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小さな子役に可愛そうな映画「ハイドアンドシーク」

  • 2006/03/31(金) 07:04:01

DVDで「ハイドアンドシーク暗闇のかくれんぼ」を見た。スリラーっぽい、ミステリーで怖かった。「hide-and-seek」すなわち=隠れん坊とそのままですな。
<ダコタ・ファニングという子役、こんな子役には可愛そうな役かな?>
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内容について、あまり書けない映画です。
<とても好きだったエリザベス・シュー>
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久々にエリザベス・シューを見たね。ちょっとおばさんになっていましたね。良いおばさんに・・・でもすぐ死んでしまうのは、あまりにも残念。
あっ!言っちゃいけないんだ。
<私は彼女の若い頃からのファンですが、白黒の面白い写真がありましたので>
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エリザベス・シューについて
 CMで活躍した後、『ベスト・キッド』(84)でスクリーン・デビュー。『カクテル』(88)でトム・クルーズの恋人を演じ、『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』(89)および『PART3』(90)でマーティーの恋人役に抜擢される。『ソープディッシュ』(91)、『ラジオ・インサイド』(94/未)の後、大人の恋を描いたニコラス・ケイジとの共演作『リービング・ラスベガス』(95)で、アカデミー賞主演女優賞にノミネート。同作では、ロサンゼルス映画批評家協会賞、全米映画批評家協会賞の主演女優賞を受賞したほか、ゴールデン・グローブ賞、映画俳優組合賞にもノミネートされた。そのほかの出演作は『セイント』(97)、『インビジブル』(00)などがある。最新作は『レオポルド・ブルームへの手紙』(05年公開)。撮影を終えたばかりの『Dreamer』(06年秋公開予定)ではダコタ・ファニングと再び顔を合わせている。

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ふと目にとまって見てしまった懐かしの映画「恋愛専科」

  • 2006/03/30(木) 09:26:27

お昼のBSTVで、「恋愛専科(1962)」を放送していた。
懐かしいとともに、“古い良きアメリカ”って言葉を思い出した。清潔で明るく、健康で、カラフルで洋々たる未来が待っているような、希望あふれる頃の時代の映画であった。
今では「恋愛専科」という表現が古く感じるし、当時は「何々専科」と言う表現が流行っていたようにも思う。原題は、“Lovers Must Learn”であるから、案外日本語の題名の方が、柔らかな意味になるのかも・・・
監督はデルマー・デイヴス(Delmer_Daves)で、「悲しみは空の彼方に(1959)」なんて言う映画をその前に作ってらしたね。

「恋愛専科」について
原題:Lovers Must Learn 製作国:アメリカ
製作年:1962 配給:ワーナー・ブラザース配給
アーヴィング・ファインマンの小説を「二十歳の火遊び」のデルマー・デイヴィスが製作・脚色・監督したオール・イタリア・ロケの青春映画。撮影は「馬上の二人」のチャールズ・ロートン・ジュニア、音楽は「避暑地の出来事」のマックス・スタイナー。出演は「スーザンの恋」のトロイ・ドナヒュー、新人スザンヌ・プレシェット、「南太平洋」のロッサノ・ブラッツィ、「オーシャンと十一人の仲間」のアンジー・ディッキンソンなど。トランペッターのアル・ハートが特別出演。


主演の男優は、トロイ・ドナヒュー(Troy_Donahue)。これが全く格好いいわけですよ。アメリカを象徴するような、七三分けのリーゼント。それが流れるようなウェイブがかかった金髪で、日本人の黒髪にはあの軽快感、流動感は出ませんでしたね。当時日本でも放送していたアメリカのTV番組「サーフサイド6」でも、人気者で憧れていましたね、男女とも。大体、この芸名の響きすら格好良すぎましたね!
2001年の死亡のニュースは記憶によく残っています。

トロイ・ドナヒューのプロフィール
本 名: メール・ジョンソン・ジュニア(Merle Johnson Jr.)
誕生日: 1936/01/27/ 生まれ
出身地: アメリカ・ニューヨーク
父はジェネラル・モーターズの映画部長。ベイボート・ハイスクールを卒業後、コロンビア大学新聞学科で学ぶが、演劇に進み、サマーストックで舞台デビュー。PR映画の仕事に携わっていた時、ユニバーサルにスカウトされ、57年に映画デビュー。「避暑地の出来事」「二十歳の火遊び」などがヒット。テレビでは「ハワイアン・アイ」「サーフサイド6」などがある。63年にスザンヌ・プレシェットと結婚した。2001年9月2日、心臓発作で入院した先の病院で亡くなった。


相手の女優さんが当時は新人だった、スザンヌ・プレシェット(Suzanne Pleshette)。エリザベス・テーラー似のプリティで、勝ち気な女の子でした。エリザベス・テーラー似であったことは、良かったのか悪かったのか?余りよかったとも思えないが、ヒッチコック監督の「鳥」(1963)スティーブ・マックィーン主演の「ネバダ・スミス」(1966)までは見た記憶があるが、その後、泣かずと飛ばずでTVドラマに出ていたそうだ。
ライオン・キング2 シンバズ・プライド(1998)は声優で出ていると記録にはありました。

スザンヌ・プレシェットのプロフィール
誕生日: 1937/01/31 生まれ
出身地: アメリカ・ニューヨーク
女優を志し、ネイバーフッド・カレッジで演技を学ぶ。ブロードウェイの「奇跡の人」の演技で注目され、58年「底抜け慰問屋行ったり来たり」で映画デビュー。「恋愛専科」「鳥」などがヒットし、スターに。活躍は主にテレビが多い。63年にトロイ・ドナヒューと結婚。主な出演作に、「底抜け慰問屋行ったり来たり」(58)、「恋愛専科」(62)、「40ポンドのトラブル」(63)、「鳥」(63)、「遠い喇叭」(64)、「不時着」(64)、「若き日の恋」(64)、「生きる情熱」(65)、「猛犬ご注意」(66)、「ネバダ・スミス」(66)、「黄金作戦/追いつ追われつ」(67)、「黒ひげ大旋風」(68)、「火曜日ならベルギーよ」(69)、「地平線から来た男」(74)、「新・ボクはむく犬」(76)、「ホットスタッフ」(79)、「オー!ゴッド2」(91)などがある。


他にもアンジー・ディッキンソン(Angie_Dickinson )、ロッサノ・ブラッツィ(Rossano_Brazzi )なんか出ていて面白かった。
映画自体は「ローマの休日」や当時の映画の今で言うパクリなシーンも多く、よく見ると稚拙で可愛いな。このアンジー・ディッキンソンは、近年も映画に出ていて元気でしたね。1980年だった「殺しのドレス」は好きな映画でしたね。デ・パルマ監督の・・・・

