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こんなシリーズ物は、書くのも大変ではなかろうか?

  • 2007/11/11(日) 07:40:40

<曰くありげな女の目つきが気になる、中一弥さんの表紙絵>
20071111072255.jpg

佐藤雅美著『六地蔵河原の決闘』、シリーズ名が「八州廻り桑山十兵衛」。
このシリーズ本は五冊目になるが、なかなか面白い。そもそもこの“八州廻り”という役名が大変なお役目である。
江戸時代には、関東地方は関八州と呼ばれ、武蔵国、相模国、上総国、下総国、安房国、上野国、下野国、常陸国の八国を指したわけだが、これらの治安維持の為に司法担当者として関八州を廻村して巡る職業が“八州廻り”であります。一回の廻村は四、五十日を要し、正月くらいにしかゆっくり出来ないという過酷な職業であります。
俗に関八州とは、

武蔵国(むさしのくに)は、現在の埼玉県と東京都の隅田川より東の地域と島嶼を除く部分および神奈川県の北東部(現在の川崎市全域と横浜市東部・沿岸部)を合わせた地域に当たる。武州(ぶしゅう)と呼ぶこともある。
相模国(さがみのくに)は、現在の神奈川県の北東部を除く大部分にあたる。相州と呼ぶこともある。
上総国(かずさのくに)は、現在の千葉県の中南部を占めるが、設置当時は千葉県南部、後の安房国も含んでいた。総州(そうしゅう)とも呼ばれた(特に上総のみを指して南総(なんそう)と呼ばれる事もある)。
下総国(しもうさのくに)は、現在の千葉県北部、埼玉県の東辺、東京都の東辺、(隅田川の東岸)、茨城県南西部にまたがる。総州(そうしゅう)とも呼ばれた(特に下総のみを指して北総(ほくそう)と呼ばれる事もある)。
安房国 (あわのくに)は、現在の千葉県南端にあたる。房州(ぼうしゅう)と呼ぶこともある。稀に安州(あんしゅう)とも。また、南総(なんそう)とも呼ばれた。
上野国(こうずけのくに)は、現在の群馬県とほぼ同じ。上州(じょうしゅう)とも呼ぶこともある。
下野国(しもつけのくに)は、現在の栃木県とほぼ同じだが、群馬県東端の桐生川以東も含む。野州(やしゅう)と略されることがある。関東地方の北部中央、北関東の中央に位置する。
常陸国(ひたちのくに)は、関東地方の東北端に位置する。常州(じょうしゅう)と呼ぶこともある。


最近旅行をして、深川の辺りを地下鉄の二駅くらいの距離の地域をこつこつと歩き回った。
とても愉しかったがこれは遊びでもあるし、自分の趣味の延長の散策であるから苦にならない。役目柄とはいえ広大な関東平野を歩き回って、事件を解決して行くとなると、これはまるで違って恐ろしく困難なことではないだろうか。

そうして考えると、現時代に居て、資料をこまめに検証しながら作品として書いていく作家さんも大変な作業である。地域を江戸と限定したものと違い、広大な土地の地理的研究、風土習慣、言葉、考え出すだけでも面倒であります。
この作家さんはとても細かく資料を調べるのを得意とされているようで、作品の中にもいろいろと参考にされた文献が引用されます。

十年ぶり娘との再会
六地蔵河原の決闘
暗闇に消えた影
灯台下暗し
因果の小車
関所破り
瓢箪から駒
八州廻り原小兵衛の失態


以上の短編八編で構成されているのですが、全編に小章があり、各々の章により書き方が変幻自在・千変万化であります。中にずっと勢い込んで、上手すぎる講釈師が聞き手のことを考えずに一気に喋り続けて、話の起因を語るような息もつかせぬところが必ずあってずしんと来る。
主人公、桑山十兵衛の時折見せる家庭のごたごたが、読む側も気になって仕方がない。しかも今回は十年ぶりに会う娘が美しく登場するので、なおのこと盛り上がる。
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  • 投稿者: みんな の プロフィール
  • 2007/11/11(日) 07:58:05
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