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二冊の本を読んではいたが、書き忘れていた。

  • 2008/11/30(日) 20:39:12

<宇野信哉さんの表紙>
本satojugomanryo
佐藤雅美著『十五万両の代償』、小題「十一代将軍家斉の生涯」。

華美・豪奢にして江戸時代の黄金期を創出した未曾有の将軍

53人もの子を成し、「オットセイ将軍」とも呼ばれた
徳川家斉は、自由放任・放漫財政で好景気を演出した。
しかし自らの欲望が高じて生じた、幕府への大いなる代償とは。

「倹約はもう飽きた。贅沢をしたい。贅沢をして思いっきり羽根を伸ばしたい」
側近・水野忠成に命じて、世界経済史上類例のない
画期的な財政再建を行った徳川家斉。
好景気に沸く、爛熟した化政文化を演出しながらも、
自らの欲で、幕府は大きな代償を払うこととなる。


本文の紹介をするのは苦手なので、紹介文を借りてきた。
佐藤雅美さんの小説に書かれた時代は、おおむねこの将軍の君臨した時代と重なっている。
稀代の助平な将軍というイメージが定着している方だが、存外面白いところの多い人物であります。
これは読んで楽しいお話でした。

<表紙は普通の時代小説より味気ない>
本satoumasayoshitaikun

佐藤雅美著『大君の通貨 』、副題が「幕末の「円ドル」戦争」。
再刊に関しての作家さん本人のお言葉が見つかった。

本書は足掛け5年、悪戦苦闘して書き上げた私の最初の小説である。運のいいことに、第4回新田次郎賞をいただくことができた。
5年後、英訳に際して、こう直せば本当の”完成品”ができあがるというのに気がつかされた。それを踏まえて今回、全面改稿を試み、ふたたび世に送ることができたのは望外の幸せというほかはない。


私は経済に疎いのと、幕末が苦手なので、余り真剣には読めなかった。
読みたい人には面白いだろうが、何処かに苦手意識があると進みが遅い。

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奇想天外というわけでもないが・・・・。

  • 2008/11/29(土) 20:32:22

<久々な感じで眺め入った安里英晴さんの表紙絵、粋でいなせな構図>
本satohanjimotodori
佐藤雅美著『半次捕物控』、副題は「髻塚不首尾一件始末」となっています。
常々佐藤雅美さんの小説は不思議に思っているのであります。
あっけなく終わる結末というのは、予期せぬ顛末というのか、実に奇妙な感覚で読み終わります。

第一話 ちよ殿の知恵
第二話 助五郎の大手柄
第三話 強請り(ゆすり)の報酬
第四話 銘水江戸乃水出入一件
第五話 鬼の目にも涙
第六話 髻塚不首尾一件始末(もとどりづかふしゅびいっけんしまつ)
第七話 小三郎岡惚れのとばっちり
第八話 命あっての物種


八話構成になっていて、一話ずつ話の片は付いているのだけれど、これから結末はと盛り上がったところを、意外なというのか、こんな事ってあるのかというのか実にあっけなく終わってします。
読み出せばこの展開が結構癖になって面白く読めるのが、不思議な本であります。
それにしても膨大な江戸時代の法的知識がないと、解決が導けないし、話の継ぎも出来ない。
とにかく素晴らしいし、感嘆しています。

植木職人と町火消しの抗争勃発。
ひとっ走りして半次を頼れ!

縄張り争いの仲裁に入った半次だが、小三郎の敵・風鈴狂四郎が現れた。
見ず知らずの奴の尻まで拭かねばならず、お人好しにも程がある。
馬鹿な男だと、自分自身に腹が立つ。


帯に書かれた言葉通りの知恵ものだが、お人好しの半次は今日もご苦労さん。
こんな害の少ない岡っ引きって、余りいないと思うなあ、他の小説では。

ラムネもサイダーも馴染み深く懐かしい。

  • 2008/11/28(金) 20:51:09

ラムネは、レモネードのなまったもの。
サイダーは「リンゴ酒」の(英:cider/サイダー、仏:cidre/シードル)なまったものと習った。

小さい頃は意外な所に、こうした清涼飲料水(こんな洒落た呼び名はなかったが?)の地味な工場があって、地元のおばさんおじさんが作っていた。
ただサイダーにはブランドがあって、「三ツ矢サイダー」が最高級ブランドであった。
地元産のサイダーなどの何倍かの値段がしたような気がする。
これを口にした事はあまりないし、だいたいがラムネがせいぜいであります。
これは上手に飲めるのにコツがいり、不器用な奴がいつまでもうまく飲めず、四苦八苦するのが可笑しかった。
そのうち外国ブランドのコーラ類が世の中を席巻するようになり、サイダー類は見かけなくなった。

何かの機会にTVで、この「三ツ矢サイダー」のCMを見ました。
あまりの懐かしさにスーパーで買ってきて飲んだ。
昔の味がどんなであったか忘れましたが、多分こんな感じだろうとほのかに思い出しました。
味覚だとか、視覚だとか、五感と呼ばれる類の曖昧な感覚は、案外と時間がたつと具体的な記憶が薄れ、それらしく感じる程度で確たるものがない。
それだから淡い想い出や記憶が懐かしく、嬉しくなるのだろうが、頼りないことには違いない。
昔に味わった事が明確に記憶され、或いは見てきた事が具象的に映像に表せると面白いとは思うが、そうなるとまさに人間でなくロボットの世界だろうねえ。

“一粒で二度美味しい”なんて、そんなにあるもんじゃない。

  • 2008/11/27(木) 21:33:50

墓参りの後には、ちょっとした食事が楽しみだ。
母が近頃小食なので、あまり量の多い店は敬遠するし、そうかといってうどんそばというわけにはいかない。母がこのうどんそばをあまり好きではないから、口に合う日本食と言う事になる。

少しドライブをして、町外れになるいけす料理の店に行った。
料理としてはとても満足いくものだった。
部屋もかわいい個室ばかりで、なかなか落ち着ける良いお店だった。

<鰻重の横に天ぷらが付いている>
食事kawasaki
この鰻重は、二重に鰻がのっかっていてたっぷりあった。
脇に天ぷらなども付けられていて、付けあわせのイカの酢味噌和えも美味しかった。
お漬け物も三種類ほど盛られて、どれも歯触りと食感が良く満足でした。
汁物は肝吸いだが、母が食べなかった大ぶりの椀にはいった白身魚の味噌汁までいただいたので、お腹は水腹でおおいにふくれた。

「思い出が多すぎて 」なんて、ちょっとロマンティック過ぎて似合わない。

  • 2008/11/26(水) 19:12:14

<あまりアップしたお顔は・・・ではなかろうかねえ>
人物takagimasa
これは、高木麻早(たかぎまさ)のアルバムです。
余計なことだが天は二物を与えなかったのかも知れない。

この高木麻早(たかぎまさ)さんは、とても美しいお声をなさっている。
つい先頃、ラジオを聴いていると懐かしいお声が流れてきて、思わずネットでダウンロードしてしまった。
探せば何処かにカセットで残っているはずですが、やはり時流はデジタルサウンド、実に安価に手にはいる。

