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昔と今では笑いも違うね。

  • 2009/04/09(木) 09:38:51

私は“古典落語”が大好きであります。
田舎に住んでますので、寄席などには行ったことがありませんが、昔からラジオで馴染んでます。五代目古今亭志ん生さんなどは、TVでも動く映像を見たことがありますが、ほかの方々はあまりありません。

で、現在はと言うとiPODという便利な道具で聴いております。
古今亭志ん生八代目桂文楽三代目三遊亭金馬などと言った名人から、三代目桂三木助六代目春風亭柳橋あたりまで、オーディオブックで購入して、このiPODで聴くことが出来ますし、他にもPodcastで“ぽっどきゃすてぃんぐ落語”、“お台場寄席”を無料ダウンロードして聴くことが出来ます。
いろいろ聴けるのですがいつまでたっても、音の世界でしか楽しめない訳なのです。
でもそれが音の世界であるだけに、いろいろな事を聴き取れるのです。
噺家さんが此処はこうしている、こんな所作をしている、扇子を使って擬音を出している、まあその想像の世界の愉しいことといったらありませんし、その奥深き広がりは直接に見聞きする以上に想像力が豊になります。

ところがこの“ぽっどきゃすてぃんぐ落語”、“お台場寄席”を聴くようになって感じることですが、若干違和感があるのですよ。
“かつらぶんぶん”、“やなぎやしょっぱな”、“さんゆうていきつつき”などといったひらがなで書いた方が読み安いような若手が、頑張って語るのです。
技術的に未熟であったり、声そのものが練れてなかったりするのは、それは修行の途でありますので気にもなりませんし、頑張ってほしいなあとエールを送ります。

気になるのは聴いている観客の笑いなのです。
落語はほとんどがライブでありますから、聴衆の笑いが聞こえます。ただ笑い過ぎなのですよ。なんでもないところに下品に笑うし、しかも手をたたいて笑う始末です。
近年笑うのに手をたたく人が増えましたね。手をたたく事と笑うことは、昔は別の行為でしたからね。

昔の名人の古典落語実況判からすると、時節が二、三十年のずれがあります。その間に聴く側の人間が大いに変わったのでしょう。

iPODで聴けないのは、「彦六の正蔵」と呼ばれた八代目林家正蔵です。現今の正蔵や三平と言ったタレントまがいの人物とは違って、この方は名人であられたし、実にまともな人間的なお人で大好きなのです。

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