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絶対に犯罪を犯しそうにないイメージ

  • 2006/02/28(火) 23:11:12

私の知人に“絶対に犯罪を犯しそうにないイメージ”を持った人が二人いる。
一人は大人しく、メガネをかけ、痩せていて、声が小さく、気の弱そうな青年であり、もう一人は元気で、メガネをかけてなくて、小太りで、声が大きく、髪の毛が若干薄い青年である。
なにが“絶対に犯罪を犯しそうにないイメージ”かというと、やはり共通には”誠実”さだろうと思う。おごることなく、いつも真面目で、”誠実”な態度は、好感も持てるし、その教育された根本の親の姿をうかがい知ることが出来ると思う。

自我が強く我が儘で、自分勝手な人間が多くなって、他人に対する思いやりの欠乏した若者たちには、”誠実”と言う言葉が不似合いだ。
そこへ良くと、この二人は今流行の「金銭至上主義」とも無縁だし、およそ出世もしそうにない。
平和で“のほほん”としていて、害が無い。
かつかつ生きてきた団塊に世代の凄まじさが感じれないし、平和な世代の優しさだけが残っている滓みたいである。

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恐るべき古人の知恵と、美意識

  • 2006/02/28(火) 00:41:43

<奥さんにちょっと作ってもらった見本の連鶴>
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伊勢(現在の三重県桑名市)の魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)という住職が考案した連鶴。一枚の紙に切り込みをいれ、二羽から九十七羽の連続した鶴を折る方法が「千羽鶴折形」には紹介されています。四十九種類の折鶴にはそれぞれ銘がつけられ、狂歌がついています。その卓越した工夫と技巧のみごとさは、目をみはるものがあります。


という話を家内が聞いてきたのですよ。
彼女は簡単な折図を見ながら、ちょいちょいと見本を作ってくれました。和紙がちょうどなかったので、また和紙を買ってきて挑戦をしたいと言ってます。私から見れば本当に器用なものです。

桑名に長円寺という浄土真宗本願寺派のお寺があり、ここの12代住職魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)は学問、文学に優れ、寛政9年(1797)に折り紙の著書として世界最古の千羽鶴折形を出版し、一枚の紙で連続した折鶴を折る手法を考案しています。これは桑名の千羽鶴として無形文化財に指定され今に伝わっています。またこのほか、久波奈名所図会、桑名名勝志など郷土史の著作も多く著しました。


今日は参考文献をいろいろ探ってみました。

伊藤桂一著「茶の花匂う」は二度目の本だった

  • 2006/02/27(月) 07:38:26

<蓬田やすひろさんの絵を、上下にぼかしをした錦絵のような装丁に仕上げたのは、森下年昭さんの工夫。茶の花畑にひっそりと抱き合う男女は、兄嫁と義弟>
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伊藤桂一時代小説自選集は全三巻あるらしいのだが、これはその三巻目です。
本のタイトルが「茶の花匂う」。
確かに茶の花は“香る”ではなくて、“匂う”という感じのものでしょうね。

男女のはかない恋物語が主な話ではあるけれど、異常な背景がからんでいます。九編の短編から構成されていますが、どれも根本に優しさとはかなさを感じさせます。

花菖蒲を剪る
夕月夜
茶の花匂う
石薬師への道
黄色い蝶
久馬の帰藩
深山の梅
あの橋を渡るとき
鈴虫供養


今の時代に考えられない身分の違いによる“愛”とまで呼べない、その段階へも行き着かない儚げな片思いなどは、呼んでいて哀れを感じますし、自分の意思とは関係なく進んでいく結婚や、その生活はいかばかりのものなのでしょう。

三篇目の、本のタイトルになっている「茶の花匂う」は、本当に珍しいまでのほのぼのとした、全体に優しい人間愛を感じさせる“敵討ち小説”でした。
過去の読んだ何十篇の“敵討ち小説”もの中で秀逸のものでした。討つ者も、討たれる者も寛大で許しあえる心と、労わり合う心とを持ち合わせ、血を見ない解決がなされるのです。

ところで、過去に読んだ本のリストを見ていたらこの本も、他の自選集も数年前に読んではいました。
よく覚えていないのは、年の所為でしょう。

時代小説から学ぶもの

  • 2006/02/26(日) 07:12:38

<表紙に書かれた文字「稲妻駕籠」。デザイン文字の美しさが印象的>
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井上志摩夫著の「稲妻駕籠」。これは井上志摩夫傑作時代小説集第五巻です。
短編が八編。

わらう妖姫
夜嵐艶草紙
生疵小町
毒婦誕生
吉原百人斬り
果てなき旅
生首城呪文
稲妻駕籠


テンポ良く書かれてはいるが、生煮えで消化不良を起こしそう。当時流行作家だった由縁でしょう。

時代小説を読んでいて、楽しみは古い表現の言葉を覚えること。
今回は、
“矢庭に”“卒爾ながら”“とみに”と“そっぽ”を調べました。
そうです、そっぽをむくの“そっぽ”です。意味そのものも分かってはいるけれど、現在では余り使わない言葉が良く出てきます。