この方は優しい音楽を、それも可愛らしいような恋物語を語られる。
すこし寂しげなところを含んで、伸びやかに軽やかに歌ってくださる。
時には散歩でもするような、光の下で歩いているリズムで・・・・。
どのようになさっているのか忘れていたのですが、調べてみると案外な所で見たり聴いたりする事が出来ますね。
「You Tube」あたりにもちょっと聴ける映像がありました。
“♪ あなたの愛の計り知れない 暖かい真心・・・”
私らおじさんには、とても似合わないんだけれど、良い曲ですよ。

ところでカセットテープで思い出したけれど、かつて大事にしていたテープや、CDなどはなんだったんでしょうねえ。
これは映像もしかりで、8㍉フィルムに始まり、VHSビデオ、βビデオ、8㍉テープ、そしてDVテープとこれらの変遷は今や過去のもので、再生する機械すらありません。
やはりこの曲のタイトル通り、『思い出が多すぎて 』しまって、それらは頭の中だけに残しておく、とても貴重な人間の財産なのでしょう。

うわぁー、たまんないね。懐かしくて・・・。その②

  • 2008/11/25(火) 07:27:31

笹沢左保著『帰って来た紋次郎・悪女を斬るとき』
前日は挿絵の話だけで終わってしまって、肝心の本については何もなしだった。
前にも書いた事ではあるが、私たちの世代は“帰ってくる”前の紋次郎をよく知っている。
多分本よりもTVドラマの方が断然なじみ深いし、このTV番組の主題歌『だれかが風の中で』は上條恒彦さんという歌手が朗々と歌い上げ、こちらも大ヒットして強い印象に残っている。

有名になりすぎた“あっしには関わりがねえこって”というこの紋次郎の言葉とは裏腹に、話は紋次郎に関わってくる。誰にも頼らず、誰も当てにもしないクールにニヒルに生きる孤独な姿が美しい。
そのくせ義理と人情にはとても篤い。
旅から旅への渡り鳥が巻き込まれる事件が、映像を手にとって見るような見事に淡々とした文章で活写されている。本当にちょっとした文がすぐにでも頭には絵として浮かぶ。

やってくんねえ
振られて帰る果報者
望郷二十三年
乱れ雪の宿
悪女を斬るとき
雪の中の大根


六編の物語はどれも完結読み切りで、一気に読んでしまえる。
本心ではこの任侠の世界を疎ましく思いながらも、ついつい引き込まれて紋次郎の男の生き様に惹かれて共感してしまう。こんな男はいないと知っていても、しかも紋次郎は無宿人であり、お尋ねものの悪人であるはずなのに・・・・。

時代小説は江戸の話が多い。
当然書く上においても、江戸の町の資料は多いだろう。
紋次郎の世界において、江戸はあっても通り過ぎるだけの町、ほとんどは関八州を旅する物語であるだけに作者のお勉強も並々ならぬものがある事と拝察します。
地理歴史においては言うに及ばず、土地の慣習、しきたりなども詳細に語られています。
最後の章「雪の中の大根」の中には、十二人の当時のやくざの親分の生い立ちまで書かれています。ええとこのボンほど、ぐれてしまうとやくざになるのは今の時代と変わりませんな。

うわぁー、たまんないね。懐かしくて・・・。

  • 2008/11/24(月) 20:48:31

<この表紙絵だけでも、この本の価値があがるようです。>
本sasazawaakujowo
笹沢左保著『帰って来た紋次郎・悪女を斬るとき』
ひと月ほど前に『帰って来た紋次郎』を読んだ。懐かしく読んで、紋次郎は読者の心へ帰って来た。
この前回の本の表紙絵は、中川惠司さんの手になるものでしたが、今回は大御所である“堂昌一画伯”によって描かれている。
2005年7月に『大好きな挿絵画家』として、堂昌一画伯と、岩田専太郎画伯を賞賛している。
昔、粗末な紙で分厚い小説雑誌が発行されていた頃から、花形の挿絵画家でいらした。
この緻密でしかも繊細なタッチを見ると、途端に昔が思い出させられる。

<中扉の裏表紙絵は、読む前からいい女の予感がする、その悪女ぶりまで漂ってくる>
本monjiro02
時代小説には欠かせないのが、その時代風景と風俗、そして何とも言えぬ色気と雰囲気漂う叙情なのです。それらが全て盛り込まれて描かれているのが、この“堂昌一画伯”による挿絵でした。
しどけない女の後ろ姿で、あだな女の色気が匂っている。
「こっちを向いておくれ」と思わずに声をかけそうになる。生涯こちらを向く事のない女が、その美しさを見た事のない美しさをずっと心に残す事だろう。

<白黒の挿絵ではあるが儚く美しい色があるかのような錯覚さえ覚える>
本monjiro03
紋次郎を語らずとも、これら数枚の挿絵を見ていくだけで話を感じ取れる。
無論、作者笹沢左保さんは、それほど浅く読み取れるような物語は書かないのだが、しかし充分に雰囲気を感じ取れる見事な挿絵であります。
今の本には、こんな素晴らしい挿絵は描かれていない事が多いし、また名人上手な挿絵画家そのものを少ない。

挿絵の事で本題が語れなかった。残念!!!!

衝動買いは止まないなあ。

  • 2008/11/23(日) 20:55:11

<首振り機構と縦横自在はとても便利>
雑danbo

こんな記事を見てしまった。

家電"売れ筋"週間ランキング - 電気ヒーター編

 1位 コロナ DH-1108R
 2位 デロンギ D091549EFS
 3位 三洋電機 RX-CS9A
 4位 シャープ HX-127CX
 5位 デロンギ R731015EFS
 (以下省略)


常々暖房機は買いたいとは思っていたが、この一位はとても気になって見に行った。
コロナ DH-1108R
気に入って買った。他と比べても少々は高い。

でもこれは暖かい。
音もなく静かで、臭いもなく空気も余り汚れないだろう。
とにかくあったかい。気持ちが良い。

首振りをするし、縦置きにも横置きにもなる点はとても便利です。
か~っと熱くならず、じんわりと身体に暖かみを感じる。
初めての暖房機の特徴です。
これでリモコンでもあれば、ちょっと良いのかも知れないです。

泣かずには聞いておられないお話だった。

  • 2008/11/22(土) 21:28:41

かつて親しくしていた人のお話であります。
又聞きなのですが、泣かずには聞いていられなかった。

すでに七十に近いお人です。
年少の時分に、両親を亡くし、幼い兄弟三人で満州から引き上げて来たそうだ。
六人兄弟だったらしいのだが、両親と兄弟の一人が亡くなって敗戦、他の二人の弟は満州人と中国人に貰われた。その時も辛かったらしいが、幼かったので余り記憶にのこらなかった。
本当に幼い兄が先導して満州路を歩いて、死線を越えて、そして船に乗って帰還して舞鶴港についた。
日本で役所の人が、身内を捜してはくれたが、その身内にも子供がいたので兄だけが引き取られ、大人しい弟は別の家に貰われた。

その方は少し元気な子供で、貰ってくれる所がなく施設に引き取られた。
その後、何かの縁でかなり離れた地方で養子に入った。
この養家はどうも子供を養育するのが、上手ではなかったらしく十年で不縁になった。

