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気分の良い香り

  • 2006/04/30(日) 20:43:04

つい最近まで、大きな身をぶら下げていた蜜柑の木に花が咲いた。
小さな可憐な花が、それこそ無数に付いている。

毎日の帰宅時に車から降りると、実に豊かな良い香りがする。
実に毎日、毎日、心癒される、実に心地よい自然の匂いである。

あくせく動く人間には作り得ぬ、自然の力の魅力だ。

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こつこつと数ページずつ読んだ、大切な「ないものねだり」

  • 2006/04/30(日) 07:25:35

<アヤメなのか杜若なのか判らないけれど、ちょうど今の季節にふさわしい表紙絵>
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中谷美紀著、「ないものねだり」。二月の十一日に最初のこの本のことを書いた。
大好きな女優さん、中谷美紀さんの初エッセイ集と言うことで、この「ないものねだり」は、多読な私としてはゆっくり数ページずつを味わいながら読みました。

結構心の強い、我のある本でしたね。信念を持って生きている感じがつかめて、私が持っている彼女へのイメージはそれほどにかけ離れてはいなかった。
つまりは美しいだけの人ではなく、中身のある、自分だけの生き方を大切される女性だということを再認識いたしました。

本の中身は、旅行、海外旅行、買い物、食べ物・・・若い女性の話題になりそうなものではありますが、ちょっと風変わりではありました。流行に追われない、自分の選択眼を信じた旅であり、食事であり、それらは彼女の流されない生き様に沿った行動であります。
行ってみたいと思わせるそば屋さん、アンティーク山本商店や、モミノキハウス、諸々の場所。そこに中谷美紀が存在するかと思うと愉しかった。

彼女の表現する言葉の中で、多かったのは「出汁(だしじる)」。これは多分食いしん坊を表すとともに、料理の一番の肝心事で、大事な基本ですから素晴らしい言葉だと思います。
最後の章の書き出しと、終わりを参考までに・・・

 私の職業は季節労働の肉体労働なので、ひとたび撮影が始まると、朝から晩まで、いや、特には朝から朝まで「何が哀しくてこんなに辛い仕事をしているのだろうか?」と自らを哀れに思うほど働き続けるのだけれど、終わってしまえば失業者も同然、次にいつ来るとも知れぬ仕事を待つ間は暇で暇で仕方がない
失業してしまったらどうしよう? というのは、切実な心配事であるのと同時に、今度こそ地に足の着いた暮らしをしたいという、ないものねだりの憧れでもあるのだ。

凄い人がいたもんだ、『白洲次郎』さんて。

  • 2006/04/29(土) 07:46:52

<時代小説ばかりを読んでいるので、かなりイメージが違う本の内容とその表紙>
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真っ先に“政治家の「ハラ」ほど愚劣なものはない”の項を一部引用して、

 私は自由党員でもないし、政治家でもないから自由党内で何のために喧嘩しているのか知らないし、又知ろうとも思わないが、どうせ両派共利己的なことでゴタゴタやっているので、主義方針の為に闘争しているのではないらしい。主義方針のための喧嘩なら、堂々と硝子張りの内でやってもらうことを国民は歓迎するだろう。
(中略)
今の日本に利己的なことを考える余地があるだろうか。自分の住んている家の軒は傾き、柱は曲り屋根の一部には火がついている様な時に、自分のいる部屋だけよくしようとしたり、自分の部屋を広げようとしたりすることの無意味を考えないのか。
 来るべき総選挙の結果、小党分立して政局の安定を欠いた時に訪れて来る国家の運命が如何なるものになるだろうかということを考えないのか。
 こんな根本のことで、こんな幼稚なことが理解出来ないのなら、政治家気取りは止めて貰い度い。実は政治家そのものを止めてもらい度い。我々国民がそんなことのとばっちりを食うのはもう沢山だから・・・。


この文章が、いつに書かれたものなのかを見て驚きました。
(「文藝春秋」1952年十月号)とあります。五十年以上にも昔に書かれた文章なのです。
半世紀前にも、これだけ果敢なことを書かれた批判力にも恐れ入りましたが、現在の政治家と政局とが何ら進展してないことにも驚かされます。

随筆、評論集の類を読まないので、この『白洲次郎』さんについては、全然知りませんでした。
ネットのサイトには、「白洲次郎(しらす じろう)」「白洲次郎 占領を背負った男」 北康利フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「白洲次郎」
そして、白洲ご夫妻がお住みになっていた邸のHP、
「旧白洲邸『武相荘』(ぶあいそう)」など沢山あって参考になりました。
このHPからの引用を・・・

兵庫生まれ。若くしてイギリスに留学、ケンブリッジに学ぶ。
 第二次世界大戦にあたっては、参戦当初より日本の敗戦を見抜き鶴川に移住、農業に従事する。戦後、吉田茂首相に請われてGHQとの折衝にあたるが、GHQ側の印象は「従順ならざる唯一の日本人」。高官にケンブリッジ仕込みの英語をほめられると、返す刀で「あなたの英語も、もう少し勉強なされば一流になれますよ」とやりこめた。その人となりを神戸一中の同級・今日出海は「野人」と評している。日本国憲法の成立に深くかかわり、政界入りを求める声も強かったが、生涯在野を貫き、いくつもの会社の経営に携わる。

 晩年までポルシェを乗り回し、軽井沢ゴルフ倶楽部理事長を務めた。「自分の信じた『原則(プリンシプル)』には忠実」で「まことにプリンシプル、プリンシプルと毎日うるさいことであった」と正子夫人。遺言は「葬式無用、戒名不用」。まさに自分の信条(プリンシプル)を貫いた83年だった。



ちょっと私のブログにお迎えするには勿体ないお方でありました。

恥のない親に、野放図な子供あるいはガキ

  • 2006/04/28(金) 07:26:39

【医科大学診察室前廊下にて】
小学校に行くか行かないかの年頃の少女が、分不相応の2.3センチにヒール付きのサンダルを履いて、かたかたとうるさい音を立てて走り回る。
周りの順番待ちの患者さん達も、迷惑顔にいらいらを押さえている。
今度前を走ったら、足でも出して転かしてやろうとみんなが思うほどに、その子は傍若無人な態度である。
親は何処にいるのだろうかとついて行ってみると、まるで関係ないかのように違う診療科の待合室に長々と椅子を占拠してうつぶせに寝ている。
これが見るからに常識のない、わがままな男のようだ。

