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一ページ毎に、何かの秘密に近づいて行く面白さ。

  • 2008/03/20(木) 15:09:43

<土佐光起の描く清水寺の屏風絵を表紙に飾る>
本sawadayagate

澤田ふじ子著『やがての蛍』、「京都市井図絵」と副題がついています。
澤田ふじ子さんのシリーズ物で、「土御門家陰陽事件簿」というものが大好きです。このシリーズの主人公になる人物と、今回のこの本との主人公にはとても似通ったイメージが漂っていますので、とても気に入っています。

貧しくとも志高く・・・・。
京の市井に生きる人々の哀歓

 清華家の庶子として生まれながら、長屋に住まう武芸の達人・猿投十四郎。
 彼の隣に住む謎の按摩・彦市。
 京の風呂屋《梅乃湯》を舞台に繰り広げられる人間模様を情感豊かに描く


帯に書かれた文句の通り、謎の按摩・彦市の存在はある意味不気味ではありますが、この人物はあ人間味がある人柄を表に書かれていますので正味を惹かれます。
二人の関係が、1ページ、1ページと読み進むうちに謎解きされていき、なおも興味がそそられていきます。

馴染み深くなった京言葉で書かれたこの小説は、「京都市井図絵」と銘打っているだけに、風呂屋や長屋に於いて庶民が生きていく様を事細やかに描いています。
江戸の言葉と違うしっとりとした表現も時には、
「こらあ市助、梅乃湯のお客はんたちの前で、騒々しいがな。ご迷惑をかけてんのが、おまえにはわからへんのか。いつもいつも悪さしおってからに。どれだけしばか(叩か)れたら、大人(おとな)しゅうなるんじゃ」
といったような乱雑ではあるが情のこもった子供を叱るシーンなどに生かされています。また子供を叱りながらも、廻りに気配りして謝る父親というものが、子細に表現され人々の付き合いの大切さがうかがわれる市井小説でもあります。

「(前略)・・・・
およそ坊主というものは、ご先祖さまの霊や、地獄・極楽などともうし、わしらの死後までを質に取り、金を貪(むさぼろ)うと企てておる。・・・・。南無阿弥陀(なんまいだ)と唱える経文も、わしには何枚だと、小判を数える欲の声にきこえるぞよ。・・・・(後略)」


これなど庶民の会話として、私たちの声を代弁するような気持ちで嬉しく聞こえてきます。

本日の覚え書き
本文中の文面そのものを抜き書き。

物を包む布を風呂敷というのは、風呂から生まれた言葉。江戸時代初期、武士が町湯を訪れて入浴する際、衣服や大小をこの布に包み、また風呂から上がったとき、これを脱衣場に広げて坐り、身形(みなり)を整えたからであった。
室町時代、すでに風呂敷の名称は存在していた。

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