それでその御方は一人で生きていかなければならない事になった。

ある時、遠方の病院より、音信の途絶えていた兄の存在を知らされた。
兄は癌の末期患者で、ようやくこの方の存在にたどりついて、何十年と縁が切れていた兄を看取ることになった。僅かの間ではあったが、看病をし、死をみとり、死後の後始末と葬儀を執り行い、兄の遺言で両親が祀られているという墓地に葬った。
その時初めて、兄が引き上げ当時持っていた両親の位牌の行方を知ったという。

そしてまたある時、TVで残留孤児の放送がされていた。
自分たちが残してきた弟と思われる人物が映し出されている。
「なんで兄は名乗ってくれないのだ」と訴えていたそうであります。
それを涙をのんでこらえたという。
“この弟には、孝行を尽くさねばならない中国での父母がいるはずだ。”
それらを残して、日本に帰ると言っている弟とおぼしき人物は間違っている。
今更、日本語も分からない中国人となった弟が日本に帰って来ても何も出来ないはずだ。
それより中国で静かに、孝養を尽くして立派に生きて欲しい。
唇を噛みしめて、涙をのんで、画面を見て泣いたそうである。

この方はよく知っているが、とても好人物であります。
優しく、賢く、立派で、孤高としていて本当の大人であります。
人格者であります。
この方の人生の中に、こんなに凝縮された苦難があったとは、想像だにしませんでいた。
艱難辛苦などという言葉が、甘いと感じられるほどのご苦労をなさった方なのでした。

知りませんでした。
この方が、僅か十年しか面倒を見てくれなかった養家の人々を、いまだ父母と呼び、深く感謝をされていることを・・・・。
今でももう一人の一緒に帰ってきた弟の存在が分からないという悲惨な思いを・・・・。

気の早いお話ですが・・・・。

  • 2008/11/21(金) 20:02:10

本日、FNNのニュースで、

大手百貨店「高島屋」が2009年の福袋発表
 東国原知事お勧めの「東国原福袋」も


21日、大手百貨店の先陣を切り、高島屋が2009年の福袋を発表した。
発表された福袋の中には、マグロ1本分が毎月小分けに自宅に届けられるものや、事前に試着ができ、気に入った婦人服の組み合わせを自分で選ぶことができる「ハズレのない」、もはや「福袋」と呼べないような商品もあった。
また21日は、東国原宮崎県知事がお勧めする「東国原福袋」も発表された。
中身は、東国原知事が大相撲の優勝者に渡すトロフィーの副賞と同じものだという。
高島屋担当者は「東国原知事がお勧めする福袋でございます」と話した。
(11/21 17:37)


こんな事を放送してました。
まだ来月12月もあるというのに、こちらでは新春の福袋ですか。
とても気が早い。
しかももうこの頃では、少しは人気が下火でピ-クも過ぎたかなという東国原知事のお名前も冠してあります。

ネット上の映像では、後半が映っていないので、
「第二弾となるこの東国原福袋の内容はどんなものになるのでしょうか?・・・」
で終わってしまっています。
中味は、宮崎牛のステーク肉、宮崎の新鮮な野菜を季節ごとに産地から直接お送りするというもの。大まかに十万円くらいのものを、語呂合わせで「良い肉(いいにく)」で、実売価格11290円で、10セットのみの限定販売。
これはとても安いと思います。

宮崎ブランドがこんなところでも見られるなんて嬉しいですよね。

新たな新説を聞いた気がする。

  • 2008/11/20(木) 21:10:42

<今でもとても面白く読ませていただいているエッセイ>
本itami01
2005年の9月に『よく見て欲しい!二つの本』というタイトルで、この上の写真の伊丹十三さんのエッセイ本のことを書きました。
この本の著者が伊丹一三となっているので、新しい十三の本と比較して、下記のように書いています。

著作者の名前が、「伊丹一三」と「伊丹十三」との違いである。
1965年3月20日が初版で、280円で売り出されている。此処に掲げた表紙の写真も、かなり色褪せてしまって、40年もの昔に過ぎ去った時間を感じさせる。
何年くらいに改名をされたのかを忘れてしまったが、1070年版では、すでに「伊丹十三」になっているので、大方の人々は「伊丹十三」に馴染みがあって、「伊丹一三」という名前をご存じない方の方が多いと思う。
洒落でだったのか、マイナス(-)をプラス(+)に変えて、奮起するようなことをおっしゃっていたように思う。



ところが最近に見たNHKTVの再放送『知るを楽しむ選 私のこだわり人物伝 -伊丹十三 カメレオン男のトリック-2』という長いタイトルの中味は短い番組で、出演者の写真家…浅井慎平がちょっと違う事をおっしゃっている。
友人であられた方のお言葉であるから、真実に近いのであろうが、新しい説であるかと思う。

“一三”から“十三”に名前が変わったとき、僕はこれから“百三”、そしていつかは“万三”と増えていくのだろうと感じた。


う~んとうなってしまうお考えである。
そうなんだろうかとまた、何十年か昔の事に思いを馳せる。
身近で仲の良かったお友達である浅井慎平さんのお言葉である。「ごもっとも」と敬服した。

また少し脇道にそれるが、浅井慎平さんはご自身の著作で“原宿セントラルアパート”について書いておられる。ここは七十年代の先進的な芸術家・芸能家・作家さんたちの梁山泊であった。
私はこの御方達のグループの信奉者でありましたから、何度となくこの浅井慎平さんたちの仕事場があった原宿セントラルアパートにも足を運んだ。
伊丹さんには一度も会えなかったが、野坂昭如さんらは見た事がある。
伊丹さんを追いかけて、麻布十番や狸穴をうろうろした想い出があるなあ。

<タンポポオムレツと名付けられたオムレツ>
伊丹TampopoOmelet

そういえば日本橋“たいめいけん”のメニューの中に、

卵料理
・ オムライス
(ハムライスを卵で包んだスタンダードなオムライスです。) 1,650
・ オムハヤシ
(トロトロ半熟卵のオムライスにハヤシソースをかけております。) 1,850
・ 芝海老のオムライス
(ピリ辛いトマトソースで仕上げました。) 1,850
・ 牛肉のオムライス-ガーリック風味-
(デミグラスソースにてお召し上がり下さい。) 1,850
・ タンポポオムライス(伊丹十三風)
(チキンライスにのせたオムレツを開いてお召し上がりください。) 1,850

・ 野菜オムレツ
(トマトとグリーンアスパラが入っております。) 1,550
・ ハムオムレツ 1,550
・ プレーンオムレツ 1,300


お値段的には、少し高いかも知れないが、卵料理と侮れないものらしい。
そして映画『たんぽぽ』の中で、実際にこのオムレツを作っていたのは、伊丹さんらしい事も分かった。

不景気だと、購買意欲が減るよね。・・・その②

  • 2008/11/19(水) 19:51:38

雑誌『特選街』2008年11月号について書いていたのに、段々と脇へそれてしまった。

今回は『デジタル一眼レフ主要全機種・激辛・採点簿』と表紙にうたってあります。
確かに今では誰もが気軽に使える“デジタル一眼レフ”というのが流行っている。
“一眼レフカメラ”がそれほど身近になったのでしょう。
価格的にはそれほど安いとも思えないが、ゆとりある生活が出来るようになったお年寄りまでもが、首からぶら下げている。
というより、自分を省みても分かるが、私たちより上の人々においてはカメラと言えばこれ“一眼レフカメラ”なのですよ、馴染みは。

