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あきらめも大事だということ

  • 2007/12/09(日) 07:30:37

四十代後半に、五十肩といわれる肩の痛みがきた。
そしてその後に、左足のくるぶし近辺が妙に痛くなって、今では両方ともとても痛い。
当初歯医者に通ったし、薬も飲んで、湿布薬なども貼って治療をした。
しかしこういったものは治りはしない。いくばくか痛みは治まるものの完治はしない。
つまり上手につきあって、慣れていくものなのだと思うようにしている。
いわゆる老化の兆しなのですから、これは仕方のない事なのでしょう。
五十年以上自分の体にむち打ってきたのですから、身体自体も悲鳴を上げるわけです。
随分昔には“人生五十年、・・・云々”といっていた時代があって、その後十年も過ぎて生きていれば仕方がないと思えるようになります。

ところで我が家の寝たきりの親父は、すでに九十歳であります。
時折往診に来て下さるお医者さんの薬が効かないと愚痴ります。
寝たままなのでいらつきがつのるのか、口汚く効かない薬を売っていると申します。
元々パーキンソン病でありましたし、その頃はかなりの量の薬が投与されたいましたが、今では若干の惚けも入り薬もわずか一、二錠なのです。
冥土の旅も近いという年になって、薬は治療の効果もあろうはずがありませんので、さっさとあきらめるべきなのでしょうが、何か治る方法があると思っている親父も哀れです。
そろそろ達観しても良いとは思うのですけれど・・・・

それにしても我が家を往診して下さる先生は偉大であります。
常に笑顔で、入り口や玄関の花を褒め、患者の様子に真剣に一喜一憂し、老いさらばえた老人の身体を真剣に診察し、必ず力づける言葉をかけ、最後には家族に労りの労をねぎらってお帰りになられます。
まさに医者の鏡であります。
このようなお医者さんのかかっていられる親父は幸せであります。

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