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五月も終わりになった。

  • 2008/05/31(土) 23:29:00

五月の最後の日、今月まではとても何やかやと忙しかった。
大きな行事はしばらくないので、来月からはちょっと気分的には楽になるはずだ。

久々に読んだ本の集計をしておこう。

本日までの時代小説だけの集計1889冊
合計金額2,887,552円。


2007年10月に集計した時より、61冊、金額で95,368円増えている。
月に10冊ほど読んでいる計算になる。忙しかったという割には本ばかり読んでいる暇人なのかもしれない。
一冊の本の平均単価は1,563円でしたので、これはあまり変動がない。

本の価格は決して安くはない。借りているから良いようなものの、買っていれば結構な負担になるし、邪魔なものだ。
デジタル製品の場合、これがおおよそ反対で値下がるものの方が多い。
PCは、デュアルコアのそこそこのノートが15万までしていないし、40インチの液晶TVでも20万以内で買える。
初期のアナログのプラズマTV50インチを、百万以上出して買った人を知っている。
これなんか2011年を過ぎると見られなくなってしまうのでもったいない話ですが、買ったその当時は現在を予測もしなかったでしょう。

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偉い人でも、お願い事は・・・?・・・その②

  • 2008/05/30(金) 09:28:56

佐藤雅美著「縮尻鏡三郎」下巻にある逸話を参考にした十一代将軍家斉の面白いお話の続きです。

将軍家斉が自分の願い事を、松平越中守定信に頭を下げて頼むのですが、言下に拒否されて脇差を抜くという愚挙をするのですが、御側申次の臨機応変な対応で事なきを得ます。

その後まもなく松平越中守定信は辞任をされます。
時は流れて十一年後、またもや将軍家斉は老中首座松平伊豆守に“大御所”の尊号の一件を蒸し返します。実に粘り強い孝子であり、またその父親も長生きなものです。
<文面をそのまま引用させていただくと>

「なりません」
さすがに家斉が気の毒に思え、御側申次の平岡美濃守が口添えをした。
「そこをなんとか」
伊豆守は美濃守を睨みつけていった。
「一橋様(実父・一橋治済卿)は、恐れ多くも大納言に昇進しておられます。なのになんの不足があるというのです」
家斉はさっと顔色を変え、無言で席を立とうとした。同席していたいま一人の御側申次の高井飛騨守が将軍の袴をむんずと押さえる。
将軍は気色ばんだ。
「なにをいたす」
飛騨守はいった。
「伊豆守殿にご挨拶を」
老職へ挨拶もなしに席を立つというのは穏やかではないというのだ。


将軍といえども、老中には頭が上がらず、すごく偉い人とだけ思っていたがそうではない場合もあるのだ。
でも何か資料はあるのだろうが、見てきたような話で面白い。

他の文中にもあるのだが、伊豆守は越中守の推挙で幕閣に登用された堅物である。家斉をたかが“養子ではないか”という越中守の気分を引きずっていたと書かれている。
まだこの後にも、一橋家と水戸家のいざこざが書かれていて、格式だ、官位だなどと愚かな持たない平民にはない悩みがあって愉快愉快!!!!

偉い人でも、お願い事は・・・?

  • 2008/05/29(木) 10:23:22

時代小説を読んでいると、愉快な話が大変に多い。ことに将軍様に関するお話は、その最たるものであることが多い。常人にはとても想像もできない話や、これは眉唾物だなというものまで、種々様々で愉しい。

佐藤雅美著「縮尻鏡三郎」下巻にある話を参考にしますが、
十一代将軍家斉は、一橋家からの養子で九歳から将軍家に入った。十五歳で将軍となり、その数年後、将軍補佐役だった松平越中守定信にお願い事をされた。
その願い事は、「実父・一橋治済卿に“大御所”の尊号を贈りたい」ということであった。
寛政の改革を行ったことで著名な松平定信は、
「上(将軍)の至孝の御志はよく理解できますが、大御所というのは前(さきの)将軍に奉る称号で、前例がない」と拒まれた。
将軍家斉はあきらめきれず、悶々とした日を過ごし、あらためて越中守に頭を下げた。
<文面をそのまま引用させていただくと>

「なりません」
家斉はかっとなった。気がついたら脇差を抜いていた。
側に控えていた御側申次(おそばもうしつぎ)の平岡美濃守が、慌てて割って入り、大声で越中守にいう。
「越中守殿!」
家斉は虚をつかれて動作をとめた。
「御刀をたまわる。頂戴されよ」
「ははあ、有り難き仕合わせ」
越中守は深々と頭をさげ、家斉は憮然として刀を放り投げて席を立った。


松平越中守定信は御三卿田安家の出で、八代将軍吉宗の孫。将軍家斉は御三卿一橋家の出で、吉宗の曾孫。田安家は一橋家の兄筋であり、家斉を軽く見ていたと本にはあります。

実に愉快な話であります。続きもあります。

大なり小なり、知識自慢はあるけれど・・・。その②

  • 2008/05/28(水) 07:19:27

<文字だけの表紙デザインだが、上巻とは色合いが違う>
本satomasamisikujiri02

佐藤雅美著『縮尻鏡三郎』下巻。
ふりがなが「しくじり・きょうざぶろう」とありますので、“縮尻”を“しくじり”と読まなくてはなりません。
『縮尻鏡三郎』上巻については、5月22日に書いているので、記憶に新しい。表紙の装丁を改めて見直したら、昔の和綴じの本のようなイメージで作られている。実際の本を見ても感じなかったのだが、表紙だけをスキャニングしてみるとよくわかる。

2006年の10月『浜町河岸の生き神様』を読むまで、この著者、佐藤雅美さんを、「さとうまさみ」さんという女性であると勘違いをしていた。「さとうまさよし」さんという男性作家であるのだが、それを知った後も自分のリストは訂正していなかったので、「さとうまさよし」さんでは出てこなかった。年をとると愚かになって、頭の中に関連性を欠くようになる。

