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「似ているな」とふと感じた二つのこと。

  • 2009/01/21(水) 23:02:08

5代目古今亭 志ん生の落語『文七元結』を聴いていて、はらはらと涙した。全くの深夜で、真っ暗な中で聴いていると、声だけで心にしみて来て話が生きてくる。

先日聴いた『火焔太鼓(かえんだいこ)』の時にも感じたことだが、ご子息だった3代目古今亭志ん朝が同じ演目をやると似ていた。声の質が似ているのだろう。
志ん生の方が枯れてはいるので、普通に聴いていると違うんですが、しかもお顔はそれほど似てると感じていなかったが、声は実によく似ている。

私のように高座に行ったこともなく、しかもこれほど古い噺家さんともなると動く映像が少なく、動く姿を見たことがない者は、志ん生師匠の所作が見えない。
声だけが頼りで、噺の間の無音の部分の所作を想像して聴いている程度の落語好きには、この声が似ているという発見は嬉しいものですな。
すでにお二人は鬼籍にお人で、仲良くあの世で競演をされておいでかも知れない。

もう一つ、似ていると感じたことがありました。
髪を洗って、そのままぼさぼさにして、鏡を覗くとその髪型が誰かに似ている。
顔は死んだ父に似ているのは、生まれつきだから気にもならなかったが、そのぼさぼさの髪だけが孫に似ている。
私は普段丁寧に七三分けして整髪をしているのだが、洗髪した後の髪は前に流れる毛流でしかも硬い。
先日法事で遊んだ孫の髪も、同様な気がする。
この孫の父親、つまり私の長男は私に似ていないので、いままで気づきもしなかった。

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