、初めての捕り物小説」と銘打ってあるだけに、珍しい捕り物帖物で、その主人公が”源さんの事件簿”のサブタイトルどおり井上源三郎さんで適役だと思う。
新撰組通の秋山香乃さんならではのキャスティングが絶妙である。人物がよく書かれているし、時代背景も、考証も正確でとてもほほえましく面白い。

「後年に数えてみると、新撰組は敵に倒された隊士より、内部粛清で首を打たれて死んだ男の数のほうが圧倒的に多かった、と言われている組織だ。」・・・作者の記述だが、このあたりが好きになれない一つではあるなあ。
“しんせんぐみ”は、“新撰組”と“新選組”という二つの書き方をするみたいだが、秋山香乃さんは“新撰組”と表記されている。

「どんど焼き」に行ってきた

  • 2006/01/14(土) 23:07:57

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<何処かの地方の“どんど焼き”風景を拝借、デジカメを忘れて行ったので・・・・>
どんど焼きとは日本各地で行なわれる小正月(1月14日ごろ?)の火祭りで、お正月に使った門松やしめ縄、お守り、破魔矢、祈願成就した「だるま」などを持ち寄って焼き、その火にあたったり、篠竹などの先に餅を刺して焼いて食べて無病息災を願うものです。
お正月にお迎えした神様をお送りする日本の伝統的な行事です。

例年、行くのが習慣になっているため、ささやかな外食の日でもあります。
こんな楽しい行事は、いつまでも夫婦仲良く行き続けたいです。

とうとう買って来た。パソコン!!!!

  • 2006/01/13(金) 20:00:38

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<なんだかすっきりした白い清潔なデザインなので、おじさんにはちょっと不似合いかな?>
不調なPCに付き合いきれず、新たに買ってしまった。
スペックにはあまりこだわらず、DVDの書き込みができて、メモリーがちょっと大きくて、HDが300GBくらいあれば良いと適当にデザインで決めた。全体が青いデザインだった以前のものと比べて、白くて清潔な感じがなんともいえない。

液晶がきれい過ぎて、まだまぶしい感じすらしている。これで、以前のよりもはるかに安いのだから、PCの値段というものは不思議に思えてしまう。また数年はこのPCと、仲良くしていこう。

起動いなくなった以前のPCを、リカバリーしたら動いた。SP2にアップグレードした時点から、巧く行っていないので、このまま使うか、上手に交渉して下取りにとってもらおう。

六年間の“井上志摩夫″

  • 2006/01/12(木) 21:52:20

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<藤井美樹さんによるシリーズの表紙は落ち着いた色合いだが、読む場所を限定するタイトルだ>
井上志摩夫傑作時代小説集は、全三巻21篇の短編で構成されている。
井上志摩夫のペンネームで書かれた時代が、昭和三十年から、三十六年の六年間だけだというのも驚きだが、この本人が誰かということも、恐れ入って呆れ返る。

阿佐田哲也(あさだてつや)あるいは、色川武大(いろかわたけひろ)というペンネームで、「麻雀放浪記」等というとわかりやすい。直木賞、泉鏡花賞、そして川端康成文学賞などと、栄えある数々の賞をとった、有名な作家であられる。
そんな方が、たった六年間しか時代小説を書いていない。多忙で入院をされたらしいし、またその執筆活動もハチャメチャであったらしいから、こういう破天荒な作家がいて楽しませてくださるわけだ。

前にも書いたが「切腹」も「人斬り」も読む場所を考えて、本を広げよう。

読む場所を選ぶ小説もある

  • 2006/01/11(水) 20:30:58

母が病院通いをしているので、付き添いで医科大学へ行く。
待ち時間が長いので、本が手放せない。
昨日まで読んでた本を手にすると、残りが僅かになっている。
別の本も手にして出かけた。

医科大学の待合室で、本を広げて呼んでいる。
何気なく人が近づいてきたので、自分の荷物を脇によける。
持って行った本の表紙を見て、何気なく気がついた。
井上志摩夫傑作時代小説集第一巻「切腹」。
これは場所柄まずいなと感じているのだが、
手にした読みかけの本の方は、
井上志摩夫傑作時代小説集第二巻「人斬り」。
どちらも、人には表紙を見せないように伏せて読んだ。