 二百七十数年来の怨念
 濡れ手当
 毒婦おくめ
 岡っ引の不用心
 花嫁の引出物
 添い寝をする女
 暗闇での一撃
 元の鞘


以上の八編のものがたりで構成されている。
主人公、鏡三郎が長崎へ出張る事になる「添い寝をする女」のあたりから、にわかに面白味がまして一気に読んでしまった。
「添い寝をする女」は、その女自体が華やかで美しい女性なのだけれど、何せ乾いた筆致が特徴に作家さんだものだから色気では盛り上がらない。
しかし、最後までよくよくお勉強された成果が本の隅々まで現れていて、読者には読み応えがあります。
同作家さんの本日まで読了の本は、24冊でした。

こんなお手当ては、いかがでしょうか。

  • 2008/05/27(火) 08:42:41

時代小説を読んでいると、いろいろと面白い風習、慣習に出合う。
江戸時代は基本的な給料形態が違うので、お手当などの付帯的給与部分が大いに面白い。

佐藤雅美著作の『縮尻鏡三郎』の下巻へ、面白い記述があったのでこれを書いておこう。
『濡れ手当(ぬれてあて)』
“お成り”といって、将軍様が江戸城外へ出かけることがある。寺参りや、花見、あるいは臣下の家に出かけるなどいろいろあるけれど、当然その際に沢山の警護として駕籠者、小人、黒鍬者、中間といった供回りつれての行列となる。
この折にお天気が悪く、雨など降るとこの供回りの人々には、『濡れ手当(ぬれてあて)』というものが支給される。
ただしこれがその日にリーダーの采配で決まるという。「供番」と呼ばれた役職の目付が順番でそのリーダーを務めるわけだが、この方々が雨具でお供していれば支給され、仮に豪雨であってもこの方々が何も雨具の用意がないと支給されない。

つまり剛胆な者や、真に意地の悪い上役は、ちょっとした雨模様では雨具は用意しない。また優しい思いやりのある人物だと、たとえ曇りぐらいでも、ちょっと自分が雨具であつく感じても我慢して雨具を着用される。
そこのところで、また部下の者達の信頼が違ってくるというのは、現在のサラリーマンとあまり代わりはない。

愛称というのか?、ニックネームというのか?

  • 2008/05/26(月) 21:08:19

よく拝見に行くブログで、アメリカ本国とハワイの人のお名前の付け方の流行が書いてありました。
よくよく読ませていただいていたら、そういえば子供の頃に勉強したアメリカ人の名前の愛称について思い出しました。

友人は「バブ」と呼ばれていますが、彼の名前が「Bob」という綴りであることと、本名が「Robart」であることは、ちょっと後から知った。
変な愛称の付け方に驚いて、いろいろ調べました。
当時「エリザベス・テーラー」さんという大女優は、「リズ」と呼ばれてましたし、「チャールトン・ヘストン」さんは、仲間から「チャック」といわれていました。

今はとても便利なインターネットというものがあり、ウィキペディア『名前の短縮型』というページには、懇切丁寧にこの略称、愛称が列記してありました。
かつて名ポピュラーシンガー「パット・ブーン」さんは「パトリック」さんだったのかな?
そうかと思うと、「ナット・キング・コール」さんは、「キング」が余計についてくるし、欧米人の名前は面白い。

“ナシゴレン”って?

  • 2008/05/25(日) 21:15:03

<派手派手なパッケージ>
雑nasigoreng

『ナシゴレン<NASI GORENG>』と書かれたパッケージのものを、娘より土産にもらった。
彼女の名誉のためにこれ以外にも、新婚旅行の土産は沢山いただいた。

でもこれだけが、私の机の上に載ったまま、数日間もそのままになっている。
というのも、家内は香辛料のきいた食べ物を好まないので、これは調理をしてくれない。
いつか休みの日に、自分でして食べなさいと言う暗示であります。

『ナシゴレン<NASI GORENG>』
インドネシアではお馴染みのナシゴレン。
ナシはご飯、ゴレンは炒める(揚げる)の意味。
注文するとなぜか目玉焼きやらサテー(焼き鶏)やらピクルス、カラッと揚げたえびせんべい(クルプック)やらがいっしょにお皿に乗ってくるのが楽しみです!


こんな作り方も載っているサイトがあるくらいだから、きっと世間様ではメジャーなもので、私だけが知らない美味しいものに違いない。
食べられない家内こそ、可哀想なものだ。

「メタボ猿」と、おばちゃんの正論

  • 2008/05/24(土) 07:13:57

街頭で映されていたTV番組で、“メタボ猿”と呼ばれる猿がいることを知った。ショーウィンドーのガラス越しに見ていたので、音声が聞き取りにくかったのだが、幸い字幕が入っていたので内容は充分に判った。
念のためにネットでも調べてみると、大阪堺市の大浜公園というところで飼われているアカザルらしい。お腹が四つ足で歩くときには、地面にたれてつくほどに弛んで太っている。

字幕ではどうも公園の管理者はえさを減らしてダイエットを試みると言っているらしい。
観客からもえさを投げ入れないように警告の看板を立てている。それでもまだえさをあげる人が後を絶たないので、金網の設置を考えているようだ。
その番組が取材の途中でも、えさを投げ入れる人がいて、顔がぼかされてはいたが映像に映っていた。
その方々がインタビューに答えて曰く、
「えさをやると孫が喜ぶ」「えさをやること自体が楽しい」等々、なぜえさをやってはいけないのかと反論しきりでありました。

その中に夢中で、えさをあげていた“大阪のおばちゃん”風の人が取材に答えていた。
字幕の文章では、取材記者は「禁止されているのにえさをなぜあげるのか?」ときつく問いただす口調であった。それに対する“大阪のおばちゃん”風の答えは実に明快なる正論でした。

えさを与えてなぜ悪い。えさを減らされて、醜い争いをする猿を見たくはない。メタボなんて人間の問題である。弱肉強食の猿の世界では、強い猿だけがえさにありついて、弱い猿は食べ物もあらへん。そういった猿へめがけてえさをやってなぜ悪い。物価が高くなって、えさ代も高くなっている、ついこの前、一袋なんぼかで変えたピーナッツが今日は何倍かに値上げや。こっちの方が問題や。・・・


おおむねこんな事をお話になっていたようだ。
私が勝手に“大阪のおばちゃん”はこんな論理だろうと、付け加えて書いているかもしれないが、でも本来述べておられるのは正論だし、“見にくい争いをする猿を見たくない”というのは、深い深い情愛の発露であって、けっしてこの方の我が儘な行動は批判できない。
取材後、自転車を押して帰る姿が良かった。
でも猿の檻の近くまで、自転車で行けるというのも面白い場所ですね。

