スポンサーサイト

  • --/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

DVDを観ながら、秋の夜長に思うこと

  • 2007/11/15(木) 08:05:21

<スパイダーマンは何度観ても面白い>
20070303211811.jpg

『スパイダーマン3』をDVDで観ました。映画館でも観たし、今回DVDでもあらためて観ました。
観る度に、この映画が作られる課程を想像してみたり、作中人物を考察したり、多人格化する人間の弱さに感心したりと楽しみが増える。
あちらこちらに評論が載っているので、それは割愛。

『ホリディ』も観ました。
ちょっと行き遅れの女性二人が、失恋の痛みに耐えかねて、年末の休暇中に二人の住まいと生活を全て交換するHome exchangeという、映画においてはルーチンな映画でした。このHome exchangeということは、辞書にも載っているくらいで、米国の友人は実行したことがある話していたのを聞いた。

主人公のキャメロン・ディアスは、LAの映画宣伝会社の社長で金持ち、おまけにおしゃれなハリウッドに機能的な瀟洒な邸宅持ち。
相手のケイト・ウィンスレットは、ロンドン郊外のちょっと田舎風のコテージ暮らし。
地球半周分の環境の違いを乗り越えて、交換生活が始まった。
この映画でもキャメロン・ディアスは、いつもの彼女でどの映画を見てもまるで変わらない。日本のソフトバンクの携帯電話のCFで、見かけたような雪のシーンが出てくるのだけが、印象に残った。

それはそれで良いのだけれど、一番に気にいったのは、イーライ・ウォラックのご出演だった。
この方は私たちの世代では、名悪役で、名脇役の俳優で有名な方だ。LAに来たケイト・ウィンスレットが仮住まいをする家の近隣人で、かたくなで過去には有名であった脚本家として登場する。この脚本家の業績を称える会の出席をも拒み続ける彼を、友人となったケイトが出席を薦め、その為にいろいろと援助をしていく課程で友情を育んでいる。歩行器でしか歩けない彼をリハビリさせたり、励ましたりとこの映画のなかで唯一暖かいシーンであります。

イーライ・ウォラックさんは、本当に沢山の映画にご出演なさっておられます。

ホリデイ(2006)
ミスティック・リバー(2003)
ナイト・アンド・ザ・シティ(1992)
ミストレス(1991)
ゴッドファーザーPART III(1990)
黄昏のチャイナタウン(1990)主演J・ニコルソン
ナッツ(1987)主演バーブラ・ストライサンド、リチャード・ドレイファス
ガールフレンド(1978)
ブルックリン物語(1978)
ザ・ディープ(1977)
ドミノ・ターゲット(1976)主演G・ハックマン
シンデレラ・リバティー(1973)
荒野の三悪党(1969)ほぼ主演でした。
マッケンナの黄金(1969)主演G・ペック、O・シャリフ
大頭脳(1968)主演D・ニーヴン、ジャン=ポール・ベルモンド
ボディガード(1968)主演K・ダグラス
おしゃれ泥棒(1966)主演女優オードリー・ヘップバーン
続・夕陽のガンマン/地獄の決斗(1966)主演C・イーストウッド
ジンギス・カン(1965)主演O・シャリフ主演女優フランソワーズ・ドルレアック
荒馬と女(1961)主演C・ゲーブル主演女優マリリン・モンロー
荒野の七人(1960)主演ユル・ブリンナー、スティーブ・マックィーン、チャールズ・ブロンソン


私が観た映画だけでも、これだけの有名作品があり、アメリカ映画の歴史的証人であり、現役俳優なのです。過去にご一緒された有名俳優、女優は限りなく、ほとんどが黄泉の人であります。
この様な素晴らしい俳優さんは、ずっと残っていて欲しいと堅く願います。

