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しっかり読まさせて戴いた本

  • 2007/07/01(日) 21:00:49

<表紙に書かれた枠は、昔差出人用に作られた印判みたいだ>
20070701205910.jpg

司馬遼太郎著『最後の将軍』副題は「--徳川慶喜--」です。
少し時間がかかりすぎたが、じっくり読ませて戴きました。
現在、時代小説しか読まない偏り読書だけれども、よくよく鑑みますれば、大作家の方々も読まないのでしたね。吉川英治山岡荘八司馬遼太郎等々・・・時代小説の大作家と呼ばれる、どでかい全集などに著作が収まったような作家は、池波正太郎さん以外は読んでませんね。
どうしても若い作家や、江戸の市井生活を書いた謂わば庶民的作家が好みなんです。

結局、読書に持久力がないことと、大作嫌いなんですよ。ロシア文学が永すぎるので中学生以来読んでいないのと同じ理由です。堅苦しいことが駄目なんです。永いこと堅苦しいサラリーマンだった所為か・・・?

で、この小説を読んで思ったことは、司馬遼太郎さんくらいの作家さんになると、その時代に生きて無くても、いかにも生きていたかのように“断定的に書く”のですね。思い入れ、想像、史実に絡めて、確信的に書かれるのです。肩を並べて語り合った友のように“徳川慶喜”について書くのですよ。
この点は凄い、中味も読んでみて凄く愉快です。

その英傑ぶりを謳われながらも
幕府を終焉させねばならなかった
十五代将軍の数奇な生涯を描く


私は個人的に好きでなかった“徳川慶喜”が、少し身近に感じられるほど、この小説は生き生き書かれていました。

徳川十五代将軍慶喜というひとほど、世の期待をうけつづけてその前半生を生きた人物は類がまれであろう。


この冒頭のお言葉は、ずっと気になってこの本を引きつけていく誘い水でしたね。
また松平春嶽の言葉として、次のように発せられる台詞は実に感慨深い。

「つまるところ、あのひと(慶喜)には百の才智があって、ただ一つの胆力もない。胆力がなければ、智謀も才気もしょせん猿芝居になるにすぎない」



平易なことばを平仮名で書かれる割には、かなり難しい漢字が沢山出てくる。
この本に出てくる難解な漢字をいつか、書き並べてみたいと思う。
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