宮崎県高城町の観音池公園には、本当に小さな檻の中に、ずっと一人っきりで生きている寂しい猿がいる。平日に行くとこの場所は人も通わぬ薄暗いところなので、この猿の孤高とした姿は哀れに感じる。
無論えさなど投げ入れる隙間もないほど、二重の金網の中であるので、一層に可哀想に感じる。

見てきましたよ、『相棒・劇場版』

  • 2008/05/23(金) 08:50:59

<チェスの駒の動きで、謎を解く右京さんと相棒>
映画aibo01


映画『相棒-劇場版-』を観に行ってきました。
切符を買う窓口で、家内が先に只券をつかい、その後私に「何をご覧になりますか?」聞いてくれたので、自分たち夫婦を指さして「相棒」っていうと、その女性が大いに笑ってくれた。
家内は意味がわからず憮然としていたが、あちらには私が“相棒”という意識はないのかも?

裏店で二人の男がひっそり商売をしていたら、だんだん人気が出始めて、儲かって景気も良くなり、表通りに大店を出して商いを始めたような・・・・時代小説で言えばそんな『相棒』は、盛り上がりですねえ。
映画は良くできていました。面白かったです。
あれだけ沢山のレギュラー陣と、沢山のゲスト、エキストラを交えて大作に仕上がっていました。
そつなくまとめてありましたし、話の筋も、推理も、そして細々した伏線まで、細部にわたってよく作られていました。

ただ真犯人は早くにわかってしまうのです。
この映画自体は、昔見た「刑事コロンボ」同様、犯人は最初からわかっていても差し支えない作りなので気にはなりませんが・・・・。

<ウラ相棒というものもあるらしい>
映画aibo02

この方達なしでは「相棒」は面白くありません。
伊丹刑事の川原 和久さんが、あまり憎まれ役でなく、いい人に感じて出演されていました。
私はこんな顔を、“般若顔”と言いましたら、若いお人には通じませんでした。

大なり小なり、知識自慢はあるけれど・・・。 

  • 2008/05/22(木) 20:52:49

<さっぱりした文字だけのデザインの表紙>
本satomasamisikujiri01

佐藤雅美著『縮尻鏡三郎』上巻。
ふりがなが「しくじり・きょうざぶろう」とありますので、“縮尻”を“しくじり”と読ませるところが味噌。
上下二巻ものですが、連続長編小説というわけではないので、二冊を読まなければいけないと言うこともない。上巻になぜ“縮尻”と呼ばれるようになったかが書かれているので、一応上巻から読むのが良いだろう。

平成11年に中村雅俊さんの主演で、NHKから金曜時代劇「しくじり鏡三郎」になって放送されているようだ。
実際にはあまりTVドラマを見ない私は知らなかったのだが、出版社がこの本の場合“NHK出版”になっているので、その関連でもしかしたらと調べてみたところ判った。

時代小説作家という方々は、大なり小なりご自分の知識自慢をされる。ほとんどの作家さんが時代考察や時代背景、歴史的整合性、人々の暮らし等々数え切れないほどの大変なご苦労と、努力を重ねられて、一冊の本をものになさっておられる。
我々読むだけの凡人とは、おおむね人間そのものの力量が違う。
ただそういった努力を本の中に表すのには、やはり自慢したくなる事もあるのではなかろうか。知ったかぶりはあまり感心しないが、そういう得られた知識が各所で、きらっと光る本ていうものは、読んでいて面白いし、読むだけの凡人の私にも身になる気がする。
佐藤雅美さんのように、その該博なる知識と勉強量の豊富さを感じさせすぎる作家もまた貴重だ。
短編形式で八編の物語が語られ、ものの見事に解決される。

春の浜風
思案投げ首
おしまの復讐
二人きりの納涼
象牙の印籠
逃げだした殿の花嫁
耐える女
甚兵衛さんの手妻


話題が市井の事柄から、殿様の事情、貧乏御家人や情けない旗本までと非常に幅が広い。一般に一冊の本の中には混在しにくいテーマが多いが、うまくまとめられているし、意外な展開や解決法が愉快です。
中に出てくる恋愛関係や、親子関係、仕事上の上下関係なども、案外とさらっと乾いているのが気持ちいい。
最後の数ページで一挙に解決するところは、澤田ふじ子さんのシリーズにもにている。

難解な事件があっさりと解決されることについて、面白い会話がある。

主人公がたまたま解決できたにすぎない事件と言い訳することに、反論して、
「そのたまたまに常人は巡り合わない。貴殿はもって生まれたなにかその、なんというか、難問を解決する運というものを持っておられるのではないかと。いえ、これは石見守が申したことでござる」
「それにまた貴殿は市井のことにもあれこれ通じておられる。(後略)」


今後もこの作家様の膨大なる知識の雨あられを頂戴しよう。

喪に服す。

  • 2008/05/21(水) 08:38:56

本日、私事ながら、友人が亡くなりましたので、喪に服して過ごします。
     
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生まれ育ちも良くて、高潔で、謙虚で・・・・
まだ還暦にも届かないお年で、逝ってしまわれた。
心から、本当に心からご冥福をお祈りしたい。

『サラリーマン川柳』には、ちょっと好まないもある。

  • 2008/05/20(火) 23:07:18

第一生命保険主催、第21回「私が選ぶサラリーマン川柳ベスト100」の全国人気投票結果をみてみると、ちょっと複雑な気持ちにさせられる。
あっさり、すっきりと笑えるものと、考えさせらるものと、このみにあわないものと・・・。
好みに合わないのは、基本的にはやはり流行語でしょうね。現在流行っている短縮したアルファベット文字は、全く気に入らない。内容が優れていようが何だろうが、まるで気に入らない。

