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ちょいとアクが足りないかなという小説。

  • 2008/07/13(日) 07:25:24

<歌舞伎のような綺麗すぎる男女、小村雪岱の日本画>
本saekirurinoteara

佐伯泰英著『瑠璃の寺』
先に表紙のことですが、芦澤泰偉さんの装丁で、表紙絵は日本画家・小村雪岱描く「鳥辺山」となっています。
無知識な私でもこの画題は、岡本綺堂作の新歌舞伎「鳥辺山心中」であろうと推察します。
となるとあまりこの本の内容とは違ってきますし、大体この本の主人公は最初の一ページ目に、身の丈六尺二寸、筋骨隆々、刃渡り一尺九寸の脇差しが短く見えると書かれた人物ですから、おおよそ似つかわしくありません。

ストーリー全体は面白い。長崎から来たばかりの主人公が遭遇する事件の登場シーンを始め、起承転結が上手に書かれているし、また回りに登場する人々や、謎の仕掛け方などとても綿密であります。また根本のストーリー自体もとても面白い。
関わってくる怪しげな集団の長が、かの非人頭・車善七であります。争う相手もエタ頭・矢野弾左衛門をはじめ、元長崎奉行や、元長崎代官、目付などとなっている。

でも、なにか足りない。アクがない。立ち会いのシーンにしても、人々の暮らしにしても、登場人物にしても、短いながらも花魁との情交シーンすらも・・・。
多分作者さんは、表紙絵のごとき清純なイメージの、清らかで潔癖な方なのかもしれません。
不潔感がどこにもない。中身の割には・・・・。

「こびと」「ひにん」「えた」といった単語を入力すると、これらは差別用語なのか変換できない。「小人」は、(しょうにん)か(しょうじん)で変換できるが、後者の「非人」「穢多」は単漢字でしか変換できない。

「非人」
1 江戸時代、えたとともに士農工商の下におかれた被差別階層。また、それに属する人。遊芸や刑場の雑役などに従事した。明治4年(1871)の太政官布告で法的には平民とされたが、社会的差別はなお存続した。
2 仏語。人間でないもの。天竜八部衆や悪魔などをいう。
3 出家遁世した僧。世捨て人。また、非常に貧しい人。


「穢多」
中世および近世における賤民(せんみん)身分の一。江戸時代には非人(ひにん)と呼ばれた人々とともに士農工商の下におかれ、居住地も制限されるなど、不当な差別を受けた。主に皮革業に従事し、犯罪者の逮捕や罪人の処刑などに使役された。明治4年(1871)の太政官布告で法的には平民とされたが、なお「新平民」と呼ばれた。社会的差別は今も残存している。


今時こんな言葉は使われないし、意味すらも知らない人もおいでになるでしょう。
これらの人間以下とされた差別された人々について、この本は書かれている部分が多いのですが、ワープロの変換と同じで差別用語そのものを受け付けない、この感覚で書かれているような気がします。ちょいときれい事過ぎるような出来映えでした。
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この記事に対するコメント

よくは知らないけれど

文中の「穢多」「非人」は、歴史に時間に習いました。
差別をなくすことはできませんよね、いつまでも。
新聞のニュースなどで、「無差別殺人」だとか、「無差別攻撃」だとか、悪いことには、差別がないことを表現します。
とてもおかしいことです。
ちょっといい着眼だと思いませんか?

  • 投稿者: 小里君
  • 2008/07/13(日) 18:21:32
  • [編集]

そうですよね。

小里君さま
良い着眼過ぎますね。
差別がないという意味合いでは、「無差別」という言葉は良い意味なのでしょう。
ただ“無差別”=“誰でも彼でも、相手かまわず”という悪い意味の方が多いことは本当に私も残念です。
何かのスポーツの種目に“無差別級”ってのがありませんか。

  • 投稿者: 光ちゃん
  • 2008/07/13(日) 20:42:47
  • [編集]

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