【図書館の閲覧室にて】
小学校に行くか行かないかの年頃の少女が、歩くたびに“きゅっきゅっ”とうるさい音の出るサンダルを履いて、“きゅっきゅっ”と音を立てて歩く。
入り口で入って来る時に出合ったので、その親に「履き物が不適切だ、常識がない」と言ってやった。その時には周りに人がいたのでむすっとしながらも「はい」と返事した。
しばらくして調べ物をしていた私の所へ来て、「常識がないとはどういうことだ?」とくってかかる。
「そのように反省もなく、わざわざ私を捜して回って、文句を言うこと自体が常識のない証拠だ」と叱りつけた。何処かへすごすごと行ってしまった。
しかし、その後も酷かった。蔵書を検索するPCの前で、その子を膝に乗せて大声で喋り、「私がしたい、私がしたい」と出来もしないのにねだると、待つ人もかまわず、二人でこのPCをおもちゃにしだした。
これが見るからに常識のない、わがままな男のようだ。

男親は子守を頼まれると、面倒なもので我が子の為すがまま、注意もしなければ関心もない。こんな威厳も、教養(学校教育を受けていると言う意味ではない)も、ましてや常識もない親に育てられた子供は不憫だ。
年少者の事件が多い中、ふんふんと思い出した二件の「私の事件簿」であった。

眼科にて、診察。それでも本は読んだな、ざっとだけれど・・・・

  • 2006/04/27(木) 08:50:39

<派手な表紙!!って、中身が良いわけではないし、装丁の石崎健太郎も知らない>
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岩井三四二著「十楽の夢」は、四月二十日に書いたとおりに、時代と好みが合わないので楽しめなかった。前回は連歌の世界だったので、無論ダメだったが今回のも性に合わないのでつまらなかった。
<落ち着いた木の絵が気になっていた。装丁の安彦勝博さんの絵はすてきだった>
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もりたなるお著「千人同心」。これは、母が長い時間抱えて読んでいたので、借りていられる期間には読めなかった。
<作品内容にふさわしい、曲水や扇面を散らした絵柄。矢野道子さんの絵は優美なイメージで、装丁の安彦勝博さん。>
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梅本育子著「天璋院敬子」。
天璋院敬子は、島津家の一族である島津忠剛の娘であったが、将軍入輿のため、藩主島津斉彬の養女となり、さらに近衛忠熙の養女となったのち、篤姫と名を改め、将軍家定に嫁ぎ、将軍の御台所となった女性。母のために借りた来た本でした。
<全集のような素っ気ない装丁の本。装丁の馬場崎仁も知らない>
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井伏鱒二著の「神屋宗湛の残した日記」は、短編集でありまして、「善門院の和尚さん」
のみが面白かった。多分に近年の作家さんでないし、純文学系の方は苦手なイメージで捉えがたいのでしょう。
その中身は、幕末の最後の勘定奉行“小栗上野介忠順”が権田原に隠居した後、それを追捕する官軍に問答無用の形で首斬られる。それを行った原保太郎なる人物は、出自は筑波出身の下級武士なれど後に偉くなって県知事を務めたり、議員に選ばれたりと、名誉な道を歩いてくる。それに引き替え、小栗上野介忠順は、勘定奉行にまで登り詰めた幕臣中でも有能の人物で、明治期の大型船造船所は彼の残した財産でもあり、未来を嘱望された才人であったが、時代が悪く賊軍の汚名を着たまま惨殺された。
小栗家の菩提寺の坊さんが、ある時、この原保太郎が生きていることを知り、面談を申し込んで、その折りの事情を糺す事があって、その話が書かれている。
二人の話が終わり、悔いていた原保太郎の前で、“善門院の和尚さん”は追善供養の経を上げてお仕舞いにする。
なかなか良いお話でございました。

本を読む目を少し休ませて・・・

  • 2006/04/26(水) 08:33:49

頭が痛いのは休みの間、どうも本を読みすぎかなという反省でTVを見ていた。
昼間は、『ファインディング・ニモ』のDVDを眺めて、絵とストーリーの素晴らしさにぼんやりと感銘していた。夜になってBS放送で、見ていなかった『コーリング』というケビン・コスナー主演の映画を見た。2002年の作品で,原題は『Dragonfly(とんぼ)』だそうで、この方が納得できる映画だった。ただ日本では、“Dragonfly”が“とんぼ”と理解できない人が多いからだろう。
『コーリング』のイメージとして感じられるのは・・・

最愛の妻、小児科医エミリーを事故で亡くし、悲しみに打ちひしがれる救急医ジョーの身の回りで起こる不可思議な出来事。それは彼女が生きていれば絶対に起こらないはずの奇妙なことばかり。現実に起きる現象の数々に畏れながらも、やがてジョーは思い始める。もしかしたら何か伝えたいことがあるエミリーが、様々な出来事を通じて自分に呼びかけているのではないか、と。


ケビン・コスナーは、大好きで彼の映画はよく見ている。

シルバラード Silverado (1985)
アメリカン・フライヤーズ American Flyers (1985)
アンタッチャブル The Untouchables (1987)
追いつめられて No Way Out (1987)
さよならゲーム Bull Durham (1988)
フィールド・オブ・ドリームズ Field of Dreams (1989)
ダンス・ウィズ・ウルブズ Dances with Wolves (1990)
ロビン・フッド Robin Hood: Prince of Thieves (1991)
JFK JFK (1991)
ボディガード The Bodyguard (1992)
パーフェクト・ワールド A Perfect World (1993)
ワイアット・アープ Wyatt Earp (1994)
ウォーターワールド Waterworld (1995)
ティン・カップ Tin Cup (1996)
ポストマン The Postman (1997)
メッセージ・イン・ア・ボトル Message in a Bottle (1999)
ラブ・オブ・ザ・ゲーム For Love of the Game (1999)
13デイズ Thirteen Days (2000)
Dragonfly (2002)
Open Range (2003)


なんだか古き良きアメリカを彷彿される映画で、優しい人間性や、自然回帰や、原住民・先住民との暖かいふれあいなど、後味の良い映画が多い。
今回のこの映画も、ラストの原住民とのやりとりの後、感激する劇的なシーンが用意されている。
ちょっと古いが『ダンス・ウィズ・ウルブズ』は、侵略者の白人である主人公と、土地を奪われ虐殺されていく先住民インディアンの交わりの物語だった。
ケビン・コスナーで面白いのは、興行収入において映画史上最高の失敗作としての汚名を冠せられている『ウォーターワールド』だ。LAに行くと必ず寄るのは、ユニヴァーサルスタジオ・パークだが、ここのアトラクションでは、かの損失を取り戻したのではないかと思われる盛況だ。
この『コーリング』では、助演者の事にふれ、

“媒介を通じてエミリーがメッセージを送っている”との考えをジョーに確信させるシスター(修道女)・マデリンに個性派女優リンダ・ハントが、ジョー夫婦を暖かく、時には厳しく見守る隣人ミリアムにはアカデミー賞女優キャシー・ベイツが扮し、物語に厚みを加えている。


でも私は、ラストのグァテマラに出かけていくシーンのローカルなおんぼろ飛行機パイロット兼通訳案内役にジェイコブ・ヴァーガスが出ているが凄いと感じる。この特異な俳優さんは、彼でしかできない役があるところが魅力の男優だ。