新米の坊さんの一言

  • 2006/03/29(水) 21:32:16

ある人から聞いた花話だが、その家の坊さんは新米らしい。
と言っても終業したばかりのうら若き、そり跡も青々した若者ではないそうだ。坊主の家を継いでいた長男が夭逝したため、仕方なく五十にもなって、他業種から転業なされた人らしい。

落ち着いているし良い方らしいが、葬儀を頼んだら、まだ修行の身であるらしく、自分は出来ないので、もっと上の方を連れてくるというので代行で行われた。
彼岸やお盆の仏事は、自分でもかなうらしいが、やはり葬式というとなかなか新人さんでは無理なのだろう。

そのお坊さんは新人らしく、ぶつぶつとモノを言う。
法事の墓場からの帰り、玄関先で家の主人が塩を持ってくるように大声を上げた。
その坊様曰く、
「身内の仏事なれば、何を汚れることあらんや、塩などいるまじ」
何せ理にかなったことを言う人なのだが、ぶつぶつ口の中で喋るので、はなはだ周りの人には聞き取りづらい。
家の主人は、またもや大声にて塩を持ってくるように叫ぶのだが、
またもや坊さんが、ぶつぶつと同じ言葉をのたまう。
この二人の掛け合いが、周りの人にはとても面白かったそうだ。

これを喋ってくれた人は、その時の様子を思い出し、腹を抱えて笑いながら話してくれたが、こうして書くとあまり面白い話ではなかったな。

最高裁の判決に“快哉”!!

  • 2006/03/29(水) 07:50:27

28日に、知人の交通事故に対する損害保険会社の対応のいい加減さを嘆いたブログを書いた。
昨日のNHKのニュースを聞いていたら、喜ばしい内容の話があったのでちょっと書いておきたい。

“保険で胎児も家族の一員”
交通事故にあったときに、けがをした家族も補償するという自動車保険で、母親のおなかの中にいた胎児も保険の対象になるのかどうかについて、最高裁判所は「まだ生まれていなくても家族の一員とみなして支払いの対象にすべきだ」という初めての判断をして、保険会社に支払いを命じました。


28日、最高裁判所第3小法廷の藤田宙靖裁判長は「この保険の場合、家族の損害を補償するという目的で契約を結ぶものだ。胎児であっても母親の子どもなのだから、家族の一員に準ずるとみなすべきだ」と判断して、1審と2審に続いて保険会社に支払いを命じました。

とても重要なことは、

保険の契約内容を形式的にみるのではなく、保険の本来の目的をふまえて、胎児であっても救済の対象にすべきだ。


このように人間的立場に立って、人の心と利害を抜きにして、最高裁が初めて判断をして下さったことです。
少しでも早く私の知人の裁判も良い方向に向かうと有り難いのですが・・・

世の中の理不尽に思えること!!!!

  • 2006/03/28(火) 22:08:48

弱肉強食は、自然界の中では当たり前のことではあるけれど、ちゃんとした人間の当たり前の社会では、弱者は救済されなければならない。
家内の友人のお子様の悲しいお話である。

そのお子様は非常に成績優秀でありましたので、都会の良い大学へ進学なさいました。利口で、非常に繊細で、将来についても明確な指針のある賢い方です。ところが不運なことに、交通事故に遭われて、その後遺症として“高次脳機能障害”を煩うことになったのです。

高次脳機能障害とは?
脳卒中(くも膜下出血・脳内出血等)・感染症などの病気や交通事故・転落等で脳の細胞が損傷されたために言語・思考・記憶・学習等の面で起こる障害を指します。
脳の中の障害のため、外見から障害を見極めるのは非常に困難です。患者本人が自覚していない場合も多く周囲からも理解されず福祉政策を受けにくい状況に置かれています。

この事だけでも大変な不幸を、本人家族共々背負うことになるのですが、肝心の損害保険会社からの支払いがなされないというのです。
これは本人さんの社会復帰が出来にくい事を考える親としては大変に辛いことであります。周りの他人から見て、通常生活を送れるように見えることや、異常を感じ取りにくい事が原因で、まだ病気として認識されていないのだと感じます。
本人は三ヶ月に一回は、未だ治療と診断のために、東京の医者に診察に出かけているのです。

保険会社は加害者が対人保険を、十分に掛けているにも関わらず、支払いをしないのです。ここで前例を作ると、今後の対応に苦慮せねばならぬために、悪辣な戦いを挑んでくるのでしょう。
企業には倫理観と言ったモノがなく、弱者を救済するよりも、自分たち強いモノをより強くする論理しかありません。
保険会社もこうした事例をを認めたくなくて、被害者に支払いを拒否して、三人も弁護士を立てて争う姿勢を見せていると言うことでした。裁判では、こっそりつきまとって盗み撮ったVTRを証拠に出してきたりして、いかに健常者であるかといった様子を見せたり、悪質な泥沼状態での法廷闘争なのだそうです。
一ヶ月でも加害者と一緒に住まって、どのような状況であるのか認識してほしいと訴えても、それは出来ないとの一点張りだそうです。
被害者でありながら、企業優先の有力な裁判でも泣かされることになるのです。

救いは、先ほどの担当のお医者さんが、細かく診断書・レポートを書いてくださることや、もし自分が転勤しても、必ず転勤先で見続けてくれるという優しい対応だそうです。お医者さんの鏡のような方です。二十四時間いつでも電話を掛けてきても良いとまで、言って下さる神様のような医師です。

何か支援することがあれば、お手伝いをしていきたいです。
「高次脳機能障害者と家族の会」

誕生日に起きたこと

  • 2006/03/27(月) 07:23:03

本日は誕生日だった。

出かける前に、誕生日だから「鰻のせいろ蒸しね」と言われ、期待して帰るとお店がなくなっていたらしく、違う料理だった。

市内の中心を流れる川に、新しく大きな橋が架かり本日開通した。食後早速渡りにいた。かなり立派な橋で、今度は昼間歩いて渡ってみよう。

かなり身近な人が勤めていた会社が倒産した。本人もショックだったらしく、元気なく電話してきた。考えても仕方がないけれど、再就職先を探すのも結構大変だろう。

家内の知人の子供さんが、交通事故の後遺症で困っている話を聞いた。「高次脳機能障害」という病気らしい。大変に辛い悲しいお話であった。

いい話ばかりはないけれど、年をとっていくと困難に対してそれほどくじけない。積極的に前向きに生きることもしない代わり、そこそこに現状を甘受し、穏やかに、そして無理なく乗り越えていける知恵がついた。

