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夢にまで華麗な色つきで映像が出てきた本

  • 2007/12/18(火) 07:42:32

<蓬田やすひろさんの「道成寺」のシーンを描いた表紙絵はモノトーンでした>
本sawaadaorochinohashi

澤田ふじ子著『大蛇(おろち)の橋』

政界では厚顔無恥、一般の社会でも似たような破廉恥なできごとや、悲惨な事件が続発している。
こうした事件のなかで特に痛ましいのは、愛しいはずのわが子への両親の虐待であろう。
強いものが弱いものをいじめる。これは往古から行われていたにはちがいなかろうが、人の目につくほど頻繁ではなかった。
だがいまや世相は、<弱肉強食>の度合いを強め、政治も企業も持つべき倫理を失い、日本人の行き着く暗澹とした先が、はっきり見えている。(後略)


この本にある“あとがき”の冒頭部分を先に引用させていただいたが、これを書かれた2000年から、世の中まただんだんと悪くなっている。“あとがき”自体は本の内容に沿って書かれてはいるものの、当時の世相に関連する下りはまたに現在を予見してしたようだ。

澤田ふじ子さんの橋という名前のつく本はとても多い。その中でもこれは異色の作品でありましょう。またその書名の“大蛇(おろち)の橋”も最後には出て来るのですが意外なものであります。
丹波篠山藩という京都に近い小藩での微禄の者が、上位の人間にいじめ抜かれて、脱藩をせざるを得ず、しかも永年に渡って放浪の上復習をする内容となっている。
帯にも短く、

死ぬまで自分を慕い続けた女への愛と、それを汚した者たちへの怨念が
大蛇となって復習のとぐろを巻く。


この御本の中の大事な役目を果たすのが〈お能〉であり、その題目が「道成寺」となっています。藩主が江戸から帰藩するにあたって催される薪能の部分は、実に見事に描かれていて絵になり、ところどころ出てくる〈お能〉に関するお話は実に華麗で知らない者を魅了し、うっとりさせるものであります。
読了後に床について、まぶたを閉じると、鮮やかな景色が華麗に色づいて目に浮かび、なかなか寝むられなかったほどでした。

古い時代、丹波は丹(あか)い波(なみ)とも訓(よ)まれた。
波は霧をいい、その霧が朝陽や夕陽に染められ、赤い波状の景観を呈するからであった。


丹波という土地がより美しく、納得いくお話として語られている。
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