十六年の受診

  • 2006/04/25(火) 17:42:27

医科大学の眼科を前に受診したのは、1990年4月だったそうで、十六年ぶりの診察を受けてきた。
眼科自体はあまり変わってなくて、人が多く待ち時間も長かった。変わったと言えば、当時の担当医は開業されていて、今では高額所得者になっている。あのころはちょっとした知り合いだったのだが・・・

診察結果はまあ深刻に心配するほど事もなかろうという事で、飲み薬を飲むことになった。この薬はステロイド剤なので、前回は顔がぱんぱんに腫れた。今回はそんなにまではなかろうかね。

とにかくお医者さんが若い。助教授クラスでさえ、かなり年下に感じるし、彼らが丁寧に応対して下さる態度で自分の年を意識せざるを得ない。
若い女医さんに薄暗がりの診察室で、「はい、正面をじっと見て!」と言われて、顔を近づけられるとちょっと困った。

珍しく家内の話でも・・・

  • 2006/04/24(月) 14:19:08

家内が、一品持ち寄りの茶話会に出かけた。
この日を楽しみにしていたようで、持っていく物をこっそり教えてくれた。
白花豆の煮豆と、昆布まき。

ともに何てことない料理ではあるけれど、若い方があまりお作りにならない事と、前日からできることが都合がいいらしい。その成果は本日の私のお弁当で相伴に預かりうれしかった。
荷崩れしていない、ほんのり甘い豆は、なんだか栄養の塊のようで、美味しくいい色合いでした。だし汁の浸み込んだ昆布まきは、中身の魚の味と昆布の味が協調しあい、味も濃くなく最高でした。
これを口にしながら、微笑ましく談合し、愉しんでいる家内たちが見えるようでした。

頭痛がひどい

  • 2006/04/24(月) 08:33:46

珍しく頭痛がひどい。
二十年も昔にこんな事があって、その時も痛み止めが効かなかった。
その後最悪なことに、目が見えなくなった。
ただし、薬と治療で又見えるようになった。
その時の症状に似ているので、用心してみよう。
しばらくはPCもお休みだ。

生島治郎著「幕末ガンマン」

  • 2006/04/23(日) 20:44:31

<百鬼丸さんの表紙絵。やはり独特の絵が特徴で、すぐに判るほど見慣れてきました。裏表紙の絵はちょっと不気味ですけれど・・・>
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幕末の上海。その上海へ渡航する高杉晋作と、その途中の船上で知り合った捨という名の漁師上がりの男。

新しもの好きで、破天荒な高杉晋作。
漁師でありながら、狭い日本の古いしきたりや、身分制度に反発し、日本国を捨て、上海でガンマンになろうとする男。
この二人の奇妙な友情と、また上海における捨の生き様を通して、新たに出来た友人・ガンマン、兄弟弟子の中国人召使い、宿屋の白人女将、下層階級に生きる人間の温かさと、人間愛を感じる小説です。

どこの国に行って、どの時代でも身分にこだわり、差別する人々と、される人々はいるものなのです。

古い物がなくなり、それでも変わらぬものもあり・・・

  • 2006/04/22(土) 16:57:35

<突き抜けるような青い高い空を、バックに繊細な花の房が垂れ下がる>
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県立の元博物館が老朽化していて解体するというので、名残を惜しんで見に行った。ところがすでに解体は進んでいて、工事現場の鉄板の壁の向こうには何もなかった。かなり古めかしい由緒ある建築物のように覚えているが、随分とその姿は見ていなかった。
しかしその前庭にあった藤棚と藤は満開で、今が盛りであった。
過ぎ去って消えていくもの、いつまでもあでやかさを残して、生き生きとしたもの・・・
それらはまさに、人間が作った建造物と、自然の造形物との対比であり、人間と神様との大いなる力の差でもあるようだ。
<束になった房は、たわわという言葉が思わず口に出る>
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薄紫がかった色合いの花から、真っ白まで沢山下がった花の房。随分と昔からここにあるようだ。香りが周りに充満していて、酔うような甘いムードがある。
<ビラビラ花かんざしのイメージだけれど、あまりの房の量に驚く>
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この花びらの一つ一つこさえて、手作りで花かんざしを造ったら、どれほどの時間と労力がいることだろう。自然は毎年、そのことをいとも容易く、しかも狂いなくやっている。人間の力の及ぶところではない。

常々不思議に思うけれど、誰も教えてくれないこと

  • 2006/04/21(金) 07:14:25

単純に覚えてしまった昔には、気にもしなかったことなのだけれど・・・今になって気になる英語。

英語を習うより先に、ローマ字というのを教わる。「あいうえお」を、「AIUEO」と習ってしまったが為に、英語の発音で気になっているものに、

“love” “victor”“brother” 等 のオと発音しない「O」 。


語頭や、語尾に書かれているのにもかかわらず、発音しないものに、

“knight” “knowledge” 等 の頭の発音しない「K」 。
“Wright” “wrong” 等 の頭の発音しない「W」 。


“HongKong” “pingpong”等の語尾の発音しない「G」 。


何の意味も関係もなく書かれいるだけに思える、

“talk” “walk”等 のいらなそうな「L」 。

いかにも、何かの約束事があるかのように、組み合わされる、

“sign” “campaign” 等の発音しない「IG」 。
“high” “light” “right” 等の発音しない「GH」 。

まだまだ沢山気になることがあるのだけれど、語源や、あるいは言語体系について勉強しなかったので、不明なことが多い。
若い頃は「喋れればいいわ」
なんて事だけ考えていたのに・・・・・・・・

久々に使った名品?エッグベーカー

  • 2006/04/20(木) 09:43:03

<とても綺麗な色柄でシンプルなデザインのエッグベーカー>
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<ちょちょっと、作ってみました。懐かしく美味しい味でしたが、面倒でしたので中身をかき混ぜスクランブルエッグ状態>
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昨日、家族の物が集まりましたので、話のついでに出たのが「エッグベーカー」でした。
食器棚の奥にしまい込んだままで、子供達も作ったのを見たことがないというので早速使ってみました。
時間がなかったので、若干かき混ぜ気味に、スクランブルエッグのような仕上がりにはなりましたが美味しかった言ってくれました。

この物は、実は二代目で結婚前の独身時代の私の重宝調理器具の一つでありました。色柄ももっと明るい黄色でしたが、割ってしまい買い直した物です。デザインも色柄も好きで、島根県湯町焼きでした。

この子供達が知らないのですから二十数年ぶりの表舞台だったわけで、又時々は使ってあげないといけませんね。
でも、民芸陶器って暖っかみがあって、使い心地の良い物です。