自分に対し、
「お誕生日おめでとう!」

ほぼ毎回欠かさずに見たTVドラマ「輪舞曲」

  • 2006/03/26(日) 22:22:46

TVドラマ、輪舞曲(ロンド)が昨日終わった。
とても面白かった。嫌いな俳優が全然出てこないのもその理由に一つである。ちょっと総括的に、感想を羅列してみよう。

・ 竹野内豊さんは、とても口数が少なく、無精ひげも似合って格好良かったけれど、もう少し韓国語をお話にならないと不自然な会話が多すぎる。


・ チェ・ジウさんは、美しい。でもよく顔の表情、あるいは顔そのものが変わる人であった。そしてよく上手に泣ける俳優でした。まずは左目から先に、潤んできて、涙がしたたり落ち、そして両方の目と涙ぐんでいく、あの微妙さは絶妙です。
ただか弱い女性のはずが、妹を守るためにはとても心が強かったり、竹野内豊との対決のシーンでは鉄砲を向けて対峙したりと、多面性の多い役をよく演じておられた。日本語を話すシーンも多く、竹野内豊さんは話さないだけに無理がありすぎた。


・ 木村佳乃さんが良かった。この方は元々好きな俳優なので、さっぱりした男のような性格の、それでいて心優しい女性と言う役がお似合いだった。彼女の知的な面がもっと出るような役柄の映画に出てほしい。
出来れば語学力を生かせるような国際派なドラマを演じてほしいと常々思っている。


・ 橋爪功さんは、ドラマの始まったときから「ああ、この人がチェ・ジウさん姉妹のお父さんだな」と思わせるまずい存在だった。誰もそれにふさわしい怪しげな人物がしないので、だましが横行するこのようなドラマには、もうちょっと一工夫ほしかった。
韓国語を私たちから見て、とても流暢に話され手?いたので、とてもご苦労の多い役柄でしたでしょうに、普段の良い人の殻が打ち破られて良かった。その点では、杉浦直樹さんも同様でした。いつも同じキャラクター過ぎるのは石橋凌さんでしたね。


・ 韓国人俳優、シン・ヒョンジュンさんは感心しました。韓流ブームに関心がないので、知らない俳優でしたが、よく見て素晴らしかった。日本には今このような方は少ないのではないでしょうかね。とにかく存在感が、ひしひし伝わってきて、最初の頃の厳しい韓国マフィアの頃の顔と、最後あたりの韓国警察の顔とでは別人でしたし、笑い顔がとても優しく慈愛があるのには感心しました。


・ どうでも良かったのですが、最終回に杉浦直樹さんの娘役がアルバイトで荷物を抱えるシーンは下手くそでした。最後まで彼女は下手だった。やくざで金持ちのどうしようもない下品で、鼻持ちならない娘という役柄には品のない顔が似合ってましたね。嫌いでしたけれど・・・・


・ 視聴者へのだましが多く、不自然なことの多すぎる脚本でしたが、おおむね展開は面白かった。画面の動きが激しく、変な色づけで前衛的なカットが多々あって、カメラワークは好きでなかった。お金のかかったドラマではありましたね。


最終回は延長したのにもかかわらず、プレゼントの締め切り時間は延長にしてなかった。

えとう乱星著「総司還らず」は、変わり種であった

  • 2006/03/25(土) 21:15:48

<安彦勝博さんの装丁の表紙絵には、ヤマブドウのような木の実が描かれている。しかしその下地に着物の織り柄のような地模様が、ぼかしのように使われれているのはよく見ないと判らない>
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沖田総司ものの小説は多い。私が読んだだけでも八冊の本があった。

大内美予子著「沖田総司」
大内美予子著「沖田総司拾遺」
星亮一著「新選組 沖田総司」
大路和子著「沖田総司を歩く」
新人物往来社編「沖田総司のすべて」
新人物往来社編「沖田総司読本」
新人物往来社編「総司と歳三」
山田一郎著「定本沖田総司」


彼と、土方歳三とは、今でも人気のある題材だし、又人物たちでもあるようだ。新選組そのものの存在が嫌いなので、彼らの生き方も嫌いではあるが、やはりそれでも沖田総司は特別なのかもしれない。

この本「総司還らず」は、普通の新選組ものの“沖田総司“とは異なるものだ。新選組があまり絡んでこないし、沖田総司と皇女和宮降嫁に関わる禁裏の秘話や、それにまつわる三人姉妹の活躍、倒幕がらみで異国人グラバーの暗躍や、その妹で総司に思いを寄せるエリザベスなどなど、そこそこに美女は出てくるし、ミステリー仕立てにもなっていて愉快だ。気軽に読める内容で、人斬りの陰惨さがなくて結構だ。

それにしても「禁裏」だとか、「内裏」だとか裏という字が使われているのは何故だろう?

きんり【禁裏/禁裡】
〔みだりにその裡(うち)に出入りすることを禁ずる意〕
① 皇居。御所。禁中。
②天皇。禁裏様。


だいり【内裏】
① 大内裏の中の天皇の居所を中心とする御殿。平安京の場合、外郭は、東西約三四二メートル、南北約三〇三メートル、内郭は、東西約一七三メートル、南北約二一八メートルあった。御所。皇居。禁裏。禁中。大内。


うら【裏】
①内部。奥。うち
②同じ遊女と二度遊ぶこと。また、二度目に来た客。→裏を返す(なんてね)

あまり愉快でない光景

  • 2006/03/24(金) 08:00:13

おとといの休みに電気店に電子レンジと、掃除機を下見に行った。近頃の電気製品は、長持ちするので久々の買い換えにそなえて夫婦で出かけた。
まあよく何人かの店員さんにつきまとわれた。これはあちら様のお仕事だから、仕方のないことではあるが、
「ゆっくり見させてくださいね」と言った後の対応が、皆さん下手である。
暗く恨みがましく、
「何で私のお店なのに、私から話を聞かないのよ!」と非難されているような目をして後ずさっていく。
この点は確かにアメリカのお店は上手だったね。
「ああ、いいよ。勿論だよ。ごゆっくりね、用があればまた呼んで」と明るく答える。つまりはしこりがない感じがする。

そしてもう一つ、訳のわからぬ進学する子供だろう?親子連れに出会った。しかも広い店内で同じ場所に二組も!!!○そっ!!
彼らのことは前にも反感もって書いたけれど、今回も、大きく「○そっ!!」
何故にあのように、親がかりの身分なのに大きな態度をするのかねえ?買い物をしてもらえるだけでも有り難いのに、それより何より上の学校に能力もないのに行かせてもらえるだけでもいいのに・・・・
何を考えているのか?いや何も考える能力もないくせに反抗的な態度と横着な物言いは、本当に腹が立つ。
与えられたものを黙って、有り難くおしいただく。
自分の境遇に感謝をし、これからしばらくは過酷な社会人生活を猶予される訳だから、学生という本文と忘れず勉学に勤しめよ!

こんな馬鹿どもに、それは無理だろうね。

一日休みを有意義に使う?????