やにわに〔やにはに〕【矢庭に】
1 その場ですぐ。たちどころに。「―暴漢をやっつける」
2 いきなり。突然。だしぬけに。「―走りだす」

そつじ 【卒爾・率爾】
1 予期していないことが突然起こる・こと(さま)。にわか。
2 注意や思慮を欠く・こと(さま)。軽率。
3 失礼なおこないをする・こと(さま)。失礼。無礼。

とみに 【頓に】
急に。にわかに。

そっぽ 【外方】
〔「そっぽう」の転〕横の方。よその方。ほかの方。
そっぽを向く
相手をまともに見ないで、よその方を見る。無視する。転じて、協調しない態度をとる。


この本で井上志摩夫さんは、容貌と書いて“そっぽ”と振り仮名を打っておられる。意味深い。

自分では面白いと思ったこと???

  • 2006/02/25(土) 07:45:15

1、粗忽者の私の家内は、町の中心部のところで「号外」が配られているのを見て、
民主党の噂の永田議員が自殺したんだと勝手に解釈したそうです。
何処からこういう発想になるのかは、いつも不思議に思います。
「号外」の中味は、

日本についにメダル! 荒川がフィギュアで日本人初の金!


2、とても面白い柄のコートを着た女性が前を歩いていた。
全体に可愛らしい仕草の犬のイラストが描かれて、それは面白いコートでした。
「あらっ!可愛い!」と声を出した瞬間、
“貴女に言ったんじゃないから、聞こえても振り向かないで“と念じました。
思わなくても良いことを思ったら・・・・案の定、振り向いた。
振り向いたら・・・・・・・・・・・・・案の定、ブスだった。

鳥羽亮著「蛮骨の剣」

  • 2006/02/24(金) 08:48:01

<村上豊さんの表紙絵は、どこか滑稽でこの本に出てくる盗賊グループを描いているのだろうけれど、残虐さが無い>
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“蛮骨”と言う言葉がまずは面白い。
粗野で荒々しい気質と言うことだが、今では死語に近く、昔“蛮から”ということばもあったなあ。

“痛快時代活劇”と評される内容は、まさに活劇で映画を見るような展開でした。
幕府転覆を狙う悪者と、極悪非道な夜盗グループとが手を取り合って暗躍する。それに対抗する始末人グループの若きリーダー、“蓮見宗二郎”を始めとするメンバーとの戦い。
ラストでは、八丁堀同心、お先手組や、剛剣を使う老剣士“小野惣右衛門”の入り乱れての乱闘。
美しく女剣士で“小野惣右衛門”の娘、“小野秋乃”とのからみ。
まさに映画のような迫力のあるシーンの連続でした。

作者鳥羽亮さん自身が剣道三段の腕前だそうで、なかなか魅力と筆写力のある剣戟シーンが見事でした。

刀剣を見る

  • 2006/02/23(木) 20:37:50

<本当に美しくはあるが、武器であることに変わりは無い>
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刀剣を見る。
選び抜かれた砂鉄が、それはそれは大変な工程と、時間と技によって見事な刀剣となる。
かって武士の腰を飾り、己を守る武器として、そして人を切る凶器として存在した刀が、白い布をかけられた刀懸けに、上品に、気品と品格を漂わせて鎮座いている。

見事と言うほかはない。
今では芸術品としての価値なのであろうが、武器であることに変わりは無い。
美術品・芸術品として作刀する現代の刀工と、かって昔武器として鍛えていた刀工との間には、どれほどの心構えの違いがあったのであろうか?

私が見た“井上真改”は、帽子より手前の刃先に刃こぼれが見られた。
何かを斬ったと考えると恐ろしい気もしますが・・・・
<倉敷刀剣博物館HPより引用>

井上真改は、初代和泉守国貞の次男として寛永七年(1630)に生まれ、初銘は父と同じ国貞と銘し、承応元年(1652)に和泉守を受領、そして、万治四年には朝廷より十六葉の菊花紋を茎に切ることを許され、初め和泉守国貞、寛文元年より井上和泉守国貞と銘し、寛文十二年以降、井上真改と改めた。
本工は世に大坂正宗と俗称されているほど、父に優る名工で、精良な地鉄、沸・匂深く明るく冴えた刃文は、新刀屈指の名人と称される所以と云えよう。

滝口康彦著「権謀の裏」

  • 2006/02/22(水) 23:14:32

<玉井ヒロテルさんの装丁になる表紙絵は、何を暗示しているのでしょう?>
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かってカンヌ映画祭で絶賛された映画「切腹」の原作者である。

監督: 小林正樹 原作:滝口康彦 脚本:橋本忍 出演: 仲代達矢/岩下志麻/石浜朗/丹波哲郎/三國連太郎


中味を知らなくても、これだけでもすごい映画だったことが想像できる。

時代小説の中でも、二三日前に書いた“伊藤桂一さん”の本のような柔らか目のものに対して、この滝口康彦さんの作品は全体的に“武士道”を表に出した、謂わば「時代小説の中のハードボイルド」とでも言うようなものである。

曽我兄弟
倭寇王秘聞
ときは今
権謀の裏
旗は六文銭
幻の九番切
返り討ち無常剣
くらやみ無限
薩摩兄弟飛脚
桜田門外の雪


これらが短編集の中に入っているのだけれど、千六百年(慶長)から明治維新近辺までしか読む気が無いので、最初の二編は読まなかった。
明智光秀あり、柳生宗矩あり、真田幸村ありと名を連ねる歴史上の人物は、ハードに武士道を生きている。

暗愚な世の中に活を入れる本ではある。

子供に甘すぎることが、何を生むのか?

