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“女敵討ち”とは・・・

  • 2008/02/06(水) 19:20:52

<本の裏表でストーリーが語られている蓬田やすひろさんの絵>
本sawadamienaihashi02

澤田ふじ子著『見えない橋』
本の表表紙には、旅を急ぐ武士の姿が描かれている。そしてなにげなく裏を返すと京へ逃げるように急ぐ旅姿の男女が見て取れる。
この本を読み出す前にテーマが“女敵討ち”であることが読み取れる。

め‐がたき【女敵・妻敵】
自分の妻を寝取った男。姦夫(かんぷ)。間男。
めがたき‐うち【女敵討ち】
間男を討ちとること。


武家社会においては最も恥ずかしい出来事であります。親の敵討ちは誉れであり、武士にとっては半ば公の大事としてお免状も出るし、なにかと社会的にも支援を得られやすい。運良く討ち取れれば帰参が叶い、名誉と栄誉が取り戻せる。
そこへ行くと“女敵討ち”とは、本人にとっても不名誉であり、恥ずべき旅立ちではなかったろうか。藩の支援も受けられないまま、この旅の名目すら“素懐”と称した素っ気ないものである。仮に目的を果たしたとしても称えられる訳でもなく、事柄が事柄だけにひっそりと行われたであろう事は想像出来る。

大垣藩では藩祖戸田氏鉄の入府以来、この二百年近くに親の敵討ちに旅立った武士が七人、女敵討ちが二件数えられた。
その中で親の敵を討って帰藩したものが一人。残りの六人のうち五人が消息不明、一人が返り討ち。女敵討ちに出かけた二人はいずれも行方を絶っていた。(本文中要約)


小説のテーマとしては話が面白い。ストーリーの展開が静かで、内容は最後まで暗いのだが、登場人物の優しさや、主人公がふれ合う人々の描かれ方が見事に功を奏している。
人と人がふれ合うことは、旅の厳しさの中で得難い人間の根幹を見るようで、とても心温まる。儚い小説の中で唯一人間らしさが感じられる。

「一人なら見えぬ橋でも、二人でも見える橋もあろう。夫婦とは遙かむこうに大きな夢を抱き、ともに手をたずさえ、彼岸への橋を渡っていくものじゃ。その橋にも危ういところも、しっかりしたところもある。二つ合わせて一つの橋と心得ねばなるまい」


この本の主題「見えない橋」について書かれた言葉は、皮肉にも婚姻がすぐの寝取られる前の主人公が妻に語る台詞で語られている。具体的に本のテーマだ直裁に語られることは珍しい。
“ばかばかしく哀しいが、自分は何かに酔いしれている”
主人公が最後の最後に取った行動に、この様に結論づけている。
澤田ふじ子さんの著作物では、京都弁のあまり出てこない珍しい長篇でした。
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