<サラリーマン川柳ベスト10>
順位  作品  雅号
1位  「空気読め!!」 それより部下の 気持ち読め!!  のりちゃん
2位  「今帰る」 妻から返信 「まだいいよ」  えむ
3位  減っていく… ボーナス・年金 髪・愛情  ピュアレディ
4位  円満は 見ざる言わざる 逆らわず  ソクラテス
5位  ゴミだし日( び) すてにいかねば すてられる  読み人知らず
6位  「好きです」と アドレス間違え 母さんに  蒼空
7位  国民の 年金、損なの 関係ねえ  官僚
8位  社長より 現場を良く知る アルバイト  ゴットマウンテン
9位  赤字だぞ あんたが辞めれば すぐ黒字  はぐれ鳥
10位  「いつ買った?」 返事はいつも 「安かった」  騙されない夫
11位  無料でも 家族間での 通話なし  栗ポン
12位  なぜ怒る 早く帰って 来ただけで  有迷人
13位  ご自由に お取り下さい 皮下脂肪  未知の駅
14位  忘れても 忘れた事に 気付かない  もの忘れパパ
15位  メタボまで 2センチあるわと 食べる妻  幸山
16位  へそくりを 内部告発 する息子  バレたママ
17位  温暖化 おなかの肉は 段々化  京都まいごはん
18位  宝くじ はずれて辞表 また破り  毎日が酔曜日
19位  エコバック 集まりすぎて ムダバック  宝のもちぐされ
20位  安い値の ガソリン探し 遠出する 元 ぐうたらママ


「空気を読む」という言葉が嫌いだ。
“周りの雰囲気に気を遣う”という程度であれば、それはそれで謙虚な行動と良いのだが、「空気を読む」という行為には、そのこと自体に姑息な意地悪さを感じる。ましてやこれを世間では「K・Y」と表記したりしている。私にはおかしく感じる。

全体にサラリーマン川柳が下卑てきた。
もともとそんなものという気持ちもないではないが、卑屈さを感じるとともに、男性の地位の下落と、夫としての存在感の希薄さを強調するものが多い。
本当に日本人の夫婦仲はこんなに冷え切っているのだろうか?
離婚率が高くなっている事に頷けるし、DVが増え、いじめが多発し、家族間の崩壊が見られる風潮が理解できる。

11位の携帯電話だろうテーマは、携帯電話嫌いで持たない私には、理解が出来ない。
なんだか便利なだけで、安易に買ってしまう風潮が強い私にも携帯だけは遠ざけている。

恐ろしく力の入ったHP『江戸旧聞』

  • 2008/05/19(月) 22:49:14

生半可にはやっていけない情熱を感じるのが、私が時折おじゃまをするHPです。
その名を『江戸旧聞』
最初はある方からのご紹介で拝見したのですが、今でははまってしまっています。

中身も凄いがその知識量たるや半端ではありません。
私はいまだそのとば口をうろうろしている程度で、本格的にはすべての中身が把握できていません。

徳川将軍家詳細一覧
武家諸法度
禁中並公家法度
隅田川西岸 32話
徳川将軍と内外一覧


ほんの一例の抜き書きですら、こんなに凄いことなのです。
時代小説を愛する私にとっては、大切な指南書であります。

静止画と動画。

  • 2008/05/18(日) 21:23:21

映像というものは、イメージを残したり、伝えたりする事ではとても大事な手段です。
今回、子供の結婚式では、とても沢山の写真が集まりました。
デジカメの普及のせいか、老若男女ありとあらゆる人が写真を撮りまくり、記録してくださった。式場の各テーブルには、酒瓶の乱立とともに、デジカメ品評会のごとく沢山の種類のカメラがあった。
私自身も若干の遠慮をしながら、手近なところでデジカメを二台も手にして、写真をばしゃばしゃ撮っていた。
それらを印刷したり、あるいはご親切に頂戴したりしたものだから、その枚数は膨大です。


しかも娘が新婚旅行の写真だと言って、これまた沢山のものを持ち込んできたので、今では写真があふれかえっている。
それでもまだ式場に頼んでいたプロのカメラマンの写真は届いていないので、これらが来ると何枚も同じものを見ることになるのだ。プロの方がお撮りになった作品はとてもきれいだったし、大事に残せるものでありますが、こんなに沢山の素人写真を先に見ると、改めて出来て来るであろうプロの写真には新鮮さを感じないのではなかろうか。

ただ一番に好評だったのでは、ムービーの方であった。
長男に撮ってもらったムービーは、音声が入り、人間が動く。
当日式場で挨拶をいただいた方のお声が聞こえる、新郎新婦の華やかな姿が動いて通っていく、笑い声が雰囲気を盛り上げる、新婦の母が忍び泣く、拍手が聞こえる、ウェディングケーキが切られて配られる、沢山のシーンが音と動く映像で記録されている。

コンパクトなボディでありながら、ハイビジョンの画面いっぱいに映して、沢山の人々とみることが出来る。カメラが動くたびに、そのカメラに写っている人々の喜んで祝ってくださっている表情がうかがえる。招く側は比較的奥の方へ陣取っているので、壇上に近い光景は余りよく見られなかった。
しかしムービーでは、花嫁にドレスの子細を見ることが出来、ウェディングケーキの子細を眺められ、また小さなイベントやサプライズな出来事に感激を新たに出来る。

今回は結婚式というテーマには、動画の魅力の方が生かされた気がしている。

ちょっと違った楽しみが・・・。

  • 2008/05/17(土) 23:09:05

<私が小さい頃にはこんな風景が当たり前だったような、表紙の下町の写真>
本nakatanijigyaku

中谷美紀著『自虐の詩日記』
映画『自虐の詩』のクランクインから、アップまでの簡潔な日記でありました。
で、単にこの映画関連のことだけかと言うとそれだけでなく、案外多岐にわたっていろいろなことが書かれている。
繊細な感覚をお持ちの方だし、文章は巧みで読みやすく、中谷美紀さんの感性の高さも感じて面白かった。

この本のちょうど中間あたりで、阿部寛さん演じる“イサオさん”のクランクアップが書かれている。
これも意外な感じですが、主人公って案外最後まで撮影には臨まないのですな。
ほかにとても面白く感じたのが、登場する人物で実名がなく、“S・Mさん”だとか、“K・Eさん”だとか伏せ字になっているところがあります。これらを誰なのか探し当てるのも楽しみです。
また助監督だった“吉田君”などという人が、“吉田康弘監督”だとか突き詰めていくのも愉快です。