  • 2006/02/21(火) 22:02:07

休みに電気店を訪れると、新卒者向けに家電製品を売っていた。
おおよそ学生時代だけ、社会人あるいは所帯を持ったら使えそうも無い、小さい機能も少ないそれら専用の電気製品が、可愛く並べられていた。

いつの頃からか、子供にとても甘い親が増え、それに便乗して家電メーカー、販売店がこのようなものを売り出したのだろう。
およそ掃除も洗濯もしそうも無い、耳などにピアスをぶら下げてふざけた顔をした、まさに労働をすることを敬遠する子供たちに、このような物を買い与えるのは無駄と言うものだ。若者(馬鹿者)は、こんな機械を使いもしないし、使えもしない。世の中にごみを増やすだけなのだ。
小さな部屋一つくらい、掃除機を使わずに掃除をして、わずかな洗濯物はバケツで手洗いしろ!どうせ着たきりジーパン、Tシャツしか持たないもだから・・・

親も親である。「??ちゃん、どの色がいいの?」
気に入った色が無いことにふてくされる悪がきに、へつらってどうするのだ。学費だってこれから相当にかかるはずだし、しかもたいした学校に行けるようなご面相はしていないから、二三流の学校で、卒業しても就職はままならず、プー太郎、老後の面倒なんぞさらさら見てくれそうもない。
そんな子供に期待をかけ、出来もしない愚かな頭を無理やり、学校に入れて自己満足する。そろそろ目覚めなさいといいたい。

自分たちが学生であった頃は、時代が違うとはいえ、木造のアパート、共同トイレ、風呂は銭湯、窓を開ければ隣の壁と言う生活をしてきたではないか。
貧しくても、頑張って勉強をしたではないか。

早く目を覚まして、子供を甘やかすのをやめよう!
過剰に物を買い与えるのをやめよう!
充分に与えるのは“愛情”だけにしようではありませんか。
そうでないと、マネーゲームに走る愚かな大人にしかなりませんよ。

「大女、総身に知恵が回りかね」とは言わないかな?

  • 2006/02/20(月) 20:37:54

「大男、総身に知恵が回りかね」


今では使わない言葉であるし、かなり蔑視した表現ゆえ、近頃は禁句であるようだ。大体、“総身”と言う意味すら分からないかもしれない。

私の母は、かなり口が悪い人で、自分が体に小さな小女であったが為、大きな女の人を悪しざまに言うときに、この言葉を口にした。

「大女、総身に知恵が回りかね」


酷い言い方ではあるが、うぬうぬと納得することが多かった。

近年のTVを見ていると、画面のバックに何気なく座っているスタイルだけが良い、態度と身体のでかそうなタレントまがいに馬鹿女に、この言葉を乱発したくなる。
とんでもない恥ずかしい答えを、人前で、しかも公衆に認知されるTVでっ喋り捲るなど、聞くもおぞましいと感じる。差別的言辞と言われようが大声で、この言葉を連発してやる。

つい最近、唐沢さんという俳優が医者に扮するドラマのおろかな細君も、同様にこの言葉を画面に向かって投げつけてやった。役柄とはいえ、この俳優の大柄な身体と、訳も無く毎日着せ替え人形の如くお召しかえをする人妻。こんな不自然で、人間らしくない女はやはり、

「大女、総身に知恵が回りかね」

優しさが根底にあってこそ、殺伐とした時代が・・・

  • 2006/02/19(日) 08:31:10

<これから春という時期に、季節はずれな絵柄と題名だ。
でも倉橋三郎さんの装丁は、ひそやかで秋を本当に感じさせる>
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江戸の時代は、やはり武家の台頭で殺伐とした時代ではあると思う。身分制度の確立した中では、武士以外の人々は辛く悲しい日々を送らざる得なかったと思う。
貧しい、その日暮しの農民にとって生きていくことは、身を削って行く事と同義語であったと想像される。

この本の中には、「仏心」と言うべき優しさが満ちている。人の心の豊かさが感じられる。
それはすなわち、作家さんの心の優しさを映し出したものであると感じる。
中味は、十篇の短編が収められている。

