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や~めた。

  • 2009/01/24(土) 21:01:41

なんだか一生懸命書いていたのに、近頃下らないコメントが多くて迷惑!!
どうせたいしたこと書いてないとはいえ、関係ないエロな書き込みするな!
削除するのにも飽きた。

本日をもちまして、止めます。

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歯を見せて健康的に笑うことは、とても美しい。

  • 2009/01/23(金) 07:04:05

<ナタリー・ポートマンがとても素晴らしい俳優であることは世界的な認識だろう>

映画magorium

子供の夢を叶える映画で、全体明るくポップなカラーが魅力だ。
当然、映画全体が暗く、うち沈んだ色になるシーンは、何も動かないし、何も夢がなくなる。

単純で明快なストーリーと、主人公ナタリー・ポートマンが魅力的です。

●ナタリー・ポートマン ∥モリー・マホーニー

 1981年、イスラエル生まれ。94年、リュック・ベッソン監督の『レオン』でデビューして以来、『ビューティフル・ガールズ』(95)、『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(96)、『マーズ・アタック!』(96)、『ここよりどこかで』(99)、『あなたのために』(00)などの映画や、舞台「アンネの日記」などに出演してきた。



こんなに明るく、美しい歯を見せて笑える女優さんはあまりいませんね。

本来語るべきは、本作のタイトル『マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋』の“マゴリアムおじさん”ダスティ・ホフマンなのでしょうが、この映画ではとても奇想天外の愉快なおじさんです。

●ダスティン・ホフマン ∥マゴリアムおじさん

 1937年、ロサンゼルス生まれ。サンタ・モニカ・コミュニティ・カレッジに学んだ後、パサディナ・プレイハウスで演技を学び、ニューヨークに移ってリー・ストラスバーグの下で演技を学ぶ。2度のオスカー受賞と7度のノミネート歴がある、ハリウッドを代表する名優。



こんな名優がとても楽しく、この映画で出て下さっている。
監督もとても若い。

レンタルショップでもこのDVDは借り手が多くなかなか空きがなかった。
こんな平和な映画を愉しむ人々が多いことが大事なことかも知れないな。

二作目と三作目に違いはあるのだろうか?

  • 2009/01/22(木) 16:57:30

<ささやかな色の違いとわずかな図柄の違いで上手にシリーズを仕上げている表紙>

本fujisawayoujin03shikyaku

藤沢周平著『刺客』、「用心棒日月抄」シリーズ三作目。
あらすじを書くのは不本意なのです。でもこの下記の部分の抜き書きを・・・。

東北の小藩の馬廻り役の青江又八郎は、3度目の脱藩をして江戸に向かうことになる。江戸では、使命の傍ら、板についてきた用心棒稼業で生活費を得ることになる。


主人公は二作目同様、脱藩させられて密命を帯びて江戸へ上る。
密命を与えた人物が違っていることと、内容に若干の違いはある。でも基本的には、藩の転覆を企てる輩の行動の阻止であり、影ながらも大いに藩のために命を賭して働くことには変わりはない。
その上、資金援助がないために用心棒をして生活の糧を得るという内容が、ほぼ前作と同じである。

感心するのは、その用心棒ネタがいろいろ工夫されて次から次へと出てくることであります。
この三作目までがそもそもこのシリーズの連作ですから、その間5年という月日が流れて、主人公も年をとります。
一作目は適当に赤穂浪士の討ち入りを織り交ぜて語られたストーリーが、実にうまくこの用心棒家業を生かした作品だったのでとても感心した。
二作目は一作目に最後に出てきた女が、わずかではあるが絡んできて色気が増した。用心棒の相方が一人増えたが、これが未練を残して去った。

そしてこの三作目では、二作目に絡んできた女は準主役級になり、頻繁に顔を出し、共に命を賭けて戦う相棒のような存在である。
わずかながらも恋愛感情と、その秘められた情交が話を盛り上げる。
反面、友人の用心棒の片割れと口入れ屋が出て来る機会が少ない。
私この二人が好きなだけに、ちょっと残念ではあります。

しかし本当に魅力ある作品だけに、何度読んでも面白い。
かなりの闘争シーンが書かれるが、簡便で、あっさりしているのに迫力はある。

「似ているな」とふと感じた二つのこと。

  • 2009/01/21(水) 23:02:08

5代目古今亭 志ん生の落語『文七元結』を聴いていて、はらはらと涙した。全くの深夜で、真っ暗な中で聴いていると、声だけで心にしみて来て話が生きてくる。

先日聴いた『火焔太鼓(かえんだいこ)』の時にも感じたことだが、ご子息だった3代目古今亭志ん朝が同じ演目をやると似ていた。声の質が似ているのだろう。
志ん生の方が枯れてはいるので、普通に聴いていると違うんですが、しかもお顔はそれほど似てると感じていなかったが、声は実によく似ている。