なんだか性に合わない本

  • 2006/04/20(木) 08:43:11

<装丁熊谷博人、装画菊地ひと美。なかなか表向き良い本なんだけれど・・・>
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自分でお金を出して、書店で買ってくる本であれば、その場で中身を充分に吟味して買うであろうはずが、図書館からの借り物となるとやはり選択が雑になる。
一人五冊、二週間の借りだし。母の分のカードを含めて、一回に十冊を選び抜いてくるのだが、中にはそこそこにしか見ていない。

そこで今回のこの岩井三四二著『連歌師幽艶行』のように、好みに合わない本が出てくる。時代背景が天文(てんぶん)十三年ですので、戦国時代1540年代、私の読む慶長年間1600年からの枠からもはずれている。
しかも私に教養と素養がないため、連歌とか和歌の世界はとんと縁がない。表紙の文字の“幽艶”につられて借りて来たみたいだ。
もう一冊、同作家の本を借りてきているが同じかも知れない。

新しい物がすべて良いとは限らないが、でもいいな。

  • 2006/04/19(水) 10:16:08

<おしゃれなデザインで、しかも堅牢で・・・>
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デジカメを手配した。
アウトドアに強い、世界初*落下衝撃に強く、タフなカメラ。
防水プロテクターを着けずに、水深3m防水。
防塵設計で砂やホコリも気にしない
高級時計をイメージした高級感を備えたデザイン。
レンズが飛び出さない、フラットスクエアな外観。
710万画素、三倍光学ズーム。2.5インチ大型液晶。
手ぶれ&被写体ぶれ軽減モードつき。


とにかく、格好いいわけで、数台持っているデジカメのコレクションに加えるには、良いカメラだ。新製品が出る度に何か良い物が出てくる。

人気があるらしい。オリンパスμ 720SW
言うことないじゃん!!!!
贅沢じゃん!!!!
今度、うちのお嬢さんが買うっていうデジカメ・・・??

本のあとがきを読むのも、また楽しからずや

  • 2006/04/19(水) 07:53:23

出久根達郎著の「俥宿」のあとがきには、人力車についての考察が述べられている。
人力車に俥という字を当てたには、『金色夜叉』の作者、尾崎紅葉と言われている。という書き出しで、最初に人力車を造った人から、それにまつわる話といろいろ楽しい。
中でもここの下りは、参考までに

樋口一葉の明治二十六年八月三日の日記に、こんな記述がある。
「一昨日の夜、我が門通る車の数をかぞへしに、十分間に七十五輌成りけり。これをもてをしはかれば、一時間には五百輌も通るべし。吉原かくてしるべし」
吉原遊廓に訪れる人力車の数である。この台数は、一葉の名作「たけくらべ」に、そっくり取り入れられている。


明治半ばでも、吉原の隆盛は衰えていないということだが、女性の一葉が気がかりにも台数を数えているところが愉快だ。
又こんな項目もある。なお、下記の中で“研堂”とあるのは、石井研堂といって、『明治事物起源』という本を著した人である。

人力車は、正式には何と数えるのだろうか? 一葉と研堂は輌を用い、研堂の引用文には輪と記している。ある人の本には、一挺(ちょう)二挺とある。
 内田誠という人のエッ七イに、トンカツ屋さんで、「トンカツ一ちょう」と調理場に通すのは、人力車に由来するとある。洋食屋が出来たばかりの頃は、客は金持ちが多く、彼らは人カ車で店に乗りつけた。そのため俥を数える言葉が、洋食の数量呼称になったというのである。真偽はわからない。


でも、普通には「お豆腐一丁」とか、あるいは“料理などの一人前”と表す時には、「一丁」という書き方になっているけれどねえ・・・・

私は未だ、「一丁前(いっちょまえ)」ではないが、これでも一人前という料理から来てるんでしょ。

出久根達郎著「俥宿(くるまやど)」に観る明治の風俗

  • 2006/04/18(火) 07:53:22

<貴重な明治維新頃の風俗を写したフェリックス・ベアト撮影の写真が、表紙に使われている。しかも女性が梶棒を握る人力車と言うのは、この本をイメージしての事だろう>
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出久根達郎さんは、古本屋さんを営まれていて、本もお書きになるし、ラジオなどにもお出になるお方で、そのお声を知っていると言うだけで親しみを覚える作家さんです。
お勉強家で本好きでいらっしゃるし、暖かい作家さんです。作風に厳しいところがなく、いつも何処かほのぼのとした安らぎと、血が通っている。

「俥宿(くるまやど)」とは、今で言うタクシー会社のような物でしょう。人力車を何台も所有し、俥夫を抱えて営業するところです。
明治の中頃が時代設定になっています。主人公の女の俥夫や、その俥宿の女将、そしてその監獄帰りの息子、周りの俥夫さん達、ほとんどの人々が暖かい人たちなのです。おそらくは殺伐とした、階級的にも最下級で、肉体労働で力任せの弱肉強食といったイメージがする世界ですが、おおよそこの本にはそんな辛く暗いものを感じません。
明治の町並みを軽やかに走る人力車と、その背景である新しき東京の息吹を感じます。

そういえば出久根達郎さんの作品に、「世直し大明神 おんな飛脚人」という女性を飛脚人にした本もありましたから、彼は女性をヒロインにする物語がすきなんでしょう。

観光で走る人力車があちらこちらに増えたので、人力車を見たことがない人はいないと思いますが、私はまだ実際に営業をしていた人力車を見た最後の世代です。かなりの年配のお方ではありましたが、きりっとした立ち居振る舞いに、いなせな姿、そして梶棒を握って半ば座り立ちのようにして、方向転換をして走り去っていく姿を忘れません。
長距離走が苦手で、走ることが嫌いですから、とてもまねの出来る世界ではありませんが、とても粋な姿はあこがれを持って眺めたものです。

「半七捕物帳」におけるリアルな江戸表現 

  • 2006/04/17(月) 08:28:04

<現代地図で観ると全然実感がわかないが、これだけの距離感が・・・やはり徒歩行となると時間もかかることだろう>
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時代小説の作家さんは、当然江戸に詳しく、又出来る限り読者が江戸の町に迷い込んだように表現することに腐心されていると思う。
「半七捕物帳」の中で岡本綺堂さんは、半七老人との冒頭の会話を通じて、昔語り風にそれを展開されるので、いかにも自然と江戸の時代にトリップさせていただける。
下記の文章などは、その典型的な例で、

「それでも当節は汽車の便利があるから、楽に日帰リが出来ます。むかしは新宿から淀橋、中野、高円寺、馬橋、荻窪、遅野井、ぼくや横町、石橋、吉祥寺、関前- これが江戸から小金井へゆく近道と云うことになっていましたが、歩いてみるとなかなか遠い。ここで一日ゆっくりお花見をすると、どうしても一泊しなければならない。・・・略