映画以外のお楽しみが、結構詰まっていました。

短篇集は、ダブりが多いなあ。

  • 2008/05/16(金) 21:49:37

<和紙の上に金箔を型押にしたような表紙の装丁>
本ostokawaotokonoenishi

乙川優三郎著『男の縁』、副題が「自撰短篇集 武家篇」。
以前2006年11月に同作家の『武家用心集』というのを読了した。
今回はその中の四編「九月の瓜 」「梅雨のなごり 」「向椿山 」「磯波 」が重複をしていた。
また「柴の家」も、2005年12月に読んだ『芥火』に掲載されていたもので、結果的には三作のみが読んでいないお話でありました。
一応全部読み返しては見ましたが、乙川節とも言うべき穏やかな調子で書かれる文体は相も変わらず優しいものでした。

悪名
男の縁
旅の陽射し
九月の瓜
梅雨のなごり
向椿山
磯波
柴の家


とても変化に富んだシーンがあるわけじゃなし、奇抜な仕掛けがあるわけじゃなし、淡々とした作風は心が落ち着く感じがする。

その代わり神経質なくらい人間の心理描写は的確であります。

もちょっと、見つけるのが早くないと、役に立たないほん。

  • 2008/05/15(木) 21:15:59

<文字だけの味気ない表紙>
本sonomanma60

そのまんま東著『60歳を人生ピークにもっていく法』、「今日からできる、誰にでもできる!」とうたってあります。
でもこのタイトル通りには行かないなあ。来年には60歳だもんね。
ちょっと間に合わないのではなかろうか?

わが宮崎県知事として、ありとあらゆるところに顔をお出しになり、今現在話題の“道路特定財源問題”のニュースでは、宮崎の高速道路網の未整備を訴えておられる。
何でもないニュースの一端にも、「宮崎県のように高速道路の・・・」などと司会者が話すほどに、この知事の影響力は大きくなっている。
当然、出される本は皆そこそこに売れている。人気者である。
私は彼を応援したものの一人ではあるが、天の邪鬼のせいなのかだんだんこの人気者を疎んじたくなる。あまりにも立派すぎるし、公明正大だし、すべてが正論だし、貢献度もたいへんの大きすぎる。

みんな県民がこんなに一人の人に寄っかかっていると、転けたときがつらいのではなかろうか?
寄らば大樹の陰という論理も嫌いだし、若干論旨が自民党よりに傾きつつあることも不安の要素だ。
最初のように“しがらみのない”生き方をして欲しいし、あまり浮かれていることは危険ですよ。

でもこの本は偉い。まさに賢人君子。
そのまんま東の名前で出すには、大変にイメージが違うかなって項目も多い。
例えば・・・・

食生活が健康の基本である

・栄養のバランスを考える
・野菜と果物を食べる
・レシチンを多く摂る
・エイコサペンタエン酸をしっかり摂る
・肝臓をいたわる
・ヨーグルトをたくさん食べる
・一度余計にかみ腹八分目にしておく
・食べたら歯を磨く
・手を洗う
・間食はしない
・寝る前三時間は食べない
・煙草は吸わない
・どうしても不足しがちな栄養素はサプリメントで補給する
・日記に食べたものを書く
・病気と友達になる


どんなに読んでもそのまんま東さんのイメージではない。
何かに健康読本の一部みたいか、女性の美容研究本みたいであります。
これらの項目の中で実行出来ているのは、たった二つだけでした。

タイトルと表紙絵の割には・・・。

  • 2008/05/14(水) 20:05:36

<陰惨で非道な“辻斬り”を連想させられる表紙絵、中身はちょっと違った作品でした。>
本oshikawatsujigiri

押川國秋著『辻斬り』
著者の押川國秋さんは、昭和10年、宮崎県生まれと書いてある。ということは当県のご出身で、県央のお生まれであるらしい。
前回2005年12月に「十手人」という作品を、2006年5月に「勝山心中」を読んだっきり、記憶ではこれ以外に作品がなかった。一応古いリストには、「人斬り忠臣蔵」を読んだことにはなっているが、こちらはとんと内容が思い出せない。
でも「十手人」、「勝山心中」は鮮明に覚えているので、それはブログに書いたせいなのかもしれない。

理由(わけ)などない。

三十俵二人扶持(ぶち)の戯作者気取り。
家にも職場にも居所のない男が
殺めた男、女・・・。
斬れば癒される。


帯に書かれた文句の非常さは、この本にはどこにも見あたらない気がした。
主人公の無役の御家人は、当然仕事もなく、毎日をぶらぶら過ごさざるをえない。何もしないでいるわけにも行かず、戯作者の真似事をして暇つぶしをするけれど才はない。
恥も外聞も捨て内職をし、家計を支える奥方は、力強く女の本能で、息子の養育だけに生きる道を見つけている。
この自分一人を力強く生きる妻の独説に近い文章に、その処世訓を語る一説があるが、痛ましい気もしてしまう。

わたしの人生、わたしの生き方、そういうものを考えること自体が、不幸の源になっているような気がする。女にはもともと、そういうものが与えられていないのだ。嫁いだら夫に従い、夫を助け、夫の名を挙げる。それが婦道であり、女の立派な生き方なのだ。


『辻斬り』と殺伐なタイトルをつけられた本の割には、話はミステリ-を若干含み、人情本仕立てになっている。作者自身の該博な知識と、比較的柔らかな文体で一気に読み進むと、意外な展開となって話は盛り上がる。
著作家さんはもうすでに、七十才すぎのご高齢だけれど、作家活動の開始は遅かったのでしょう。こなれた人生観で達観した文章は、乾きがあるがとても人間がやはりよく書かれていると思います。

中谷美紀さんの文庫本を三冊買った。

  • 2008/05/13(火) 07:26:56

文庫本をひさしぶりに買った。しかも三冊もかってしまった。
本当はその中の一冊『自虐の詩日記』だけが欲しかったのですが、三冊だと送料がかからないので、つい変な欲を出して買ってしまった。