  • 2006/03/23(木) 21:29:51

昨日は連休ではないたった一日だけの休みの日だった。
となると、案外と充実した日を送ろうと計画をし、無駄がないように行くところも道順を考えて行動しようとする。といっても、電気店に家電製品の下見と、レンタルビデオ店に入会してレンタルCDを借りて、簡単な食事をして、早めに帰ってレンタルCDを見るだけの事だが・・・

本当に久々に、レンタルCDを借りてきた。以前の職場は同じ建物内にあったため、とても便利に使っていた。夫婦二人して“ニコール・キッドマン”が好きなので、「奥さまは魔女」と「インタープリター」の二作を借りてきてみた。
実際には六時間近くかかって見ていたはずなのだが、どちらかがうつらうつらしていて完全には見切れていない。家だとくつろぎすぎていて、映画館のように真剣に見ないからいけない。
<やっぱり可愛い顔をしているけれど、演技派でもあるんだな>
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今回、映画の中でリメイクされた“奥さまは魔女”は、'64年~'72年の8年間、アメリカの3大テレビネットワークのひとつABCでゴールデンタイムに放映されました。1話30分のシチュエーションコメディで、今なお人気の衰えないシリーズです(原題:“Bewitched”)。


「奥さまは魔女」は、実に懐かしい映画のリメイク版である。アメリカでも、やはり面白く、しかも大衆に中に浸透している番組だった事がよくわかる。コメディーはアメリカ映画の得意とする分野であるが、場面場面に隠された細かなシャレやギャグが面白かった。パロディーに詳しい人が見ると、より楽しい仕掛けがあるのだろうけれど・・・
<確かに色気があった過去よりも、近年は可愛いイメージが強くなっている。若返っているのではなかろうか?>
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監督シドニー・ポラックについて
高校卒業後、俳優を目指してニューヨークへ出る。役者として順調に活躍しつつ、テレビ・ドラマの出演中にジョン・フランケンハイマーと知り合い、彼の勧めでハリウッドへ行く。やがてテレビの監督を務めるようになり、65年の「いのちの紐」で映画監督デビュー。69年の「ひとりぼっちの青春」がアカデミー賞9部門にノミネートされて一躍有名になった。73年の「追憶」がヒットし、「コンドル」、「ザ・ヤクザ」、「トッツィー」など話題作を連発、85年にはメリル・ストリープ、ロバート・レッドフォード共演の「愛と哀しみの果て」で作品賞をはじめアカデミー賞計7部門を獲得、自身も監督賞で初のオスカーに輝いた。80年代後半から製作側にまわるが、93年に久々に監督した「ザ・ファーム/法律事務所」が世界的に大ヒット。役者としても「アイズ ワイド シャット」で存在感のある演技を見せていた。


やっぱりミステリーだし、中身がすごいので、内容は見てのお楽しみです。主演女優がニコール・キッドマンだし、相手役がだんだんと渋く演技が肥えてきたショーン・ペンだし、それで監督はシドニー・ポラックだよ。誰にも「面白くない」とは言わせられないほどの映画ですよ。

大作家さんと、大作が苦手なわけ?

  • 2006/03/22(水) 09:16:00

<井上正篤さんの装丁になる本で、表紙は寛永の頃の長崎図である。市川森一著「夢暦長崎奉行」で長崎地図が出ていたので思い出す>
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司馬遼太郎さんは、有名な大作家である。大作も沢山残されている。
そのペンネームの由来がユニークで、歴史家「司馬遷」に遼(はるか)に及ばずと言う謙遜の意味があると、『ウィキペディア(Wikipedia)』には書かれている。しかし“司馬遷”なるものを知らぬ人が多くなったのではないだろうか?
司馬遼太郎さんについて、

産経新聞社在職中、『梟の城』で直木賞を受賞。以後「司馬史観」と呼ばれる独自の歴史観に基づいて、それまでの歴史小説に新風を送る作品を数多く執筆。日本の大衆文学の巨匠、中心とされる作家。作品は戦国・幕末・明治を扱ったものが多く、『国盗り物語』『竜馬がゆく』『坂の上の雲』など。また、『街道をゆく』などのエッセイなどで、活発な文明批評を行なった。参照『ウィキペディア(Wikipedia)』


私個人的には、大作家と、大作が嫌いである。中学生くらいまでに大概の文学全集などを読んでしまったが、これが大作嫌いになった原因だ。重く長い本が嫌いになった。
軽佻浮薄な生き方をする故に、時代小説でも軽くて中身が気楽に読める、歴史的見地よりも市井の人間味あふれるものを好むようになってきた。
故にこの司馬遼太郎も、千六百数十冊中、たった四冊しか読んでいない。ということは0.25%と稀少な数字である。

慶応長崎事件
幕末
酔って候
最後の将軍


一番多い池波正太郎さんあたりが、百冊を超えるので好みが違うのだろう。ただ図書館と言うところには、存外大作家さんは全集ものが多く、借りてこない原因でもある。

でも、この本はおもしろかった。七編の短編が収められていた。

慶応長崎事件
薩摩浄福寺党
倉敷の若旦那
五条陣屋
おお、大砲
壬生狂言の夜
侠客万助珍談
けろりの道頓


「慶応長崎事件」は幕末近くの話だし、最後の「けろりの道頓」は関ヶ原の戦い以降ということで、これらは時間の流れが大き過ぎ、何故同じ本に収まっているのかよくわからない。
愉快なのは、ワープロで“道頓堀”は変換できても、この堀を造った“道頓”だけでは変換できない。つまりはものは残っても、過去の人名は消えてなくなるのみなのでしょうね。

恐るべき古人の知恵と、美意識

  • 2006/03/21(火) 07:43:36

<奥さんにちょっと作ってもらった見本の連鶴>
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伊勢(現在の三重県桑名市)の魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)という住職が考案した連鶴。一枚の紙に切り込みをいれ、二羽から九十七羽の連続した鶴を折る方法が「千羽鶴折形」には紹介されています。四十九種類の折鶴にはそれぞれ銘がつけられ、狂歌がついています。その卓越した工夫と技巧のみごとさは、目をみはるものがあります。


という話を家内が聞いてきたのですよ。
彼女は簡単な折図を見ながら、ちょいちょいと見本を作ってくれました。和紙がちょうどなかったので、また和紙を買ってきて挑戦をしたいと言ってます。私から見れば本当に器用なものです。

桑名に長円寺という浄土真宗本願寺派のお寺があり、ここの12代住職魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)は学問、文学に優れ、寛政9年(1797)に折り紙の著書として世界最古の千羽鶴折形を出版し、一枚の紙で連続した折鶴を折る手法を考案しています。これは桑名の千羽鶴として無形文化財に指定され今に伝わっています。またこのほか、久波奈名所図会、桑名名勝志など郷土史の著作も多く著しました。