私のように高座に行ったこともなく、しかもこれほど古い噺家さんともなると動く映像が少なく、動く姿を見たことがない者は、志ん生師匠の所作が見えない。
声だけが頼りで、噺の間の無音の部分の所作を想像して聴いている程度の落語好きには、この声が似ているという発見は嬉しいものですな。
すでにお二人は鬼籍にお人で、仲良くあの世で競演をされておいでかも知れない。

もう一つ、似ていると感じたことがありました。
髪を洗って、そのままぼさぼさにして、鏡を覗くとその髪型が誰かに似ている。
顔は死んだ父に似ているのは、生まれつきだから気にもならなかったが、そのぼさぼさの髪だけが孫に似ている。
私は普段丁寧に七三分けして整髪をしているのだが、洗髪した後の髪は前に流れる毛流でしかも硬い。
先日法事で遊んだ孫の髪も、同様な気がする。
この孫の父親、つまり私の長男は私に似ていないので、いままで気づきもしなかった。

あまり熱心でなくなった誰かさん?

  • 2009/01/20(火) 08:44:32

議会での答弁が、役所の人間の作った現行の棒読みであることが地方紙に載っている。
丁々発止と戦われていた論戦も影をひそめ、投げやりな答弁が目立つということです。
就任当時はかなりの傍聴者がいた県議会でしたが、近頃はこちらも減っている。

さあ、誰のことでしょう。
言わずと知れた名物知事“東国原知事”であります。

就任当初、かなり情熱的に宮崎の宣伝にこれ努め、また地方の町まで出かけていって地元の人とのミーティングを重ねたり、議会の答弁のあり方にさえ注文をつけ、活気を蘇らせた知事さんでしたが、お疲れのようなのか、県政に飽きたのか、お元気がないようです。

それでもお休みには、遠方にお出かけになり頻繁にTVにご出演のご様子。
多分もうすでに県政ではなく、国政に興味をお示しのようであります。あちらこちらからお誘いの話があるかのように噂は飛び交っています。又ご本人もそのことへの否定はなさっておられません。
でもこのまま県政を放り出して、全国区に売り出したとしても中途の投げ出しには困りものですね。

確かに読みとしては、そんな気配は濃厚なのですが、もう一度県内を見直されても良いのではなかろうかね。かなり県民は恩恵に預かったし、経済効果も莫大でありますので、文句をつけるつもりはありませんが・・・・・。

あまりにも立派な知事さんで終わると、後を引き継ぐ人が大変です。
ですから少しは人気を落として去られた方がという、うがった見方をする人もいるようですな。・・・・ちょっと、へんですが。

続編を考えながら、作家は書いているのだろうか?

  • 2009/01/19(月) 21:31:00

<シリーズを通してイメージが一貫した表紙絵>

本fujisawayoujin02koken

藤沢周平著『弧剣』、「用心棒日月抄」の続編で、シリーズ化されている。
前作の「用心棒日月抄」が、あまりにも有名なことと、著名な作家であられる藤沢周平作品ですから読者も多いだろう。

藤沢周平作品の映画化された『たそがれ清兵衛』、『武士の一分』のような重々しさがなく、軽く明るい小説です。
一作目に先の作品の構想があるのかどうかが分からないが、この作品は一作目で堂々の完成を見ている。私はこれだけで憂いのない、いい作品として出来ていると思っているし、続きが出るとは当初は考えもしなかった。

でも確かにこの主人公の魅力は、これだけで埋めらせるのは惜しいと考えた人がいたのでしょうね。
続編はまた新たに、いろいろな工夫で話が盛りある。ちょっといい女も、良い具合に出てきて謎をにおわせる。
やはり小説というものは主人公の魅力が一番です。それに絡んでくる女はもっと大事なのかもしれない。
脇を固める人々も必ずいい人物でなければいけません。一癖もふた癖もある人物でも、それなりに魅力を持っていないと話が盛り上がらない。
用心棒家業という殺伐とした世界なのに、どこかほのぼのとした暖かさがあるし、話に凄惨さが感じられないのもこの小説ならではでしょうね。

これも映画にすると良いのだろうけれど、やって下さるに相応しい俳優が少ない。
ちょっと名前を思い出さないが、あの方などは良いのだけれど、少しお年を召したかな?