<下町の静かなった住まいが表紙の『自虐の詩日記』>
本nakatanijigyaku

『自虐の詩日記』
昨年の10月にこの本の発売を聞いて買いに行くつもりが忘れていた。
読むのが楽しみだ。

<ハードカバーとは、表紙デザインが違う>
本nakataninaimono

『ないものねだり』
ハードカバーの方は、すでに買って読んでしまった。もう二年も前のことになる。
さっと読んでしまったので中身は忘れてしまった。

<曼荼羅のごとき表紙絵のデザイン>
本nakataniind3

『インド旅行記3』
これも読んでいるみたいにブログでは書いているが、どうも三巻は買っていなかった。
お詫びに一生懸命読んでみよう。

後書きがこんなに面白い本も珍しい。

  • 2008/05/12(月) 07:28:49

<葬列の中のお棺へ向け石を投げた少年を取り押さえる図。物語が絵になっている>
本sawadawaruikan

澤田ふじ子著『悪い棺』、「公事宿事件書留帳」シリーズものです。
帯書きに、

市井の弱気人々を助け、傲慢な権力者たちにお灸をすえる公事宿(現代の弁護士事務所)「鯉屋」の居候・田村菊太郎。彼の活躍を舞台に描く人気時代小説シリーズ最新刊!表題作ほか全六編を収録。


“弱気を助け、強きをくじく”などというのは、現代では小説の中でしか考えられない言葉となっている。
例えば、「お灸をすえる」という言葉すら、現代っ子(?)は“懲らしめる”という意味にとることが出来るのだろうか?お灸そのものが少なくなったとはいえ、“懲らしめる”という行為が正義を持ってなされた試しがない。

釣瓶の髪
悪い棺
人喰みの店
黒猫の婆
お婆の御定法
冬の蝶


“何々の何々”というタイトルをお付けになるのが好きな作家さんだが、「悪い棺」だけは、“くろいかん”なのか、“くろいかんおけ”とまで余分に読んだ方がいいのか思案させられる。

六編の中で何が一番に面白いかと言えば、一番には六編以外の「あとがき」がおすすめである。
澤田ふじ子さんの公事宿シリーズの「あとがき」ぐらい面白い後書きを読んだことはない。時代小説に関心のない家内にも、この「あとがき」だけは必ず読んでもらっている。
彼女も絶賛する。
この「あとがき」だけで、面白い読み物になるので「鬱憤をはらす読み物」として刊行されることを望みます。

思わず感極まったこと。

  • 2008/05/11(日) 18:27:58

次男の結婚式のことです。
皆々様からとても良い結婚式でしたと、喜ばれて嬉しい限りではありました。
次男の会社の方や、新婦の友人の方などお若い方々が、大変盛り上げてくださって、大いなる感激は充分なものがありまして、その喜びも大変に大きいものでした、。
これが最後の子供の結婚式ですし、しかも新郎の父は手放しで喜んでいられて、新婦の父ほどには涙することはないと思っていました。

ところが案外なところに伏兵がおりまして、思わず感極まって涙することになりました。
新婦が我々両親に向けて、お礼の言葉を述べてくださるのですが、その一節にぐっと来るものがありまして泣けました。
彼女は自分の両親の感謝や過去のお話などものがたり、兄弟への喜びの言葉を伝え、旦那様になる我が次男へ一緒に頑張っていくことを述べ、その後に・・・・。
「○○○くんのおじいちゃん。今日は見てくれていますか?・・・・」で始まる、先日亡くなった私の父への感謝の気持ちを言葉にいていただいたのです。
彼女はよく我が父の元気な折りも、また亡くなってからも細々と気配ってくださる本当に優しい心の持ち主でありましたが、この場でその思いやりある一言を聞きますと泣けましたね。

確かに私の父は孫の行く末を心配はしておりましたが、親不孝な私自身はその場では浮かれてしまっていて、父親のことすら忘れていました。
おかげさまでという気持ちをどこかで持ってはいましたが、このように具体的に、言葉にして口に出されてはっとする思いでした。
次に私の締めの挨拶がありましたが、話の途中でまたもや、彼女の話してくれた思いやりある私の父への呼びかけを思い出し、ぐっと来て話に詰まってしまいました。
本当に素晴らしい心映えの彼女に、お嫁さんに来ていただいて、新たに感激をしたものでした。

「おじちゃん」というのが、彼女が私を呼ぶときの以前からの呼び名ですが、これは変わるのかしらと思っていましたら、その後も変わりませんでした。
でもその方が彼女らしい気がしています。
突然「おとうさん」なんて呼ばれても困りますし、また長男の嫁もそういう風には呼びません。

本日は次男の結婚式。

  • 2008/05/10(土) 19:48:54

<案外しゃれたところでしたね、チャペルは>
雑cha

子供たちが選んだ式場は、今はやりのチャペル付きのモダンなところでした。
かなり広い敷地に建っていて、一組貸し切りみたいで、存外に素晴らしいところでした。
以前にこの近辺に来たときには、こんなところへは縁もなく来ることもないなと思っていたのですが、次男が選んだ奥様が希望されたとかで、式を挙げることになった。

外観が南欧風で、チャペル付きの結婚式場という、見てくれのいいものだけかと思っていましたら、案外にサービスは行き届いて満足して来客の方にも帰っていただけました。
こんなイメージのものが流行りなのか、あちらこちらに見受けるようになったのですが、年齢の高いおじいさんおばあさんには、何が何だかわからずじまいでしたね。

それにしても外国人の神父さんは、割と格好良く、しかも賛美歌は小学校以来で懐かしく、ちょっと大きな声で歌ったら声を出しているのは周りで私だけだった。

とてもいい結婚式でしたよ。
西洋かぶれの私には充分な満足感があったな。

いよいよ、明日は子供の結婚式。

  • 2008/05/09(金) 08:47:54

<また借りてきました、すてきなプールの写真>
雑080425-13

暇にあかせて、娘の新婚旅行の写真などを眺めている。

明日は今度は、次男の結婚式。
お天気が心配ですけれど、ちょっと雨模様。
こればかりは致し方ない。

ああ、新郎の父の挨拶の練習もしなければ・・・・。
そうだ、ぜんぜんひまではないではないか・・・・。

やっぱり早く何事も無事に終わって、ゆっくり、のんびりしてみたいな。

残念なニュースと事柄

  • 2008/05/08(木) 17:50:45

佐藤琢磨 「F1を引退するつもりはない」
2008年05月08日 15:43 発信地:東京


【5月8日 AFP】F1ドライバーの佐藤琢磨(Takuma Sato)は7日、所属していたスーパーアグリ(Super Aguri)が6日に長引く財政難を理由にF1世界選手権からの撤退を発表したが、たとえ所属するチームが無くともF1から引退するつもりはないと誓った。


小さなチームで頑張っておられたのに、ちょっぴり可哀想な気もする。

スーパーアグリ F1から撤退
2008年05月07日 09:55 発信地:東京


【5月7日 AFP】F1に参戦しているスーパーアグリ(Super Aguri)の鈴木亜久里(Aguri Suzuki)代表は6日、長引く財政難を理由にF1世界選手権からの撤退を発表した。


なにせ莫大なお金を浪費するので、金策にはご苦労があったのでしょうね。

私は亜久里さんの門歯がでかい、あの顔立ちが小動物的で好きでしたね。
しばらくはお顔が見られないかもしれないなあ。

カッコ悪い生き方でしょうね?多分?!