話はそれるけれど、フランソワーズ・ドルレアックさんは、フランス女優カトリーヌ・ドヌーブさんのお姉さんで、キュートで素敵な女優でしたね。フランソワーズ・ドルレアックさんは、とても早くに事故でお亡くなりになったので、過去の美しいままにイメージが残っていますが、それにしても残念であります。

この映画で愉快だったのは、ケイト・ウィンスレットが老脚本家の薦めで、レンタルのDVDを借りに行くシーンです。『卒業』のDVDを見つけたときに、その隣にご本人(ダスティン・ホフマン)が立っていて、とても笑わせます。こんなシーンでは米国の映画館では大爆笑です。
スポンサーサイト

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

ハリウッド実写版「ドラゴンボール」…悟空役は?

 米20世紀フォックスが製作する実写映画「ドラゴンボール」(仮題)で、主人公・孫悟空役を俳優、ジャスティン・チャットウィン氏(25)が演じることが15日、分かった。また、ピッコロ役は米TVドラマなどで活躍する米俳優、ジェームズ・マースターズ氏(45)に

  • From: Newsエンタメ/デジタル |
  • 2007/11/15(木) 19:41:40

この記事に対するコメント

イーライ・ウオラック!

いやー、懐かしい名前が出てきたので思わず一筆啓上です。
昔から渋い役をこなす印象のある役者さんですね。まだ健在
なんですね、嬉しいなあ。そう、悪者をやらせるとピカイチです。
最も印象に残っているのはやはり西部劇。「荒野の七人」です。
それとクリント・イーストウッド、リー・バン・クリーフと競演した
スパゲッティ・ウエスタン映画ですね。ほとんど主役に負けない
演技だったのを記憶してます。アメリカ映画にはかかせない名脇役
ですね。僕はこのひとの見ると、どういうワケかパットン将軍を
演じた、これまた有名な俳優さんの顔が浮かんできます。
あ、あ。名前が出て来ない、イッ!いつもピースメーカーの
リボルバーを腰に下げている有名な将軍にピッタリだんですが・・

何か懐かしい想いを共有させて頂いたようで有り難いお話でした。イヤー、懐かしいですね。イーライ・ウオラック!アメリカ人の
中でもファンは多いでしょう。渋いッ!売れない私立探偵なんか
やらせてもピッタリ。良いですねえ。ホンワカしてきます。

  • 投稿者: nnakazawa
  • 2007/11/15(木) 23:11:53
  • [編集]

パットン将軍

スイマセン、今思い出しました。
ジォージ・C・スコットでした。追加です!

  • 投稿者: nnakazawa
  • 2007/11/15(木) 23:22:55
  • [編集]

探せばまだいらっしゃるのでしょうが・・・

懐かしく、しかも素晴らしい俳優で現役という方も、まだまだおいでなのでしょうけれど、随分と見かけなくなりましたね。
映画の字幕では、“イーライ・ウオラック”さんをなんて発音するのだろうと思ってまして、しばらくは“エライ・ワラック”って覚えてましたね。

先日観た『ナイト・ミュージアム』には、ミッキー・ルーニーさんが元気に顔を出しておいででした。あの映画にも馬に乗った将軍風のロビン・ウィリアムズ扮するルーズベルト大統領が出ていました。
この様な姿を見ると西部劇を思い出します。

文中“ピースメーカー”が出てきて驚きました。近頃の人は、“ペースメーカー”は知っていても、マニアでもない限り“ピースメーカー”は知らないでしょうね。
当時アメリカ狂いの少年であった私は、ワイアット・アープが持っていたという“バントライン・スペシャル”というの買って、たわいなく喜んで遊んでいましたね。
今考えると、この時からアメリカの欺瞞はあったのですよね。“ピースメーカー”と称して、少数民族を圧制していたのは、まさに平和の象徴のような呼び名の拳銃でした。人種差別や少数民族への弾圧など、この時から生まれていたのです。
当時はそのようなことは考えも及ばず、強いアメリカの白人を応援したものです。
現在に至っても、拳銃はアメリカ人の何かの支えになっているのでしょうが、誤った方向に行きつつある事には、気づいていないのかも知れません。