これらに出てくる町々が、文末の注解を読んでみても、今でも残る町や、古い町名、しかも現在よりもずっと小さい狭い町であったことが知れる。
また、交通手段の違いによる移動範囲の狭さから、行程、日程までもが現在では変わっている。この間おおよそ二十キロ強、電車で数十分の距離、花見をしても日帰りどころか、半日もかからず往復が可能な時代になっている。

だからといって歩くのは、今は大変だろう。随分と昔の学生時代に、中野の鷺宮から練馬中学校辺りまで歩いたけれど、結構歩きづらかった記憶がある。東京は、南北に交通の便が悪かったからだろうが、あれくらいでも今は歩かない。

久々にソフトを買った

  • 2006/04/16(日) 22:48:42

A.I.softなるメーカーから出ている「MOVIE THEATER2」と言うソフトを買った。
「これからは、写真を映画のように観て楽しもう!」
と言ううたい文句に惹かれた買ってしまった。
確かにデジカメになってから、フィルムカメラと違って沢山の枚数を写真で撮るようになった。ましてメモリーなどが格安になってからは尚更だ。
フィルムカメラの時には大事に大事に一枚を撮っていたし、写した後の消去も出来なければ、大体どんな風に写っているかさえ確認できなかった。
便利すぎる時代は、大量の個人写真を生み出しはしたが、アルバムに貼ることもなく、見直すこともされなくなった。
もしかしてこのソフトを上手に使えば、もう一度昔みたいに、写すだけではなく、再度観て楽しむと言うことをするのではないだろうか?私も・・・・

自分もこうだったのだろうか?タイムマシーンに乗って昔を振り返ってみたい

  • 2006/04/15(土) 21:54:15

新入社員の入社してくる季節だ。
一番いやな季節だ。
仕事をお願いしたけれど、結局手直しと、最後の仕上げの監督までに、五回もお小言を言ってしまった。私は気が短いし、A型の典型なのか几帳面であるし、仕上がった仕事がきっちりしていないと許せないことが多い。

ほとんどこれら新人とは、席を同じくしたくないし、又何かを教えたくもない。
誤解をあえて覚悟で言わせていただくと、私は若者が嫌いだ。真剣に取り組む姿勢のない、前向きでない、言われたことしかできない、物事を自分で考える事をしない、いい加減で責任感の薄い、中途半端で投げやりで、最後の始末が出来ない・・・こんな若者が大っ嫌いだ!

何で一度言えば判ることを、何度も言わせるのだ!
馬鹿じゃないのか!

私は昔は、人に物を教えることが得意な、しかも上手な人間であった。これは他人様からの評価も含めて、あるいは過去の実績からもそう言えると思う。
でも、年をとってしまってからの近年は若者には近づきたくない。

それで実際には、自分が若いときにどうであったのか?
疑問に感じることもあるので・・・
タイムマシーンに乗っていって、若い頃の自分自身がこんなにも愚かだったのかどうかを確かめてみたい。
いやあ、そんなことはあるまい、私に限って・・・

平岩弓枝著「御宿かわせみ」シリーズはとても息の長い時代小説です

  • 2006/04/14(金) 21:31:15

<春の海を思わせる爽やかな表紙絵、のどやかに奔る帆掛け船の周りをカモメが飛ぶ。いつもの蓬田やすひろさんの絵とはちょっと趣が違います>
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TV番組でもおなじみの “御宿かわせみシリーズ”の二十七番目『新春弁才船』を読んだ。
実に久しぶりで、登場人物こそ忘れはしないが、かなり長いシリーズであるがために、人々が年をとったり、子供が成長をしていたりと若干とまどった。

「半七捕物帳」を読んだ後では、かなり時代の新しさを感じます。物語の中の時代背景は、あまり変わらないのでしょうが、江戸の生き証人の半七老人が語る江戸の町と、人気女流作家、平岩弓枝さんがお書きになるものとでは、同じ捕物帳的時代小説なのに雰囲気がまるで違う。
半七老人の言葉の使い方や、表現は本当に江戸の名残を感じさせるし、今では使わない言い回しが多い。例えば“人気(じんき)”などという言葉は、今では“人気(にんき)”と言う使われ方をして、まるで意味の違う言葉です。前者はその地域の人々の気風を意味し、後者は世間一般の評判を表す表現に使います。
今時は“人気(じんき)”と言う言葉は使えないですね。それ以外にも沢山の言い回しが小粋で、私には洒落て感じることが多い。

主人公を取り巻く登場人物に悪い人が少なく、とかく身分や職業の垣根も感じられず、謂わばアットホームな時代小説です。喰い足りない感じはするけれど、爽やかで、和やかなお話は気休めにはもってこいの小説です。面白さも格別ですし、のんびりと江戸の町を遊ぶには、最高の小説です。
その意味では万人向きではありますが、なにぶん途中から読むには話がつながらないので、やはりシリーズを最初から始めねばいけませんでしょうね。

温泉に行く楽しみは、食事

  • 2006/04/13(木) 08:59:16

<これが街路樹なのですから、この時期は実に贅沢な気分にさせる風景>
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<子供の運動会に、ティッシュペーパーで造ったボンボンを思わせる花びら>
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<普通の染井吉野が葉桜に変わり、八重桜が咲くこの季節。春が一段と濃く感じる>
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温泉に行く途中で、八重桜並木にであった。春が早い土地であるから、もうすでに桜の季節は終わり、他の花々が咲き乱れる季節である。
街路樹の八重桜が、手作りのようなぼってりした花をつけ、明るい陽光の下満開であった。アップで見てみると、本当に運動会などに造ったティッシュの花飾りのようで、重みを感じる。

今日は昼食に、洒落た洋風のレストランに行った。いつも母と一緒ですので、いつまでも親離れしない子供のように端からは見えるかもしれない。
この母は、日替わりのメニューを頼み、こちらはありきたりのハンバーグ。ところが日替わりには、母の苦手なローストビーフが入っていた。それを横目で一目見るなり、運んできたウェイトレスさんに、
「ハンバーグはわたしね」とすまし顔。
どうせ完全には食べきれず、残りは私の腹へ・・・
温泉の入浴料を私が払って、母が食事代をという暗黙の取り決めがある以上、私にはこと食事に限って何も言えないのだ。

そして夕食は今度は家内と、カレーハウスへ散歩しながら出かけた。何故か今月は食事券の当たる月で、ここもそのお食事券を利用した。
ただより高い物はなしの喩えどおり、余分にサラダを頼んだり、飲み物まで・・・
あげくは散歩ついでだからと、アイスクリームショップでアイスクリームまで買って歩いて食べながら帰った。散歩の運動はあまり意味をなさない。

書き文字だと判りやすく、話し言葉だと解り難い表現?