滞りなく・・・・。

  • 2009/01/18(日) 19:48:26

父の一周忌の法要が滞りなく終わった。
早朝から墓の掃除から、お寺さんをお迎えしての法事までと忙しかった。
親戚一同集まって下さってありがたく感じた。

この一年の間にはいろいろなことがあったが、平穏無事で何の憂いもなく過ごせたのは、父のおかげだと思っている。
子供たちとも父の威徳を偲びつつ、和やかに食事をした。

一通り、一年目の父親の仏事が終わった。
次は来年の三回忌です。

日本人はこうして亡くなった人との繋がりを保ちつつ、またその人を偲びつつ、上手に現世と来世とを結びつけている。
お坊さんの読経を聞きつつ、新たな気持ちで感謝していた。

泡を食った話。

  • 2009/01/17(土) 21:10:06

シェイビングフォームの中味を使い切ったので、缶の始末をしようと下の方に穴を開けた。
途端に残りのガスと一緒に白い泡が吹き出した。それも半端なことではなく、勢いよく私の口と顔を襲ってきた。
“泡を食った”とは驚くことを言うのだろうが、実際に驚くほどに勢いよく不味い泡を食ってみると納得した。
昔の人がこんなシェイビングフォームの泡の攻撃を受けることはなかったろうから、このたとえの表現は全然別の事象から生まれたのだろうとは思う。
それにしても愉快な気分だった。

ところがこれがお台所だったものだから、他にも被害が出た。そこらに夕食で出していた茶碗類、家内の髪の後ろ側・・・とさんざんだった。
あまりの可笑しさに大笑いをしたら、どこで調子を狂わせたのか、家内が怒り出した。
それも“口角(こうかく)泡(あわ)を飛ばす”という表現の通りに、まくし立てる。
あまりの勢いに彼女の頭についた泡をとってあげることもせず、すごすごお台所から退散した。

そもそも私は吝いところがあり、こんなものは最後の最後の一滴(?)まで、一絞りまで使い切るはずです。それをどうしたことが、ガスは残っているし、中味も残っている。
この日は最悪で、真新しい穿くパンツまで、なぜか濡らしてしまってびちょびちょ。
年取ったせいか、気のつかぬ事で余計な失敗をする。

それにしても可笑しかった。
泡で真っ白になった自分の顔も可笑しかったが、白髪頭になった家内の髪も可笑しかった。

ちょいと時代の変遷とはいえ、いいのかい?

  • 2009/01/16(金) 20:41:42

ラジオのインタビューに“榊原 英資(さかきばら えいすけ)”さんが答えているのを聴いた。
話の内容は、昨今の未曾有の不景気のことでありました。

この不安定の時代には“朝令暮改”は当たり前だとおっしゃっている。

ちょうれい‐ぼかい【朝令暮改】
朝に出した命令を夕方にはもう改めること。方針などが絶えず変わって定まらないこと。


私たちの年齢では、漢文、古文は必須の授業科目だから、四文字熟語は得意であります。膨大な量のこの手の熟語を覚えさせられたし、現に使ってもいる。

ただ、この“朝令暮改”というのは、あまりいい意味では使われたことがない。
武士に二言がないように、いったん君子たる者が発した命令は、簡単には覆さないものなので、もしそれをなせば軽薄な人間のそしりを受ける。

併せてこの方は、“君子豹変す”とも言われた。
51%で“YES”と言ったとしても、49%になれば“NO”といえるべきだし、またそのように反応は早く的確でなければならないとも言っておられる。

これも、中国の「易経」から

「君子豹変す、小人は面を革(あらた)む」による語。
豹の斑文がくっきりしているように、君子ははっきりと過ちを改めるという意から》人の態度や性行ががらりと変わること。本来はよいほうへ変わるのに用いたが、現在では、よくないほうへ変わる意味でいうことが多い。「相手を見て態度を―させる」



この例にあるように、現在では後者の悪い意味にとることの方が多いので、聴いた限りではあまり納得はしなかった。
どのように時代が変わっていても、未曾有の不景気だろうと、隠遁者的な私にはその様な変貌は出来ない。

ところで番組はNHKであったが、アナウンサーの女性は、“榊原さん”のことを“竹村さん”と読んだようだ。かの“竹村 健一(たけむら けんいち)”と同じような方と意識があったのだろうか。

お気に入りの音楽の中で・・・・。

  • 2009/01/15(木) 20:14:41

浜田省吾さんが好きです。
いろんな音楽を聴くのだけれど、比較的よく聞いているのが彼の音楽です。

退廃的で、虚無的で・・・・。
都会的で、中味はいなかもので・・・。
“KISS”と言う言葉と、“くちづけ”と言う言葉が多くて・・・・。
愛と傷つくことが多くて、多感な少年期が魅力で・・・。

いろいろと理由はあるのだけれど、一番に好きな理由は、
“やはり女が上手に歌い上げてある”ことなのです。
彼の歌に出てくる女性は、いい女、悪い女・・・たくさんの魅力あふれるおんなたちが登場する。