  • 2008/05/07(水) 22:57:01

今はあまり使わない格言に、

『軒先を貸して母屋を取られる』

という言葉がありました。今現在読んでいる本の中にも出てくる言葉なので、思い出してしまったのですが・・・・。
今はあまり使わないのでしょうけれど、この内容の事柄は結構身の回りにも多い。他の人に親切にして、それを仇で返されるうちはいいとしても、そのまま乗っ取られてしまっては恐ろしいことであります。
私のかなり身近人にも、そのような人倫をわきまえぬ者がいて、いささか腹の立つこともあるのですが、なにぶん直接的利害がない立場なので何も言えません。

九十歳を超したばあさんがおり、この人は気ままな一人暮らしでありました。じいさんが生きているうちにはお付き合いもあり、出入りをしていて、このじいさんの臨終にも立ち会ったほどでした。
このじいさんは残るばあさんが気がかりとみえ、しきりに後を頼みますと口にして逝った。
たまたま知人ではあるが、遠い縁戚なので「頼む」といわれても、ちょいちょい遊びに行くくらいで、この我が儘なばあさんの面倒は真剣には見られない。

と、言うのも、このばあさんには姪になる女性がいて、この女性は戸籍上は養子であります。
このばあさんの弟という人物が、実に寄生虫のごとき人物でありまして、このばあさんや、またその姉に取り入って、ずっと母屋を取り続けて生きてきた人物であります。
女系家族の唯一の男性であり、古い家族関係から、そうしたことが当たり前なのか、子供のいないこの女主たちに寄生をします。

その手口が凄い。
今現在もこのばあさんの大きな家に、本当に寄生するかのように、軒先借りの小さな家を建て、今では母屋の主です。自分の娘を養子に入れ、周りからの干渉を拒んでいるのです。
で、この我が儘な芸術家肌のば、あさんは今はどこにいるのでしょう。
先日探し当てて、見舞いに行ったのですが、乳母捨て山のような介護老人ホームにいるのです。資産家ですので、ちゃんとした老人ホームも可能なはずですが、なぜか見舞いにも来る人がいない狭い4人部屋に押し込められていました。
このばあさんは気位が高く、他人を受け入れにくい人物でありましたから、若干の高齢が鑑みてもあり得ないことではあります。

家に帰りたいと再三言われるのですが、これがどうにもなりませんね。
時折見舞いに来るらしい養女は、外に連れ出すことがあっても、家には絶対に連れて行かないそうです。毎晩夜になると、その病院から抜け出して家に帰るルートを、頭の中でお温習いするのがそのばあさんの日課だそうです。
もしこの現状を手助けするとなれば、法的闘争覚悟でやらなければなりません。
そうなると遺産を目当てのようで、自分が辱められることになり、この場合はほおっておくしかありません。

『カッコ悪い生き方でしょうね?多分?!』というのは、決してこのばあさんのことではありません。
また手助けをしてあげない私のことでもありません。・・・・(為念)

あちらこちらに、同じことが載ってはいるがそれもまた良し。

  • 2008/05/06(火) 21:05:45

<ちょっと稚拙に感じる絵も、これだけ沢山見てくると味わい深い>
本sawadahotarunohashi

澤田ふじ子著『蛍の橋』
“橋”と名がつく読み物が、澤田ふじ子さんには五冊ほどある。連作でもシリーズという物でもないが、この方はよほど橋がお好きであるらしい。
先日読み終えた『天空の橋』は、若狭の方から焼き物好きが昂じて、京焼きの職人となり、最後には大きなお店を任されるほどになる男の明るい物語でした。夢があり、未来があり、そして主人公を取り巻く人々が、暖かく彼を見守り育てていく、とても読んでいておもしろい小説でした。

ただ今度の本『蛍の橋』は、最後が寂しすぎる。このたびも美濃の陶工が主人公で、美濃の国から京都に焼き物の修行にくるものの、当時の京にはいまだ豊臣の残党が倒幕の機会をねらっている時代で不運な空気が漂っている。
主人公は京で知り合った立派な坊様に心酔するが、彼はかの反徳川の反旗を翻して、大阪城で討ち死にした真田幸村の子であった。この者を祭り上げ、徳川転覆をねらう輩との絡みで、主人公の生き方はおおいに変わってしまう。
倒幕の一味でもない主人公は、しがらみで捕縛され、最後は無惨にも磔になってしまう。
ちょっと私には可哀想さだけが先に立ち、おもしろく読まなかった。

おかみさんの呼称は公家言葉。一般公家の当主を殿様(とのさん)、夫人を御督様(おかみさん)といい、これが上層町衆の中に広まって、女主をおかみさんと呼ぶようになり、やがて女将の字を当てられたのである。


こんな記述があります。
これは表現方法は異なりますが、同内容のことがあちらこちらに書かれています。他作の澤田ふじ子さまは、この事をいろんな話の中に書いておられることをお忘れなのか、くどい性格なのか。

牢人は浪人とも書かれる。
浪々の身などとよく表現されるが、この浪々は本来、牢篭(ろうろう)と記すべきで、浪人とは浮浪者の意味。江戸時代後期に混同され、浪人が一般的になったのである。
(中略)
時代が文字本来の意味を失わせてしまったのだ。


この事も書かれていたような気がする。

で、何が言いたいのかというと、作家さんも多作な方の作品を読み続けると、いろんなことが重複して書かれていることを知ることになります。
これほど物知りで、時代考証に厳しく、京都という土地にこだわって物書きされている“澤田ふじ子”さんが書かれる大事な知識を学ぶには、こんなところにこだわって読む必要がある。・・・かな?