いかにもカメラっぽくて、しかも機械を凝縮したようなクロのボディは、本物と高性能を具現化したようなものです。わが国の進んだ光学機器の中でも“一眼レフカメラ”は代表的なものです。
でも、そうは言っても近年の上級機器は重い重機でありますね。

雑誌上で見ている限りは、大きさ、重さを実感しにくいですが、店頭で見たりするととても手に負えない代物に進化しています。
よほどのマニアにならないと、“デジタル一眼レフカメラ”に付いているスイッチ・ボタン類は理解出来ない。ごついボディに複雑なメカニズム、シンプルだった過去の遺物が懐かしい。
私は手が小さいので、どうもこの大きくなった上級機は手に馴染まない。

と言って最新のマイクロフォーサーズのカメラはいやだしなあ。
今回のこの特集は、かなりカメラの知識のない人でないと読みこなせない。
まず第一書いてある事が理解できないことがあるかも知れない。
私もその一人ではあるが、ちょっとしたカメラ好きだった時期の名残で、かろうじて読み上げた。

不景気だと、購買意欲が減るよね。

  • 2008/11/18(火) 13:03:10

<今回は“一眼レフ”がテーマです>
本tokusengai200811
『特選街』2008年11月号。

世の中の景気が後退しているらしいので、新に何かを買うという購買意欲が減ってきている。
次から次へと何かを買うほど愚かではないけれど、それでも新しいものは気になる。
そういった意味では、私はこの雑誌がとても好きです。
色んな分野、特に近年はデジタル製品について、詳細に紹介されているし、また比較検討されて検証も正確であります。

今回は“一眼レフカメラ”の特集でありました。
簡単なデジタルカメラが普及をしていくと、やはり物足りない人々がマニアでなくとも増えてくるらしく、あちらこちらで“一眼レフカメラ”のデジタルカメラを見かけるようになった。

ニコンFあたりや、その前後のモデルあたりから使っているけれど、段々と大きく高性能になりすぎて、一眼レフを敬遠するようになった。
もっと前の懐かしい二眼レフなど、実にカメラ、カメラした機械的魅力に充ちていて、当時あまり綺麗なものが少ない時代に上から覗くファインダーに浮かんだ映像は魔力的美しさであった。4×5のカメラや、6×6判などのカメラにおいてはもっと素晴らしい世界だった。

でもこれも買い集めるような趣味が倦んでくると、簡単なバカチョンが良くなってくる。
“なんとかボーイ”というコンパクトカメラを愛用して、そしてデジタルカメラが出てきた。
これも面白くて、いろいろ買い換えたが、メモリー形態がいろいろと変わって、とても不便になった。
最初にかったスマートメディアなど、何がスマートだったのか、実に容量が小さくしかもすぐに消えた。
先日何処かの店で見かけたが、32MBで七千円で売っていた、あほらしい限りだ。
今ではSDカードの1GBでも千数百円で売っている世の中だ。

幸い子供がお下がりを貰っていってくれるので、あまり以前のものはないが、それでも探せばアダプターから、数種類のバッテリー、チャージャー、各種メモリー、不要なものがあふれている。
これらをもっと整然と統一してくれると、無駄な買い物をしなくても良いのだが・・・。

意外にお金のかかる話。

  • 2008/11/17(月) 20:57:34

私の親戚の話である。

かの沖縄の戦乱を逃れたり、あるいは就職だったりと戦前に本土に来ていた沖縄人(ウチナワンチュ)はとても多い。戦後に沖縄に引き上げていった人々もまた沢山いるだろう。
ところが帰りたくても帰れなかった人々もいる。
本土の人間と結婚したり、あるいは沖縄の家そのものがなくなったり、もろもろの事情が沢山あるようだ。

そうした方々の中での話しなのだが、本人達はいつかは沖縄に帰りたいと考えていた。
ところがもろもろの事情が重なって、本土へ定着してしまった。
その途中で幼くして子供を亡くした。
やがて沖縄に帰る考えでいたので、しかもこの方は沖縄では長男であったため、その子の遺骨を沖縄の門中墓にわざわざ持って行っていれて埋葬した。
段々と年をとる。
そしてその本人自身も、本土でなくなってしまった。
本土に残った子供達は仕方なく、この本土に墓を建てる事になる。

夭折した子の遺骨は、沖縄のお墓に入ったままで、親子は離ればなれであります。
そこでもう本土のこの地にしかよりどころもないので、子供の遺骨を新のこしらえた墓に呼び戻そうという事になる。
ところがこれが難しい。
墓から遺骨を出す事に問題が多い。時期を選ばなければならない。
しかも沖縄の門中墓を開けるのには大層な人夫をやとって、盛大な儀式を行わなければならないという。
お世話になった村中の人々に、お礼をしたり、ご馳走をしたりと案外にしきたりがあるらしい。

こういった事を本式にやったとして、おおよそ試算を繰り返したら、やっぱり大人しくその子供の遺骨さんには眠っていただくのが良かろうという結論だったらしい。

人間は死んでしまった後のことで、大いに悩むのです。

今度は完全に読んだぜ??

  • 2008/11/16(日) 20:41:09

<股旅ものの出入りのシーンが描かれた深井国さんの表紙絵>
本satoumasayoshikeijunjigo
佐藤雅美著『啓順地獄旅』、「啓順旅シリーズ」とでもいうもの。
前回、同著作の『啓順純情旅』と『啓順凶状旅』をいい加減に読んだので、この本が何冊目かよく分からない。
でも今度は完全に読み上げた。
その前回、『年に数冊は読みきる事が出来ない本がある。』という文面で、

本質的に時代小説は、江戸ものが大好きで、江戸以外の作品は好まない。
(中略)
股旅もの、即やくざな世界という固定観念はぬぐい去れず、私の正しい正義感が読むのを躊躇わすのかも知れない・・・・なんてね。
でもこの後に借りてきているのは、笹沢佐保さんの『木枯らし紋次郎』だから、ちょっと矛盾もあるし・・・。


なんて書いているのだけれど、今回も懲りずに借りてきた。しかも別の笹沢佐保さんの『木枯らし紋次郎』も併せて借りてきた。

で、この小説は愉快だった。
主人公の啓順の性格も案外にいい男であった。なんだか粗忽な落語の世界に通じている。
話が一難去って、また一難、それも結構に偶然がうまく重なったりして、また一難。
ちょっとしたジェットコースターに乗った気分で、展開も早い。

やくざな世界の話も絡んではいるが、本質は元医者の逃亡劇で、なかなか面白い。
そもそも佐藤雅美さんの話はとても乾いているので、涙ぐむようなシーンでもさばさばしている。
また江戸を離れた旅物語のロケーションも素晴らしい。
作者の医学的、薬学的知識と該博さには、毎度の事ながら恐れ入ります。