“誰もが息をのむ
I know she is so beautiful. ”。。。。『彼女』

“ガラスのハイヒール履いて
恋のかけひき 街角で躓いている”。。。『真夏の路上』

“艶やかなFashion身をつつみ
No Consolation 身をさらし”。。。『…to be "Kissin'you"』

“絹のブーツを濡らして受け取った
金で転がすCheap なDice”。。。『…to be "Kissin'you"』

“今夜長い髪を切り落として タイトなドレス着て
おれの知らない君が踊ってる”。。。『Because I love you』

“揺れるスカート 汗ばんだ胸 ライトの中
クィーンのように踊り続ける 誰も傍に近づけずに”。。。『Because I love you』

“「あなたいつもこんな風に
行きずりの恋で遊ぶの?”。。。『街角の天使』

“白いベッドの残る甘いお前の香り”。。。『朝からごきげん』



恥ずかしげもなく、てらいもなく、女性への賛歌が謳われている。
まだまだ沢山あったが、彼の歌に出てくる女たちの中には、安っぽい煌びやかなキンキラが似合っている。

ちょっとばっかり、忙しくなった。

  • 2009/01/14(水) 19:35:57

正月あけてのんびりしていたのもつかの間、ちょっぴりだけ忙しくなった。
なんてことないけれど、父の一周忌が近づいてきた。
本日は墓掃除も徹底的にやってきて、しかもお隣さんの草刈りまでご丁寧に終了。

これで当日はお寺さんをお迎えして、式事を執り行ってもらうだけです。
その前に料理屋さんに下見に行って、試食を兼ねて予約にも行かなきゃならない。

なにぶん、昨年一年を振り返ってみると、冠婚葬祭を含めていろんな行事があったが、なかにつけこの父のお陰様でうまくいくことばかりでありました。
感謝の心を持つと、それはそれで心が清くなるのか、すべて良い方に転がっていく。

無口でなにもしゃべることがなかった父親だったが、案外と人柄は良かったのだろうし、後になって線香を上げに来て下さる人などがあると嬉しかった。
人というのは表に見えている部分で計れない、意外な面が多々あるものだ。

親切なのがいいか?、行き過ぎなのがいいか?

  • 2009/01/13(火) 21:36:53

そもそも年をとるといけなくなるものに、“歯”があります。
『歯、目、○○』と御下品な言葉にも言うとおり、人間のお役目に立たなくなるものです。

最近、一本歯を抜きました。
まともに生えてはいるし、虫歯でもなし、なんだろうと思っていますと“歯周病”だそうで、歯がしみることおびただしい。
痛いぐらいで夜中も寝られないくらいで、とうとう頭痛がするようになりました。

歯医者は行きつけの所へ駆け込んで、簡単に抜いて一件落着。
「時々は歯石を取ったりして下さいね」と簡単にアドバイスをして、翌日が消毒で治療は終了。
治療費もそこそこに安いながら、翌日の消毒は一金百二十円也で極安。
しかも結構遅い時間まで診療をされているので便利です。
この歯医者さんの良い点は、診察の前に歯の治療を何処までするかを最初に明確に聞いて下さる点です。

で、二、三年前に同様なことがあり、歯を抜きました。
この折は親知らずの虫歯で、かなり歯痛を我慢をしていたのですがぎりぎりで歯医者に駆け込みました。
残念なことに行きつけがお休みで、仕方なく開いている所に出かけたのです。
この日は凄い台風で、よりにもよってこんな日にとは思ったのですが、我慢の限界を過ぎてまして駆け込みました。
なんと触れれば取れるほどにぐらぐらしていた虫歯は、あっという間に抜歯されました。

台風でもあるし、早く帰りたいと言う私の意志にもかかわらず、この歯医者は私を引き留める。
他に患者はなし、暇をもてあました歯科衛生士と思える助士が数人たむろしておる。
これらが寄って集って、歯の磨き方はどうの、レントゲンの写真はどうのと勝手に写真は撮るは、口の中は変な色に染められてうるさく言われる。

こちらは早く帰りたいとばかりに厭な顔をすると、今入れ歯をしないとあとあと保険もきかずに偉い高い治療費がかかると脅かす。
虫歯の抜歯にかかった時間より、その後の消毒治療の方が数倍時間と金を取られた。
翌日も来いと言うから仕方なく出かけたが、同様に台風は収まらず客はいない。
またもやキャバクラなんかもこんな風かな?と思える雰囲気で、ぼったくられた。

医者は本当に選ぶべきだ。
また厭なものは厭と言わなきゃ、患者側としても・・・・!!!!!!

あまりにも有名になった時代小説について・・・・。

  • 2009/01/12(月) 21:20:27

<シリーズを通してイメージが一貫した表紙>

本fujisawayoujin01

藤沢周平著『用心棒日月抄』、このシリーズの一冊目で、あまりにも有名な作品であります。
時代小説を読んでいますというと、何人かは「藤沢周平は読まれましたか」とか、「藤沢周平は僕も好きで読ました」とか言われることがしばしばある。
時代小説としては好まれている作家さんで、また映画化やTVのドラマ化も多い方である。

当然そうなるとブログに書く方も、あるいはそれ自体をテーマにしておられるHPもある。
ですから私も前回は書かないでいたけれど、再度読んでしまったらちょっとは記録として残しておきたいので書く。

