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公徳心や宗教心、倫理観を高める読み物。・・・・その③

  • 2008/04/24(木) 20:21:30

澤田ふじ子著、『にたり地蔵』にこだわっている。
というのも、改めて読書リストを整理してみたら大きな勘違いをしていた。この「公事宿事件書留帳」シリーズの前半の三冊を読んでいないような気がしていたが、随分前にこの三冊は“廣済堂出版”から出ているのを読んでいた。現在は“幻冬舎”の扱いになっていて、自分のリストではシリーズから漏れていた。

澤田ふじ子さんは多作の作家さんで、六十冊近くを読んでいて、作品群はもっと多くあるはずだ。シリーズ物だけでも大雑把に調べてみると、四十巻以上を書いておられる。

公事宿事件書留帳 15巻
祇園社神灯事件簿 5巻
足引き寺閻魔帳 8巻
禁裏御付武士事件簿 3巻
真贋控帳 3巻
高瀬川女船歌 4巻
土御門家・陰陽事件簿 4巻
酒解神社・神灯日記 1巻
京都市井図絵 2巻


そこでまた『にたり地蔵』に戻るわけですが、この短編の最後の作品はたまらない。その表題が“最後の銭”というのも愉快です。
長い時間空き地になっていた土地から、銭だけで九百四十八両二朱五文という大金が、甕に入れられて埋められているのが見つかった。
これだけの大金故に、現在の地主を始め、沢山の人々が自分の金だと届け出てくる。いろいろ調べる結果、出てきた銭の発行された時期から類推して、元その地で質屋を営んでいた男のものと考えられる。ところが肝心のその男は自分で名乗り出てこない。京都中の噂になっているほどなのに、持ち主と思われる男は沈黙をしている。
しかし、その男が見つかり、奉行所の手のものが吟味をすることになる。
その時のその男の言い分は、実に痛快無比、正義の心というのはこうあるべきであろうが、書いてる作家さんも恥ずかしくなるほどの、この男の信念は見事であります。

「わしがなんで、町奉行所に届け出なあかんのどす。確かにわしの家はあの場所で、何代も質屋を営んでました。わしは父親の民右衛門が急死したあと、半年ほどで主として質屋をやってました。けどわしが商いをつづけたんは、質入れされた品物を、期限がきて請け出しにきはるお人を、待ってたからだけどすわいな。(中略)こんな商いは嫌やなあと、ずっと思うてました。
銭を借りにきはる貧しいお人を見て、思うたのではありまへんえ。わずかな銭でもなかなか貸さへん守銭奴のような親父が嫌やったんどす。」


というこの男は七十にもなるのに、芝居小屋で下足番をしているのです。何もよくがなく、来下さるお客様の下足を綺麗に拭いて差し上げるサービスまでされている立派な人物です。

「世の中に銭ほど嫌なものはありまへんけど、いざというとき、銭ほどありがたいもんもありまへん。ほんまに銭とは因果な物どすわ。そんな家に商いから考えたんは、銭みたいな物に関わらんと、暮らしを立てていけへんやろかと、いうことばかりどした。
人間には人に見せてはあかん顔が三つありますがな。一つは厠に入って蹲っている顔。二つ目は女子はんと睦み合うている顔。三つ目は銭を数えている顔やといいますわなあ。あのころわしは、どんな貧乏でもええ、おだやかな気持ちでくらしたいなあ、ひたすらそれを思うてました。
あの土地から出てきた埋蔵金、わしの父親の民右衛門が、守銭奴の顔になって、せっせと詰めこんだ銭やということぐらい、わしにはわかってます。そやけどそんな銭、わが物としてなんになりますのや。銭は魔物。持ち馴れん者がもったら、怪我をしてしまいます。銭を持つにはそれなりの器量が必要どすわ。好んで芝居小屋の下足番になったわしに、そんな器量なんかありますかいな」

こんな高い見識を持つということは、誰にでも出来ませんよね。
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