  • 2006/04/12(水) 19:59:08

常々感じていることに、小説の中で下記のような場合、文字だから判りやすいけれど、実際の話し言葉にすると解り難い表現ってありますよね。
参考までに、今読んでいた岡本綺堂著、「半七捕物帳」の一部をお借りして書いてみますと・・・

「林泉寺は茗荷谷ですが、それから遠くない第六天町に高源寺という浄土の寺がありました。高源寺か高厳寺か、ちょっと忘れてしまいましたが、まあ高源寺としてお話をいたしましょう。・・・・省略


少なくとも話し言葉だと、

「林泉寺は茗荷谷ですが、それから遠くない第六天町に高源寺という浄土の寺がありました。字で書くと“こうげん”の“げん”がね、“みなもと”と言う字を書く“高源寺”だったか、“いわお”と言う字を書く“高厳寺”だったか、ちょっと忘れてしまいましたが、まあ“みなもと”と言う字を書く“高源寺”としてお話をいたしましょう。・・・・省略

こんな感じくらいには説明をしないと相手には伝わらない。
仮に小説の中で、このような表現で書かれたら、煩雑で仕方がないし、ややこしいイメージがさけられない。
でもいつも僕はこんなシーンで、自分勝手に表現を変えて楽しんでいる。

デジタルカメラのメモリーは?

  • 2006/04/11(火) 21:16:38

<ちょっと無理矢理積み上げて写してみました>
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頼むから、メモリーやデジタルカメラのメーカーさん!!!!
デジタルカメラのメモリーなども消費者のことを考えて、統一して下さいよ!メーカーさん!!!!
現在机の前には、コンパクトフラッシュ、SDカード、メモリースティック、xDピクチャーカード、容量はバラバラで、合計二十数枚。
そして古いですけれど8MBのスマートメディア。
それにもまして沢山あるのが、それらをPCで読むためのアダプターの類(たぐい)。

コンパクトで、しかも色んなメディアが一括で読めるカードリーダーは、近年PCを買った息子にあげたので、仕方なく抽斗から色んなアダプター類を使えるかテストを始めた。
PCカード形式が多い中で、ちょっと面白いのは、xDピクチャーカードをコンパクトフラッシュで読み替えるアダプターが出てきたこと。
これだって、PCにコンパクトフラッシュを読むスロットがなければ役に立たないのだけれど、いつまでコンパクトフラッシュが使えるかだって怪しい。
アダプターとは、

規格や機能の異なる機器を接続したり、別の用途に使用したりするときに用いる付属品。接続器具。

とあるが、こんなに沢山のアダプターがあるよりも、どうかメモリーの形状を統一してくれ。
もっと消費者を大事に考えて、無駄な事はやめて欲しい。

DVDの未来についても、又愚かにも統一性が失われて、二分化するみたいだ。自己の利益のみを追求する愚かな企業のエゴで・・・・

書くにも書いたり、岡本綺堂の「半七捕物帳」の量

  • 2006/04/10(月) 21:46:44

<着物の小紋にも良さそうな“銀杏”と“松葉”の柄>
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捕物帳と言えば、「人形佐七捕物帳」「伝七捕物帳」「銭形平次」など有名なものが多いが、それでも一番に思い出すのは、やっぱり「半七捕物帳」です。
でも何故に「七」のつく人が多いのでしょう?

岡本綺堂さんが、
コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ物を原著でまとめて読んだのをきっかけに、江戸を舞台とした探偵小説の構想を得、1916(大正5)年からは『半七捕物帳』を書き始めた。


と言うだけに、ミステリーの要素もあるし、上品だし、面白さに深みもあって、さすがだなあと感じることが多い。私はとても読みやすいし、気に入った作品が多いのも、愛読書にあげる一つであります。
20年間に渡って書き上げた作品のリスト

01 お文の魂(作品ID:1293)、02 石灯籠(作品ID:4641)、03 勘平の死(作品ID:983)、04 湯屋の二階(作品ID:1295)、05 お化け師匠(作品ID:1003)、06 半鐘の怪(作品ID:965)、07 奥女中(作品ID:1009)、08 帯取りの池(作品ID:1004)、09 春の雪解(作品ID:966)、10 広重と河獺(作品ID:970)、11 朝顔屋敷(作品ID:959)、12 猫騒動(作品ID:1001)、13 弁天娘(作品ID:961)、14 山祝いの夜(作品ID:1023)、15 鷹のゆくえ(作品ID:1018)、16 津の国屋(作品ID:1020)、17 三河万歳(作品ID:997)、18 槍突き(作品ID:1024)、19 お照の父(作品ID:1014)、20 向島の寮(作品ID:999)、21 蝶合戦(作品ID:1021)、22 筆屋の娘(作品ID:976)、23 鬼娘(作品ID:1010)、24 小女郎狐(作品ID:991)、25 狐と僧(作品ID:990)、26 女行者(作品ID:1011)、27 化け銀杏(作品ID:960)、28 雪達磨(作品ID:1026)、29 熊の死骸(作品ID:992)、30 あま酒売(作品ID:1042)、31 張子の虎(作品ID:1056)、32 海坊主(作品ID:1112)、33 旅絵師(作品ID:1105)、34 雷獣と蛇(作品ID:1089)、35 半七先生(作品ID:1118)、36 冬の金魚(作品ID:1297)、37 松茸(作品ID:2416)、38 人形使い(作品ID:1082)、39 少年少女の死(作品ID:1099)、40 異人の首(作品ID:1065)、41 一つ目小僧(作品ID:1062)、42 仮面(作品ID:996)、43 柳原堤の女(作品ID:482)、44 むらさき鯉(作品ID:1000)、45 三つの声(作品ID:998)、46 十五夜御用心(作品ID:958)、47 金の蝋燭(作品ID:988)、48 ズウフラ怪談(作品ID:1028)、49 大阪屋花鳥(作品ID:1013)、50 正雪の絵馬(作品ID:1017)、51 大森の鶏(作品ID:1012)、52 妖狐伝(作品ID:483)、53 新カチカチ山(作品ID:979)、54 唐人飴(作品ID:1019)、55 かむろ蛇(作品ID:981)、56 河豚太鼓(作品ID:977)、57 幽霊の観世物(作品ID:1027)、58 菊人形の昔(作品ID:987)、59 蟹のお角(作品ID:982)、60 青山の仇討(作品ID:475)、61 吉良の脇指(作品ID:989)

62 歩兵の髪切り(作品ID:972) 
63 川越次郎兵衛(作品ID:985) 
64 廻り灯籠(作品ID:994) 
65 夜叉神堂(作品ID:1025) 
66 地蔵は踊る(作品ID:1296) 
67 薄雲の碁盤(作品ID:1022) 
68 二人女房(作品ID:1294)
 


今回の御本は、最後の六巻で、赤い色で区分けした62番目から、68番目の作品が掲載されています。
そして・・・・
「お話はまずここらでお仕舞いでしょう」
と締めくくられています。

