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痛快無比、しかも健全なり。

  • 2008/04/18(金) 08:54:56

<重々しい蓮の花の表紙絵、その割に内容は明るい>
本sawadakataku

澤田ふじ子著、『家宅の坂』

突如、言い渡された永御暇(リストラ)。
絶望、憎悪、嫉妬・・・。

京を舞台に下級藩士の生きざまを情感豊かに描いた傑作長篇


まさに傑作長篇でありました。
四百頁を超す大作で、創作に二年半と書かれています。
“永御暇”と書いて、“ながのおいとま”と呼びますが、江戸時代のリストラクチャーです。
藩政が苦しくなると、まずは藩士の知行の借り上げという名目での減給があります。それでも酷い財政難には藩士の首切りが行われます。
その前には、当然農民への苛斂誅求があるのでしょうけれど・・・・。

武士というものは、武家社会が安定化すると、段々に数が必要にならなくなります。藩家を守るための存在ではありますが、争いもなくなり、警護などの謂わば形骸的なものになる中期以降は、余り数を保つことがないわけです。
そうすると役に立たない人は“永御暇”ということになるのでしょうが、これが現代と同じで、役に立つ人、立たない人ではなく、また能力にも関係なく、人脈、家柄、人間関係が左右するのです。
武士としての本来の剣の腕前も、査定の対象にはなりません。

この物語はそうした割を食った“永御暇”にあう主人公が出会う、いろいろな出来事が中心です。
それらがすべて主人公や、彼をとりまく母親、嫁、友人、その他の沢山の人々の暖かい人情で片付けられていく痛快なお話であります。
誰もが暖かく、沢山の人々の知恵が生きてくるお話です。

いつも澤田ふじ子さんの書き物には、いろいろな知識の披瀝があるのだが、定説になっているような言葉にもその本質的な意味合いが違うことが語られています。

江戸っ子の気質を示す、“宵越しの金は持たない”との言葉があるが、これなど安易に消費生活をあおる目的で、商人たちから言い出されたものであった。
また京の着倒れ・・・の言葉も、もとは日本の呉服所といわれた西陣の織元たちが、消費を大きくうながすためいい出したと、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』は、正確に書いている。

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