今回は本当に主人公と一緒に旅をした。
前に読み飛ばしたのは何故だったんだろうね。

中谷美紀様のネタがない。

  • 2008/11/15(土) 20:37:37

一応このブログには、タイトルに一部に『中谷美紀さん』のお名前を勝手に拝借している。
でもその割りには、近年ネタがない。
あちらこちら覗いては見ているが、来春2009年1月にNHKで放送されるスペシャルドラマ『白洲次郎』にご出演なさるくらいしか知らない。
映画『しあわせのかおり』が公開されているが、これも当地では見られないので感想さえも書けない。

<『しあわせのかおり』の写真集>
中谷syashinsyu

『しあわせのかおり』の写真集が発売になっている。
発売元:金澤倶楽部
発行元:フォーティックデザイン
価格:1575円(税込)

買おうか買うまいか悩んでしまう。なにせ藤竜也もご一緒に映っておられるのでしょうから・・・。

<伊藤園“お~いお茶”のCMに書かれたプロフィール>
中谷mikiprof
この十五歳近い頃からファンであります故、こんなカットが懐かしく嬉しい。
彼女の半生よりも長くファンをしているわけです。
すっかり大人になられまして、成長をされたというのに、こちらはただ老いただけなんて・・・ね。

伊藤園“お~いお茶”もしっかり飲んでるねえ、あれ以来。

参考までに・・・・、

番組からのおしらせ(2008/8/22)
スペシャルドラマ『白洲次郎』制作開始!

 激動の昭和史を駆け抜けた一人の「侍」がいた―白洲次郎・伝説の生涯を初ドラマ化します!

■ドラマのみどころ

 英国仕込みの紳士道をプリンシプルと呼び、日本で初めてジーンズを履き、近年「日本一カッコいい男」と呼ばれ、注目を浴びている真のリベラリスト白洲次郎。戦前は近衛文麿首相のブレーン、戦後は吉田茂首相の側近となって政治の中枢にいた、昭和史の鍵を握る人物であるにも関わらず、その生涯は歴史の闇の中に埋もれています。



賑やかさと??が戻ってきた。

  • 2008/11/14(金) 20:24:42

我が家に賑やかな平和が戻ってきた。

家内と彼女に両親は似ていて、とても賑やかで頑固。
こんな三人の珍道中はどうであったのか?
帰ってきた家内はもう二度とゴメンだと言ってはいるが、お互い様なのであろう。

でっかい本家の門中墓(亀甲墓)に参ってきたそうだ。
一つの墓で二百坪弱と言うから、これは日本人?の墓では広大と言うべきでしょう。
墓参りが本当の目的でありますので、彼女は役目は十分に果たしたと感激いている。

この老人引率旅行は、行く前から大変だろうなと思っていた。
案の定、この墓探しが難題であったらしい。
本家の家を守っている者も、家内の父親よりも老人でありまして、気軽に案内をしてくれるほど若くない。
那覇に近い母方のお嫁さんが車で案内をしてくれたそうだが、彼女の車のカーナビでも正確に地図が出ない。ましてや、このじいさんの記憶に頼り、その指示通りに動くとおかしなことになる。
都市中心部は正確に出るカーナビに地図も、辺鄙な田舎に行くと様変わりしていて、昔の道路はなく困惑する。親切心を起こしてついて行かなくて良かった。
沖縄に行くときには、もう少しゆとりがあってのんびりとリゾートライフの満喫でなきゃ、言ってもオア真理楽しくはないだろう。

それより私はありとあらゆる沖縄土産に感激している。
しばらくは沖縄の雰囲気の中で暮らせるな。

やっぱり、嬉しい野茂さんのニュース。

  • 2008/11/13(木) 09:15:42

野茂コーチのおかげ!オリ投手陣“変化急!”
11月13日7時0分配信 スポーツニッポン

 日本人大リーガーのパイオニアとしてドジャースなどで活躍し、今年7月に現役引退した野茂英雄氏(40)が12日、オリックスの秋季高知キャンプに臨時コーチとして参加した。プロ相手の初指導に臨んだ野茂氏は今季セーブ王の加藤大輔投手(28)に伝家の宝刀・フォークを伝授するなど、ブルペン入りした8投手に精力的にアドバイス。夜のミーティングでも熱弁を振るうなど、初日から精力的に動き回った。
(後略)



“清原超え”間違いナシの野茂フィーバー
11月13日7時0分配信 スポーツニッポン

 オリックス秋季高知キャンプが行われている球場周辺は野茂フィーバーで沸き返った。先日はわずか3人の報道陣から、11日はテレビカメラ10台に週刊誌の記者ら約100人が集結。平日にもかかわらず「野茂さんを見たい」「サインが欲しい」とファンも約500人を数えた。今春、清原がリハビリトレで長期滞在した時の人出が最高500人だったから、13日は“清原超え”となるのは間違いない。


野茂さんはやっぱり人気者だったな。
一時期忘れられたんではないかと思っていたが、引退後もこうして動き回るとみんなが意識するみたいだ。
彼には信念が見える。どうしても人間には一途な信念のある人に、頭が下がったり、畏敬の念が生まれるものだ。素晴らしい才能も、努力がなかったり、信念を貫き通す意志が稀薄だったりするとつまらないものになってくる。

野茂さんはまた、無類の野球好きだと思う。
彼はその野球好きであることと、過去の実績実力とで指導をすれば上手だと思います。
人柄の良さと暖かみも強みだし、とても良い指導者になれると信じます。

こんな感じをこんな風に読むなんて・・・。

  • 2008/11/12(水) 20:31:31

『金楚糕』
と書いて、『ちんすこう』と読むそうです。

“ちんすこう”
琉球王朝時代から沖縄県で作られている伝統的な菓子の1つ。小麦粉、砂糖、ラードを主原料とした焼き菓子として知られている。


私の手元の新垣菓子店の“ちんすこう”の説明書きには、下記のように書かれています。

「黄金色」に輝き(金)、ほどけるような口当たりの(楚)焼き菓子(糕)という由来を持つ。


いろいろ由来はあるでしょうが、これなんてちょっといいなあと感じています。

で、今は“ちんすこう”を始め、ありとあらゆる沖縄土産が広げてあります。
明日は子供を呼んで、沖縄そばが振る舞われる?かも知れません。
本場の沖縄そばより、私は美味しいと感じています。
さすがに麺は沖縄から買ってきたものですが、だし汁とソーキは自家製です。
ああ、うれしい。明日が待ち遠しい。

格好良い人物ではあるのだけれど・・・・。

  • 2008/11/11(火) 21:30:45

<中一弥さんの表紙絵は、さすがに侍はかけてるけど、蘭人はいまいち?>
本oosakayomenusumi
逢坂剛著『嫁盗み』、重蔵始末シリーズ第四弾。
とても久しぶりの近藤重蔵の登場であります。
2005年の年末に前作品について書いていますので、ほぼ三年ぶりということになります。「重蔵始末」、「じぶくり伝兵衛」、「猿曳遁兵衛」と先の三作は割合昔に読んだのですが、私がこの本を見つけたのが遅かったのでしょう。

二十六歳にして大人の風格あり。
長崎奉行の手附出役に任ぜられた重蔵は、
抜荷と切支丹の取り締まりに雄飛する。
そこに忍び寄る薩摩の影。


この様に帯には書かれていますが、それほどまでには緊迫感はありません。
重蔵はとても立派かも知れませんが、この本は重蔵の従者・根岸団平を通して書かれているので、それほどにはインパクトがありませんね。
この重蔵には多分読者の好き嫌いが分かれる所でしょう。