今日は参考文献をいろいろ探ってみました。

乙川優三郎著「生きる」に学ぶ。その2

  • 2006/03/20(月) 07:37:42

乙川優三郎著「生きる」には、三編の短編が収められれていますが、二編目の「安穏河原」も、重くしかも風変わりに悲しいすぎる内容でした。
偶然に知り合った二人の浪人の過去にまつわる話から、最後には若い方の行く末までの経過なのですが、これが実に暗くもあり、重いお話なのです。
浪人というのは、主を持たない禄のない武士ですが、ここに出てくる年配の主人公は、藩家の財政難に出された窮余策が、これでは農民を苦しめるという反対意見と見識とで、自ら国を離れ退身してきた男であった。自分の信念を貫くあまり、浪々の身となりながら、家族を苦しめ、奥様を病気にならしめ、貧困のあまり娘を女衒に売り渡すことになる。
偶然に知り合った若い方の浪人は、親からの代々の浪人で、武士の意地も気概もなく用心棒や、借金の取り立てなどして安穏と暮らしている。
なぜか気の合う二人は、酒を飲みあううち、主人公から若い方への頼み事を聞く羽目になる。
その頼み事は、岡場所に沈んだ娘に会いに行ってもらうことだった。妻の薬代を稼ぎ、やっと生活をする中からわずかに貯めた金を持たせて、娘を買って、その生活ぶりや、借金の残りなどを探らせようとするのでした。
この主人公は、岡場所の仕組みなども疎く、年季が明ければすぐに戻ってくるものと思っているし、何やかやで借金がふくらむ仕組み知らず、年期が延びていく残酷な世界であることを、若い浪人から知らされ、最後の行動に臨むのです。
武士のあり方、生き方、ずるい世間の仕組み、流れに乗れない男たち、そしてやっぱり犠牲になるのは弱い女たちなのです。
最後の一ページが綺麗なことで救われるお話でした。

乙川優三郎著「生きる」に学ぶ、生き方の難しさ

  • 2006/03/19(日) 07:47:00

<さっぱりした村田篤美氏の書“生きる”だけに見える装丁だけれど、実は後ろに淡く篠原貴之さんの絵が隠れている。装丁は坂田政則さんの手による。>
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乙川優三郎著「生きる」は、実に感慨深い本でした。三編の短編からなる素晴らしい濃い読み物です。

生きる
安穏河原
早梅記


中で、表題にもなっている「生きる」は、本全体のほぼ四割を占める中編です。“生きる”という一般的には能動的な言葉を、藩主の死に伴う殉死に死にきれなかった、仕方なしに“生かされた”寵臣の話なのです。

藩主の死が近いとの噂に、追い腹(殉死)を覚悟した主人公は心静かに、その時を迎えようとしている。突然、嫁に行った娘が江戸詰めの娘婿も、追い腹を切る覚悟ではないかと感じられる手紙を持ってやって来る。そして親の覚悟も気づかないまま、娘婿の行動を止めてくれるように依願して帰る。
ある日突然、同僚の一人とともに若い家老からの呼び出しを受け、追い腹禁止令を出すことをほのめかされ、追い腹を切らぬことを暗黙のうちに約束をさせられる。
藩主が逝去し、その遺体が送られてきた日、面会も出来ぬうち娘婿は追い腹を切る。娘の婚家は処罰を受け減禄され、止められなかった父を恨み、あなたの方が殉死すべきであったと示唆しつつ、義絶を申し入れてくる娘の激しい返礼。
その後、気のふれる娘、殉死できない父への苛立ちから自ら死んでいく若年の息子、病気勝ちだった妻の死、数え切れない不幸が肩にのしかかる。

今では考えられない殉死という行動は、恩義のためとは言え他人のために死ぬ行為であり、武家社会の称えられる誉れある行為とされる。昨今、社長のために死ねる社員などいるわけがない。何なのだろう?
生きて、次を担う藩主に尽くすことの方が、価値があるように思える。藩主が逝去した十五年後に、江戸幕府は殉死禁止令を出している。

早々、決定した「東京モーターショー2007」の日程

  • 2006/03/18(土) 22:32:48

今朝の新聞に、「東京モーターショー2007」の日程が発表になっていた。来年の話だから結構気の早い話ではあるが、なんだかウキウキして待ち遠しい。
2007年10月27日~2007年11月11日

「オートギャラリーネット」に次期のホンダNSXのスクープが載っていた。買えないだろうけれど、実に魅力的ではある。
<V10の縦置きエンジンがミッドシップに積まれた、欧州のスーパーカー的レイアウト>
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ちょっと記事を載せておこう!記録として・・・・

注目となるV10エンジンだが、排気量は4500ccあたりに落ち着いたようだ。堂々としたフラッグシップに相応しいと言っても、あまり排気量が大きくなり過ぎてもエンジン単体のボリュームと重量が肥大して、ホンダが考えるスポーツ像とかけ離れてしまうし、小さすぎても絶対性能が得られない。これをバランスさせたちょうどいい落としどころが4500ccということなのだろう。
もうひとつの大きなトピックは、現行モデルのエンジン横置きミッドシップレイアウトから、エンジンを縦置きにしたミッドシップを採用するということ。
V10エンジンは、片バンクの気筒並列方向の寸法が長くなり、従来の横置きだとボディの全幅に収まり切らないわけで、必然的にフェラーリやランボルギーニなどと同様の縦置き搭載となる。ちなみにこのV10エンジン、i‐VTEC仕様でおよそ400馬力を目標値として開発されているとのことだ。

藤沢周平は、なんだかほっとするよね。

  • 2006/03/17(金) 08:31:15

<なんだかやけにさっぱりした蓬田やすひろさんの表紙絵、淡い色遣いに特徴あり>
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“あいうえお”の順で本を図書館から借りてくる。前にも書いたが、ワ行まで行って一周して来て、またア行の“え“あたりをうろうろしている。
図書館にはいると返却されたばかりの本が目にはいる。そこを覗くと、順番に関係のない比較的新しい本が借りてこられることになる。

今回の藤沢周平さんの「刺客」も、その棚から借りてきた。
“用心棒日月抄“シリーズは、すでに四巻もあるらしいが、最初の一巻しか読んでいない。主人公・青江又八郎の人柄と、脇に出てくる相棒・細谷源太夫とのコンビが、殺伐とした用心棒家業に暖かみを感じさせる。
時代小説は、全くの架空の物語と、完全に史実をベースにしたものとに分かれるが、藤沢周平作品はほとんどこの前者であるようだ。
綿密に計算がなされ、行動とそして言葉の端々にまで神経の行き届いた作品である。
気楽な用心棒家業に明け暮れる主人公に、命のやりとりの緊迫感と、依頼主を深く洞察し、思いやる優しさとを加味して、自然に物語が流れていく。

