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本のあとがきを読むのも、また楽しからずや

  • 2006/04/19(水) 07:53:23

出久根達郎著の「俥宿」のあとがきには、人力車についての考察が述べられている。
人力車に俥という字を当てたには、『金色夜叉』の作者、尾崎紅葉と言われている。という書き出しで、最初に人力車を造った人から、それにまつわる話といろいろ楽しい。
中でもここの下りは、参考までに

樋口一葉の明治二十六年八月三日の日記に、こんな記述がある。
「一昨日の夜、我が門通る車の数をかぞへしに、十分間に七十五輌成りけり。これをもてをしはかれば、一時間には五百輌も通るべし。吉原かくてしるべし」
吉原遊廓に訪れる人力車の数である。この台数は、一葉の名作「たけくらべ」に、そっくり取り入れられている。


明治半ばでも、吉原の隆盛は衰えていないということだが、女性の一葉が気がかりにも台数を数えているところが愉快だ。
又こんな項目もある。なお、下記の中で“研堂”とあるのは、石井研堂といって、『明治事物起源』という本を著した人である。

人力車は、正式には何と数えるのだろうか? 一葉と研堂は輌を用い、研堂の引用文には輪と記している。ある人の本には、一挺(ちょう)二挺とある。
 内田誠という人のエッ七イに、トンカツ屋さんで、「トンカツ一ちょう」と調理場に通すのは、人力車に由来するとある。洋食屋が出来たばかりの頃は、客は金持ちが多く、彼らは人カ車で店に乗りつけた。そのため俥を数える言葉が、洋食の数量呼称になったというのである。真偽はわからない。


でも、普通には「お豆腐一丁」とか、あるいは“料理などの一人前”と表す時には、「一丁」という書き方になっているけれどねえ・・・・

私は未だ、「一丁前(いっちょまえ)」ではないが、これでも一人前という料理から来てるんでしょ。
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