この“用心棒日月抄”そのものの内容はみんながご存じなのだけれど、ある逸話とうまく絡ませた構成が実に巧妙で面白い。
それは“忠臣蔵”と呼ばれた元禄の赤穂浪士吉良邸討ち入りのことであります。
さりげなくこの日本人の好きな赤穂浪士の敵討ちに、主人公の用心棒家業が巻き込まれる。

偶然を装いながらも何かの因縁を感じる作りのうまさで、最後の所では討ち入りされる側の用心棒にも雇われてしまう。
臨機応変な対応で、からくも危機は乗り越えられるのだけれど、主人公の人柄の魅力と、その人望が絶妙なタイミングで生きてくる。
また相棒とも言うべき友達になった男の魅力も上手に書かれていて、この男と対比と協調とで、この小説はとても魅力的なものになっている。

東北の藩から脱藩して、そのために己も刺客に追われる主人公が、危機を乗り越えるたびに拍手を送りたくなる読みやすい本だった。
肩肘の凝らない素直な小説で、殺伐な斬り合いが多い割にはそれを余りある魅力のあふれた小説です。

狭量と言われようとも・・・・!!

  • 2009/01/11(日) 21:51:23

ポト派裁判に24億円拠出=中曽根外相、カンボジアを訪問

1月11日15時54分配信 時事通信

 外務省によると、中曽根弘文外相は11日、カンボジアのプノンペンでフン・セン首相、ホー・ナムホン外相とそれぞれ会談し、上水道施設整備費として約35億円の円借款や、ポル・ポト派裁判維持費約24億円の追加拠出などの支援を行うと表明した。(時事通信)



総理大臣、外務大臣や国会議員さんご一行が一歩海外へ出かけていくと、なにの権利か金をばらまいてくる。おまえさんたちのポケットマネーではない、国民の血税で、この不景気にだ。

この人たちの感覚には、通常人の気持ちは分からないのだろう。
貧しい国民の苦しみであるとか、昨年末から非正規採用人々の解雇者の続出にたいしての非対応、いろいろ国民の不安がつのる中で、こんな無駄遣いが許されるのかねえ。

ODAなども、余計なお世話ではないけれど、あまりやり過ぎも困りますね。
先進国が発展途上国を助けるなどというけれど、助けてほしい人々も、また一人暮らしで寂しい老人も沢山国内にはいる。
これらの人々こそお助けをしてほしいはずだよ。

意味合いが違うと言うことは分かるが、借金まみれのあまり経済状態の良くない我が国に、そんな無駄遣いをする余裕があるのかねえ。

話は変わるが、現在のアメリカのビッグ3と言われる自動会社などは破綻の危機に迫られている。
これだって人の良いまだ元気だったアメリカから、日本人が教わった技が災いしたのだと思う。
小手先の器用な日本人が、要領よく頃合いの良い車を作り出した。
しかもこれが上手に出来るようになると、本国へ乗り込んでいってこれらを作るようになった。
アメリカ人が作るガタイのでかい、ちょっと燃費などお構いなしのアメ車よりかは、そのアメリカ人自身からも日本の乗りやすい燃費の良い、効率的な日本車が認められるようになった。

これって“軒を貸して、母屋を取られる”っていうことではありませんか。
人の良いのも、そこそこでいい加減にした方が良い。
こんなことは近い将来の日本自身の未来ですよ。

やはり自分の足許をしっかりと見つめながら、一歩一歩堅実自分たちを優先で考えていくべきであります。
余計なお世話をしている余裕が、今の日本にあるとは思えませんがねえ。

自分勝手な、自己中心的な考えであるとは分かって入るんですが、緊急の災害や何かでなきゃ、よその国まで助けることはないのでは・・・・・。

借りて読ましてもらっている本の話。

  • 2009/01/10(土) 20:30:29

例年借りて読んでいる本の集計をしてみる。
本日までに総計で、1940冊の時代小説を借りたことになる。
一部若干、違うものも入っているけれど、同じ本で二度、あるいは三度借りているものもあるので、相当図書館にはお世話になっている。

借りた本総数 1940冊
借りた本金額 2,963,726円



この金額は普通本には消費税が含まれてないので、これを購入したとすると、三百十万円を超え、高級新車一台分ということになる。

1 蓬田やすひろ 196
2 村上豊  124
3 菊地信義 105
4 安彦勝博 89
5 西のぼる 83
6 新潮社装幀室 80
7 熊谷博人 76
8 辰巳四郎     64
9 玉井ヒロテル 51
10 芦澤泰偉 51



これは私の読んだ本の装丁に関わった方々の多い順からのリストです。
相も変わらず、時代小説では“蓬田やすひろ”さんが多く、沢山仕事をなさっている。
愉快な絵を描かれる“村上豊”さんも頑張っておいでになることが分かる。

今年一年もまた時代小説で愉しませていただこう。

粘り強いのか?あっさり型なのか?