読み物の世界にも達人がいるのでしょうね。
ついつい引き込まれて読んでしまった後に、藤沢周平さんものは、なんだかほっとするよね。

人様のブログから学ぶこと

  • 2006/03/16(木) 21:25:13

昨日“力道山”の映画について、人様のブログをいろいろ見て回った。
その中で、勝手にリンクを掲げさせていただいた、「My favorite things」のページには感嘆してしまいました。
私の数十倍も、長く、熱く、密度濃く“力道山”を語っておられました。同時代に生きておられたかのような内容で、しっかり勉強させていただいた。

中で私は、粗忽者だから書いてあることに、くどい質問のコメントをしてしまった。それでもそのコメントに寛大に、丁寧に答えていただいて感激してしまいました。その質問はちゃんと読めば書いてあることなのに、スクロールを急いでしながら読んだ所為で読み飛ばしてしまっていました。軽率で申し訳なかったです。
<海外映画俳優マガジン様より勝手に拝借してきた「ハロルド坂田」のお写真>
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“ハロルド坂田”という“力道山”を、プロレスに導いた人のことだったのですが、ショーン・コネリーの007の映画「ゴールド・フィンガー」に同名の俳優がいたのを思い出したので、同一人物かどうかを聞いたわけです。
再度読み返すとその話は、ちゃんとその方のブログ本文の中に書いてありました。本当に無礼な奴だと思われたと思います。
ここでも再度お詫びを申し上げます。
「申し訳ありませんでした」

それからちょっと冷静になって考えれば、ネットのサイトにもいろいろ調べる項目はあるわけです。
参考までに・・・・
http://www.fmstar.com/movie/h/h0074.html

単独行動!!映画に食事を満喫!!

  • 2006/03/15(水) 19:29:28

<やっと公開された力道山の映画『力道山』>
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本日は、免許更新の日で朝早くから免許証センターへ一人で出かけた。普段、家内と同行が多いので、単独行動は久しぶり。優良運転手ということで、講習も短時間で終わったので映画を見に行った。

明るい日差しのあふれるこの時間に、暗い映画館とはもったいない話だけれど、公開期間も短く、しかも一日に一回しか開演されていないのです。・・・・この『力道山』は!!!!
案の定、中には人くらいしか入っていませんでした。それでも本日は指定席だというのですから、参っちゃいますよね。

映画館の暗闇の中では、ほとんど泣いていました。私はまだ感動を忘れていませんでした。

今は、過去の英雄になってしまった“力道山”、忘れ去られていた“力道山”、過激で戦闘的だったけれど優しかった“力道山”、差別されて這い上がってきた信念の“力道山”、自分の道は自分で切り開いてきた“力道山”、結局は日本人になりきれず差別という日本人の軋轢の中で死んでいった“力道山”。
そのすべてがこの映画にありました。


彼を支えた芸子さんから奥様になった“綾”を中谷美紀さんがとても好演しておられました。優しく、気高く、繊細で、そして本当に献身的に・・・・
彼女は“力道山”とほぼ同じ時期に病に臥して、死んでしまいます。“力道山”の真の理解者であったはずの方です。

朝鮮人というだけで虐げられてきた人々がいたことを、この韓国映画は真っ向から強く訴えています。当時戦勝国だったアメリカは、この映画に中では強大で、差別のない豊かな国と語られています。

人間は少しでも、自分より下に何かを位置づけておきたいエゴイストです。自分より下に、何か低い身分のあることに、自分の安定を感じる卑劣な心があります。韓国人から見た、当時の朝鮮人と差別された日本の英雄?“力道山”が、上手に語られている激烈な映画でした。


少し太って、見事にプロレスシーンまで演じきった韓国俳優「ソル・ギョング」さんが本当に素晴らしかった。
韓国版のDVDを見てはいましたが、韓国語のシーンに字幕がなく本日始めて納得したシーンや、会話もあり泣きました。

明日は休みだ!『力道山』だ!

  • 2006/03/14(火) 21:53:15

<力道山の夫人を演じる中谷美紀さん>
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明日は休みだ。早く寝よう!
免許証の更新にも行こう。
ついでに!『力道山』を見に行こう!
中谷美紀さんがご出演になっている。
韓国製のDVDはすでに何度か見たけれど、映画館での公開は初めてだ。
再度細かく見てこよう。
ついでに一人で外食だ。ゆったりちょっと贅沢に・・・・

江崎惇著「侍たちの茶摘み唄」

  • 2006/03/13(月) 22:09:27

<漫画の劇がタッチであがかれた和田作蔵さんの表紙絵>
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「侍たちの茶摘み唄」
幕末の歴史に詳しい人が見れば、この表紙絵と、タイトルで中味が想像出来る小説である。意味深に画面の前方に置かれた刀と、鍬を振るう鉢巻姿の武士たち。
幕府が瓦解し、静岡の片田舎に転封させられた、徳川家と家臣団は、貧しく、苦しい生活を強いられる。武士の命である刀を打ち捨てて、その手に鍬を持ち替えて、開墾仕事に精を出さざるを得ない。

武士が武士のプライドを捨て、かって蔑んでいた百姓仕事をし、何もしないで飯が食えた時代が過ぎ去って、何も手に職を持たない無能力な人間の集団に成り下がる。
身分制度や、武士の圧制を考えれば、これはやむをえない仕儀ではあるが、時代小説の単純なファンとすれば、一番に寂しい時代の終わりである。
十五代将軍・徳川慶喜の勝手に逃げ帰るごとく、江戸にかえってしまった鳥羽伏見の戦いより、大政奉還、そして恭順と歴史は急速に流れ、徳川幕府は解体の憂き目に会うわけだが、この人個人はなにも困ることはなかった。
困った犠牲になるのは、この時に御家人であった貧しい武士たちである。彼らの苦労を思うと、いつの時代にもやはり下の人間が犠牲になるのである。

江崎惇さんは“アツシ”とお読みするそうだが、あまり本は書いておられないようで、この作品の地元静岡の方のようだ。他に「清水次郎長」の小説があるらしい。

そっけない本のタイトル、遠藤周作著「女」

  • 2006/03/12(日) 07:44:47

<華麗な裾模様の着物が衣桁にしどけなくかけられている表紙絵は、菊池信義さんの装丁です>
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遠藤周作著「女」は、実にそっけないタイトルではありますが、中身は548ページにもなる長編時代小説でした。

戦国武将、織田信長にまつわる女性、愛妾吉乃から始まり、彼の妹お市、そしてその娘淀君、果ては千姫あたりまで語られている。
対比に出てくるの男性は若き藤吉郎から、太閤殿下呼ばれた秀吉まで、お市の旦那様であった朝井長政ら戦国武将たち、江戸幕府初期になると豊臣恩顧の家臣で徳川に組した福島正則や坂崎出羽守らあまた。