  • 投稿者: 光ちゃん
  • 2007/11/16(金) 09:01:56
  • [編集]

ライトニング・スペシャル

バントライン・スペシャルですか? あのえらく長ったらしいタイプですね。
リー・バン・クリーフの、撃ち損ねた敵をワザと遠くに逃がし、おもむろに取り出した銃床をこれにつけて、ウインチェスター・ライフルのように構え、視界から消えて行く敵を何でもないように撃ち落とすシーンがあったと思います。バウンティ・キラーですからね。ニコっともせず渋かったです。いぶし銀でした。

この銃はバット・マスターソンも使用したとも言われていますね。ロングバレルといい、銃床の付けられるところといい、モーゼルを連想させます。西部劇じゃあないけれど。

(イギリスの映画でしたが、背中にモーゼルを仕込み、背広越しに敵を撃つ、トム・アダムス扮する英国人エージェント、チャールズ・ヴァインが登場する映画「殺しのライセンス」に、やたらモーゼルが出て来て、リロードするシーンもあったり感動モノで見たものでした。撃ちあいの場面で、中折れ式のリボルバーが出てきたりして
妙なリアルさを感じたのを覚えています。大藪春彦氏が生きていたら絶賛したかも知れません。)

そう言えば、TVの「バークにまかせろ」の伊達男ジーンケリーを思い出しました。
若山弦蔵が吹き替えをしておりましたね。ロールスロイスで現場に駆けつける伊達男警部エイモスバークのカッコよさ。ジーン・ケリーも渋いですね。まだ健在でしょう。
このひとのお洒落はバット・マスターソンからずっとそのままで、ちょっと気障で身の回りに凝っていて、と。

ついでに、ビリー・ザ・キッドのダブルアクションモデル、ライトニング
スペシャルも好きでした。西部劇らしからぬダブル・アクションが好きでして・・・
あはは、ヒッチコック・マガジンを持って、アメ横にマーテル社のモデルガンを見に行く少年だった日々を思い出します。あの頃のアメリカは眩しかったです。

ミッキー・ルーニー! うわっ。アメリカ映画の生き証人みたいな存在ですね。
様々な映画に出ていますが、「ティファニーで朝食を」の日本人役は彼とは解らない化け方で意外でしたが・・エバ・ガードナーとは何故別れたのでしょうね?
綺麗な女優さんでしたが。伊丹一三が出演した「北京の55日」でもまだまだエバ・ガードナーは美人女優としてその健在ぶりを見せてくれていました。

強さと豊富さに溢れたアメリカに憧れたものでしたがいまだにその気が抜けません。
三つ子の魂、百までも。かも知れませんが。

  • 投稿者: nnakazawa
  • 2007/11/16(金) 14:28:03
  • [編集]

伊丹一三さんですか?

nnakazawa様の該博なる知識と高い見識には、ほとほと感嘆いたしております。
私の場合は聞きかじり程度ですので、とてもとてもお勉強になり、新たな向学心を満足させていただいております。

私も高校生のころ、夏休みに家出同然に汽車に乗り、上野駅近くのアメ横にあった中田商会?に行ったことがあります。帰ってきて、親父が何も言わなかったのには、今でも薄気味悪い思いがあります。
あの頃はブームだったのか、モデルガンにも結構懲りましたね。私のように不良でなかったnnakazawa様も以外にもお詳しそうだから、案外お仲間だったのかも知れませんね。

ところで“伊丹一三”さんの事を、“一三”と書かれる方は、今では少ないのではないでしょうか?
私はこの感受性の高い時期に、伊丹さんの「ヨーロッパ退屈日記」を読み、かなりかぶれて感化を受けました。
このブログにも、
「よく見て欲しい!二つの本」
http://latosfgo.blog17.fc2.com/blog-entry-126.html
というのを書いていますが、学生時代上京するとすぐ狸穴の秀和レジデンスに張り付いて出待ちをしたものです。
伊丹さんと、野坂昭如さんにはあこがれましたね。