気にかかっていたストーリを思い出した

  • 2006/01/10(火) 21:37:10

20060110213550.jpg

<このシリーズには派手ではないが、藤井美樹さんの装丁になる落ち着いた表装がされている>
井上志摩夫著「人斬り」を読んだ。
かなり以前に読んだ本で、そのストーリの一部だけが、頭にこびりついて気になると言うものがある。
「洪水が起こって流される主人公が、大きな庄屋の屋根に取り付いて、その屋根に先に乗っていた庄屋の息子との争いから物語が始まる。」と言うところが、いつも頭にこびりついていて、中身はぜんぜん思い出せない。思い出せないので、面白かったのかどうかすらよく覚えていない。

ところが今日、これこれと思い出した。
井上志摩夫著の「人斬り」、その中の”剣と鍬”であった。なんだか胸のつかえが取れた。読んでいってぐいぐいと読める、ストーリの展開はとても良かった。全体に、人間の感情の機微がテーマで、武士階級や一般庶民の心のうちが上手にかけている。
はじめの数編を読み終えて、ようやく七編の短編集だけれど最後まで思い出した。
いつ読んだ本なのだろう?

なんだかんだ言ってるうちに・・・

  • 2006/01/09(月) 21:10:50

なんだかんだ言っているうちに、またPCが不調。
動いているうちに、一言でも書いておこう。

今月中にPCを買うぞ!!!!

時代劇と時代小説にはどんな関係が?

  • 2006/01/08(日) 23:05:28

本格的時代劇を現在造るのは大変に難しいことだろう。
あの映画の国、アメリカですら西部劇を造らなくなって久しい。
映画と言うのは、背景に移る細々としたものまで作らなくてはいけないのだから、時代に照らして、そういったことをすること自体が膨大な金がかかるし、また諸々事情、俳優の体型、所作、言葉、・・数えて行けば限りのないほどの時代落差があるからだろう。

ところで時代小説はというと、結構次から次へと書かれ続けている。その中から、映画になるものは本当に少ない。
浅田次郎著の「壬生義士伝」や、藤沢周平著の「たそがれ清兵衛」などは近年の名作品であります。この二つの作品は、原作の違いがユニークで、前者は上下二巻ものの大作でありますが、よく短く刈り込まれていて、映画として際立つ面白さがありました。後者は本の短編の小説でありました。ただ、後者は「たそがれ清兵衛」と名付けられて短編集の一冊の中から、抜書きをするかのように素晴らしい映画のアイディアが取り込まれていて、実に素晴らしい一本の映画になっていました。

しかし、時代劇に出演できて、素晴らしく演技ができる俳優さんが少ないのも事実です。あまり好きでないTVの大河ドラマで、舘ひろしと言う役者が、織田信長を演じていたのを音声だけ聞いていた。情けないほどに、間が抜けた発声に驚かざるをえなかった。

新選組が好きなわけではないけれど・・・

  • 2006/01/07(土) 22:03:40

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<木田安彦さんの表紙絵ちょっと重苦しいが、置屋の屋根にかかる月が美しい>

好みから言えば、新選組の存在は好きではない。
むしろ彼らがいなければ、日本の夜明けが早かったか、あるいはその後がもう少し変わっていたのではないかと、思うことのほうが多い。わずか歴史の中の数年間に存在した、小さな集団がこれほど歴史を変え、その後の現在に至っても数千冊か、数万冊かの本になる偉大な存在と言うのが恐ろしい。

そんな訳で、借りてくる本のまだア行をうろうろしているのに、また新選組が関わる本だった。これだけでも・・・・う~む、感心する。

浅田次郎著「輪違屋糸里(わちがいやいとさと)」。輪違屋とは、京都島原の置屋さんの名前であり、そこの天神さん(芸者の位)の名前が主人公糸里である。その糸里さんを中心として、絡んでくる新選組やその周りの人々がよく描かれている。この著者の新選組小説では、壬生義士伝があまりにも有名で、映画にもなった作品がある。この本も同様に、映画化されるととても綺麗な美しい作品になるのではなかろうか?

京都の古風な会話がとても自然で、新鮮な耳に心地の良いこと限りなし。

会話が一方的に、そして短く!