この女性らにかかわった人々の人間模様が、徹底的な資料調査や、考証によって遠藤周作さんが上手に滑らかに語っている。
生きにくい時代に生きた女性の悲哀や、非情。男中心の社会で、その男の犠牲になっていった女性。歴史に残っている女性たちは、身分低き卑しき人々ではなく、名のある身分の高い人々ばかりだ。そのような人をしても、女性は苦を共に生きてきたわけである。

そして彼女の系譜が江戸の徳川まで繋がっていることが、哀れで、怖いお話ではある。

タイトルに似つかわしくない赤い本「嫌われ松子の一生」

  • 2006/03/11(土) 21:38:10

<とても可愛く小さな赤い装丁>
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こんな可愛らしい本を手に入れた。大きさは、16cm強の正方形。色は真っ赤。デザインは新鮮で奇抜・・・
中身は、映画の案内や紹介記事。
中谷美紀さんのお名前が燦然と輝いて?、私には見える。
<登場人物のページは”嫌われ松子の人々1・2”の二頁>
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登場人物が、”嫌われ松子の人々1・2”と分かれて、写真入で紹介されている。
よほど楽しいことがあったのか、中谷美紀さんが踊っている。
<最後のページに、松子とクレジット・タイトルが・・・>
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松子を演じる中谷美紀さんが、松子として写っている。
何か憂いを含んでいる顔で、ほのかに笑ってはいるが疲れが感じられる松子像だ。
全部で22ページもあって、非売品かなあ?価格が書いてない。
映画の公開が楽しみです。

「力道山」もDVDでは見たけれど、映画が公開されているので見に行かなくっちゃ!!!

ふと気づいたコメント

  • 2006/03/10(金) 08:37:31

自分のブログには、コメントが少なく、読んで下さる人もないのだろうと思っていた。
たまたま書かれたコメントがあっても、どちらというと書かれた内容に関係のない、俗にいやらしいものが多い。困った傾向だ。

ところがふと気づいたら、とてもありがたい、素晴らしい方からコメントをいただいていた。読んだ時代小説について書いていることが多いのだが、装丁や、挿画についても魅力あるものは一言述べる事がある。
じつはその、装丁作家様からコメントを頂戴したのだ。

ブログをはじめて以来の快挙と呼べる、私にとっては最大の喜びだった。これを励みにまた続けていこう!!
「倉橋三郎さま」、本当にありがとうございました。

見てきました「ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女」

  • 2006/03/09(木) 23:22:50

<いつも勝手に借りてきている、映画の予告HP>
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見てきましたねえ、「ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女」。
今回は、おばあちゃんもつれて、両脇に女連れの両手に花?????
両手に姥桜か?しおれさくら。

でも映画はよかった。迫力も、CGも、サウンドも・・・う~んよかった。
主人公のライオンの声が、俳優リーアム・ニーソンでこれは素晴らしく効果的であった。
彼はバットマン・ビギンズや、スター・ウォーズでも活躍した英国の名優で、声だけの出演とはいえ、充分すぎる存在感があった。
相手も雪の魔女が、ティルダ・スウィントンさんで実に、異様に美しく、体術的にもよく鍛えられた動きの綺麗な女優さんだった。最近では昨年に見たキアヌ・リーヴス主演『コンスタンティン』(2005)の大天使役で、出演されており強烈で、繊細なイメージが印象を残っている。

ところで4人兄弟姉妹の長女、スーザンさんの弓はたったのあれだけ?凄いことがありそうに期待させて、あの一回だけでは肩透かしですよ。火矢を打つシーンもあったけれど、違う人物だったし・・・

あちこちで広告され、素晴らしいと評価をされているはずだ。ときにはディズニー映画も良いものだ。大人も楽しませてくださる。

上下二巻は重い、遠藤周作著「宿敵」

  • 2006/03/08(水) 19:32:43

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<成瀬始子さんの装丁。同じ絵柄を色合いを変えて、上下二巻の表紙絵にされている成瀬始子>
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遠藤周作さんの時代小説は、それほど多くはない。時代も天正年間で、戦国武将の話や、キリスト教の棄教のことなどで若干好みに合わない。

この本の宿敵は、加藤清正と、小西行長との話で面白かった。加藤清正が熊本で、「せいしょこさん」“清正公”として今でも親しまれているのが理解できた。
面白いけれど好きな本とはいえない。

内館牧子著の「転がしお銀」を読む

  • 2006/03/07(火) 09:09:29

<こけしを思わせる漫画のような主人公「お銀」の表紙絵は、町田尚子さんがお描きになっている>
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内館牧子さん初の長編時代小説だそうだ。
NHKの夜の時代劇番組で、シリーズで放映されていた。主人公の女優、田中美里さんが結構好きですし、好演されていたのを数回見ましたね。

時代は文政10年(1827)の頃。奥州・高代藩(架空)の元家老・山岡網右衛門は、家督を嫡男・孝左衛門に譲り楽隠居のはずだった。しかし江戸詰の孝左衛門が、部下の不始末の責任を取らされ切腹、家は断絶、住むところも無く毎日悲嘆に暮れていた。
 毎日、イジイジと暮らす父の姿を見て娘の菊は、「人生前向きに転がっていないとお終いだよ」と兄の切腹の原因となった武士を捜し、仇を討つために父と江戸へ出ることを決意。菊もまた兄のことが原因で嫁ぎ先から離縁されていたのだった。


ある日突然、菊から町人になって、兄の敵を討つために江戸へ出ることを促されるシーンが素敵だ。いきなり町娘言葉に、武家言葉から変わり、名前も勝手に「お銀」と、「八十吉」と改名して江戸行きとなる。実にいいテンポだ。
江戸の深川に、長屋住まいを決めていろいろ事件が始まる。敵討ちを含めて、江戸人情物語としても、なかなかはまる本だった。
TVでは、タイトルの「転がしお銀」の“転がし”がいまいち判らなかったが、
「転がってりゃ苔が生えないんだよ!」と云うお銀の台詞が常に、彼女ら親子の生き様にかぶさってきて、本の方が納得できた。

何故この様な変な漢字を書くのか?「桑港」(サンフランシスコ)

  • 2006/03/06(月) 07:49:58

<波間に今にも沈没しそうな“咸臨丸”が悪戦苦闘している航海する姿は、小さい頃に見て怖かった絵だ>
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植松三十里著「桑港にて」は、風変わりな時代小説といえる。
安政七年(1861年)通商条約の締結に米国へ遣米使節が旅立つのだが、この小説の主人公らは、有名な勝海舟でもなく、小説になりそうな通訳のジョン万次郎でもない。そのときに一緒に出かけた、水夫、火夫たちのお話である。

当時の乗組員は、士分(武士階級)の者が二十七人、水夫(かこ)、火夫(かまたき)などが六十九人、そして操船指南役(操船指導のため)としてアメリカ海軍士官と水兵が十一人乗り込んでいたと記録にある。
劣悪な環境で、生まれて初めて鎖国化の日本を太平洋を乗り出し、そして乗り越えた数少ない日本人たちの中で、最悪の労働を強いられた身分低き者たちに限って、病気が発生した。サンフランシスコ到着後に死んだ者たちが二人、重傷者がいて、入院患者も発生した。