エバ・ガードナーだとか名前を聞くと懐かしい。ハリウッド女優って本当に豪華な希有な存在で、今のスターさんとはまるで違って見えますね。

こんな話って愉しくって、いつまでも話していたい気分ですね。

  • 投稿者: 光ちゃん
  • 2007/11/16(金) 20:56:37
  • [編集]

ペタンク!

本当ですねえ、いつまでも話していたいような、だけど
終わりがないような、居心地の良い世界にどっぷりと
浸かりそうです。

当時のアメ横ではやはり中田商店がトップではなかった
でしょうか、でもまだまだ良い加減なところもあって、段ボール
の箱に、モデルガンの弾が一杯入っていて、好きなだけ
持って行って良いよ、なんて社長が言ってくれた時代です。
モデルガンが好きだった真打になる前の落語家、志ん朝
(まだこの名前になる前です)がよく来ていました。
国本圭一氏がまだまだ若くて、ステージでは良く早撃ちショウを
やっていた頃です。拳銃殺陣師なんてのを立ち上げたころでは
なかったでしょうか。

伊丹一三氏は、確か日本へ初めて、球技ペタンクをヨーロッパ
から持ち込んだ人物だったと記憶してます。雑誌メンズクラブで
もよくそのセンスが取り上げられていましたが、やはり伊丹万作氏
を父にもつ血筋が光っていますね。 まあ、僕もかぶれていた
クチでした。 どう頑張っても真似なんかで出来るわけがないの
ですが、せめて気分だけでも、てところでした。身の程知らずの
高校生でした。

いや、本当に、楽しいですね、こういうお話は。 麻布まで
張り込んでいらしゃったとは!かなりの入れ込みようですね。
青春ですねえ。良い思い出では?

  • 投稿者: nnakazawa
  • 2007/11/16(金) 21:55:34
  • [編集]

「バークにまかせろ」

訂正です。ついジーン・ケリーと書いてしまいました。
ジーン・バリーの間違いでした。良く確認すればよい
ものを・・・最近とみに小さい字を見るのが億劫で・・・

  • 投稿者: nnakazawa
  • 2007/11/17(土) 09:23:25
  • [編集]

本当に小さな文字は・・・

お互いに小さな文字は苦手な年になっております。
ある時レストランで、眼鏡をかけて食事をしました。
メニューはよく見えるし、料理も繊細で華麗に見えて・・・
それ以来見栄を張ることもなく、眼鏡を人前で愛用するようなりました。

ジーン・バリーでしたね。そうですね。
でも当地は田舎で、この番組は少し遅れtから見たような記憶があります。TVは今でも局数が少ないので、番組が週遅れと言うことがあります。

それにしてもあの当時は、TV番組はアメリカに頼っていたんでしょう。アメリカのTVドラマが頻繁に放送され、西部劇なんかもとても多く、後になってスターになる方々が多かった。

「ナポレオン・ソロ」が好きだったのですが、ワルサーP38の延長銃身、銃床、スコープが装着されたオリジナルカスタムガン「アンクルモデル」を、油絵の絵の具箱を工夫して隠していたのを思い出しました。今思えば馬鹿っこですよね。

ペタンクも買いましたね。でもこれを楽しんでくれる仲間がいなくて、すぐに遊ぶことが出来なくなりました。
フランス映画などで路地の片隅などで、老人たちが一生懸命に遊んでるのを見つけると、映画館内で「あ!ペタンク!」と叫んで知ったかぶりをする馬鹿っこでもありました。

  • 投稿者: 光ちゃん
  • 2007/11/17(土) 20:26:26
  • [編集]

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。