  • 2009/01/09(金) 20:46:38

根気よく粘り強い企業なのか、あっさり見切りをつけるのが上手なのか、不思議な会社が「シャープ」であるような気がする。
日本初の電子レンジを発売したのも、電卓(電子式卓上計算機)を世界で初めて世に出したのも、お馴染みの液晶パネルを開発したのも太陽電池を量産したのも、この「シャープ」であります。しかもそれらのほとんどは1960年代の話であります。
これらは今でも粘り強く、しかも世界的な規模での量産品として確固たるものがあります。

ついでながら“シャープペン”、あるいは“シャーペン”と称している“シャープペンシル”も、シャープ電気の創業者の開発によるものとある。

ところが70年代後半のパソコン“メビウス”>、パソコンテレビ、そしてザウルス、あるいはビューカムといっていたムービーなどは、今は撤退して発売していません。
液晶画面のついたビューカムなんて名のビデオムービーは、確か8㎜テープであったような気がするし、当時40%のシェアがあったはずです。
パソコンの方もとても液晶画面が綺麗で人気がありましたね。

なんなのでしょう、この見切りの良さは。諦めが早いのか?、転換がスムーズなのか?
いずれにしても、愉快な珍しい企業ではありますね。

鰻は美味いねえ。

  • 2009/01/08(木) 08:56:23

鰻は実に美味いね。
これは大好きだという理由のほかに、この地域には実に沢山の鰻屋があるので行きやすいからだろう。
私の食べ物屋のリストだけでも、鰻屋は13件もあります。
中でもこの西都市南方にある『入船』だけは、県内外にも有名な老舗であります。
県の内陸部、西都市にあって、近くに川も港もないのに“入船”とは愉快な名前ですな。

<「入船」のうなぎ定食>

食事unagiirihune

写真だけ見ると、何処のでもあるような定食ですがこれが美味い。
鰻はふっくら柔らか、たれはからみの良いこってり加減で、甘くも辛すぎもせず絶妙です。
とにかくいつも満席で、行列が出来るほどで、昔は隣り合わせにある南方神社の境内にたむろして待つのが流儀でした。
さすがに近年は、待合室を別棟に建て増しされ、寒い中を外で待つということもなくなりました。

そうです、冬でも大変に多いのです。
鰻は夏のもの、土用の丑だけの食べ物ではなく、年中多いのです。
昨日も大いに満足をして帰りました。

そうそう、こちらの店は吸い物が“肝吸い”ではなく、“呉汁”です。
これが又美味くて、体を温めてくれる最高の味です。

〒881-0027
宮崎県西都市穂北
㈲入船
TEL(0983)43-0511
FAX(0983)42-6681
Eメールirifune@yacht.ocn.ne.jp

久々の遠出は、三社参り。

  • 2009/01/07(水) 20:18:43

久々にちょっと遠出をしてまいりました。
と言っても、宮崎市よりちょっと離れた西都市ですが・・・。
こちらの西都古墳群でも有名な古い歴史ある町で、静かなたたずまいと何処へ行っても歴史を感じされる史跡が沢山ある町です。

本日は三社参りをして参りました。

<三宅神社>
神社miyake01

この三宅神社は、由緒ある神社なのですが、なにせ田舎の田舎にあるため、人っ子一人いません。
神社の神域はかなり広く、周りには手の入った杉木立がびっしり育てられた森があります。
神社の建物は古く、かなり老朽化はしており、色あせてはいますが威厳のあるものでございましたね。

<南方神社>

神社minamikata01

こちらの“南方神社”は西都市穂北というところにあり、有名な西都古墳群のある西都原から下ってきた場所にあります。
静かなたたずまいの神社は、巨大なクスの木が境内に茂っており、立派な神社です。
宮崎でも有名な“入船”という鰻やが隣にあり、連日人でいっぱいなのですが、幸い今日はあまり見かけませんでした。

<都萬神社>

神社toman01

この“都萬神社”は、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)をお祭りしてあるらしく、この地ではとても有名なところであります。
映画のロケに使われたりして、平素でも参拝客が多く、縁結びの神様と言われています。

<ちょっと遠景から見た都萬神社の社殿>

神社toman02

<面白いものを見つけました、周りを囲んだ石碑の人名>

神社toman03

今では忘れられた「ロッキード事件」の関係者でいらした有名人です。
かなり古い石碑ですから、随分と昔にご寄付をなさったのでしょう。

<これも有名だった天然記念物のクスノキ>

神社toman04

樹齢は1200年以上、幹周り????。巨木でした。
今は落雷によって燃えてしまったクスノキです。昔は天にそびえて、空が見えないほどに茂ってました。
枯れかかった幹の先端から、新しい枝が沢山芽吹いています。
新しい世代交代を見たわけです、私たちは。

