スポンサーサイト

  • --/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

書き方が変わったのか?読み手が成長したのか?

  • 2008/06/21(土) 08:26:12

<燃え上がる紅蓮の炎から人助けをする男が>
本sawadaebisukaji

澤田ふじ子著『恵比寿町火事』、副題は「公事宿事件書留帳」。
シリーズも八作目となるが、他のものより若干は異色に感じる部分がある。
それが何であるかを考えてみた。犯罪者が犯罪を犯す小説ばかりでは救いがないので、今回は人助けをしたり、あるいは犯罪を未然に防ぐために主人公たちが動き出すことのようです。
しかも過去に犯罪を犯した者どもに対する愛情は、事件の再発や再犯を望まない作者の心が登場する主人公たちに反映しているのだと感じます。
以下の八編のどこを読んでもそのように感じます。

仁吉の仕置
寒山拾得(かんざんじっとく)
神隠し
恵比寿町火事
末期(まつご)の勘定
無精の酒


時代小説においても、普通の小説においても、通常は事件が起きたり、殺人行為がなされた後を究明していく者が多い。つまりは事件が起こらなければ、小説が成り立たないはずです。しかし上手に不自然さをなくした体で、島帰りの元罪人の更正や、押し込みに入ろうとする直前の盗賊が火事場での功労といった、極めて人間的行動がどの章を読んでも読み取れる美しい小説でした。
人間に業はあるけれど、決して悪を背負って生まれてくる者はいない。
スポンサーサイト

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。