第一話 紅毛の人
第二話 異国の風
第三話 密 通
第四話 嫁盗み
第五話 さんちもさからめんと
第六話 聞く耳を持たず


六章に分かれたこのお話は、先ほどインパクトが少ないと感じた事の中に、結末が曖昧なのですよ。
まだこれに続編があるとすれば、未練がましいし、結末を付けずに終わった尻切れトンボは飛ばしようがない。

“抜荷と切支丹の取り締まりに雄飛する。”と、帯に書かれた宣伝文句ほどには、それほどの活躍も見ないし、また薩摩の影も薄いままです。
表紙に書かれたオランダ人のカピタンとの対決があるのかと期待したが、それもなく終わります。
重蔵は悉く始末を曖昧に付けていきますので、なんだか煮え切らない魚料理の体で消化不良でありますね。
わざわざ長崎に場所を設定して、長崎の町や風俗はよく調べられていて、作者が長崎の人間ではなかろうかと思われるほどに、登場人物の長崎弁は達者に書かれています。

ただ、“なんだったの?”という疑問が最後には誰でもが持つでしょうねえ。

“博覧強記。傲岸不遜。剛勇無比。機略縦横。”と言われる重蔵が段々と形見狭く、世間を渡っていますよ・・・・作家さん。

土産が届いた。

  • 2008/11/10(月) 17:07:19

沖縄から大きな段ボールが、二日間にわたって届いた。
奥様のご帰還が近い。
沖縄に関する食べ物は、とても口に合うものが多く中味が楽しみです。

ちんすこう、サーターアンダギーなどのお菓子も、地元の人が美味しいと評判の店から送ってくる。
沖縄そばはこれも製麺屋から直截送ってくる。
変わり種のかまぼこも送ってくる。
沖縄にご親戚様を持つ特典なのだろうが、浮き浮きしてくる。

まだ箱が開けられないので中味は見てはいないが、私の好きなアメリカものの缶詰、肉類の燻製、ビーフジャーキー・・・、想像するのが楽しい。

食い意地だけが張っているのは、卑しい心根の証拠ではあるが、これだけは治らない。

そういえば全日空の出発便は、機体整備不良で三時間ほど遅れたそうであります。
私たち家の者が、もう着いて寛いでいるだろうねと思っていた時には、まだ出発もしないで空港に待たされていた事になりますな。

毎日が怠惰でも、親孝行は忘れない?

  • 2008/11/09(日) 21:39:46

今夕も楽しく、母と食事をしに出かけた。
天ぷらなど良いなというので、天ぷらにしました。
あっさりと秋味のものを、揚げていただいて美味しく頂戴しました。
サンマや、鮭、そしてキノコ類と楽しめました。

あとは温泉。
暮れなずむ海を見ながら、のんびりと極楽極楽。
日の暮れるのも早くなって、しばらくすると海の音だけを聞きながらの露天風呂。
火照る顔に冷たい夜風が気持ちよく、ついついのんびりしてしまった。

帰る頃までもぽかぽかした温もった身体は、本当にさっぱりと気持ちの良いものです。
帰り道の車で、母が感謝の言葉を口にし、「長生きして良かった」などと最良の褒め言葉を貰った気持ちです。

楽しい独身生活のようだ。

  • 2008/11/08(土) 21:08:15

このところ数日、まるで独身生活のようだ。
まさに怠惰な生活を送っている。
何をしても誰も文句は言わないし、せっせと掃除だけをやっている。
炊事をするのも飽きたので、本日は母と外食。

そしてごろごろしては、本を読んでいる。
まあ平素の事とそれほどの違いはないのだが、それでもなにか見る目がないというは気楽です。
このところ、いつまでも起きていて、深夜にDVDで映画を観たり、なんだか昔やってた事を今楽しんでいる。
整理をすると、なん百本かのDVDがある。
老後に観るだろうなんて考えていたが、そんな時間が老後にあるだろうか?
目も耳も、老化して見づらく聞きづらくなった老人が映画が楽しめるだろうかねえ?
そんな馬鹿な事を考えて、深夜にせっせと観ている自分が可笑しい。

明日も気軽に、外で食事をして温泉に母を連れて行こう。
暮れなずむ海でも見ながら、のんびり温泉。

酒でも飲めれば、居酒屋で一杯って気分なのでしょうがね。

家内がいないと、家内が広い。

  • 2008/11/07(金) 20:57:21

家内(かない)がいないと、家内(やうち)が広い。
う~ん、実に含蓄ある言葉だ。
つまり同じ意味の言葉ではあるのだが・・・。

一週間ほど沖縄の本家の墓参りに出かけた。先方の両親を連れての、親孝行であります。
年をとってきたので、、今の内にしかできないだろうからと思い立って出かけましたよ。

元気いっぱいの人だから、いないと数人分の声がないようで、全く静かであります。
我が家は大人しい母と二人で、まことに人のいる気配さえない。
お互いに私はPCの前にいるし、母は庭掃除や、時折TVを見る程度で物音がない。

幸い料理は私は得意種目ですから、何やかやと作って不自由がない。
かつて学生の頃には、料理屋さんにアルバイトで皿洗いを早々に卒業して、ちょっとしたものを作らせていただいたほど、私には料理の才があった。
今でももしやらなければいけない時には、なんでもコースでお出し出来るほどは器用であります。

自由にのびのびTVを見たり、雑誌を読んだり、ごろごろしたりと気分が良い。
時にはこんな静かな自由もあった方が楽しい。
平素それほど相手を束縛はしないのだが、いないといるとではこうも違うものなのかねえ。

なんにも言ってこないから無事なのでしょう。

久々の池波文学は、二度読みしたけれど良かった。

  • 2008/11/06(木) 09:00:00

<刀の鍔(つば)をうまくアレンジした表紙>
本ikenamibushinomon
池波正太郎著『武士(おとこ)の紋章』
“武士”と書いて、“おとこ”と読ませるようにふりがながついている。
「快漢」「壮漢」「多血漢」「熱血漢」などと表現される“漢(おとこ)”のお話であります。
武士という当時の最高階級に君臨するものは、さすがこうあるべきであるといった見本のような人物ばかりが列記されている。
そしてそれらの人々に付けられた小見出しが、とてもうまくその態を表している。

知謀の人・・・・黒田如水
武士の紋章・・・・滝川三九郎
首討とう大阪陣・・・・真田幸村
若き獅子・・・・高杉晋作
剣  友・・・・渡辺 
壮烈なる狐忠・・・・松平容保
悲運の英雄・・・・河合継之助
明治元年の逆賊・・・・小栗忠順


ここに書かれた八人は、後世からみた歴史観では弱者、敗者であります。
しかしもし時代を違って生きていたら、それはそれは素晴らしいご活躍をなさったに違いない才人たちであります。
現代においても、本当に能力のある人々が、その能力を充分に発揮しているかと言えば相も言えないわけですから、いつにおいても悲運な方は悲運なのかも知れませんが・・・。

