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「半七捕物帳」におけるリアルな江戸表現 

  • 2006/04/17(月) 08:28:04

<現代地図で観ると全然実感がわかないが、これだけの距離感が・・・やはり徒歩行となると時間もかかることだろう>
20060417082647.jpg

時代小説の作家さんは、当然江戸に詳しく、又出来る限り読者が江戸の町に迷い込んだように表現することに腐心されていると思う。
「半七捕物帳」の中で岡本綺堂さんは、半七老人との冒頭の会話を通じて、昔語り風にそれを展開されるので、いかにも自然と江戸の時代にトリップさせていただける。
下記の文章などは、その典型的な例で、

「それでも当節は汽車の便利があるから、楽に日帰リが出来ます。むかしは新宿から淀橋、中野、高円寺、馬橋、荻窪、遅野井、ぼくや横町、石橋、吉祥寺、関前- これが江戸から小金井へゆく近道と云うことになっていましたが、歩いてみるとなかなか遠い。ここで一日ゆっくりお花見をすると、どうしても一泊しなければならない。・・・略

これらに出てくる町々が、文末の注解を読んでみても、今でも残る町や、古い町名、しかも現在よりもずっと小さい狭い町であったことが知れる。
また、交通手段の違いによる移動範囲の狭さから、行程、日程までもが現在では変わっている。この間おおよそ二十キロ強、電車で数十分の距離、花見をしても日帰りどころか、半日もかからず往復が可能な時代になっている。

だからといって歩くのは、今は大変だろう。随分と昔の学生時代に、中野の鷺宮から練馬中学校辺りまで歩いたけれど、結構歩きづらかった記憶がある。東京は、南北に交通の便が悪かったからだろうが、あれくらいでも今は歩かない。
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