  • 2006/01/06(金) 21:12:30

「お湯は?」
「まま!」


「お風呂をあがったら、そのお湯はどうするの?」という私の質問に対し、
「そのままにしておいて」と言う家内の返事。
こんな具合に、だんだん省略形でも繋がると言うのか、面倒な会話をしなくなると言うのか・・・・

それでも、仕事を帰ってきたばかりの食事中には、一方的に三十分以上はお話を聞いているのです。
ですから会話がないわけではありませんし、これでも夫婦仲はすこぶる良いのです。

三社参りは、厳かな雪景色とともに

  • 2006/01/05(木) 20:53:17

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<神殿の銅板ぶきの屋根に残るわずかな雪が、いかにも神聖で荘厳な気持ちにさせてくれます>
例年恒例の三社詣でに出かけた。
本年初の雪が降ったことで、いつもより神聖な朝に感じてしまった。
今年は、天候も著しく悪く、寒さも一段と厳しく感じたので、手近なところを選んで参拝した。

手近なところというものは、案外に行っていないもので、家内も私も、数十年ぶりだったり、まったく初めての参拝だったりと行って見て驚いた。
なにも信仰があるわけではないので、不遜なことではあるが、中谷美紀さんがお元気で過ごされるようにお祈りしてきました。過去には、一度くらい中谷美紀さんにお会い出来ないかなと祈念した事もあったが、もう不可と感じているので、今年から変えてみました。

借りるに借りたもんだ!1600冊。

  • 2006/01/04(水) 22:23:19

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<借り出しが1600冊目になった秋山香乃著の本>
とうとう本日図書館から借り出した本が、1600冊を超えてしまった。
あくまでも時代小説だけで、ア行から初めて、ワ行迄行って、それから戻ってまたア行から繰り返しているのだけれど、頑張ったねえ。
途中池波正太郎さんや、何人かのものは再度借り出しているので、正確にはもう少しは増えるのだけれど・・・・
秋山香乃さんは、新選組ファンらしく、その関係の本が多い。

でも、中身を覚えていないことも多いし、中には全部好みに合わなくて読めないものもあるから、読書って結構楽しくて、辛いこともある。
本日までの本の総額は、
2,437,626円。
図書館にはいつも感謝をしている。

「沖田総司拾遺」というなんとなく古めかしい名前の本

  • 2006/01/03(火) 23:02:13

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<着物の柄に似た田中淑江さんの装丁になる表紙>

大内美予子著、「沖田総司拾遺」を読んだ。
本当に新選組に関する本は多い。この本は出版社“新人物往来社”から発行されていますが、後ろの広告だけでも四十冊が掲載されています。「新選組」と「忠臣蔵」は日本人の趣向に向いている所為か、映画に、TVもてはやされ、出版物も多いですね。

著者自身も新選組関連では著書が多く、他にも「土方歳三」「新選組隊士列伝」「竜馬が愛したおりょう」などと、幕末ものが多いみたいです。
気になる“拾遺”について、
しゅう‐い【拾遺】
1 漏れ落ちたものをひろって補うこと。また、そうしてつくったもの

と辞書にあります。

つまりこの本は、前にも「沖田総司」として書かれたことがあるのでしょう。
女性の目から見た「沖田総司」が茶目っぽく、やさしく書かれていて、ロマンティックな小説風に仕上がっています。幕末の殺伐とした時代背景の中に、一抹の涼風を感じさせるものがあるのでしょうね。

この時代には、人斬り何々と呼ばれた刺客が大勢出てきます。新選組も裏を返せば、同類の方々かもしれませんが、何故か女性の中には美化された「沖田総司」や「土方歳三」が生きているのですよね。
人斬り以蔵と呼ばれた土佐の岡田以蔵とか、薩摩の、中村半次郎、田中新兵衛とかあまり小説にはなりませんね。

出来るもんだねえ

  • 2006/01/02(月) 08:30:51

うちのお坊ちゃんがパソコンを手作りした。
無論、キットものだから、高級なプラモデルを組み立てるようなものだけれど・・・
それまでさほどPCに関心があったとは思えない人が、あれよあれよという間に組み立てて、一日ほど立つと、ウィンドウズが動いていた。
お付き合いしている友人の感化ではあるだろうが、これには感心してしまった。
やはりお友達って大事かなあ。

それにしても、CPUはペンティアムのデュアルコアだし、DVDはスーパーマルチだし、OSはウィンドウズ・プロフェッショナルだし、HDはでかいし、コストは安いし、わたしの不調なメーカーものより、それでいて数段スペックにおいては上等である。

負けた気がするので、よしノートでも買うか!!!!


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