ただ池波正太郎さんが選択をされたこれらの方々は、有名無名を問わず選択の妙があります。
時の過ぎゆく順に並べられ、何の繋がりもない方々ですが、“武士(おとこ)”の生き様を見せつけ、後世に真の人間の姿を浮き立たせた立派な人物ばかりです。
残念ながら「渡辺 (剣友)」さんだけは、全く知りませんでしたけれど・・・。

池波正太郎さんの小説の魅力は、平易で読みやすく、しかも上手に盛り上がって行くので、気軽に読めます。肩に力が入っていない、実にリラックスした文体で、堅苦しく内容であっても愉しめます。
そうは言っても、やはり古い作家様なので、

<款を家康に通じ、・・・・>
<これを誅戮させる・・・・>
<裂帛の一声と共に・・・>


などとそれなりに難しく雰囲気ある表現がなされて、否が応でも時代小説としての魅力が盛り上がっています。

二つのニュース

  • 2008/11/05(水) 18:56:43

とても大きなニュースとして、オバマさんの大統領選勝利は嬉しい。
やはりかのアメリカも変革をしなければいけないし、それを国民が望んでいたことが嬉しい。
第二のふるさとと思っている私には最高のニュースだ。

オバマ氏、「変革が到来」と勝利宣言=米大統領選 

【ワシントン4日時事】
4日投開票の米大統領選の民主党候補バラク・オバマ上院議員は同日夜、支持者を前に演説し、「変革が米国に到来した」と述べ、勝利宣言した。 (時事通信)


正義感にあふれた強く逞しいアメリカは、ずっとずっと昔の栄光であり、近年の病んだアメリカはどうにかしなければいけないと、ほとんどの人は思っていただろう。
そのことをアメリカ人自体が感じてきたのかはちょっと不明だったので、この度の黒人大統領を選出したことによる偏見のない国民性は信頼されるべきだ。
変革がアメリカにもたらす、大いなる一歩と今後とを強く期待したいな。
こんな言い方は失礼ではあるが、私には今回敗者になった候補者が、いつも“負け犬”と聞こえていて悪いなあと思い続けていた。

もう一つニュースと言えばニュースなのだが、音楽プロデューサーが捕まって騒がれている。
悉くマスメディアがTV、新聞を始め、悪辣な言葉で批判を繰り返している。
こんな事って許されるの?

かつてこの御方が絶頂期であった頃には、幇間(たいこもち)みたいに持ち上げて、その余録の下にいたであろう人も、皆さん揃って悪くおっしゃるし批判的です。
過去の音楽性においても、マンネリだったとか、カラオケブームに便乗したとか、本当に音楽性が分からない輩が批判だけする。
私自身は好意的と言う事ではなく、また彼の音楽を理解してというのではなく、手のひらを返すような人間としても義もなく批判だけをする事はいけないと思う。
何処かでマスメディアの寵児であったこの御方の、その寵児たらしめて、絶頂からすとんと落として喜んでいる悪意が感じられる。

私は時代小説好きだから、明治の頃の話だがいい話だと思って記憶していることがある。
福沢諭吉が幕末から明治初頭へかけての勝海舟さんの身の処し方を、批判的に書いた文章がある。
この事に関して勝海舟さんは、

行蔵(こうぞう)は我に存す、毀誉(きよ)は他人の主張、我に与(あず)からず我に関せず


批判を大きな受け止める気持ちで、おおらかな返事をしている。
つまり他人の批判は誰でも出来るが、自分自身の始末だけは自分の責任で行っているという風に勝手に解釈をしています。
とにかく他人の事はなんとでも言えるのです。

まあ福沢諭吉は小人(しょうじん)ですので仕方がないのですが、ただこの文書を公開するにあたって、勝海舟さんに先に読ませて筋を通す所はまあまあですね。
こんな事書いてること自体が、他人の批判なのですがね・・・・。

ちょっとばかり笠のお話を・・・・。

  • 2008/11/04(火) 08:51:02

私は小さい頃、映画は時代劇が全盛でしたので、当時の風俗。姿には馴染みがあり、本を読んでも理解が出来る。また現実にも虚無僧の姿をした人物や僧や、ちょっと古めかしい人物を目にしたことがあるので尚更のことです。
ところがそんな話をすると、若い方に案外理解が行かないのが笠なのです。
ちょっとばかり笠のお話を・・・・

深編笠(浪人笠)
隠密や刺客、浪人や “お尋ね者” が被った時代物風浪人笠。顔を隠すのに笠を深く編み、中から透かして見えるように目の位置だけ粗く編んである。
<深編笠(浪人笠)>
笠hukaamigasa
たしか『子連れ狼』などでのイメージはこちらでしょう。

<深編笠(浪人笠)>
笠fukaamigasa
『編笠十兵衛』などの剣豪は、こんな感じのものを被っている。

天蓋
これは深編み笠の一種でありますが、時代劇などで“虚無僧”と呼ばれる人が被っております。この笠の中から尺八を吹いて歩いて周り、面相が分かりませんので映画などでは隠密とかの役回りが多かった。
<天蓋>
笠tengai

三度笠(飛脚笠)
菅(すげ)で編んだ笠。笠の縁が大きく折れ曲がり、深く顔を隠すようになっている。
『木枯らし紋次郎』や、股旅物に出てくるやくざのかぶり物。もともとは三度飛脚(江戸と大阪を月に三度往復した飛脚)が使用していた。
<三度笠>
笠sando

妻折笠(女性用三度笠)
菅(すげ)で編んだ妻折笠。剣術を志す女性の道中笠で、三度笠より縁の折れが浅い。
<妻折笠>
笠tsumaore

鳥追笠

い草で編んだ笠。田畑に害を与える鳥獣を追い払う作業の時に被ったので鳥追傘と呼ばれます。江戸時代になると、三味線を弾きながら、門付け「かどづけ」( 家の前で音楽・歌などの演芸をして、金品をもらい歩くこと)をする鳥追い女の笠として使われるようになった。
<鳥追笠>
笠torioi

一文字笠(いちもんじがさ)
菅(すげ)で編んだ笠。形状はほとんど平らで、横から見ると「一」の字に見えるのでこの名が付きました。武士が大名行列のお供をするときや、旅行のときなどに被った。
<一文字笠(いちもんじがさ)>
笠ichimonji

托鉢笠(網代笠)
読経をし布施を受ける乞食行、頭陀行、行乞に用いられる托鉢僧の笠。
<托鉢笠(網代笠)>
笠ajiro

菅笠(すげがさ)
菅(すげ)製の角笠。てっぺんから軒にかけて一直線の平べったい円錐形(富士山型)の笠で、農作業や旅の笠として使用した。
<菅笠(すげがさ)>
笠sugegasa

塗り笠
薄いへぎ板(うすく削った板の事)に紙を張り、黒漆を塗った笠。『剣客商売』などに出てくる。

目塞き笠
編笠の一種。人目を遮り、顔を隠すためかぶる深い藺笠(いがさ)。目の部分に隙間を設けたものもある。

日本人はとても器用だった事が、この笠作りからも分かります。材質も竹、茅、菅(すげ)、檜などと様々で、しかもそれらの葉、茎、そして薄く削いだものと上手に加工します。
わらじを始め、自然にあったものをつかい、素材は全て自然回帰していくエコの典型的かたちで利用されています。