懐かしく再放送を・・・・。

  • 2009/01/06(火) 20:54:32

ずいぶん前に放送された『愛と青春の宝塚』を観ました。
再放送で、前回は2002年ですからかなり前ですね。
何せ出演者全員が若い。

同タイトルのミュージカル仕立てを、元宝塚の方々で公演して回っているらしい。
多分この宣伝に意味も兼てか、二日続けての前編後編で放送されました。

私はただ中谷美紀さんが出ているから観ただけで、なにも宝塚ファンでもなく、それも何かをしながら適当に観る感じでしたね。
ちょっとあのタカラジェンヌと言われる方々のメイクアップが苦手なので、とても真剣に観る気にはなれませんでした。
後編には肝心の中谷美紀さんも死んでしまうので、途中で放棄。

滑稽なシーンが多く、まあまあの作品だったのでは・・・。
中谷美紀さんが何の役で出ていて、しかも途中で死ぬことすら忘れていたくらいですから、前回の時もいい加減に観ていたのでしょう。

そういえば中谷美紀さんは、これも以前にラジオの番組で、「宝塚の女優さんの出待ちをします」とか言われたことがあったので、ご本人さんは宝塚ファンなのでしょうね。

仕返しも時には面白い。・・・・その②

  • 2009/01/05(月) 20:51:39

佐藤雅美著『四両二分の女』、「物書同心居眠り紋蔵」シリーズ・六作目。

本来、シリーズ物はやはり順序通りに読んでいくものであります。
ただ私のように、読む本を図書館から拝借して利用している者にとっては、これがかなわないことが多い。
八作まで書かれていて、その六作目を読んでいなかったら、なにゆえにこの物書同心紋蔵が定廻り同心になっていたのか理解できずにいた。この六作目を読んでわかった。

何度も書いてきたことではありますが、この著者佐藤雅美さんは結末が面白い。
各章の終わりの部分に意外な展開や、なるほどといった結末を見せて下さって愉快だ。
それがことごとく細かくは最終が書かれない。
ページにして数行、たったこれだけに上手に語られる。
が、・・・が、それに子細は語られない。つまり作者は最後まで語らない。

なんと表現すればいいのか、こなれてくるとこれがたまらないくせに感じる。
「あれっ!て言うと、この人物はどうなったの?事件は?」
なんて言うことになることもある。
完全に解決されたり、その後がどうなったか知りたいという読者の期待は、まあ作者はどうでも良いのかもしれない。

読者自身の問題でありますな、それは・・・。

九仞(きゅうじん)の功(こう)を一簣(いつき)に虧(か)く


ところで、こんな今の漢字にしては書けない言葉が出てくる。
偉いもんです。意味はおおよそつかめても正確ではないので、便利なネットで調べました。
『歴史と文藝』という所に詳細がありました。ちょっと引用をさせていただきますと、

「せっかく九仞(一仞は八尺)の高さまで山を築きあげても、最後の一籠の土を運ばないでやめてしまうなら、山ができあがったことになりましょうか。周国を築く仕事もこれと同じことです」と言ったことから、もう少しで成功する、成就するという間際まできて、失敗したときなどに使われる。


こんなことは本読みには実に楽しいことなのです。

のんびり本など読んでても良いのかな?

  • 2009/01/04(日) 21:09:37

のんびりと時代小説など読んでても良いのかな?って思うことがあります。
読んでてもいいのですが、世の中何もせずにのんびりしている場合でもないような・・・・気もする。
だいたいにおいて、時代小説の中で流れる時間や、あるいは登場人物などはあまりあくせくしない。
事件を扱った捕物帳でも、話が数ヶ月にまたがって季節が変わることも多々あります。
現代のように時間の観念がない時代、しかも夜明けから日没までが生活時間だったかの時代小説の中の人々は悠然と暮らしている。

ところがここへ来て、年末から非正規雇用の人々の失業や、宿泊施設からの追い出しだとかで、世間が慌ただしく、実に切ない事が多く起きている。
企業はこれらの人々を、人間という意識ではなく、たんに企業利益生産動物であるかのように扱っている。利益を生まない動物には、えさもあげないし、宿舎も取り上げてしまう。
この迫害は何とかならないものか?
企業は責任をとらないのか?
政治家は動き出さないのか?

未曾有の不景気と言っているこの時期に、人間的行動をとるのはほんの一部の優しい人々です。
此処は田舎なので、個別にお助けすることは出来ないから寂しいのだが・・・・。

大企業は優遇された税制の上に、減収であっても、株主には増配をするという。
こんな非人間的な行為が許されるのかしらね。
こんな企業の社員という人々、あるいは上層部の人間には高い給料が支払われ、この寒い冬空にもぬくぬくと生きている。
こんな人々には、下々の生活は見えないだろうね。

落語に“ト”のうえに横棒をひいて『下』、“ト”のしたに横棒をひいて『上』という。下々の者は、上に棒があって上が見えず、上つ方は下の棒が邪魔して下々の生活が見えない。
まさにこの状態ですなあ。