小野孝二著「明治修羅街道」に感じるもの

  • 2006/04/09(日) 08:14:10

<浮世絵の大首絵が、不自然に感じないほどの不思議(不気味)な本>
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幕末維新に功績のあった、明治の元勲達は実に情けない生き様をさらした。ほとんどが武士階級の最下位に属し、品位なく貧しい恨みに生きた人々であった。金に囚われ、人情に薄く、人間性を喪失した馬鹿者達であった。
本当にこの時に功績のあった、真の英雄達は先に死んでしまい、謂わば“濡れ手に粟”か“棚からぼた餅”のようにうまい具合に転がってきた地位であったり、身分であった。中身はなく、自我だけ、何の主義も主張性もなかった。
「薩長でなければ人でない」ような、何とも革命を起こしたのに何も解決されなかった、実に無駄な革命に終わった。西郷さんがもう一度“維新”と願っていたことが今更に正しかった。

この本は、これらの者どもと、それに関わる女どもの凄まじい生き方を描いている。
面白い事は、実に面白い。ただ、この作家さんは、博覧強記故にか、脈絡のないほどに話が飛ぶ。時代、話の前後関係なしにあちらこちらと話が飛ぶ。なれるのに一苦労。
最後のペ-ジのこの表現は、常々思っていた私の考えと一致する。

 おもうに……。
 維新の功臣、群がり栄えるなか。井上馨の疑獄三昧をはじめ、睦奥宗光は、
汚職の獄中、愛妻を同伴しての酒興暮らし。黒田清隆は病妻を斬殺しながら罪にも聞かれず、悠々、閣僚の座にあぐらをかく。
一方。諸国に充満する不遇の路上の貧窮ぶり。暗い巷の毒花と咲いた悪女、兇盗のかずかず・・・・。
明治とは、いったい何であったか!


知らないHPに書かれていた下記の言葉は印象に残った。

小野さんはいとも簡単に、自分の過去の作品を「ヘドロです」と言い切ってしまう。その態度に、私は一人の文士の厳しい姿を見たように思った。

見る人が見れば???・・・・

  • 2006/04/08(土) 20:36:32

<上等のお皿でもありませんが・・・>
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もし見て下さる人がいたら、本当にごめんなさいね。
上等のお皿でもなければ、ゴージャスなテーブルでもありません。
美味しそうな料理も並んではいません。

でもよく見てみると、食べ終わった皿に残ったソースの後が、なんだか「ネズミ」に似ていません。右が頭で、左側にしっぽまで描かれているようでしょ。
偶然ですけど、家内と二人でびっくりして見ていました。

やっぱり“井上志摩夫”は、雑だ!

  • 2006/04/08(土) 07:09:45

<藤井美樹さんによるシリーズの表紙は文字ばかりだったのに、今回は漫画調の絵まで描かれていた>
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以前に三回ばかり、井上志摩夫シリーズを書いた折りに、
「テンポ良く書かれてはいるが、生煮えで消化不良を起こしそう。当時流行作家だった由縁でしょう。」
と言う表現をした。
この本も、どちらかと言えばそんな感じなのです。主人公の人柄の良さや、物語の設定などとても軽やかで、重厚な時代小説などをぶっ飛ばすほどの面白さなはずなのに、“いまいち”という軽薄な表現に終わりそう・・・

要するに中途半端なのですよ、指定の原稿を周章てて埋めた殴り書きってイメージがぬぐえません。才能ありすぎて、何でも抱えて書きすぎたんでしょうね?
多分、もう二度と“井上志摩夫”って名前を見ても借りては来ないでしょう。

二つの誕生日

  • 2006/04/07(金) 19:17:56

私は誕生日を二つ持っている。
本当に生まれた人、戸籍に届けてある日だ。
本当に生まれた日は、本日四月七日。戸籍に届けてある日は、三月二十七日だ。今だと考えられないいい加減さだと思う。

<本日歩き初めをした、出来たばかりの天満橋>
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先月の三月二十七日に新たに橋が開通した。名前が「天満橋(てんまんばし)」。
私は勝手に、自分の誕生日にちなんで、「光ちゃん橋」と呼んでいる。私以外には家内にも通じない。今日は、本当の誕生日なので、「光ちゃん橋」を初めて歩いて渡った。かなり長い橋だし、往復するとそこそこの運動になった。また誕生日記念の昼食をしたばかりだったので、良い腹ごなしにもなった。
誕生日に開通した橋を、誕生日に渡ったことになる。
<従来からある由緒ある橘橋>
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市内の中心部にはいるためには一番交通量の多かった橋で、「光ちゃん橋?」が開通したので、この橋も幾分かは交通量が緩和されると思う。
愉快なのは、この橋の由来から橋のたもとに「橘」の木が植栽されていたのだが、どうもそれが違う木であったという話が新聞に載っていた。

「桜」も散りかけ、名残の花見

  • 2006/04/06(木) 17:25:19

<広い公園の広場には老若男女、群れ集って名残の花見をされていた>
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平日であっても、どこからかわらわらと人が集まってきていた。
露天商のお店もこの左側に沢山並んでいたし、酒盛りのおじさん達や、焼き肉パーティの若者達が沢山いたのだが、写真の見映えが悪いからフレームから外してしまった。
<葉桜になりかけの花は、全体に寂しいのでアップで・・・>
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<綺麗な青空を突き破るような形で可憐な枝花が伸びる>
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<三層の小さな観光お土産のような城と、桜>
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おばあさんと、家内と三人で久しぶりに、「天ヶ城公園」に出かけた。
桜は満開を過ぎ、連日の雨と風でかなり散っていた。
代わりに真っ赤なツツジがあちらこちらに咲き始め、とても気持ちの良い花見であった。
春先はどこへ出かけても花がいっぱいで、明るい日差しと、新緑とが眩しいほどの季節だ。
幸い風もなく穏やかで、はらはらと散ってゆく桜の花びらは風情豊かなものだった。

内容に違和感を覚え、再度借り出した「けだもの」

  • 2006/04/05(水) 17:30:38

<一目で装丁者は、田村義也さんだと判る。表紙絵は八丁堀付近の切絵図>
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池宮彰一郎作品は、前回のア行巡りで一通り読んでしまってはいた。
無論、この「けだもの」も読んだのですが、すでに数年前のことですし、内容に違和感があった記憶があったので再度借り出してきた。

受城異聞記
絶塵の将
おれも、おまえも
割を食う
けだもの


表題の「けだもの」をはじめ、五編の短編からなっているのだが、何とも短編とは呼べない重厚なお話ばかりである。脚本家出身の作家でいらした割には、行替えと会話が少なく、難しい漢字や、堅い表現が多い内容で、好き嫌いは多いかもしれない。
大体、「絶塵」などという言葉は、意味すら知らない。調べてみたら、【俗世間から離れること。絶俗】となっていた。ついでに、ここで言う「絶塵の将」とは戦国武将福島正則のことです。
知識を得させていただく気持ちがないと、読み下しが辛い書物ではある。