秋草の渡し
旅路の妻
夜ごとの夢
目白の鳴くとき
密通者の秘剣
噂の美女
梅の咲くころ
当たり籤
鬼討ち
川のほとりで


伊藤桂一さんの作品は、時代劇の中の一服の“清涼剤”である。
“清涼剤”という表現と、その言葉が今では使われないけれど・・・

お久しぶりです、佐藤雅美著の“関八州物”

  • 2006/02/18(土) 07:54:07

<中一弥先生の表紙絵から滲み出す色気は、現代人にも理解できる妖艶さです。
裏表紙も杯片手の武士がほんのり酔った姿に、主人公“桑山十兵衛”を彷彿させます。>

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今回の本のタイトルは「花輪茂十郎の特技」
サブタイトルは“八州廻り桑山茂十郎”
お馴染みのシリーズになった関東(関八州)取締出役の桑山茂十郎が主人公物です。

新婚早々は、関八州廻りから江戸に常駐するお扶持方になった茂十郎が、じっとしているのも嫌になったころに、やっと関八州の廻村に出られる事になる。
出れば出たで、悪党どもを追いかけて、旅から旅への繰り返しで、変に物言いがついて愛妻が実家へ帰ってしまう。
次から次へと難問が降りかかり、実家へ妻を迎えにいけない茂十郎は困惑する。いろんな事件がミステリーのように絡んで、しかもかなりこの時代のいろいろな仕組み、しがらみが勉強できて楽しい、飽きない本だった。

会話が少ないのでびっしり書かれており、時代考証に詳細が記されているので読むテンポがかなり遅くなった。
とても面白かった。
ちなみに「関八州」とは、

江戸時代、関東八か国の総称。相模(さがみ)・武蔵(むさし)・安房(あわ)・上総(かずさ)・下総(しもうさ)・常陸(ひたち)・上野(こうずけ)・下野(しもつけ)の八か国。関東八州。


この地域を、こつこつと村廻りをして、犯罪人を捕まえては江戸送りにしていた役人が
「東関取締出役」通称、関八州廻り
と呼ばれた御家人である。

恐ろしいまでの「0」の数???

  • 2006/02/17(金) 07:52:49

日本語で、いち。じゅう。ひゃく。せん。・・・と数字の位をたどって行くと、すごい桁まであることに驚く。
順番に漢字で書くと・・・

一、十、百、千、万、十万、百万、千万、億、十億、百億、千億、兆、十兆、百兆、千兆、京、十京、百京、千京、垓、十垓、百垓、千垓、杼、十杼、百杼、千杼、穣、十穣、百穣、千穣・・・・無量大数。


上の上の「穣」(じょう)と言う単位では、30桁、0の数だけでも29個。

逆の単位も当然あって、つまり0,1、0,01・・・は、

一、分、厘、毛、糸、忽、微、繊、沙、塵、埃・・・

「塵」(じん)だとか「埃」(あい)だとかになると、小数点以下九桁、十桁で、「塵埃」という微細なちりと、ほこりを表わす言葉にもなっている位に小さい単位なのです。

これが外国語(カッコ内は英国語?)になると、

One (one)
Ten (ten)
Hundred (hundred)
Thousand (thousand)
Ten thousand (ten thousand)
Hundred thousand (hundred thousand)
Million (million)
Ten million (ten million)
Hundred million (hundred million)
Billion (thousand million)
Ten billion (ten thousand million)
Hundred billion (hundred thousand million)
Trillion (billion)



英国に住んだ事が無いので、英国語のほうは不確かだが、
つまりは「兆」の単位ぐらいしか、使わないのではないのでしょうかね。
日本語がすごいのか?日本に感じをもたらした中国の感覚がすごいのか?

アジアの繊細な言葉を大事にしましょう。

我慢できずに読み始めた、中谷美紀著「ないものねだり」

  • 2006/02/16(木) 09:38:08

<出版記念のお写真でしょうね、人様のいただき物の写真です>
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勿体なくてとって置こうかなあと思っていた、中谷美紀さんのエッセー集「ないものねだり」を、読み始めた。読み始めればいつもの癖で、かなりハイペースで出来る限りの時間をさいて、半分ほど進んでしまった。
映画にまつわる話や、食べ物、私生活の一端を匂わせるもの・・・
“より親しく身近に感じて”楽しい気分にさせられる。最後まで一気に読んで、また何度かゆったり読み返したい御本だ。
「真夜中の秘密」と言う項の88ペ-ジに、

ジーンズの裾から覗く素足にマノロのピンヒールって大好きなのだけれど・・・


と言う表現があり、マノロが分からなかった。

ピンヒールで歩くとつい、ひょこひょこ歩くのでノロマのピンヒールって訳ではなさそうだ。


インターネットで、調べてみました。

<こんな感じ?>
20060215091834.jpg

<これはサンダルですけれど>
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スペイン出身のデザイナー、マノロ ブラニクが手掛けるトップブランド。華奢なヒールと優美なシルエット、ドラマティックなデザインで、マドンナや故ダイアナ妃をはじめとする世界中のセレブの美脚をつくり出している。


<イメージ的にはジーンズにとても合いそうなパンプス>
20060215092101.jpg

何を履いてもお似合いになりそうで、ちょっと勉強しました。
でも、マノロの価格が半端な値段ではないことに驚きました。

猫好き人間か?猫型人間か?

