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特集記事が見たくて、読んだ“中央公論”

  • 2008/07/14(月) 07:25:55

<中央公論の表紙、下の方に“志ん生”さんが>
雑誌chuko4

普段こんなものは、あまり読むことはないのですけれど、表紙のずっと下の方に書かれた“落語の「通」になりたい”という文言を見て読んでみた。
それ以外の項目は全部無視。
なにも“落語の「通」になりたい”訳ではないけれど、ぱらぱらめくった中味が良かった。

<特集の中表紙の絵>
雑誌chuko42

とても雰囲気のある高座の挿絵も気に入りました。

「名人不在の落語界に未来はあるか」京須偕充/落語評論家
「落語家の食卓(祖父・志ん生、父・馬生の思いで)」池波志乃/女優・エッセイスト
「吉原いきつもどりつ(足の向くままいちにち散歩)」池内紀/ドイツ文学者
「CD&DVD特選30(落語の歴史がスイスイわかる)」長井好弘/落語評論家
「三遊亭圓朝だって新作落語家なんですよ」対談


落語評論家なる職業が存在することを初めて知った。なんでも評論家というものはいるものですから、落語に評論家がいてもおかしくはないが、下世話な芸能評論家のイメージがあるものだからちょっと敬遠がある。
そういえば最近では、本物の芸能について語る芸能評論家と、つまらないTV芸人のうわさ話を追いかけているつまらぬ輩を芸能レポーターと区別をするようになってはいるみたいだ。

で、肝心の中味だけれど、「名人不在の落語界に未来はあるか」については、1980年代までの話までを落語の歴史のお温習いとして読んで、後半は読まなかったので、未来はどうなるのか知らない。
勝手に未来を予想なさるのがいいので、先を嘆く繰り言には違いなかろうから・・・・。

池波志乃さんの「落語家の食卓」は、ちょっと愉快でしたね。
身内でしか知り得ない話と、志ん生師匠と馬生師匠の対比は、話には聞いていても、こうして具体的に語られると短文ではあるけれど感心してしまう。
たまたまというのか、家電店のTVコーナーの画像に、この池波志乃さんが映っていた。18歳でデビューされた子供の頃の写真が眺められた。可愛くない。
そして現在はもっと怪奇で、一時期いい女になったなと感じた時期はあったのですが、元が元だけに仕方のないことなのかもしれません。ただそれは見てくれだけのことで、やはり下町のしかも生粋の芸人さんのおうちに生まれた女性だけに気っぷが良さそうだ。(あくまで推察ですが?)
で、文章も面白い。小さくエッセイストと書かれておられるので、文才にも自信がおありなのでしょう。
愉しい読み物でした。

「吉原いきつもどりつ(足の向くままいちにち散歩)」については、これは軽い読み物で、池内紀さんとおっしゃるドイツ文学者が、昔の吉原と現在とを比較しつつ、歩かれた紀行文。
「明烏(あけがらす)」「付け馬」という古典落語を題材にとって、現代の吉原風景との比較は、今も昔も変わらぬ色町の変わらぬ生業を紹介くださった。

「CD&DVD特選30(落語の歴史がスイスイわかる)」については、資料程度にメモをとりました。これまた長井好弘さんなる落語評論家がお書きですが、こういうところに大事な仕事があるのですね。
高座で落語を聞くばかりでなく、一般大衆に知識をお授けくださる大事な役目がおありになるのです。

最後の対談「三遊亭圓朝だって新作落語家なんですよ」については、対談相手が好きそうになれない若手落語家の写真が載っていたので読まずに省きました。

これで私も「通」に慣れたのでしょうかね。
やはり田舎に住んでいて、高座ものぞかず、古い古典ばかりを聞いている頑固者には、ちょっとした刺激ですかね。面白かった。

全然関係ないが、雑誌の中のカラー刷りに「セカンドライフ羅針盤」というタイトルで、“デジタルカメラの上手な使い方”という解説文が載っています。
白いニット帽をかぶった好々爺とおぼしき男性を見て驚いた。かの有名な立木義浩大先生ではありませんか。かつて写真好きな学生であったころに、新進気鋭のこの写真家(当時は弟さんも有名でしたが)を訪ねて狸穴あたりを徘徊し、サインをねだったものです。
いやあ、お年をお召しになったです。ちょっと驚きました。
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