ところで内容の違和感について、ようやく判りました。
この本に書かれた物語全部が、時代や場所、事柄が皆違い、一冊の本にするには無理がある気がしたからでした。
「受城異聞記」は、宝暦九年(1758)美濃郡上八幡藩に改易に伴う、お城受け渡しに関わる加賀大聖寺藩の地獄のような雪中行軍の話。
「絶塵の将」は元和元年(1615)頃の豊臣恩顧の武将、福島正則の改易の話。
「おれも、おまえも」は、信長健在の頃から、本能寺で討たれる辺りまでの、徳川家康と、茶屋四郎次郎との交わりについて。
「割を食う」は、寛永十一年(1634)剣豪荒木又右衛門の助太刀で有名になった“鍵屋の辻の決闘”にまつわる話。
「けだもの」は、これが一番に長くて、歴史的事実からかけ離れた小説仕立てになっている。文政二年(1819)頃、江戸の町八丁堀の同心の生き様が克明に、リアルに描かれていて、“けだもの”と呼ばれたずる賢い極悪人を、法の裁きを加えるために、自分の身分職業を捨ててまで戦った男の過酷な生き様がテーマだった。読んで行くうちに、江戸時代の警察制度と仕組みを十分に理解できる詳細な説明もある。この主人公の生き方には疑問も残るのであるが・・・・
と言うわけで、「けだもの」というひとくくりに出来る趣旨があるわけでもなく、最後の小説を一冊の本にするときにあり合わせのものをくっつけたという気もするなあ。違ったらごめんなさい。

「開拓精神なくして、なんぞ夢を語らん」その2

  • 2006/04/04(火) 07:35:49

<「世界のウチナーンチュ30万人分布図」>
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琉球新報のHPを調べてみていたら、
「世界のウチナーンチュ30万人分布図」
と言うものを見つけた。
ブラジルには130000人、ペルー56000人、ハワイにも49000人の沖縄出身者がいる事になる。
次から次へと調べていくうち、「沖縄県人会」の存在に気づく。無論ハワイにもあり、各地に支部があるようだから、ここを頼りに目的の方々にたどり着けるかもしれない。
さすがにペルーまではたどり着けないが、ハワイには必ず行ってみようと、夫婦二人で語り合いました。
家内のルーツを探検しようと言う冒険ですな。
LAや、SFに比べれば近いですし・・・

「開拓精神なくして、なんぞ夢を語らん」

  • 2006/04/04(火) 05:32:02

家内の義父の、その父親はペルーに移民して亡くなった。義父は父に顔を知らない。よくよく聞いてみると、その弟も同行したという。
そして、その義父の父の上の兄もハワイへ移住していた。残ったものは、妹だけだったそうだ。

彼らは沖縄に人々である。
「狭い国には住み飽きた!」という言葉が流行った事があるが、そんな悠長なことではなく、喰うために、残された家族を助けるために彼らは日本を離れていった。
決して壮大なロマンがあるわけではなく、生きていくために、祖国を出て行かざるを得なかったのだ。貧しかったのだと思う。

沖縄では長男は、非常に大切にされ、その一族を束ね治めていく責任がある。その長男が家を捨て、次男に家を守ることを委ね、今後一切日本の土を踏まぬ覚悟で、ハワイに移住をしていった。
そして、その残された次男も、三男も結局は海外に移住を強いられていったのだそうです。

親の顔すら知らない日本に残された子供たちが、成人をする頃には戦争が始まり、移民していったこの方々は母国が敵国になったのです。残された母親が住む小さな沖縄島が、その戦争の大きすぎる犠牲の島になったことは、ハワイと沖縄とこの両方の島に暮らした家族にはどのような地獄であったことでしょう?

「開拓精神なくして、なんぞ夢を語らん」
いつか我々夫婦で、このハワイの遠い親戚を訪ねてみたい。

花見のシーズン

  • 2006/04/03(月) 09:20:38

<ちょっとしたパノラマ風景に感動を受けるくらいです。拡大してみて欲しい>
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西都原(“さいとばる”と読みます)古墳群とその前の広場に、雲か霞のように永遠と続く桜並木。
その横の広大な畑には、黄色い絨毯のような菜の花畑が広がります。

無論自然のものではありませんが、美しいものには代わりがありません。
淡い桃色の桜と、黄色い菜の花・・・奥行き深い色の連なりが、人工的な美を超越しています。

「石を投げる女」とはどんな女なのでしょう?

  • 2006/04/02(日) 07:51:48

<西山クニ子さんの表紙絵は、ちょっとコミカル漫画調。実にのどやかなイメージで描かれている。装丁は泉沢光雄さん。>
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面白い本を見つけた。十ページ近く前書きがあるので、装丁者を捜すのが手間取った。
副題が「幕末・上田藩足軽異聞」とあるだけに、足軽の生活について書いておられる。
著者は長野県上田市出身の方らしく、かなり丁寧にお調べになった郷土史に基づいて、綿密に足軽の生活を基盤に時代小説を書かれている。

かってこれほど、最下級武士の悲哀と尊厳を描いた時代小説があっただろうか?


信濃国上田城下を舞台に“武士ではあるが侍ではない足軽”とその家族を、抒情あふれる筆致で描いた、幕末時代小説短編集。


帯に書かれた賞賛の言葉であるが、なかなか見事な評だと思いました。
千曲川という何とも詩情あふれる有名な川のほとり、江戸の昔に身分制度の中の武士階級の最下位に属する「足軽」と蔑視され続けた人々が暮らしていたのです。
“武士ではあるが侍ではない足軽”は、雨の日も傘はさせないし、同じ職制の中にあっても、一番深く頭は下げねばならず、嫡男以外は両刀を手挟むことすら許されない。
現代においてはこのような身分制度は考えることも出来ないが、しかし当時はその自分の持つ身分が終生変わることなく、しかも何百年と続いていたわけです。
悲惨なのは、一応武士ですから百姓、町人よりかはわずかに身分は高いのですが、金のある人間の方がやはり強いわけですから、結局は最下層である人々な訳です。
短編が六編、いずれも読み応えのある内容でした。地域に密着したこのような時代小説は、江戸文化に毒されたすれた人間を見るより、心洗われる気持ちにさせられます。

「嫌われ松子の一生」の公式ペ-ジが刷新!

  • 2006/04/01(土) 08:28:44

<中島監督と一緒の中谷美紀さん>
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嬉しいことに中谷美紀さん主演の「嫌われ松子の一生」の公式ペ-ジが更新され、とても素晴らしくなっていた。
かなり詳細まで出ているし、写真も豊富になっていた。
赤を基調にして、明るいHPになっている。

「嫌われ松子の一生」


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