  • 2006/02/15(水) 07:21:57

<完璧なまでに己が姿を映し出す、このぐうたら猫>
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この写真を見たときには、余りにも自分を映し出しているようで、とても愛おしく感じた。
猫型人間である私は、猫の姿にはとても愛着を覚える。
犬にはさらさら興味が無い。
<どうとでもしてくれと言っているのか?どうしたらいいのか悩んでいるのか?>
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猫に悩みや、迷いがあるのか分からないが、自分中心で生きているところは、私自身がそうだからとても共感できる。
<何か考えているのか?考えることなどまったくないのか?>
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無心に遊ぶと言うのは、子供の特権であり、猫は確かにそんな風に遊ぶ。邪気が無いと言うのか、作意が無いと言うのか、自然に近い生き物だ。それにしてもこの写真って、猫なの?フクロウみたい。
<捨てられているのか?生きることに意欲をなくしたのか?>
20060214211644.jpg

よ~く見ると、この写真の作者がポーズを取らせたようにも見えるが、何か無邪気に段ボール箱から顔を出しているところは愛嬌がある。
猫は人に、犬のようにお下劣に媚びへつらうことが無いので好きだ。

本日はサイトで見かけた写真がとても面白かったので、勝手に拝借しました。
写真作家の方無断拝借をお許しくださいね。

よく意味を知らない言葉や、考え違いな言葉

  • 2006/02/14(火) 12:47:44

“いりこ餅”をいただいた。小さいころには、このお菓子を魚の“いりこ”から作るものと思っていた。実際には“煎り粉”、つまり米や大麦を煎って粉にしたものから作られていた。
魚の“いりこ”は小さいイワシなどを塩水でゆでて干しあげたもので、だしを取るのに用い、別名をいりぼし、にぼし、だしじゃこ、などとも言う。

こんな間違いは沢山あって、

「灯台下暗し」

などと言う言葉は格言でよく使うが、

“灯台の真下が暗いように、身近なことがかえって気づきにくいことのたとえ。”

と言うことは分かっている。
問題はその灯台で、辞書の中にも下記に記されている。

1 航路標識の一。船舶に陸上の特定の位置を示すために設置する塔状の構造物。夜間には灯火を放ち、また、霧笛を鳴らすなどして船舶の安全を守る。

2 昔の室内照明器具。上に油皿をのせて灯心を立て火をともす台。灯明台。


でもこの格言が古いことを考えると、2の古い照明器具が語源であることが考えられる。
小さいころには、しかし海を照らす灯台しか考えられなかったし、今の若い人に聞いてもどうようだった。
ただ、この格言を知らない者も多かった。

またまた、来ましたよ中谷美紀さんの「だぁれも知らない」

  • 2006/02/13(月) 07:01:02

<文庫本サイズで、とてもかわゆいシンプルなブックデザイン>
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中谷美紀さんの文庫型の絵本。
「だぁれも知らない」
文庫本の大きさだけに、赤い帯がとても大きく感じられ、

街の色
風の色
こころの色・・・・・・

耳をすまし、目をつむると、いろんな風景が見えてくる。


中味は実に稚拙な絵であるが、脇に書かれた詩がちょっといい感じだ。
おじさんが手に持って歩くには、とてもとても似合わない体裁だが、なかなかシンプルで、いいデザインだと思う。

他にも、同じ出版社から、相川七瀬、奥菜恵、中島みゆき、優香、さとう珠緒等々も、出されているみたいだ。
名のある人々はわずかな事で鐘がお稼ぎになれる。
うらやましい。

とうとう来ましたよ「ないものねだり」

  • 2006/02/12(日) 06:42:12

<若干小さめ、山本知香子さんによる装丁は、菖蒲か杜若の影絵のように繊細で素敵・・・>
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送られてきました。
中谷美紀さんの最新エッセー集「ないものねだり」が。
勿体なくて読めません。
大事にとっとこうか、読もうか、迷っています。

まあしばらくは、ゆっくり眺めて、じっくり読みましょうかね。

紛らわしい名前が揃ったら・・・トラブルも?!