“髪”は、“髪”でも・・・。

  • 2009/01/03(土) 08:27:10

不思議な言葉があるもので、“怒髪(どはつ)”などというのがその一つです。
髪の毛に意識や意志があるわけはないから、髪の毛が怒っているのではなく、怒った人間が髪を逆立てることを言いますね。
ちなみに辞書では、

どはつ【怒髪】
激しい怒りのために逆立った頭髪。
怒髪(どはつ)、天を衝(つ)く
怒髪が冠をつき上げる。激しい怒りの形相になる。怒髪冠を衝く。


謂わばサイヤ人に変身したときのような髪型でありますが、この冠を突き上げるという例からも、偉い人ほど怒りが大きく恐ろしく、又怒りやすい。
また、“怒(いか)り心頭(しんとう)に発(ほっ)する”と言う言葉があり、これも激しく怒ることで、やはり怒りというものは“頭に来る”ようだ。
年をとると、脳卒中などの頭の中の病気が心配だから、あまり“頭に来ない”ように努めなくてはいけない。

またまったく違った言葉ではあるが、髪の毛に関して“螺髪(らほつ)”という珍しい言葉がある。螺髪(らほつ)とは、お大仏様の頭の部分のでこぼこで、これは髪の毛を表現したものです。螺旋状に巻いた巻き貝のようになっていて、異人さんのウェーブにある巻き髪を単純化して表現したものでしょう。
ただ“髪(はつ)”ではなく、“髪(ほつ)”と読むところが仏教的ですな。

ついでながら、調べる途中で書かれていて分かったのですが、
“怒(いか)り心頭(しんとう)に発(ほっ)する“怒(いか)り心頭(しんとう)に達(たっ)すると思っている人が多いということです。

仕返しも時には面白い。

  • 2009/01/02(金) 21:36:49

<村上豊さんの表紙絵って、どこか魅力的で、どこが上手いのか?>

本satoyonryonibu

佐藤雅美著『四両二分の女』、「物書同心居眠り紋蔵」シリーズ・六作目。
現在八作書かれている「物書同心居眠り紋蔵」シリーズですが、この六作目だけが読んでいなくて、ようやく読めました。
「縮尻鏡三郎」「町医北村宗哲」「啓順旅シリーズ」「半次捕物控」「八州廻り桑山十兵衛」、そしてこの「物書同心居眠り紋蔵」と沢山のシリーズ本がこの著者にはあるのですが、やはりこれは面白い。

私の私見ですけれど、この佐藤雅美さんには好みがあると思います。
好きな人にはたまらないでしょうね、私も含めて・・・・。

男運
制外の役
四両二分の女
銀一枚
猫ばば男の報復
腐儒者大東桃昏
湯島天神一の富
名誉回復の恩賞


本当はこのタイトルになっている「四両二分の女」が面白いんだろうと思います。
ただこの話はちょっぴり後味が悪い。
結末の付け方と、美人の江戸芸者が吉原行きになることが、結果的に解決されなかった。

帯にはこう書かれている。

御白洲に引き出された
とびきりべっぴんの江戸芸者が
紋蔵の名を呼んだ。


奉行所が敢行した前代未聞の刑“吉原送り”に一矢報いようとした紋蔵だったが・・・・。



つまり“・・・・。”の部分で、紋蔵は力を出せずに終わってしまいますし、その結末が始末が悪い。

で、それよりも面白かったのが、「猫ばば男の報復」。
これは複雑な仕返し劇です。
しかも婉曲的な仕返しで、読んでいてもそれに気づかされるのは随分と後になってからです。
人に仕返しをしたり、復讐するのは現在ではよくは思われていません。
でも人は仕返しをしたい。
小気味よく仕返しをしたい。
しかも相手にわからぬように仕返しをしたい。

この点でとても面白い。所詮綺麗事を言っていても、浅はかで、ずるいのは人間ですものね。

あけましておめでとうございます

  • 2009/01/01(木) 21:27:35

今年も無事新年が迎えられました。
朝からお天気も上々吉で、最高な日和でありました。
家内は連日、新年のおせち料理を作って大変でしたが、私はと言うとちょっとしたお手伝いしかしませんし、のんびり過ごしました。

子供たちが集ってきて、楽しく食事をして、語り合い、三々五々と帰って行きました。
だんだんと彼らも家族が出来、お付き合いもあるらしく、子供の頃のように我が家にべったりというわけにも行かないようだ。

食べ散らかしたものなど片付けたり、皿洗いを手伝ったりと加勢を少しだけして、のんびり過ごした。
健康に、美味しく食べられればそれが良しと家内は言って喜んでいます。
後片付けなどもなんの厭うこともなく、せっせと楽しんでいるようです。
この人は偉いね。

家内は喜んで食べるだけで帰って行く子供たちを機嫌良く見送っていた。
私だったらちょっとは何かを言いそうだけれど、
「お~い、茶碗くらい拭いていけ」くらいは・・・・。

母親って偉大だねえ!!!真似は出来ないね。


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