この項目を書くのに、勝手ながら以下のHPを参考にさせていただきました。

カメヤダイレクトストア(笠/かぶり物)

編み笠について

和服の基礎知識

半纏・着物・袴「木南堂」

思い出す二つの悪い事。

  • 2008/11/03(月) 22:56:04

年をとって来ると、随分昔の出来事を思い出す。
なんだか先行きがなくなってしまう心配の故か、至らぬことを思い出して苦笑する。
若気にいたりではあろうが、今更思い出しても仕方のないことなのに、やはりなんだか面はゆいし可笑しい。

まだ高校生の頃、ませて映画が好きだったが、よくサボって映画館に潜り込んだ。
その映画館はすでにないのだが、当時ははやりの映画館ビルであった。
なぜか比較的早い時間には、あまり従業員もいなくて、こっそり入れば入れるのですよ。特にこのビルの地下にあった映画館には・・・・。
今更時効だろうから語れるのだが、階段をおりてこの映画館のトイレがある方に入っていくと、なぜかその脇に上に出られる非常口の階段があった。しかもこの階段には物が何やかや置いてあって、人一人が座っていても誰もわからない。
この階段は後で調べたが、上がっていくと扉があって、阻止この扉が開けばその横には交番があった。
で、時折此処に潜り込んで、映画が始まると映画館の中に入っていって映画を見るのだ。
でもどちらかというと当時はヨーロッパ映画が流行で、北欧やフランス映画といったしかも案外高尚な内容のものが多く好みとしては外れていた。
只だったのだから贅沢も言わずこっそり見ていた。

もう一つなぜか思い出すのが、母が今と違って口うるさい人であった。
外へ遊びに行くのに、いちいち理由や、遊ぶ友達の名をきく人であった。
ところが友人から電話があると、外聞が悪いせいかすぐに外出の許しが出る。これは実に具合の良いことで、よく何でもないことでも誘いの電話をかけてもらって外出をした。
でもいつも人に頼めるのも限度があり、またなんでもないのに電話をかける友もそれほどはいない。
そこで思いついたのが、自分で自分を呼ぶ一人芝居である。
幸いなことに我が家には別に、ピンク電話(半公衆電話)が出口にあって、これから自宅へかけて、あたかも電話がかかってきたかのように、自分で電話に出て、一人芝居をする。
これは罪がなくて良かった。
誘いの電話にはなぜか、厭を言わなかった母を騙して出かけたものだが、ある時ピンク電話の受話器を戻し忘れて、へんに首をひねっていた母を見て止めてしまった。

とにかく一人っ子だった私は可愛がられた反面、大いに束縛も受けていた。

伝統的行事に時代絵巻を見る。

  • 2008/11/02(日) 21:59:44

十一月の一日(土)、二日(日)の二日間、宮崎では『宮崎神宮大祭』が行われました。
一般的には『神武さん』と呼び親しまれていて、神武天皇をお祭りする“宮崎神宮”のご神幸行列の事です。

“神武天皇”は、当然日本国の初代の天皇でありますから、これまた信仰も篤く、宮崎では親しまれた行事であります。
年々歳々、不景気や企業の支援の減少で、ご神幸行列もひかえめにはなりつつありますが、それでも近郊近在の方々がわざわざ楽しみに見においでになります。

ご神幸行列は時代絵巻を模した風俗衣装で、それは華麗に、そして荘厳であります。
お稚児さんなどはそれはそれは愛らしく、五キロ近くの道を歩かれるのは可哀想といった気もしますが、見ている沿道の方々にはそれもまた愛嬌があって可愛いものです。

一番人気は『ミスシャンシャン馬』でしょうね。
昔の嫁入りの姿を模したものと言われますが、花嫁を近在から募集し、モデルとなって馬に乗って行進されたものです。現在は地元企業の会社員の方から選ばれるようです。
会社の代表のような形でしょう。本年も地元放送局からアナウンサーの方が出ておいででした。
可愛かったです。

随分昔ですが、一度だけこの馬が暴れまして、馬に乗った花嫁さんを乗せて暴走したことがあります。馬はほとんどが地元の農耕馬で、普段は人気のない畑をのんびり耕しているのに、この日ばかりはあまりの人の多さに驚いたのでしょうね。
高島田のカツラを後ろへ飛ばし、「あっれー!」と息も絶え絶えに、恐怖と恥ずかしさに怯えた花嫁さんを乗たまま、その馬が我が方に走ってきて怖かったものでした。
よくは覚えていませんが、馬の手綱を握っている花婿役の男性ともう一人馬の世話役がいるはずなのですがどうしていたんでしょう?
よくよく考えると、この時の“ミスシャンシャン馬”(花嫁さん役)の女性は、もうおばあちゃんになってらっしゃるでしょうね。
会ってあの時の事を聴きたいものです。・・・・思い出したくないかしらね?

恋愛小説として、視点を変えて読んでみる。

  • 2008/11/01(土) 08:28:57

<魅力的なアヤメの花を表紙に散らした粟屋充さんの表紙絵>
本hiraiwanijurokuya
平岩弓枝著『二十六夜待の殺人』、「御宿かわせみ」シリーズの十二冊目。
この「御宿かわせみ」シリーズは、私の記録では三人の装丁家がたずさわっていらっしゃる。初期の十三冊目までは“粟屋充”、途中の六冊が“多田進”と“佐多芳郎”のコンビ、その後が“蓬田やすひろ”となっていて、“蓬田やすひろ”さんが一番多い。
中央公論社から出ている平岩弓枝著の『南総里見八犬伝』は、“佐多芳郎”さんなので、表紙絵柄もよく知っている。
しかしこの本の“粟屋充”さんが調べてもあまりわからない。総体的に装丁家や、装画家は名前こそ出てくるが、作家ほどはあまり重視されないのか資料が少ない。

「御宿かわせみ」シリーズは、八丁堀の捕物帳的な要素もあるが、私は恋愛小説だと思っている。いろいろな事件解決に主人公神林東吾が絡んで、物語は進んでいくのだが、この主人公を取り巻く女性が沢山出てくる。
無論、この東吾は御宿かわせみの女主人るい一筋なのだが、この『二十六夜待の殺人』だけ読んでも、まとわりつく女が数人は出てくる。
ちょっといい身分だと羨ましくなる。
それにつけてもるいはいい女に描かれている。少しすねたりする所などは、いい年の女だがそれなりの色気が漂っていて、妬ましい。

にじゅうろくや‐まち【二十六夜待ち】
江戸時代、陰暦正月・7月の26日の夜、月の出るのを待って拝むこと。月光の中に弥陀・観音・勢至の三尊が現れると言い伝えられ、特に江戸高輪(たかなわ)から品川あたりにかけて盛んに行われた。六夜待ち。


あまり馴染みのない言葉だが、時代小説や、天文学者などには知られた言葉で、とても雰囲気のある言い回しだ。
空に人工の光の何もない時代、月と星とが人々にもたらした幽玄の世界は、今の現代では想像も及ばないほど素晴らしい世界であったろうと推察します。
そのような時代に、煌々と照らし出されてあらわれるお月さんは幻惑的に美しい、限りない日の世界を醸し出していたのではなかろうか?


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