  • 2006/02/11(土) 19:45:37

私の会社には、紛らわしいことに「藤(とう)」のつく人間が沢山いる。
い過ぎる。
「伊藤」を始め、あいうえお順に「江藤」「加藤」「工藤」「佐藤」迄、つい最近「後藤」まで入ってきているので、たまたま同じフロアーに居合わせたときなどは電話などは、しっかりゆっくり呼ばないと混乱する。

今日はめずらしい光景に出会った。
ちょっと元気の無い男「?藤」が、小うるさい年配の「?藤」さんの肩越しに、後ろにいた「?藤」さんに呼びかけた。
小うるさい年配の「?藤」さんは、自分が呼ばれたと思って返事をするが、目線を合わせずにしゃべりかけるちょっと元気の無い「?藤」の態度に、とてもいらだっている感じだった。
その後ろにいた呼ばれた「?藤」さんがやっと気付いて返事をするまで、まさにちょっとした緊迫感で、小うるさい年配の「?藤」さんが機嫌を悪くする一歩手前だった。
普通だったらなんでもない光景なのだが、この二人の「?藤」さんの名前が「?藤」でなければ起こりえないことであった。

実に紛らわしい。早くフロアーでも別にした方がいいかも。

新選組とは違った秋山香乃さんの「柳生十兵衛」

  • 2006/02/10(金) 07:51:41

<タイトル文字が時代劇を感じる美しい漢字。力強くて、斬れている>
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私の中では、秋山香乃さんは新選組専門の作家のような気がしている。
デビュー作であられた「歳三、往きてまた」から、
総司炎の如く
新選組捕物帖
五稜郭を落とした男
獅子の棲む国
新選組藤堂平助
茶々と信長

以上六冊の本を読んでいるが、大半が新選組に関わる話であるからだろう。

今回の「柳生十兵衛神妙剣」は有名すぎるほど、有名な剣士“柳生十兵衛”である。今までに、何冊の十兵衛に出会ってきたか分からないほど、沢山書かれた人物である。
家光と忠長の確執の中で動く十兵衛が見事に書かれている。

久々の芸術は、フランス近代絵画

  • 2006/02/09(木) 17:22:29

<水のある風景には、青空がよく似合う、私の町の芸術劇場前>
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久々に芸術の香りを嗅ぎに行った。
こんな素晴らしい施設があるにもかかわらず、余り縁が無く行くことがない。閉じこもりの性格が災いしているようだ。

近代的な無機質の建築物も、噴水や、池あるいは水溜りのような、「水のある風景」で、随分と柔らかに、落ち着いて感じられる。今日は周りの建物全部を、細かく観察してきた。本日のように幾分かは寒くても、青空の広がった日には素晴らしい造形美が愉しめた。
<モーリス・ユトリロのモンマルトルの風景、モン・スニ通り>
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ユトリロは、日本人の大好きな風景画家である。万人が好む感じの、なんだかゆったりとした落ち着きのある風景画である。
本当はこの絵に隣にあった“モンマルトルのラパン・アジル”という建物を描いたものの方が、大好きなのだけれど、絵葉書にもなっていないので・・・・
“モンマルトルのラパン・アジル”は、冬の雪景色らしく、白い色合いの明るい絵で、ちょっと暗めのユトリロの中ではすごく新鮮でした。
<マリー・ローランサンの柔らかな筆致が、優しいイメージを醸し出す>
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マリー・ローランサンの“二人の姉妹”。彼女の絵には、一連の柔らかな優しいトーンがあって、シリーズ化されているような画一的なイメージがある。日本の東郷青児らと共通するものがある。
ただ実物は、結構大胆な筆致で描かれており、筆遣いや、絵の具の塗り重ねなどからしても、東郷青児などの平滑な作品とは違っていた。
この点では、印刷物や、図録よりかは、やはり実物がすばらしい。

お昼のランチもゴージャスなものであった。
芸術、食事と併せて、「心」・「眼」・「舌」に最良の日でした。

便利なのか?面倒なのか?様変わりの台所家電。

  • 2006/02/08(水) 19:00:46

オーブン電子レンジもかなり進化をしているそうだ。
最近、水で調理すると言うのか、過熱水蒸気によって調理するS社から出ている「ヘル○オ」などと言う商品がそうだ。
“ウォーターオーブン”と称して、脱油(余分な油を落とす)、減塩(余分な塩分をカットする)、抗酸化物質キープ(栄養素の酸化を抑制する)といったヘルシーが売り物らしい。

ところでこの商品をデモして販売の助成をする女性が話してくれた。
この女性は、とんかつを揚げて見せるのに、わざわざ別の電子レンジを使って、パン粉を少し焦がしていた。
この“ウォーターオーブン”を使って油で揚げないとんかつを作ると、外側が白っぽく仕上げって美味しく見えないのだそうだ。
仕方なく彼女は、下ごしらえにパン粉を焦がさねばならないと言っていた。・・・・・別のレンジか、オーブンで。

これって、便利なこと???
商品名の「ヘル○オ」って、減る塩って事に通じるの?

