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新たに増えて、するようになった事々。

  • 2008/03/19(水) 07:15:02

父は信心深い人間でありました。
三十年以上も昔に仏壇を買い込み、ぬ十年近く以前に自分の墓を建てておりました。
次男でありましたので、この仏壇にも、墓にも、物故者がないにもかかわらず、毎日欠かさずお勤めをはたしておりました。自分が動きがおかしくなると、孫に僅かな小遣いを持たせて、墓掃除を頼むような人でした。

何故に孫かというと、私も母に似て不信心で、墓とか仏壇とかが苦手で、手あわせるのもしないものでしたから・・・
私の母など平気で、誰の魂も入っていないのに、花をあげたり、お菓子を供えたりと不経済だと言うくらいでありました。存外に信心深く、優しくお供えなどに手伝っていたのは、家内の方でした。

そんな私や母にも、さすがに本当に位牌などが入ったりすると、態度が変わるものです。
毎日線香を絶やしませんし、お菓子や果物のお供え物は山盛り、花など好きでもなかった父でしたが、これもいつも綺麗に飾られています。
それから墓にも参ります。
なんなのでしょうかね?一つの贖罪でしょうかね?

信心深い父が喜ぶであろうと考える、生きた方の人間の満足感なのでしょうか。
それでもいいかと、今までしなかった仏壇や、墓に手を合わせる日々です。
そう言えば、孫である私に似た子供達も、時折やってくると自然に仏壇に線香を上げて拝んでいます。何を拝んでいるものやら、聞いてみたい気もします。

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