歴史的快挙でありながら、歴史の表舞台では語られぬ、真実の人間物語なのだ。歴史上でのヒーローがいない桑港に残留する水夫たちの異国での暮らしと、海の男の絆が描かれている。

蛇足だけれど、「米国」「英国」は、亜米利加国、英吉利国の略語だから分かるのだけれど、「桑港」「香港」などは、どういう意味合いからの名付けられたのかを知りたいものだ。桑の積出港だったのか?そうすれば、香る港とは何なのだろう?
サンフランシスコは大好きな町で、私も良く出かける。
ところでこの作家さんは、よくは知らないのだが女性なのだろう。

作家「えとう乱星」さまの名前の秘密が分かった

  • 2006/03/05(日) 07:38:18

<“乱星舎”というHPから拝借してきた作家「えとう乱星」さまの近影>
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一昨日読み始めた、えとう乱星著の「螢丸」を読み終えた。面白かった。
あとがきを文芸評論家の縄田一男さんが書いておられたが、その最後の一行に、作家のことを下記のように評しておられた。

時代小説界に楽しみな異邦人(えとう乱星)が、現れたというべきだろう。


実際には、異邦人に振り仮名がついていて、「エトランゼ」と書かれていた。つまりは「えとう乱星」は、「エトランゼ」から来た名前なのだ。本名が「江藤何某」かは分からなかったが・・・

この中で、この著者が健常者ではないことも知った。時代小説作家になるまでに、いろいろなされているが、親指が不自由なため絵を描く仕事をやめ、ワープロが使える作家活動に入ったとある。すごい努力であります。

1949年8月12日、熊本市生まれ。
翌年、小児麻痺(ポリオ)に罹患。手足の自由を失う。
一般の小学校に通い、小六の時熊本大学病院に入院。
八ヶ月の入院、五度の手術で手足の自由を取り戻す。

計画の段階でも楽しいこと

  • 2006/03/04(土) 22:51:38

両親が不調で、このところアメリカ旅行が出来ないでいる。
なかなかこの二人を打っちゃっておいて、自分たちだけがいい思いをするのもなんだか気が引ける。

そこで国内にちょっと温泉旅行をと、計画をし始めた。
九州の北部を巡って、少し上等のホテルへ泊まって、温泉三昧。
計画ばかりに夢中になって、時間がたつのも忘れてしまう。

インターネットの便利さで、ついついあちこちのHPに道草を食い、宿泊場所と食事だけようやく決まった。
行程をもっと具体的に見つめなおしてみよう。

えとう乱星著「螢丸伝奇」を読み始める

  • 2006/03/03(金) 22:28:31

<おどろおどろしい、玉井ヒロテルさんの表紙絵>
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“ほたる”と言う字は、“蛍”とも“螢”とも書くが、やはり後者がよく似合うとおもう。仄かに火を放ちながら飛んでいく様は、やはり“螢”と書いたほうが雰囲気が出る。

「螢丸」と呼ばれる神刀にまつわる物語を、歴史的大スペクタクルで描くもので、沢山の名を残した剣豪が出てくる。
柳生十兵衛、宮本武蔵、荒木又右衛門、松山主水、その他の剣豪が不自然でなく一堂に会する。
天草四郎も、主人公の後水尾帝の異母弟である“化龍”という出家僧もよく書かれている。実に良く練れた構成で、大変に読んで楽しい本です。
痛快活劇の分野でしょうね。余り血みどろ感も無く、読みやすかった。

ただ一箇所、“松山主水”が立ち回るシーンで、主人公の“化龍”の名が間違って使われる箇所があり、ちょっと混乱してしまいました。
誤植でしょうね。

不調なパソコン

  • 2006/03/02(木) 07:46:16

パソコンが不調になったために買い換えたのだけれど、これが新品でもちょっとおかしい。
なぜか画面がちらつく。それも気温によるのか、原因が不明だが昼間はちらつかないときもある。
画面が揺れているようで、不安定で見づらい。メーカーには交換を頼んだ。
それを言い訳にして、今日はもうおしまい。

驚くべし古人の知恵と美意識

  • 2006/03/02(木) 00:41:10

<奥さんにちょっと作ってもらった見本の連鶴>
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伊勢(現在の三重県桑名市)の魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)という住職が考案した連鶴。一枚の紙に切り込みをいれ、二羽から九十七羽の連続した鶴を折る方法が「千羽鶴折形」には紹介されています。四十九種類の折鶴にはそれぞれ銘がつけられ、狂歌がついています。その卓越した工夫と技巧のみごとさは、目をみはるものがあります。


という話を家内が聞いてきたのですよ。
彼女は簡単な折図を見ながら、ちょいちょいと見本を作ってくれました。和紙がちょうどなかったので、また和紙を買ってきて挑戦をしたいと言ってます。私から見れば本当に器用なものです。

桑名に長円寺という浄土真宗本願寺派のお寺があり、ここの12代住職魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)は学問、文学に優れ、寛政9年(1797)に折り紙の著書として世界最古の千羽鶴折形を出版し、一枚の紙で連続した折鶴を折る手法を考案しています。これは桑名の千羽鶴として無形文化財に指定され今に伝わっています。またこのほか、久波奈名所図会、桑名名勝志など郷土史の著作も多く著しました。


今日は参考文献をいろいろ探ってみました。

豊かな才能に恐れ入る!!!!

  • 2006/03/02(木) 00:01:24

<奥さんにちょっと見本に作ってもらった鶴>
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寛政九年(1797年)に魯縞庵義道という坊さんが、折り鶴連続折り297種を考案したという話を家内から聞いた。一枚の紙に切り込みをいれて、二羽から九十七羽の連続した鶴を折る方法が「千羽鶴折形」には紹介されているそうです。折鶴の中には銘がつけられているものもあり、それにあわせて狂歌も書かれているとのことでした。

彼女も他所様から教わってきたらしく、簡単な説明書きを見ながらせっせと折っている。なかなか器用にちょいちょいと作ってみせた。
かなり器用な人だから、いとも簡単にやってみせる。見ていると、とても真似は出来ない。

浄土真宗本願寺派のお寺です。元は江場村にありましたが慶長の町割の際に現在地に移りました。ここの12代住職魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)は学問、文学に優れ、寛政9年(1797)に折り紙の著書として世界最古の千羽鶴折形を出版し、一枚の紙で連続した折鶴を折る手法を考案しています。これは桑名の千羽鶴として無形文化財に指定され今に伝わっています。またこのほか、久波奈名所図会、桑名名勝志など郷土史の著作も多く著しました。


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