注文した本がまだ来ない。

  • 2006/02/07(火) 21:56:52

注文した本がまだ来ない。併せて頼んだほうが見つからないらしい。
アマゾンの広告で、二冊を一緒に買うことを薦めているみたいだから、注文したのに、これがまだ入らないらしい。・・・残念!!
新聞記事で紛らわそう・・・・・・・・・

中谷美紀が私生活を赤裸々告白…初エッセー出版記念で
女優の中谷美紀(30)が28日、東京・丸の内の丸善で、初エッセー「ないものねだり」(マガジンハウス、1260円)の発売を記念したトークショーを行った。女性誌「anan」で昨年11月まで1年半にわたり連載してきたエッセーをまとめたもので、健康のために毎晩赤い腹巻をして寝ていることや結婚したくない理由など、私生活から恋愛観まで赤裸々に告白。

トークショーでも「お付き合いをする方の条件は、たばこを吸わない方。結婚する条件は、(使用後の)便座を下げてくれる方です」と明かし、集まった女性を共感させた。一方で、「毎回(連載の)締め切りが守れなくて大変な思いをしていました」と裏話も。飾らない一面を見せ、限定120人のファンを楽しませていた。
2006年01月29日(日) サンケイスポーツ



中谷美紀 理想男性への2つの条件

 女優の中谷美紀(30)が初のエッセー集「ないものねだり」(マガジンハウス)を出版し28日、都内で記念のトークショーを開催した。雑誌「an・an」に連載したものを1冊にまとめたもので、撮影エピソードのほか、食生活、旅など中谷の私生活の様子が満載。「お付き合いしたいのはタバコを吸わない人、結婚したいのは(使用後の)トイレの便座を下げてくれる人。この2つがそろっていれば誰でもいい」と男性の好みも明かした。
2006年01月29日(日) スポーツニッポン



中谷美紀、結婚条件は「便座下げる人」
 女優中谷美紀(30)が結婚相手に求める条件は「使用後に便座をきちんと下げる」だった。中谷は28日、都内の書店で行った初エッセー集「ないものねだり」(マガジンハウス)の発売記念トークショーに出席。同著で「裏側の汚れた便座を女性が触らずに済むように戻してくれるとうれしい」とつづっている。結婚しない理由の大きな位置を男性の“便座問題”が占めているという。この日も「便座を下げていただければ、どなたでもいい」と笑わせた。同書は04年6月から1年半、女性誌ananに連載したエッセーをまとめた。

[2006/1/29/07:30 日刊スポーツ]


パクリに記事で、本日はお茶を濁そう。

女性を飛脚にする設定が、考えもつかない技だ!

  • 2006/02/06(月) 22:16:43

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<中一弥先生の表紙絵はうまいなあと感じる。出来れば挿絵の一枚くらい本物を買ってみたいと思うくらいだ>
出久根達郎著「世直し大明神」。副題は、“おんな飛脚人”となっている。
中一弥先生の表紙を見てもわかるが、こんな格好をして若い女性が、しかもあの江戸時代の戒律の厳しい時代に、過酷な飛脚などと言う職業に就くことなどありえないこととは思う。けれど、でも、もしいたならば、案外町の噂にはなるし、ちょっと小粋で、蓮っぱなところが良いかも知れない。

飛脚は、足が命で、お天気にも関係なく、晴れに日も、雨の日にも走らなければならない。江戸の町の交通事情がどんなだか想像でしか、思いつかないわけだが、結構人ごみに中、あんな挟み箱かついで動いては、思い通りには走れないような気がする。

若い女性を主人公に、江戸の町を走らせることで、いろいろな物語が生まれてくる。確かに元、古本屋さんの出久根達郎さんは、上手な作家さんだ。意外なところから、意外な・・・・
愉しませるのは巧いね。

中谷美紀さんのパンフレットと、本

  • 2006/02/05(日) 19:41:08

<いただいたパンフレットの表と、裏>
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<松子役の変遷が感じられる二枚の写真>
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先日、映画に行った折、「嫌われ松子の一生」のパンフレットをもらってきた。
裏面に、載っていらっしゃるではないか、中谷美紀さんが笑顔で。
早く公開されないかな、待ち遠しいな。

同じ日に本屋さんにも出かけた。中谷美紀さんのエッセイ集「ないものねだり」も、絵本?「だぁれも知らない」(小学館文庫)もなかった。
それほど店員さんも愛想も良くなかったし、
「おっちゃん、えらい若い娘の本、買うてどないすんの?」
という感じがしたので、あえて注文もしなかった。
帰って来て、アマゾンへ発注!!!届くのが楽しみだ。

うちのお嬢さんの手土産に、感謝感激。

  • 2006/02/04(土) 07:41:00

昨晩は、他所に住むうちのお嬢さんから「海鮮恵方巻」なるものを、手土産にいただき、一緒に鍋を囲んだ。実に具の種類も多い、たっぷりとした太巻きで美味しかった。

「恵方」その年の干支(えと)によって定められる、最もよいとされる方角。その方向に歳徳神(としとくじん)がいるとされる。


「恵方」を向いて食べると良いとは言っても、毎年違う方向を向くほど信心深くないし、我が家の神さん(奥様)は、惠子という名前なので、彼女のほうを向き合って食べるのが私の「恵方」・・・惠子の方である。

「恵方巻」(えほうまき)とは、節分に食べる太巻きの事。商売繁盛、無病息災、願い事が叶う、その年必ず幸運が訪れる、厄落とし等の意味を持つ。現在の恵方巻の起源は、江戸時代末期から明治時代初期にかけて、大阪・船場の商人による商売繁盛の祈願事として始まったといわれる。現在では程度の差こそあれ商業的にはほぼ全国展開されている。こうした恵方巻の全国販売はセブンイレブンが先駆けであり、1989年に広島県の加盟店オーナーの発案により販売を開始したところヒット。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまりは、バレンタインのチョコレートのようなものだ。商人魂は生きているのだ。