こんなものを見つけました。

  • 2008/05/05(月) 21:32:52

<F1のステッカー①>
車f11201finish

<F1のステッカー②>
車f11202finish

<F1のステッカー③>
車f11203finish

<F1のステッカー④>
車f11234finish

暇な連休、少し身体を休めて片付けをしました。
するとこんなものを見つけました。

かつてホンダがF1の世界に旋風をもたらし、世界を席巻していたころの遺物です。
物はプラスティックのステッカーですけれど、そこの書かれた数字が怖い。
サンマリノ、ベルギー、そして日本の鈴鹿と『1-2フィニッシュ』なのです。
1987年の英国グランプリにおいては、なんと
『1-2-3-4フィニッシュ』
今現在のホンダでは考えもできない、すばらしい成績です。
この頃はターボもありで、過給圧の制限もなかったせいか、凄い馬力を出してこの世界ではホンダは絶対でしたね。

中島悟の名前も見えます。
今では子供さんの方が有名なくらいで、どこかの車の保険会社のCMに出てくるおっちゃんであります。
中島選手のF1での経歴 は下記のとおりでしたね。

国籍 日本
所属チーム ロータス, ティレル
活動時期 1987 - 1991
出走回数 74
優勝回数 0
通算獲得ポイント 16
表彰台(3位以内)回数 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 1
F1デビュー戦 1987年ブラジルGP
初勝利 -
最終勝利 -
最終戦 1991年オーストラリアGP

一行でも真に受け止められる言葉があればいい。

  • 2008/05/04(日) 22:28:41

<作陶する静かな雰囲気と京都のたたずまいが感じられる>
本sawadatenkunohashi

澤田ふじ子著『天空の橋』
シリーズものではなく、しかも短編集でもない、まるまる一冊の長編で、あっけなく読んでしまいました。
京都の焼き物にたずさわった人々の物語。念入りな考証によって、とても焼き物にも精通できるよい読み物です。
ストーリーの展開にも、軽みがあってしかも意外性を含んでいるおもしろいお話でありました。

常にちょっとした知識のご披瀝がありますが、今回は「どこの馬の骨」に関するものが秀逸でした。

今日の雅に対して、東国武士は粗野。その武士を象徴するものは馬。武力で京都朝廷に介入してきたかれらを、京都の人々はどこの馬の骨かわからないといい、軽蔑してきたのである。


ちょっと納得できるおもしろい書かれようであります。

人間はどこで誰に出会うかわからんもんや、出会うた相手次第で、当人の運命も変わっていく。
ええ縁も、悪い縁もあるわなあ。男女の縁も同じこっちゃろ。


当たり前の会話がとても生きています。
こんな些細な一行でも真に受け止められる言葉があれば、本を読む価値があると思います。
またこの本の中には、これらの言葉が一番のテーマでもありました。

こんなところでのんびりするのも良いな。

  • 2008/05/03(土) 07:32:07

<娘のところからちょっと拝借した写真>
風景bali

なんだかとても空は青いし、プールは青々と水が澄んで誰もいない。
こんなところで、のんびり過ごすのは命の洗濯に最高だな。

うちのお嬢さん(そんな年でもないか?)が、新婚旅行から帰ってきた。
私はまだあえてないが、彼女のブログを見る限りとても楽しそうであった。
まあ、この旦那さんがとてもいい人なので、それもこちらとしては嬉しい。
しかもささやかなお土産まで貰って、なお嬉しい。

ちょうど結婚した翌日に、おじいちゃんがあちらへ逝ってしまったので、結婚の喜びも満足に味わえないまま、新婚生活を送ることになってしまった。
“孫の結婚を見守ってから逝ったのね”と、まわりは暖かく言って下さるし、私たちも慰めにそう思ってはいたが、やはりその後いろいろと束縛される慣習があるので、彼女たちには伸びやかな新婚生活はなかったと思う。

とても楽しんで、リラックス出来たようで、嬉しく思っています。
ずっと仲良くやっていって欲しい。
あと、もう少しすると弟の結婚式が待っている。
私たち夫婦も、これが終わるまでは、いろいろ緊張して自由がきかない。
これさえ終われば、あとは本当に・・・・・。

何気ないこと柄から、生み出される小説。

  • 2008/05/02(金) 07:30:43

<本のタイトル『釈迦の女』をイメージした蓬田やすひろさんの表紙>
本sawadasyakano

澤田ふじ子著『釈迦の女』、副題が「公事宿事件書留帳」でその十作目です。
著者さん自身が「よく書きつづけたものだ」と書かれているくらいで、長いシリーズです。
他のシリーズを含めて、作品を書くことに対して、“あとがき”には、

こうしたシリーズを書くについていえば、ほんの小さなヒントが一つあれば、それを大きくふくらませ、作品に仕上げられるものだ。
(中略)
ヒントは人々の会話の断片や新聞紙上の小記事など、注意の目を向けていれば、どこにでも転がっていそうなものだが、うっかりしていると見過ごしてしまうのである。


現代の些細な事柄から、時代小説のネタをさぐって書かれていられることを吐露されている。

表題作の「釈迦の女」は、懐妊している知人が、胎教のため京都・知恩院の本堂(御影堂)で寝転んで読経をきいていたという事実を知り、作品ができ上がった。


とも語られています。

一冊にほぼ六編の作品が載せられている。この本にも下記の六作品が書かれています。

世間の鼓
釈迦の女
やはりの因果
酷い桜
四股(しこ)の軍配
伊勢屋の娘


身分制度のうるさい江戸の頃にあって、主従を始め上下関係は厳しい。
主人公が居候をする公事宿“鯉屋”でも、番頭、手代(この本では下代)、丁稚、またそれらの見習いや、女中を含め多人数が仕事をしている。
なかでも若い丁稚の二人が、口達者でいろいろ今回は活躍して、しかものびのび仕事しているのはほほえましい。
全体に京都の人々の口うるささと、心根とは別物で、おおらかで逞しさを感じる。

そう言えば子供の頃、『番頭はんと丁稚どん』というTV番組があったな。60年代だと思うけれど、大阪浪速の商売をテーマにした喜劇であったね。
原作. 花登筐となっていて、“はなと こばこ”と読めるようになったのは、ずっと後のことだった。
当時はドタバタ喜劇が好みではなかったので、中身はほとんど知らない。


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