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私も同感に思う忠臣蔵、浅野の殿様の馬鹿さ加減

  • 2006/12/25(月) 07:38:17

<西のぼるさんの表紙絵は、影絵が踊る様にうつる>
20061224073748.jpg

木村拓哉さんの映画で「武士の一分」という言葉は有名になった。時代小説を読み続けていると、この“武士の一分”や “武士の本分”という言葉は実に良く出てくる。
この本、押川国秋著『人斬りの忠臣蔵』にも再三出てくる。
“一分が立たなかったり”、“本分をわきまえたり”とうるさく言う武士とは何なのでしょう?生産性はなく、身分上は人々の上にあるけれど、それは形骸的なことの方が多い。

忠臣蔵本は、本当に多くて日本人好みのテーマな事が判る。しかし一概に彼ら浅野家臣が褒められる人々であったのか、本当に敵討ちをする価値がその領主にあったのか疑問に感じる点は多い。
私は藩主、浅野長矩が嫌いである。こんな上役の為に、自分の一生を棒に振ることは出来ない。
この本の前半には、私と同感に感じられる作家の声が各所に聞こえる。ただそれだけで、この本には価値がある様に思う。

第一に、これが果たして仇討ちと言えるであろうか。加害者は藩主の浅野長矩の方で、その後で切腹させられたのは将軍綱吉の命令である。恨みを晴らすのなら、綱吉の首をとるのが本筋というものであろう。もしどうしても吉良を斬るというのなら、それは仇討ちではなく、怨念の継承であった。
参照本文24頁


 藩主の浅野長矩という人物は、松の廊下で刀を抜いたとき、一体どれほどの分別を持っていたのであろうか。
 所もあろうに、江戸城本丸のど真ん中で、それも京から勅使と院使が来ているというとき、高家筆頭の吉良上野介に斬りかかるなど、常人には絶対にできないことである。
 赤穂藩に拠って禄を得ている人間がおよそ四百五十人もいて、それが何の落ち度もないのに、一瞬にして住処を失い、収入の道を失い、土地を去って散り散りになってゆく、そんな大変な事態になることを、あの長矩という人物は、一国の領主としてまったく念頭においていなかったのであろうか、と市之介は改めて考えた。そんなに吉良という人間が憎かったら、なにも江戸城本丸のなかではなくて、斬り殺す機会や場所はいくらでもあるではないか。

問題は責任感であり、一城のあるじとしての自覚であった。学問の頭はあっても、入門としての他との融和力、協調性、喜怒哀楽や不平不満に対する抑制力といった大切なものが欠落した人間であった、としか考えようがないのである。
参照本文68頁

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