宇江佐真理さんの「たば風」を読み始める。

  • 2006/02/03(金) 09:33:48

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<久々の新鮮な色合いの表紙絵は。素敵で素晴らしい>
この本は、副題が“蝦夷拾遺”となっている。

何が新鮮と言っても、この表紙絵に勝るものはないと思う。百田まどかさんのお書きになった絵は、数種の明るい絵の具を大胆に書き流した感じ。実に大胆で、しかも繊細な女の色気と、艶っぽさが表現されていて、今までの時代小説の表紙とは一線を画している。
風に乱れる鬢の毛や、後れ毛には「う~ん」と唸らされてしまう。

運命の風に翻弄されながら強い絆で結ばれた男と女におとずれる奇跡の時
蝦夷・松前藩を舞台に描く、感動胸に迫る六篇。


たば風
恋文
錦衣帰郷
柄杓星
血脈桜
黒百合


以前に読んだ「憂き世店」も副題が“松前藩士物語”で、とても優しい、暖かいお話だったのでとても期待をしている。
彼女は、江戸ものの、しかも女性が上手に書ける鬼才だと思っているが、出身は北海道みたいですので、松前藩のことをもお詳しいのでしょう。
“たば風”と、“恋文”を読み進めたが、なかなか繊細な優しさあふれるお話で面白かった。
少し泣くかも????????

「THE 有頂天ホテル」は愉快過ぎる映画

  • 2006/02/02(木) 20:00:58

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<壁紙として用意された風格あるホテルのロビー全景図>
映画は最高の娯楽です。夫婦である年齢を超えると、料金は一人千円で見ることが出来る。映画を見て、ちょっとお買い物をして、洒落たところでコーヒーでも飲んで一服して帰る。なんだか老夫婦の優雅な暮らしのようだが、そこまでは年をとっているわけではない。

三谷幸喜さんの脚本&監督作品「THE 有頂天ホテル」は、創造を絶する愉快過ぎる映画でした。日本映画は迫力だとか、魅力だとかに欠けるので、余り見ることがないのだけれど、これだけ沢山の魅力ある俳優を配して、しかも隙間なく面白さを散りばめて、破壊的なシーンも、殺人もなく、豊かで、品よく、人間的で、見終わって後、誰も恨む人間が出てこないとても平和的な作品でした。
現代アメリカのハリウッド作品の、あの過激さや、CGに頼りすぎた偏った映画がかすれて見える。そんな素晴らしい作品でした。
役所広司 、松たか子 、佐藤浩市 、香取慎吾 、篠原涼子等など、数え上げればきりが無いほどに達者な役者さんが勢ぞろいでした。それらの人々が、緻密に、計算されてように演技をし、自分の役割を果たしていく。多分に三谷幸喜さんご自身の経験と力量も上がったのでしょうが、知名度が高くなるにしたがって、出演される俳優さんたちにも、そのカリスマ性が浸透していったものなのでしょう。

映画が楽しい、愉快な世界を築きつつある間は、平和が続くものと信じたい。

厚さ34mm、ページ数は479頁。ちょっと負けてる??

  • 2006/02/01(水) 09:07:53

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<表紙の背景は、小林雄高氏の写真であるそうだが、何の写真なのかが良くわからない>

秋山香乃著、「獅子の棲む国」を読む。
前回の秋山香乃さんの「藤堂平助」が本の厚み、34mm。ページにして、546頁だったので、少しだけ薄く感じる。それでも大作であることには変わりはないし、重量感は物凄い。
書籍がデジタル化されているようだが、このような本事態の持つ重さ、厚みによる感触は味わえなくなるだろう。

世界のあちこちで、今でも内乱が勃発している。同国人による殺戮や、強奪、処刑等々と残酷極まりない。戦国時代には、数々の内乱が起きている。その後の、より平和な江戸時代を過ぎ、幕末明治維新には日本も同様なことが起きていた。
会津藩とその藩主、松平容保は幕末、京都守護職を務め、倒幕の後は会津に戻って“戊辰戦争”“会津戦争”となり、その後は本当最北端に移り住むことになる。
そして明治維新後には、“西南戦争”が始まり、日本の南の果てで、西郷隆盛が立ち上がる。最後の日本の内乱である。
これらに関わってきた立派な自分の信念と意思を持った人々を「獅子」と呼び、それらの「獅子」のそれぞれの活躍を描いた大作がこの御本である。

敗れし者の明治維新
新星秋山香乃は、敗戦・流鼠の会津人の再生ドラマを描く。
時代小説の新ヒーローを創造した秋山香乃に乾杯!



(鷲田小弥太郎氏激賞!!)と帯に書かれている。
この方のことはまるっきり知らないけれど・・・・・


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